強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

524.俺の人生を妨害する悪魔

2009.11.04 [ Edit ]

「美容室アン」
娘が、月二回、髪を切ってもらいにいく美容室です。

「あのな、アンさんに行く時だけ、わたし普通の人になれるねん。」

「なんでや?」

「一人で店に入って、普通に世間話して、髪切ってもらうやろ。」
「汚いとも感じひんし、すべてが普通なんや。」
「アンさんの人も、みんな普通に話してくれはるしなあ。」

娘の髪型は、モヒカンを女性風にしてあるような髪型。
モヒカンよりは伸ばしてある部分が多くて、
伸ばしてある短めの髪にはパーマをかけて、メッシュ風の染め方がしてある。
それをジェルで立てめにして女性らしく整えている。
ちょっとファッショナブルな髪型なのですが、
実は、娘は髪が伸ばしたくて、気に入って、その髪型にしているわけではありません。

耳の横と、うなじの部分に髪が当たると、汚れたときに着ている物に触れて、
最悪は、気に入った服を捨てなければならないはめになる。
それの防止の為の、苦肉の策の髪型なのです。

時々、家族以外の、ごく少ない会話のある人から言われます。、

「変わった髪形やなあ。」

答える娘は、

「おかしい髪型やろ?」

と笑っていますが、いろいろ考えた上の、究極の髪型なのです。

娘の病気を知ってくれている美容室アンさんの店主と、娘が相談して、
たどりついた髪型です。

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524.息子たちの優勝

2009.11.02 [ Edit ]

市のサッカー協会社会人リーグに登録して戦っている息子たちのチーム。
今日がリーグ最終戦。
全勝で優勝だと息巻いていましたが、
先週の試合で一敗してしまい、今日、手綱を引き締めて勝利することで、
優勝を確定させたいと、最終戦に臨みました。
引き分けでも優勝、負けても得失点差で、たぶん優勝ではあったのですが、
負けは許されないと言う雰囲気で、全員が試合に臨む姿がありました。

約40年前にスタートした、この、市の社会人リーグに、
ちょうど私が20歳から参加していますから、
たぶん登録は最古のチームで、36年目くらいになるのかなあ。
最初は、私の高校のOB仲間と、キムチのチングの高校のOB仲間が、
合同で作ったチームでの参加でした。

10年間くらいは、負けなしで優勝を重ねていました。
歳とともにや、仕事の都合でメンバーが欠けていき、
同年代のベテランたちを誘いながら、
合併に合併を重ねて、その都度チームの名前を変えたりしながら続けてきたものです。

40歳になって、今のシニアチームに登録してからも、
継続して登録参加してきたチームです。

20代の、まだ全員が独身だったころ、

「結婚して、子供ができたら、俺たちの息子のチームを作ろう。」

そんな話をしていたものです。

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523.戦友との会話

2009.11.01 [ Edit ]

ここは、御国を何百里、離れて遠き満州の、
赤い夕日に照らされて、友は、野末の石の下

延々と、15番までだったか、続いていくこの軍歌を、
小学校の低学年くらいだったと思います、
舞台となった場所や、その背景、意味を含めて、
親父に教えてもらいました。

親父の休みの日曜日に、いっしょに軍歌のレコードを聞いて、
私は、たくさんの軍歌を、含まれている重い意味と共に覚えました。

ただし、軍国主義の復活などということとはまったく関係はありません。
戦争賛歌ではないのです。
もちろん、軍歌の中には、かなりのウエイトで、
国民に対する戦争賛美の心の高揚という意味が含まれているのも事実です。

親父は、私に軍歌を教えてくれながら、
「絶対に、あんな戦争はしたらあかん。」
「どんな戦争も、あったらあかんのや。」
ということを、しっかりと付け加えながら教えてくれていました。

冒頭の歌詞は、その中の、「戦友」という唄の歌詞です。

何番目かの歌詞に、
思えば去年、船出して、御国が見えずなった時、
玄界灘に手を握り、名を名乗ったのが初めにて。
というものがあります。

召集されて、戦地へ向かう船の中で知り合って、
それから生死を分ける戦場での友情が芽生えていき、
最後は、戦死した戦友の家族に便りを書くという、
悲しい物語ですが、
友情の美しさも感じられる、素晴らしい唄だと思います。

私が会社に入ったころは、
上司とカラオケに行くと、けっこう軍歌を歌うような方もおられました。
いつのころからか、軍歌を歌う人はダサい人だと言うことになって、
世のカラオケから軍歌ははじき出されてしまったようです。

こんなことを言っている私も、けっして軍歌世代ではないし、
それは、それで、仕方のないことというか、自然な流れなのだとは思います。

軍歌談議がしたいわけではなく、
昨日、久しぶりに戦友と話しをしたということが言いたかったのです。

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522.夜の買い出し

2009.10.31 [ Edit ]

最近、夜中の喫茶店には、ほとんど行かなくなりました。
一時過ぎには、娘が部屋に寝に行きます。

ありがたいことです。
ずいぶん楽になりました。

過呼吸や、慟哭、大暴れ、この世のものと思えない目つき、
異常な行動、死にたいとパジャマのままで夜中に裸足で飛び出す。
思い出すだけで、両肩がずっしり重たくなって、
胸の辺りが苦しくなってくる状況が、ほとんど無くなってきたように思います。

けっして、すべてが解決したわけではないのですが、
心の中では、納得できない苦しさを、まだまだ持ち続けている娘なのですが、
悪魔の支配に、少し抗えるようになったのかなあと考えています。

贅沢な発想ですが、
痩せられて、自由に出かけられて、なにかと出会える、
そんなふうになったらなあと考えてしまいます。

友達が出来て、
恋人が出来て、
なんでもいいから、仕事に就けたら、
すべてがオッケーになるのになあと思ってしまいます。

「焦るな、焦るな。」と、自分に言い聞かせながら、
贅沢な願いに想いを傾けてしまいます。

「今までどおり、ぼちぼち歩もう。」
そう考えながら、一足飛びの幸せを望んでしまいます。

「幸せ」?
「普通」なのですけどねえ。

一足飛びの幸せじゃなく、一足飛びの”普通”を望むっていうのが正解かな。

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521.”元の自分に戻る”の意味

2009.10.30 [ Edit ]

ハラグロ先生の話の中で、
「前の自分に戻ると考えないほうがいいですね。」
という、先生のおっしゃった言葉を書きましたが、
幾通りにも解釈できるこの言葉の意味は、先生には聞いていません。

私は、娘に、
「治らないって言うてはるのと違う。」
「今の自分、過去の自分は、時と共に変わるものやからな。」
「新しい自分を見つければええって言うてはるのかなあと思う。」
「もちろん、病気のことも含めて話してはるんやと思うけど。」
「潔癖症がなかったものが、未来の自分には、綺麗好きとして残るかもしれん。」
「前は、汚いものとして気にならなかったものが、絶対嫌なものでなく、
不潔なものとして考える自分がいて、今ほどは、気にならない。」
「そんな形でも、もとの自分ではないわけや。」
「先生は、そんなふうに言ってはるのとちがうかなあ?」
「未来に向かえって言ってはると思えばええのとちがうかなあ。」

そんなふうに言ったことを覚えています。
ちょっと、娘向けにアレンジしたのかなあと思いますが、
そんな解釈を、私自身もしています。

「病気が治るものではない。」
そんなふうにも聞こえますが、
こういう解釈なのでは、ないと思っています。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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