強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

36.すべてが汚い

2008.04.30 [ Edit ]

周りのものすべてが、汚いものになってきて、
便所掃除のバイトをしていた時に触れていたものすべてが、触れなくなりました。

バイトから帰って漫画を描くために小説をむさぼり読んでいた部屋に入れなくなり、
乗っていた自転車を捨て、着ていた服は、買ったばかりのものまで捨ててしまい、
絵を描くために、安い給料の中から買い集めた、かなり高額な絵画集や小説も
捨てられる物は捨てました。

そして、風呂からあがり、身体がきれいになったら、
自分の部屋に直行で、他のどの部屋にも入れず、
よけいに寂しさが強くなるような生活になっていったんです。

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35.ずたずたのかわいそう

2008.04.29 [ Edit ]

娘と親が、病気なんだと認めたと同時に、さまざまな症状が出てきだしました。
認識した事による、ある意味の安心から、無意識に抑えてきていた症状が、
少しずつ顔を出してきたのかなと考えます。

寂しい、哀しい、悔しい、を抑えなくなってきました。
いい子でいよう、も抑えなくなってきたような気がします。

大声で泣き叫ぶ、乱暴なふるまいと言動が急激に増えて、
抑え切れない頂点になった時に、過呼吸の発作になる。

過呼吸とは別に、目を吊り上げた恐ろしいような表情になって、
けものが低く吠えるような声を出して、爪が剥がれそうなほど、
ずっと畳をかきむしっていたり、新聞の全ページを、細かくなるまで、むしり続けたり、
足の骨が折れてしまうほどの強さで、部屋の壁をけり続けたりもしました。

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34.明るいのは、きらいや

2008.04.28 [ Edit ]

部屋にも入れず、
家族の誰とも触れることはできず、ほとんど、屋敷牢に入っているような感じでした。


次には、明るいと,汚いものが見えるからと、暗いときだけ生きるように、
明け方を待って眠りにつき、暗くなるまで起きてこないようになりました。

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33.病気を認める

2008.04.27 [ Edit ]

この8年間、始まりから現在まで、いろいろな症状がありました。

うちの娘は、よくいらいらするなあ、から始まって、
ちょっときつく叱ったときに、びっくりするような大声での泣き方で驚かされたことがあった。
仕事から帰ると、テレビのリモコンが壊れていて、何故かと聞くと、
娘が投げつけたから、なんてこともあった。

そのころは、神経症だとか、病気だとか、思いもよらなかった。

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32.ワラビ採り

2008.04.26 [ Edit ]

今日は、現実逃避しようと思って、久しぶりに山奥へ岩魚釣りに出かけました。
桜の花も、おおかた散って、日差しが春の匂いを振りまいています。

夜明けが早くなって、5時前にはもう釣り始められます。
天気は良かったのですが、風がとても強く、
数匹は釣ったものの、釣りになりません。

(渓流つりは、棹先から針までの釣り糸を緩ませずに、
エサが自然に川を流れるように演出して釣るものですから、風は大敵なんです。)

こう風が強いと、おもしろくないなあと、川岸の岩を椅子がわりにタバコを一服。
堤を見ると、枯れ草の間や、朽木の間から、薄緑のワラビが、
すーっと背伸びしている姿があり、魚釣りから、山菜採りへと早代わりしました。

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31.精神病がうつる

2008.04.24 [ Edit ]

末娘が、何年か前に言った事。

「父さん、精神病の人が家にいたら、家族にうつるんやて、友達が、そう言うたはった。」


迷信、妄想の部類ではなく、笑ってすませられない話です。

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30.振り出しに戻る

2008.04.24 [ Edit ]

すごろくなんて、小さい時にした記憶があるだけですが、
最近、振り出しに戻る ていう言葉が よく口から出てくるし、
頭の中にもよく浮かんでくる。

「また振り出しか」
「ふりだしやなあ」
「あーあ、振り出しや」

こんな感じの独り言、多いなあ。

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29.やっぱりアカン

2008.04.22 [ Edit ]

娘がパートに行きだして、やっと待ち望んでいた なにかの兆しかなと喜んでいました。

2日は続けて行ったんですが、3日目、起きてきて化粧して、
元気な声で、行ってくると言うかと思ったら、
「今日は休むわ」って言う。

「どうしたん?」
「しんどい」
「そうか」

これだけの会話にしておきました。
笑顔の会話にしておきました。

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28.パート

2008.04.20 [ Edit ]

坂道を一気に登ろうと思わんでええ。
ゆっくり、一段づつ階段を登っていって、いつでもしんどかったら、踊り場で休憩しよう。
悲しがったり、苦しがったり、悔しがったりした時に、いつも言って聞かす話です。

低い階段や、高い階段、登ろうと思うけど登れない階段もあります。

バイト辞めて、8年目にやっと登れた一段。

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27.病院探し

2008.04.19 [ Edit ]

「父さん、手を洗ってきて。」

理由を言わずに、娘が突然こう言ったときは、空気が重くなります。

何かが、汚かったんです。
常識的に汚いものではありません、娘にとって汚いものです。

8年前、突然、いや突然ではなかったです。
私が、突然だと思っただけで。

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26.話せることで生かされる

2008.04.18 [ Edit ]

私には、たくさん友達がいます。
ありがたいことだと思っています。

「生きるのしんどい」娘の口癖です。
ほんと、生きるのしんどいです。

しかし、話せることで、しんどさが薄れることって、かなり実感してます。
人と、なかなか接することが出来ない娘には、
出来るだけ私が話してやらないとと思ってます。

親、友達、恋人、先生、じいさん、近所のおっさん、いろいろな役柄で付き合っています。
演技でしかないのですが、演技ではダメなんです。

父親として、友達になり、恋人になり、近所のおっさんにならないとだめなんです。
なんのことかわからん話なんですが、そういうことなんです。
私自身も、出来てるとは思わないし、自信もありません。
そうしてやろうと思ったら、そうならないんだと思います、

娘の話題を、父親の立場で聞いたり、父親の立場で答えてたら、父親だけしか存在しない。
自然に、多重人格にならないといけないんです。

ちょっと、うまく説明できません。
いっしょに考えてみて、それぞれの答えにしてください。

発症したとわかった時、病院に罹りだしたときかな、

どうしてやったらええんやろ?
どうすればええんやろ?
これからどうなるんやろ?

こんなことばかりが、頭の中でぐるぐる回っていました。

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25.VIP

2008.04.17 [ Edit ]

別に、出会う人すべてに、いちいち娘の事や、
泣き言を話しているわけではありませんが、
じっくり話せる人と出会うと、(じっくり話せる人とは、
私の直感で、ええ人っていうふうに感じた人かな)
ついつい、こんなことで、苦しんでますって話してしまうことがあって、
もちろん、すべてが伝わるわけでは無いのですが、
けっこうたくさんの人が、娘の事を知ってくれています。

安易に披露しているわけではないのですが、

「なんで会社辞めたの?」
「3年も仕事もせず、どうして生活してるの?」
「サッカーだけやってて気楽やなあ」

こんな話が出てくると、実はってことになってしまい、
ついつい話してしまうことになってしまいます。

親身に聞いてくれる人、別に興味の無い人、聞き流す人、いろいろですけど、
話すことで、私自身が楽になっている部分もあるので、
だれかれなしに話すことではないものなのかもしれませんが、
そんなに重いことだとは考えてません。

人と出会うと、前に話した「俺の葬式に来てくれるか?」と、
もう一つ決め事みたいに話すことがあります。

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24.仕事

2008.04.16 [ Edit ]


「とうさん、会社辞めて、月曜の朝に、おはようっていう人が無くなったら、
私みたいな病気になるで。」

なかなか的を得た、娘の言葉です。

退職して三年。
30年頑張って、築いたポジション、と身に付いた知識に裏打ちされたプライド。
慕われていると自信を持って接していた後輩たち。俺を頼りにしているだろうと、
自信があってつきあってた上司たち。

会社の中、目指す方向が単一なので、当たり前の簡単な付き合いでもあったかなあ。

どちらにせよ、出会う事があたりまえだったところから、
一人でいることが、当たり前になるのは、最初だけが、心地よくて、
寂しかったり、空虚だったり、しまいには、何故か腹が立ったり。

変な孤独感。

それよりなにより、金が入ってこない現実。
おもいのほか速く減っていく貯え。

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23.立木観音 その後

2008.04.15 [ Edit ]

立木観音の頂上、頂上とは言わんでしょう。
本殿かな、本堂かなあ、ちょっと信心の薄い私がばれましたが、
頂上でわかるでしょうから、良しにします。

頂上までたどり着くのが、よほど苦しかったようで、
おさがりの柚子湯が振舞われていたのを、湯飲みに三杯、おいしそうに飲みました。

普段から、かっこつけというか、へんな見栄張りというか、
「男はそんなんしたらあかん」的ポリシーを持っている私が、
心づけをきちんと置いて、娘の飲む柚子湯を運んだのが、余程嬉しかったようです。

いつもの事なのですが、うれしいことのあった後は、落ち込みが激しいんです。


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22.立木観音

2008.04.14 [ Edit ]

瀬田川沿いを石山寺から京都宇治方面に走ると、
川幅が急に狭くなり、急峻な山奥の激流のような様子になる。

その辺りを、鹿跳(ししとび)とよぶ。

弘法大師を、白鹿が背に乗せたという言い伝えからついた地名である。


その昔、弘法大師空海が諸国行脚の旅の途中に、川岸で休まれていた時に、
山の中から光が発せられ、白鹿が現れ、その背に乗って光のもとに行かれると、
鹿が観音菩薩に変わられたそうな。


そして、大師は立木にそのまま観音像を彫られたそうな。
それが、立木観音のいわれであり、高野山を開かれる前の話であるところから、
元高野とも呼ばれているそうである。


その立木観音に、今日は、娘と参拝しました。

七百余段の石の階段が山腹をくねくねと続く道のり、
たどり着くまで、十回くらいの休憩をしながら、ゆっくりゆっくり登りました。

十年ぶりくらいです。
十年前は、休憩なしで軽やかに頂上まで笑いながら行けてたんです。

発症して、どこにでも行けなくなった娘が、最近、
だんだん昔行けてたところに行けだしてはいるのですが、
医者にかかり、処方されている薬が、脂肪燃焼を妨げるという副作用があり、
太りだしたのが、4年前くらいでした。

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21.道元禅師

2008.04.12 [ Edit ]


娘は、道元禅師を目指していたそうです。
目指していたなんて言い方は、いけません。

禅師の生き方を、手本にしたいと思っていたと言ってました。

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20.いじめの話の続き

2008.04.11 [ Edit ]

いじめの話、先生が気づいて、初めて話し合ったところで終わってました。

六年生も、あと少しというところだったので、そんなに先生とたくさん話し合って、
共に闘ってなんてことは無かったです。

でも、その後、日記を気に入ってくれて、たびたび娘に提出するよう指示があったみたいです。
夜、日記の返事を書こうとすると、ページのなかに、赤インクの感想が記入されているんです。

「智沙、先生に日記見せてるの?」
「見せなさいって言わはるんや、それで時々学校に持っていって、見せてるねん。」

別に、見られて悪いものではないけれど、これもまた、学校の先生病だなあと。
プライバシーポリシーなんて、今に始まったことじゃなく、以前から、
あたりまえの常識のなかでは存在していたと思いますが。

もっと、びっくりは、私の書いた返事の文章に、赤ペンで、
よくできましたみたいなコメントが書いてあって、
はなまるみたいな、しるしがあって、娘の手前、
先生に文句は言えませんでしたが、ちょっと苦笑いでした。

いじめの話に戻ります。


強くなろうと考えたみたいです。



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19.四月は、一年でいちばんしんどい

2008.04.10 [ Edit ]

「四月になって、サクラが咲いて陽気が良くなるのがいやや。」

何で?

「温かくなって、気持ちが晴れるような感じがして、周りが明るくなるような季節やけどなあ。」

もう8年も、自由に外に出られないような病気に邪魔されて、
これから先も、いつになったら平気な生活に戻れるかは、わからないし、
あたりまえの普通から、はみ出している自分の将来を、
4月は、特にはっきりと思い出させるから、ということ。

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18.難聴

2008.04.09 [ Edit ]

「父さん、私を聾唖学校に行かせようと思ったことはないの?」
突然、夜中の二時頃に起きてきて、思い詰めた顔で娘が聞いた。

補聴器販売店の店主に言われたことを思い出していた。

大学病院で、難聴だと診断されて、

「あなたが洗面器の水の中に、耳まで顔を浸けて、
人の声を聞いているのと同じ状態だと思ってください。」

と言われ、補聴器をつけさせなさいと言われた時、返事をを躊躇していたら、
「親の権限で、この子に情報を与えないのですか。」と、医師に叱られ、
補聴器を買いに行った時のこと。

聴力検査の結果をみて、自らも難聴である店主が、

「お父さん、この娘さんの聴力からすると、身体障害者の審査が通ります。」
「しかし、補聴器の費用が安くなるくらいが、せいぜいのメリットで、
学校から聾唖学校に通ってくださいと言われるかもしれません。」

なので、障害者申請はしない方が良いと思う。
これが、店主のアドバイスだった。

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17.私の目標

2008.04.08 [ Edit ]

突然、私の最終目標を披露します。

本当は、娘が、何でこうなって、どんな苦しみや悲しみで心を傷つけて、
耐えられる限度を超えていって、家族とともに苦しみぬいている姿を理解してもらってから、
話すことなんですが、なるほどという理屈を言うまえに提案してみて、考えてもらうのも、
素直な本心が、残虐に気づかない人間の心からの感想となるかなと思い、披露してみます。

精神病と神経症を”病気”という言葉から解放したいのです。

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16.発作

2008.04.08 [ Edit ]

発作と呼ぶのが正しいのか。

私は、発作という言葉に、強い抵抗があって、
あまりこの表現の仕方は使いたく無いのですが、
医療の専門用語というか、医者が感情を入れないでさらっと使う言葉として、
ひろく受け止めれるのが、やっぱり発作という表現なんでしょう。

娘の場合の発作は、8年前の発症当初によく起こった、過呼吸、
過度の号泣、悲しみと怒りの複合した叫び、自傷を伴うような乱暴行動です。
発作という言葉といっしょで、こんな短い簡単な言葉たちでは表せないものであるし、
そうなる原因というか、心の動きも様々なものだし。

なので、なかなか娘の実際の状況がどんなものであるかを、
表現することが難しいものなんです。

鬱を代表とする様々な神経症の患者の家族や、当然のこと、その患者本人も、
単純にウイルスに毒された訳ではないし、怪我を原因とするものでもありません。

ほとんどの人が、「なんでこんなことになったんやろう?」と考えても、
答が出るものじゃないんだと思います。

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15.ほんまもん

2008.04.06 [ Edit ]

山のばあさんの話や、サッカーの仲間達の話、不良から立ち直った息子の話。
いじめられてたけど、交換日記で仲良くしていた娘。

「生きるのしんどい。」なんて言ってるけど、そんなに深刻な話じゃないんやろ。
今までの私の話では、そんな感じしかしないと思います。

ほんとうに辛かったり、悲しかったり、苦しい時は、心が傷だらけになってるんですが、
出てくる言葉は、明るかったり楽しかったりを表現してしまうような気がします。

それから、口に出せない辛さや悲しさという表現は、
口に出しても人に理解してもらえないだろうという心の確信が、
そうさせるのだと考えます。

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14.渓流釣り

2008.04.06 [ Edit ]

娘が受けていたいじめの話を聞いてもらうと、
親父はどうあれば良かったのかという答えに近づくのではないかと、
記憶をたどりながら、自分でもある意味懐かしく、
反省したり悔やんだりしているのですが、
一点集中がなかなか出来にくい年齢に入りかけているので、
まったく関係のない現在の話をすることにします。


今日は、息子といっしょに朽木村を流れる安曇川の源流地帯にあまご釣りに出かけました。
夜明けがどんどん早くなってきて、5時には薄く明るくなってくるので、家を4時に出ました。
川まで約1時間なので、途中で昼の弁当を買ったりして、
ちょうど夜明けとともに釣りだすことができます。

息子とはもう15年くらい毎年かかさず漁協で年間の入川券を買って渓流釣りをやってるんです。

不良の仲間入りして暴走族に入っていたときも、
渓流釣りだけはいっしょに行ってました。

おかげで、まったく会話が途切れるということなく、
引き戻せた要因の一つなのかなと思っています。


息子といっしょに行くようになる前に、山の雑貨屋さんでタバコを買ったときです、


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13.いじめと父娘

2008.04.03 [ Edit ]

日記の話から、脱線でした。
時をかける親父ですから。

がんばりや、負けるなよ、闘え、気にするな、我慢しいや。

この5つくらいの表現を変えたものの繰り返しを何ヶ月か続けたけれど、
解決に向かわず、あきらめに向かっていってたようです、娘の気持ちは。

ある日、担任の先生から連絡がありました。
娘さんの事で話がしたいとのこと。

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12.毎月1日

2008.04.02 [ Edit ]

毎月1日

突然、日記から外れて、現在の自分の話。
退職して丸3年が昨日過ぎて、4月1日、今日から4年目に入ります。

と言うことは、辞めてから月の初めの1日が36回あった事になる。
36回の月初に欠かさず電話をくれている元会社の後輩がいます。

最初のうち彼が夜遅く電話をしてくれていたのが1日だとわかっていなかった。
特に、辞めた当初は、いろんな人から連絡が入っていたし、
大谷もそのうちのひとりで、取り留めの無い話をして、またなって言って電話を切っていた。

半年後くらいかな?

話題があまりなくて、会話が数秒途切れたとき、「何の用事やった?」って私が彼に聞いた時、
「僕、吉長さんが会社辞めてから、毎月1日には必ず電話するって決めたんです。」との答え。

そんなに特別に彼にだけ仲良くしていた訳でもないし、
本当にありがたいなあという気持ちになりました。

私は初めて出会う人がいると、同じ会社の人間でも、取引先の方でも、
サッカーの仲間でも、決まってする質問がある。


「貴方は、俺の葬式に来てくれますか?」という質問です。


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11.いじめ(3)

2008.04.01 [ Edit ]

ただ、学校に言いに行く事をしなかったのは、かっこつけからでなく、
真剣に考えて、そうするべきでないと思ったから。

生意気言うようですが、学校の先生に解決できる話じゃないと思ったからです。
そしたら、いったい誰が解決するの?と言う話になりますが、とにかく、
その時の私の直感とでもいうか、学校の先生よりは俺の方がましやろ、と考えてました。

そういうのが、モンスターペアレンツの始まりじゃ、と言う声が聞こえてきそうですが、
子供は天使の心を持ってるけど、悪魔の心も持ってると思うし、
その片方だけを評価して、善の子供と悪の子供により分けてるのが、
どうも学校の先生のような気がする。

いやいや100%じゃないですよ、すばらしい学校の先生も、きっといらっしゃいます。

ただ、私が小学校の頃を思い浮かべても、50%は、そういうより分け方してる先生がいて、
35%が大きな目を持っていて、15%が大きな目に加えて、心も持っていたのかなと思うので、
今はもう少しウェイトが変動していると言っても間違っていないのではと。

「自惚れもええとこじゃ。」お叱りの声がきこえそうですが、もっと怒らせるような表現をすれば、
思っている、考えるみたいな言い方ばかり続けましたが、確信するが本音です。


言い逃れみたいな独り言はいいかげんにして。

その時の日記のやり取りの話を続けます。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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