強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記ブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記ブログ

439.スポレク選考会

2009.07.05 [ Edit ]

スポレク。
全国スポーツレクリェーション大会、これが正式名称です。

簡単に説明すると、50歳代の国体のようなものです。
昨年は、滋賀県で開催され、今年は、10月に宮崎県での開催です。

そのサッカーの県代表の選考会が、今日ありました。

往年の名選手達が、紅白戦の中で、技術を見せて、代表の座を競うものです。

その選考会の前に、懐かしい先輩から、電話をいただきました。

その先輩は、滋賀県の歴代のゴールキーパーの中で、最高の選手だったと私は思っています。
実際、若いころには、当時の全日本の岡野監督の目にとまり、
日本代表のユニフォームを着る手前までいったこともある人です。

「ご無沙汰しています。」
と、丁寧に挨拶をした私に、何故か、怒った口調で、

「おい、今日、スポレクの選考会があるんやな。」

「はい、そうですけど。」

「選考されるメンバーが、事前に決まっていて、
選考会に参加しても無駄やっていうような話を聞いたから電話したんや。」

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438.月曜日の憂鬱

2009.07.04 [ Edit ]

「月曜日は、きらいや。」
「独りで置いていかれるような気持ちになって、しんどくなる。」

娘が、日曜日の夜になると、こう言います。
うちの娘だけでなく、仲間の娘達も、同じように月曜日が苦手なようです。
ある仲間の娘に、私が送った、月曜日の憂鬱についてのコメントを転記します。
その仲間の彼女は、日曜日の憂鬱と書いていました。

うちの娘も含めて、月曜日に、憂鬱を感じている人への私の言い分です。

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437.どうしたらええんやろ?

2009.07.03 [ Edit ]

「疲れたわあ。」
「今日はな、朝から、北村さんの絵を7枚描いたやろ。」
「それから、洗濯物取り入れて、たたんで、片付けたやろ。」
「それから、じんに、エサあげたやろ。」
「そして、いっしょに妹を迎えに行って、3人でご飯食べて。」
「わたし、普通の人みたいやなあ。」

「はんまやなあ、ずいぶん楽になってきたなあ。」
「あと、トイレが平気になったら、もうオッケーやぞ。」

「うん、でもなあ、それって、平気になるのやろか?」
「わたし、あかん気がする。」
「どうしたらええんやろ?」

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436.神経科治療について

2009.07.01 [ Edit ]

昨日の通院の話に対して、アドバイスコメントをいただきました。
息子さんの病気と必死に向き合っておられる、お母さんです。

そのなかで、薬のことについて、こんなふうに書いていただいていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強迫性障害には、抗うつ剤が効くとされていますが、
息子の場合はルボックスをマックス処方されても、何も変わりませんでした。
ところが、4年前の発病以来飲んでおります抗精神薬の量を、
増やしてもらったところ、グンと良くなりました。
「良くなった」と言っても、生活するのが楽になると言った感じですが、
酷い時は家から一歩も出られない状態でしたので。
お嬢さんも、かなりまだ苦しい状態にあるとお察しできます。
完璧に治るのは難しいかもしれませんが、もう少し生活し易く、生き易くなるはずです。
長い年月、苦しんでこられて可愛そうでなりません。

お医者様はお薬のことはどのようにおっしゃっておられるのでしょうか。
体重も倍になられたとの事ですが、
薬がもう少し合っていれば、そんなに体重も増えないのではと思ってしまいます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これに対して、最初は、「ありがとうございます。」だけの返事にしようかと思ったのですが、
自分の考えを、くどくど書いてしまいました。
極論、暴論にもなりかねない私の主観です。

その返信を読んでいただく方もいらっしゃると思うと、
くどくどに、もう一つ、くどくどを加えて、説明しておくほうがいいかなと思いました。

その返信は、あくまで私の主観であり、
ただ、主観ではあるけれど、
頑固に変えることの無い主観ではないのですよ、ということが言いたく、
また、いっしょに考えてくださる人がいれば、ありがたいなあと、
転載して、意見をいただいてみたいなとも思いましたので、
以下に、転載します。

賢い人は、「おまえの考え方は無茶苦茶や。」って言われるかもしれませんが、
そうなのかもしれないと、自分でも思っていますし、
これでいいと思っている自分もいます。

文章が拙いので、伝わりにくいところもあるのかもしれませんが、
いっしょに考えてみていただければ、ありがたいです。

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435.神経科の通院

2009.06.30 [ Edit ]

昨日に引き続き、今日も、なにより辛い通院の日。
今日は、神経科の医院への通院。

「薬が、もう無くなるし、お医者さんに行くわ。」
「2日連続って、最悪やなあ。」
「送ってくれるか?」

「帰りは、どうするんや?」

「タクシーで帰ってくるわ。」

そう言って、風呂の準備と、除菌液の散布の準備をして、
必要最小限の持ち物を用意する。
一番厄介なのは、保険証と診察券。
この二つは、汚れても捨てられないものなので、厄介なのです。
今までは、妻が、目に付かないように持って行って、目に付かないように提出していたのですが、
前回から、娘一人で診察に行くようになったので、
どうしても、自分で持って行く必要が生じましたから、どういうふうに持って行くかを思案しています。

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434.お医者さんでの出来事

2009.06.30 [ Edit ]

私の腰痛の遺伝なのか、娘が腰痛に苦しんでいます。
私ほどの激痛ではないのですが、痛いと言い始めて、もう一ヶ月になります。

病気になってから、体重が以前の2倍になってしまったことで、
口には出しませんが、若い女性として、苦しんでいるだろうとは思っています。
口に出さないと言っても、時々、ぼそっと、

「もう、わたしは終わってるし、ええねん。」

私は、聞こえないフリで返事を返しませんが、
太ったことに対して、こんなふうに言うこともあります。

容姿の部分は、その気になったら運動して痩せられる若さがあるからと、
可愛そうだなとは思いますが、運動できるようになるまで時期を待とうと思っています。
それより、健康面での心配をしていました。
糖尿病、高脂血症、痛風・・・
それに加えて、腰痛。

腰痛は、私の経験上、体重が増えると発生しやすくなるので、
娘に腰痛が発生しないようにと、心配していたところです。

まあ、別に、太っている人特有の腰痛でもないですから、
安心していた部分もありますが、ついに娘が腰が痛いと言い出してしまいました。

突然の出来事ではなかったのですが、
娘と二人で、農家から直接購入した玄米の精米をしにいった時、
私が、その時、いつものヘルニアからの腰痛に苦しんでいた時だったので、

「わたしが運ぶから、父さんは、車のトランクを開けてくれたらええわ。」

ということで、よいしょよいしょと30キロを一人で運んでくれて、

「そんなん一人で運んだら、腰が痛くなるで。」

「大丈夫や、それより、父さんが運んだら、また立てへんようになるやろ。」

そんなやり取りで、一人で30キロを運んでくれた次の日でした。

「あかんわ、腰が痛いわ。」

ということになってしまいました。

病院には、絶対に行きたくない娘なので、自然に治るのを待つ以外にありません。
ところが、約一ヶ月、痛みが取れないので、泣きそうな顔をしながら、決心しました。

「明日、腰痛の病院に行くわ。」

私のかかりつけの、整形外科医院、針治療を併用してくれる医院に行くことになりました。

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433.自分のポジション

2009.06.28 [ Edit ]

送別会に難波まで行くのに、大阪勤務時代と同じ経路で行ってみました。

あの時借りていたJRの運営していた駐車場が、
今は一時預かりの駐車場に変わっていて、
当時の私の借りていたスペースに停めて、駅に向かいました。

朝7時には、ここに立っていたなあと、駅のホームで、ぼんやり思い出していました。
もう20年ちかく前から10年前までの話。39歳から46歳の8年間の話です。

息子の不良で苦しんでたけど、あの頃は、頑張ってたなあと思います。
社会の中に、明確に、俺のポジションがあったからかなあ。

今、ポジションが無くなったとは思っていませんが、
あの頃は、何も考えなくても、することがあって、
ポジションを与えられていたのと、
なんの疑問もなく、社会から必要とされている自分だと思っていたものです。

今、自分が必要とされていないとは思いませんが、
毎日、当然のように与えられていた、
与えられていると認識さえしていなかった社会での責任ポジションは、もうありません。

そんなふうに思ってはいけないものです。
思った瞬間に、老けこんだ気分になるものです。

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432.リストラ

2009.06.27 [ Edit ]

リストラにあって辞める仲間の送別会に難波まで行きました。

この冒頭で書いた私の文章は、まったくの間違いなのです。
リストラは、英語のRestructuringの略語で、
その意味は、再構築という意味なのですから。

ところが、和製英語になってしまっているリストラは、
いつのまにか解雇という意味を表す言葉になってしまっている。

ただ、私は、単に国語の話がしたいのではなくて、
大きな問題は、私たち全員が、このことを間違いだとも思わずに、
この間違いを受け入れてしまっているところだと考えています。

このことに最初から気づいている一部の賢い人たちは、
今、解雇を意味するリストラという言葉を使わなくなってきています。
「企業の再構築をするために」
なんていうもともとの意味に、表現を戻していっているのです。
最初から、リストラなんて言葉は、無かったとでもいうようにです。

書き始めから脱線している、今日の私ですが、
もう少し続けたいと思います。

賢い人の使う詭弁に、もう少し気をつけなければいけない。

今日の私の脱線話は、これが言いたい為の脱線話です。

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431.父親のポジション

2009.06.26 [ Edit ]

「父親が、解ってくれない。」
「父親は、わたしには、無関心。」
「父親は、わたしを、怠け者だと思っている。」

心の擦り傷に苦しむ仲間から、よく聞く訴え。

私などは、もっとひどくて、

「いつか、父さんを殺そうと思っていた。」

こんなふうに娘に思われていた時期があります。

今も、なかなか、解ってやれないし、
解ろうと努力しているつもりでも、我慢が足りなくて、いらいらが顔に出たりします。

娘が発病してから、毎日の夜中の散歩で言われたこと、

「わたしは、父さんの暴力に、ずっと、怯えてたんや。」
「こんど、父さんが怒ったら、わたしは、死んでしまおうと思ってる。」

けっして、DVなんかじゃないのです。
暴力を振るったなんて認識は、私には、まったくありません。

父親として、言ってきかせても解らないときは、ビンタは、当然の愛情。
そんな認識でいたものです。

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430.揺らされる心

2009.06.25 [ Edit ]

「なんか寂しい。」
「なんでやろ?」
「いろいろ出来るようになってきてるのも感じる。」
「治ってきてるのかなって思う。」
「そやけど、気持ちがしんどいんや。」
「北村さんの仕事、続けられるやろか?」
「この日までにって言わはったとき、出来へんかったらどうしょう。」
「”こも”のおっちゃんの絵も描いてるけど、こんなんあかんって言わはったらどうしょう。」

「北村さんも、焦らんでええって言うてくれたはる。」
「”こも”のおっちゃんは、30年以上描いたはるプロの絵描きさんや。」
「おまえが、すぐに描けるはずがないって言うてはったやろ。」

「線が、生きるように描けへん。」

「そんなことは、当たり前や。」
「おっちゃんも言うてはったやろ、プロになれへんかってもかまわへん。」
「自分の描いた絵を人にあげて、喜んでもらえたらうれしいやろって。」
「おまえは、こうでなかったらあかんって思いすぎるんや。」
「ゆっくり進んだらええねん。」

キムチのチングから、彼の幼馴染で、染織図案家の先生の、
下絵描きの仕事をしてみないかと誘ってくれて、
ゲンが亡くなった日に、その先生のお宅に連れてもらって、
どんな仕事なのかの説明を聞いてきたのです。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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