616.今年最後の夜中の地蔵巡り
2011.12.31 [ Edit ]
31日の夜中は、0時を過ぎると新年元旦で、
その時間は、毎年、比叡山延暦寺にいるので、
今年最後の娘との散歩、夜中のお地蔵さん参りは、今夜ということになる。
一つ目のお地蔵さんに参って、次に不動明王さんに行き、
その次の正月準備の飾り付けが終わった静かな氏神神社。
いつものルートで、その神社では娘が、すべての社を丁寧に参ります。
その間、まだまだ続く夜中の神社仏閣めぐりに備えて、
私はいつも一心に祈る娘の後姿を見て休憩しながら、いろんなことを考えます。
今夜は、娘も穏やかな気分でいたので、
今年一年を、ぼんやり振り返っていました。
ここに、こうやって、毎日同じように、同じ姿勢で腰掛けていても、
同じ思いの日は無かったなあ。
そんな思いで、神楽殿の石段に、いつものように腰掛けていました。
娘の荒れた気分の日、
娘が泣きながら参ってた日、
思い通りに行かない人生、
病気に対する悔しさ、
人への妬み、
生まれて来たことに腹を立て、
死にたいと思い、悩み、苦しみ・・・
あんまり穏やかに休憩したことは無かったなあ。
その時間は、毎年、比叡山延暦寺にいるので、
今年最後の娘との散歩、夜中のお地蔵さん参りは、今夜ということになる。
一つ目のお地蔵さんに参って、次に不動明王さんに行き、
その次の正月準備の飾り付けが終わった静かな氏神神社。
いつものルートで、その神社では娘が、すべての社を丁寧に参ります。
その間、まだまだ続く夜中の神社仏閣めぐりに備えて、
私はいつも一心に祈る娘の後姿を見て休憩しながら、いろんなことを考えます。
今夜は、娘も穏やかな気分でいたので、
今年一年を、ぼんやり振り返っていました。
ここに、こうやって、毎日同じように、同じ姿勢で腰掛けていても、
同じ思いの日は無かったなあ。
そんな思いで、神楽殿の石段に、いつものように腰掛けていました。
娘の荒れた気分の日、
娘が泣きながら参ってた日、
思い通りに行かない人生、
病気に対する悔しさ、
人への妬み、
生まれて来たことに腹を立て、
死にたいと思い、悩み、苦しみ・・・
あんまり穏やかに休憩したことは無かったなあ。
615.囲炉裏の火
2011.12.02 [ Edit ]
ずいぶん長くウトウトしてたら、いろんな話、聞こえてきてて、
悲しむ声やら、励ます声やら、すこしだけ入ってきて、また家に帰ったり、
泊まりに来たり、囲炉裏の火、それぞれが継ぎ足してくれて、チロチロ燃えてる。
「おっさんは、ほったらかしや」って怒ってた声もきこえてたなあ。
おっさん、余計なお節介、よくするんやけどなあ、
ここでは、あまり、お節介しないでおこうって最初から決めてたんや。
ブログは、管理人やけど、囲炉裏の部屋は、出入り自由で、
たまたま、今 来ている人が、それぞれ、お茶を入れたり、お菓子を持ってきたり、
泣いてる人がいたら、背中を誰かが、さすってあげたり、
黙って本を読んでいたり。
でも、寂しくない。
そんな囲炉裏端があればいいなあと思っていたからなあ。
長く居眠りしていたら、そんな囲炉裏端になってきたかなあって思えて、ちょっとニヤニヤ。
悲しむ声やら、励ます声やら、すこしだけ入ってきて、また家に帰ったり、
泊まりに来たり、囲炉裏の火、それぞれが継ぎ足してくれて、チロチロ燃えてる。
「おっさんは、ほったらかしや」って怒ってた声もきこえてたなあ。
おっさん、余計なお節介、よくするんやけどなあ、
ここでは、あまり、お節介しないでおこうって最初から決めてたんや。
ブログは、管理人やけど、囲炉裏の部屋は、出入り自由で、
たまたま、今 来ている人が、それぞれ、お茶を入れたり、お菓子を持ってきたり、
泣いてる人がいたら、背中を誰かが、さすってあげたり、
黙って本を読んでいたり。
でも、寂しくない。
そんな囲炉裏端があればいいなあと思っていたからなあ。
長く居眠りしていたら、そんな囲炉裏端になってきたかなあって思えて、ちょっとニヤニヤ。
614.脳梗塞
2011.10.06 [ Edit ]
毎日、毎日、寝るのは朝方。
まあ、仕事は6年前に辞めたので、昼前ぐらいまでは寝られるので大丈夫。
ただし、いつ二階で寝ている娘が起きてきても気がつくように、
この十数年、階段横の居間のコタツで寝ていて、布団の上で寝たことが無く、
安眠とまではいかない日々。
毎週土曜日の午前中と、それから各月に2回程度の日曜日のサッカーの試合。
ほとんど徹夜状態での参加。
当然、不規則な食事。
タバコは日に50〜60本。
「まあ、俺にはサッカーがあるし、友達も多いし、ストレスの解消はできているわ。」
なんてふうに思っていました。
8月16日。
例のごとく、昼前の起床。
起床といっても、布団の上で寝ていないので、起床と言うのは当たらないのかな。
居間の畳の上での目覚め。
「どうも、寝て起きたら、いつも肩こりやなあ」
最近、この独り言が続いていました。
「特に今日の肩こりは酷いなあ、腕まで痺れてるわ」
右手に力が入らない。
今日は、大阪で大切な仲間と会う日やったなあ。
この手の痺れは、ちょっと異常やなあ。
でも、約束やから行かんとあかん。
名神高速を左手だけで運転して行きました。
仲間と話していても、ずっと手は痺れたまま。
「ずっと肩こりが酷くて、手が痺れてるから、病院に行くわ。」
またまた、左手だけの運転で、高速を飛ばして、
夜の救急診療をしている赤十字病院に行きました。
「どうされました?」
「今日、起きてから、ずっと手が痺れてるんです。」
「さっき気づいたのですが、字がうまく書けません。」
簡単な運動検査を受けると、自分の身体の運動神経の異常さに驚くことばかり。
「脳梗塞の疑いがありますから、すぐにCTを撮ります。」
「その前に、点滴を始めます。」
「このまま入院していただきます。」
「脳の専門のドクターが当直でおられますから診てもらいますね。」
自分では、まったく危機感が無く、何が起こっているのか認識できず、
「あのう、入院は絶対必要ですか?」
なんて、とぼけた質問をしていました。
まあ、仕事は6年前に辞めたので、昼前ぐらいまでは寝られるので大丈夫。
ただし、いつ二階で寝ている娘が起きてきても気がつくように、
この十数年、階段横の居間のコタツで寝ていて、布団の上で寝たことが無く、
安眠とまではいかない日々。
毎週土曜日の午前中と、それから各月に2回程度の日曜日のサッカーの試合。
ほとんど徹夜状態での参加。
当然、不規則な食事。
タバコは日に50〜60本。
「まあ、俺にはサッカーがあるし、友達も多いし、ストレスの解消はできているわ。」
なんてふうに思っていました。
8月16日。
例のごとく、昼前の起床。
起床といっても、布団の上で寝ていないので、起床と言うのは当たらないのかな。
居間の畳の上での目覚め。
「どうも、寝て起きたら、いつも肩こりやなあ」
最近、この独り言が続いていました。
「特に今日の肩こりは酷いなあ、腕まで痺れてるわ」
右手に力が入らない。
今日は、大阪で大切な仲間と会う日やったなあ。
この手の痺れは、ちょっと異常やなあ。
でも、約束やから行かんとあかん。
名神高速を左手だけで運転して行きました。
仲間と話していても、ずっと手は痺れたまま。
「ずっと肩こりが酷くて、手が痺れてるから、病院に行くわ。」
またまた、左手だけの運転で、高速を飛ばして、
夜の救急診療をしている赤十字病院に行きました。
「どうされました?」
「今日、起きてから、ずっと手が痺れてるんです。」
「さっき気づいたのですが、字がうまく書けません。」
簡単な運動検査を受けると、自分の身体の運動神経の異常さに驚くことばかり。
「脳梗塞の疑いがありますから、すぐにCTを撮ります。」
「その前に、点滴を始めます。」
「このまま入院していただきます。」
「脳の専門のドクターが当直でおられますから診てもらいますね。」
自分では、まったく危機感が無く、何が起こっているのか認識できず、
「あのう、入院は絶対必要ですか?」
なんて、とぼけた質問をしていました。
ナンバー無し、おっさんの反省
2011.07.09 [ Edit ]
もともと、このブログを始めたきっかけは、
苦しんでいる娘に、親父が、
どのように考え、どう接してきたかを、残しておこうと考えてのものでした。
そんなふうに考えていたものであったのに、
私は、ただの おっさんとして、父親としてのポジションを逸脱したような、
「えらそうな」「勘違いの」意見みたいなものを、何度か書いてしまっているし、
これは、あかんなあって反省しています。
よって、これの前の三つの話は、削除してしまうことにしました。
これ以前にも、読み返してみると、
評論家のようなことを何度かかいてしまっていますが、
まあ、それは、もう過ぎた失敗ということで、
娘が読んだ時には、「こんな偏屈な父さんやったなあ」って思うだろうと言うこと
で、
面倒だというところもありますので、ほうっておきます。
まあ、これも、「こんな感じの父さん」ってことになるのだろうけれど、
共感してくれて、いっしょに長い道のりを歩いてくれている仲間たちも、
不愉快な気分にさせてしまうだろうし、
当事者にも、迷惑をかけるものだと思いますから。
そして、この反省文も、すこしだけ、ここに置いておいて消してしまいます。
それから、また、自分のペースで、書こうと思うことを書いていくことにします。
苦しんでいる娘に、親父が、
どのように考え、どう接してきたかを、残しておこうと考えてのものでした。
そんなふうに考えていたものであったのに、
私は、ただの おっさんとして、父親としてのポジションを逸脱したような、
「えらそうな」「勘違いの」意見みたいなものを、何度か書いてしまっているし、
これは、あかんなあって反省しています。
よって、これの前の三つの話は、削除してしまうことにしました。
これ以前にも、読み返してみると、
評論家のようなことを何度かかいてしまっていますが、
まあ、それは、もう過ぎた失敗ということで、
娘が読んだ時には、「こんな偏屈な父さんやったなあ」って思うだろうと言うこと
で、
面倒だというところもありますので、ほうっておきます。
まあ、これも、「こんな感じの父さん」ってことになるのだろうけれど、
共感してくれて、いっしょに長い道のりを歩いてくれている仲間たちも、
不愉快な気分にさせてしまうだろうし、
当事者にも、迷惑をかけるものだと思いますから。
そして、この反省文も、すこしだけ、ここに置いておいて消してしまいます。
それから、また、自分のペースで、書こうと思うことを書いていくことにします。
613.母親の介護
2011.05.11 [ Edit ]
ご飯食べてばあちゃんと話して、寝るて言うから、パジャマ着せた。
パジャマ着せるだけで、大変やねん。
ワタシも、ばあちゃん触りたないけど、そんなん言うてられへんし、
なんかちょっとボケてるし、悲しかったわ。
老いるてなんやろうて思ったし、若いてなんやろうて思った。
人生て残酷やなぁて思った。
ばあちゃんもう一人でなんにもでけへんし。
ごちゃごちゃや。
前に、少しだけ書いたことがある母親の話。
70歳になってから、恋人が出来て、行く先も告げずに黙って家を出て、
自分の金で家を買って、恋人との生活を楽しんでいて、
病気の孫や、苦しんできた息子のことは知らぬ顔、
自分だけのことを考えて生きてきた人生。
20数年前に亡くなった夫、私の父親の仏壇や墓は見向きもせずに暮らしてきて6年が過ぎた母親。
こんな愚痴を並べてしまうのは、とても情けない話です。
他人に、知り合いに、この話を、もし聞かされたら、
「それでも、自分の母親なんやから・・・」
そんなふうに、きっと言うのだと思います。
「血は水よりも濃し」とも言いますが、
「兄弟は他人の始まり」とも言います。
とても難しい話です。
愚痴を並べた話は、ほんとはしたくなかった話ですが、
冒頭の娘のメールを、久しぶりに紹介するためのベースの話としてのものです。
パジャマ着せるだけで、大変やねん。
ワタシも、ばあちゃん触りたないけど、そんなん言うてられへんし、
なんかちょっとボケてるし、悲しかったわ。
老いるてなんやろうて思ったし、若いてなんやろうて思った。
人生て残酷やなぁて思った。
ばあちゃんもう一人でなんにもでけへんし。
ごちゃごちゃや。
前に、少しだけ書いたことがある母親の話。
70歳になってから、恋人が出来て、行く先も告げずに黙って家を出て、
自分の金で家を買って、恋人との生活を楽しんでいて、
病気の孫や、苦しんできた息子のことは知らぬ顔、
自分だけのことを考えて生きてきた人生。
20数年前に亡くなった夫、私の父親の仏壇や墓は見向きもせずに暮らしてきて6年が過ぎた母親。
こんな愚痴を並べてしまうのは、とても情けない話です。
他人に、知り合いに、この話を、もし聞かされたら、
「それでも、自分の母親なんやから・・・」
そんなふうに、きっと言うのだと思います。
「血は水よりも濃し」とも言いますが、
「兄弟は他人の始まり」とも言います。
とても難しい話です。
愚痴を並べた話は、ほんとはしたくなかった話ですが、
冒頭の娘のメールを、久しぶりに紹介するためのベースの話としてのものです。
612.娘の近況
2011.03.31 [ Edit ]
「最近、娘さんはどうされていますか?」
仲間の青年から、短くも温かい問いかけをいただきました。
娘は、10年前と比べると、格段に前進しています。
触れられなかったものに、触れられるようになり、
行けなかったところに、行けるようになり、
入れなかった部屋に、入れるようになり、
夜中に、泣き叫び、何かに取り付かれているように暴れ、もがいていたことが、ほぼなくなり、
私が、びくびくおどおど接していたところが、口げんかまで出来るようになり、
もっともっと書き連ねられるように、症状改善しています。
ちょっと話が外れますが、
実は、私は、この「症状」と書くことに、ずいぶん抵抗があります。
これって、「症状」なんやろうか?
「症状」って、病気のことやん。
病気なんやろうか?
病気じゃないやろ?
心の傷、これを病気って言うてもええの?
風邪といっしょか?
風邪とは違うやろ?
薬飲んだら治るの?
手術したら治るの?
ずっとずっと、こんなふうに考えてきたので、
だから、「症状」って言われること、言うことに、すごく抵抗があります。
まあ、でも、話を戻して、
表すのに、この言葉しかないので、とりあえず、症状改善していますとしときます。
それはね、私から見たところ。
お医者様から見たところです。
でもね、それが、症状改善と言われるものであっても、
娘が、出来なかったことが、出来てきていることは、私にとって、大きな喜びなんです。
仲間の青年から、短くも温かい問いかけをいただきました。
娘は、10年前と比べると、格段に前進しています。
触れられなかったものに、触れられるようになり、
行けなかったところに、行けるようになり、
入れなかった部屋に、入れるようになり、
夜中に、泣き叫び、何かに取り付かれているように暴れ、もがいていたことが、ほぼなくなり、
私が、びくびくおどおど接していたところが、口げんかまで出来るようになり、
もっともっと書き連ねられるように、症状改善しています。
ちょっと話が外れますが、
実は、私は、この「症状」と書くことに、ずいぶん抵抗があります。
これって、「症状」なんやろうか?
「症状」って、病気のことやん。
病気なんやろうか?
病気じゃないやろ?
心の傷、これを病気って言うてもええの?
風邪といっしょか?
風邪とは違うやろ?
薬飲んだら治るの?
手術したら治るの?
ずっとずっと、こんなふうに考えてきたので、
だから、「症状」って言われること、言うことに、すごく抵抗があります。
まあ、でも、話を戻して、
表すのに、この言葉しかないので、とりあえず、症状改善していますとしときます。
それはね、私から見たところ。
お医者様から見たところです。
でもね、それが、症状改善と言われるものであっても、
娘が、出来なかったことが、出来てきていることは、私にとって、大きな喜びなんです。
611.悲しい恋話
2011.02.28 [ Edit ]
パチンコ屋のバイト店員と仲良くなって、
仲良くなってと言っても、少し会話が出来るようになった程度。
それで、なんとなく、好きな男性だと思い込んで、
恋人になれたらいいなあという、今まで経験の無い恋にあこがれて、
メールのアドレスを聞きだして、
メールの交換をしている娘。
メールの交換ならいいのですが、
どうも、片道のメールの様子。
「今、映画観てるから、メールしてこんといてやって。」
「そのメールは、向こうから送ってきたのか?」
「違うで、わたしが送ったんや。」
「そのメールは、毎日してるの?」
「ううん、五日ぶりかなあ。」
「向こうから、メールが来ることもあるの?」
「わたしが送ってから、返事が来るねん。」
そんな娘とのやり取りがあって、
すごく勇気がいりましたが、ついに話し出しました。
「あのな、そのメールな、もう、やめとき。」
「なんで?」
「向こうに気がないと思うからや。」
「わたしな、今まで、何一つ、前向きに出ていかへんかったから、
積極的に動こうと思って、メールしてるんやけど、それは、あかんことか?」
「むこうに気が無かったら、このメールで、可能性を高めたらええやん。」
「そういうふうに考えたらあかんのか?」
「そういう考え方もあるけどな。」
「おまえ、五日ぶりにメールしたって言うたやろ?」
「向こうから、メールが来ることはあるのか?」
「向こうから来ることは無いで。」
「そうやろ」
「それってな、気が無いってことなんや。」
「ストーカーまで行かへんけど、みじめなことや。」
「父さんはな、おまえが、積極的にっていうことも解かるんやけどな、」
「娘に、みじめな思いさせるのが辛いんや。」
「あのな、恋の始まりって、そんな感じじゃないと思うねん。」
「欲しいから、ちょうだいって言うものじゃないねん。」
「もっと、難しいものなんや、恋の始まりって。」
「いや、もっと、簡単なものかもしれん。」
「簡単で、難しいものやと思う」
「今度、美味しいものを二人で食べに行こうか?」
「そんな会話が挟まるものなんや。」
「なんかのきっかけがあって恋が始まる時って。」
「なんとなく、わかるやろ?」
ちょっと酷い言い方、決め付けた物言いに聞こえるでしょうが、
しばらく様子を見ていて、このままだと、ピュアな娘が傷ついてしまうと、
考えに考えて、決意を持って話し出したものです。
涙を流しながら抗議してくる娘がいて、
張り裂けそうな可哀想さを感じながらの制御話。
ついに爆発寸前の娘から、こんな言葉が出てきました。
仲良くなってと言っても、少し会話が出来るようになった程度。
それで、なんとなく、好きな男性だと思い込んで、
恋人になれたらいいなあという、今まで経験の無い恋にあこがれて、
メールのアドレスを聞きだして、
メールの交換をしている娘。
メールの交換ならいいのですが、
どうも、片道のメールの様子。
「今、映画観てるから、メールしてこんといてやって。」
「そのメールは、向こうから送ってきたのか?」
「違うで、わたしが送ったんや。」
「そのメールは、毎日してるの?」
「ううん、五日ぶりかなあ。」
「向こうから、メールが来ることもあるの?」
「わたしが送ってから、返事が来るねん。」
そんな娘とのやり取りがあって、
すごく勇気がいりましたが、ついに話し出しました。
「あのな、そのメールな、もう、やめとき。」
「なんで?」
「向こうに気がないと思うからや。」
「わたしな、今まで、何一つ、前向きに出ていかへんかったから、
積極的に動こうと思って、メールしてるんやけど、それは、あかんことか?」
「むこうに気が無かったら、このメールで、可能性を高めたらええやん。」
「そういうふうに考えたらあかんのか?」
「そういう考え方もあるけどな。」
「おまえ、五日ぶりにメールしたって言うたやろ?」
「向こうから、メールが来ることはあるのか?」
「向こうから来ることは無いで。」
「そうやろ」
「それってな、気が無いってことなんや。」
「ストーカーまで行かへんけど、みじめなことや。」
「父さんはな、おまえが、積極的にっていうことも解かるんやけどな、」
「娘に、みじめな思いさせるのが辛いんや。」
「あのな、恋の始まりって、そんな感じじゃないと思うねん。」
「欲しいから、ちょうだいって言うものじゃないねん。」
「もっと、難しいものなんや、恋の始まりって。」
「いや、もっと、簡単なものかもしれん。」
「簡単で、難しいものやと思う」
「今度、美味しいものを二人で食べに行こうか?」
「そんな会話が挟まるものなんや。」
「なんかのきっかけがあって恋が始まる時って。」
「なんとなく、わかるやろ?」
ちょっと酷い言い方、決め付けた物言いに聞こえるでしょうが、
しばらく様子を見ていて、このままだと、ピュアな娘が傷ついてしまうと、
考えに考えて、決意を持って話し出したものです。
涙を流しながら抗議してくる娘がいて、
張り裂けそうな可哀想さを感じながらの制御話。
ついに爆発寸前の娘から、こんな言葉が出てきました。
610.返し縫い
2011.02.03 [ Edit ]
「ちょっと話がしてみたいし、薬のことも聞いてみたいし、お医者さんに行くわ。」
娘が、長く行ってなかった、ハラグロ先生のところへ行く気になったので、送っていきました。
今までは、送っていくと、病院の汚れが付くので、タクシーで帰ってきていた娘が、
携帯を持っていって、連絡するから迎えに来てくれとのこと。
病院に、携帯電話を持っていくのは、初めての出来事です。
診察が終わったので、迎えに来いとメールが入り、迎えに行きました。
迎えに行った私の車の助手席に、娘が乗りました。
病院に行くと、病院の汚れがつくので、いつも後ろの席に乗って、降りたら、大消毒作業があるのに、
助手席に乗って、消毒は必要なしでした。
帰りに、喫茶店に寄って、コーヒーを飲みながら、先生との会話を、説明してくれました。
調子がいいから、薬は変えないでおきましょうってことやったみたいです。
ウンコの話をしてきたそうです。
娘が、長く行ってなかった、ハラグロ先生のところへ行く気になったので、送っていきました。
今までは、送っていくと、病院の汚れが付くので、タクシーで帰ってきていた娘が、
携帯を持っていって、連絡するから迎えに来てくれとのこと。
病院に、携帯電話を持っていくのは、初めての出来事です。
診察が終わったので、迎えに来いとメールが入り、迎えに行きました。
迎えに行った私の車の助手席に、娘が乗りました。
病院に行くと、病院の汚れがつくので、いつも後ろの席に乗って、降りたら、大消毒作業があるのに、
助手席に乗って、消毒は必要なしでした。
帰りに、喫茶店に寄って、コーヒーを飲みながら、先生との会話を、説明してくれました。
調子がいいから、薬は変えないでおきましょうってことやったみたいです。
ウンコの話をしてきたそうです。
609.新年の失言
2011.01.09 [ Edit ]
「今年も、また同じような年やなあ」
こういうふうに言ったことは、記憶にないのです。
記憶に無いのですが、ため息混じりに、暗い声で、つぶやいたそうです。
12月31日に降った大雪のために、もう20年以上、毎年欠かさずに行っていた、
比叡山延暦寺への大晦日から元旦にかけての初参りを諦めました。
それでも、新年を迎えた午前1時を過ぎたころ、
「石山寺なら行けるやろ?」
と言う娘の、諦めきれない声に、凍って滑る道を石山寺に向かいました。
紫式部が、源氏物語を書いた場所として有名な石山寺です。
我家の周囲には、距離の遠近はありますが、多くの名刹があります。
滋賀県は、全国都道府県の中で一番、寺院の数が多いということです。
私も、滋賀県に住みながら、寺が多いのは、奈良か京都だろうと思っていました。
最近、教えてもらって知った話です。
話が脱線してしまいました。
話を戻して、石山寺に行った話。
元旦の午前2時ころの話です。
こういうふうに言ったことは、記憶にないのです。
記憶に無いのですが、ため息混じりに、暗い声で、つぶやいたそうです。
12月31日に降った大雪のために、もう20年以上、毎年欠かさずに行っていた、
比叡山延暦寺への大晦日から元旦にかけての初参りを諦めました。
それでも、新年を迎えた午前1時を過ぎたころ、
「石山寺なら行けるやろ?」
と言う娘の、諦めきれない声に、凍って滑る道を石山寺に向かいました。
紫式部が、源氏物語を書いた場所として有名な石山寺です。
我家の周囲には、距離の遠近はありますが、多くの名刹があります。
滋賀県は、全国都道府県の中で一番、寺院の数が多いということです。
私も、滋賀県に住みながら、寺が多いのは、奈良か京都だろうと思っていました。
最近、教えてもらって知った話です。
話が脱線してしまいました。
話を戻して、石山寺に行った話。
元旦の午前2時ころの話です。
608.待っとけよ
2010.12.14 [ Edit ]
この数日、「諦めたらあかん」について、毎日、娘と話し合っています。
「おまえは、がんばってる」を、何度も挟みながら話し合っています。
相変わらず、浮いたり沈んだりの娘の気持ちではありますが、
調子の悪い時の夜中のドライブで、助手席の娘が、突然の独り言、
嬉しい独り言を呟きました。
「待っとけよ」
何を言うてるのかなあ?
意味が解らない私は、妄想の世界の独り言だと思って、
ゆっくり、恐る恐る、静かな口調で、慎重に、聞いてみました。
「なに?」
「なに、言うてるの?」
娘の答えは、
「あのな、レクサスに、いつか買ってやるから、待っとけよって言うてるんや」
「アウディに、待っとけよって言うてるんや」
「BMWに、待っとけよって言うてるんや」
まだ、意味が解らなくて、首をかしげている私に、
「諦めんと、いつか、お金稼いで、ええ車、父さんに買ったげるわってことや」
「それで、待っとけよって言うてるんや」
「おまえは、がんばってる」を、何度も挟みながら話し合っています。
相変わらず、浮いたり沈んだりの娘の気持ちではありますが、
調子の悪い時の夜中のドライブで、助手席の娘が、突然の独り言、
嬉しい独り言を呟きました。
「待っとけよ」
何を言うてるのかなあ?
意味が解らない私は、妄想の世界の独り言だと思って、
ゆっくり、恐る恐る、静かな口調で、慎重に、聞いてみました。
「なに?」
「なに、言うてるの?」
娘の答えは、
「あのな、レクサスに、いつか買ってやるから、待っとけよって言うてるんや」
「アウディに、待っとけよって言うてるんや」
「BMWに、待っとけよって言うてるんや」
まだ、意味が解らなくて、首をかしげている私に、
「諦めんと、いつか、お金稼いで、ええ車、父さんに買ったげるわってことや」
「それで、待っとけよって言うてるんや」