強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

60.何しに生まれたんやろ?

2008.05.31 [ Edit ]

「わたしのやりたいことってなんやろ?」

「恋したいなあ、仕事したいなあ。」

「その前に、いつでも思ったときに外を歩きたいなあ、歩けたらええのになあ。」


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59.韓国の出来事

2008.05.30 [ Edit ]

おじさんが18人、高校生のように上下関係を年齢ベースで楽しんできました。

上下関係を年齢ベースで楽しむっていう表現は、とても判りにくい表現ですが、
これはとても美しい表現で、とても美しい風景が目に浮かぶものなんです。
機会があれば、詳しく説明したいと思います。

ところで、今度は10月に韓国から代表団が滋賀県に来られるんです。

その為に、今回の遠征に、韓国選手団を受け入れする
地域の市役所の職員を2名連れて行きました。

このことについて、私はまったく納得していない部分があります。

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58.韓国行きは、私の階段かも

2008.05.21 [ Edit ]

明日から、韓国遠征。

試合がどうとか、旅行がどうとか、本当はわくわくだったりするんでしょうが、
娘と一週間離れることの不安が大きい。

ちょうど2年前に、シニア全国大会の近畿地区決勝戦の試合中に
膝を怪我して救急車で運ばれ、手術するはめになり、
約一ヶ月入院した事があります。

この時、強迫対象で、病院がだめ、包帯がだめ、松葉杖がだめだった娘に、
運ばれた病院から、痛みをこらえて治療してもらうより先に電話を入れて、

「父さん、試合で怪我して病院に来てるんやけど、
包帯して松葉杖で家に帰ってもええかな?」

「いややで、そんなんで、帰って来んといてや。」

というやり取りがありました。


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57.娘が苦しいとハスキーが夜泣きする

2008.05.20 [ Edit ]

しんどいから、すぐに腹が立って、ちょっとしたことに腹が立って。

腹が立ったことが大きな怒りになって、
怒りが怒りをよんで、すべてに腹が立ってきて、
過去の腹立ちまで呼び覚まして、
許すとか、我に返るとか、そんな感情は遠くに行ってしまって、
怒りの元になったもの、言葉であったり、出来事であったり、
その元の対象に怒りが集中してきて、
他に何も考えられなくなって、
でも、発散の方法が見つからずに、
我慢しようとすると、
抑えようとしていた怒りが爆発してしまう。

爆発と同時に、自分がどこかにいってしまって、
自分の心も身体も、得体の知れない怒りの塊に支配されてしまう。

そんな時、
娘は大声で泣き叫び、もがき苦しみ、身体をよじり、震えながら、また泣き叫ぶ。

きっと、怒りの元になったものは、きっかけであるにすぎず、
ほんとの大きな怒りの元は、心の中の苦しい我慢の塊なんだと思う。

なんでこんな目に遭うのか、どうしたら解き放たれるのか、しんどい、くるしい。

この塊を言葉に変えると、

「生きるの しんどい」になるのだろうと思う。

想像もつかない苦しみ。

簡単に、がんばれなんて言えない。
どんな言葉も軽すぎて口に出せない。
かわいそうって言うのも軽すぎる。
通り越して通り越して、憤り。
何かに対する憤り、これくらいが私の心を表現できる言葉なのかなと思う。


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56.娘は無事でした

2008.05.19 [ Edit ]

中国に留学中の末娘の無事が確認できました。

「わたし、今まで、なんにも自信持てるもん無かった。」
「高校は中退したし。その後 定時制高校卒業して、
とうさんは褒めてくれたりしたけど。」
「自分の中では、なんにも自信なかった。」

「そやけど、中華料理の道にちょっとだけ入って、
中国語の必要性感じて、中国語勉強して。」
「ちょっとだけ喋れるようになってから、
こんな私でも、できることあるんやって思えるようになった。」
「だから、もう一回だけ中国行くわ。」
「せっかく喋れるようになった中国語、もっとしっかり身につけたいし、
今回で最後にするし許してや。」

と言って、中国に行っている末娘。
昆明の方に、休み利用して旅行してくるわと中国国内旅行中だった末娘からメールが入り、

「今日、寮に帰ってきたんやけど、無事やし、心配かけました。」

三人の子供、それぞれに心配ごと多し。

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55.強迫性神経症よさようなら、の序章かな?そんなに甘くはないのかな?

2008.05.18 [ Edit ]

午前中はサッカーの練習日、仲間たちとグランドで、
少しだけ何もかも忘れる時間を過す。
顔が痛くなるくらいの強い日差し、たいへん良い天気です。

ちょうど正午に帰宅、シャワーを済ませて。

薬の影響で、ぐったり寝ている娘に呼びかけました、

「ええ天気やし、どっか行こうか?」

だるそうな表情で、目をこすりながら
「パチンコ行きたい。」

「パチンコは行かへん。」
「買い物行こうか?」


私と妻と娘の三人で、食料の買出しに出かけました。

来週水曜日からの韓国遠征に着ていく日本のユニフォームのトレーニングパンツの丈が、
足の短い私に合わず、それの裾あげをしてもらいたいのと、食材の買い出しです。


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54.文字で伝える難しさ

2008.05.17 [ Edit ]

頭で考えることは、ビジュアルの要素がかなり多いと思う。


サッカーの上手い奴、名選手の条件はなにか?
テクニック、スピード、スタミナ、スピリット、ボディバランス、
ボールコントロール、ブレイン???。

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53.パチンコ依存症(2)

2008.05.16 [ Edit ]

私が会社を辞めてからの3年間、ほとんど毎日パチンコに行ってました。
朝から晩までと言うわけじゃないですが、短い時間でも、遅くからでも、ほぼ毎日です。



毎日パチンコするために、会社辞めたわけじゃないです。

私が会社辞めて一番にしたかったことは、娘と二人で四国巡礼の旅、
すなわちお遍路さんだったんです。
ところが、強迫製神経症になって汚いものがいっぱいあるなか、
旅行、特にお遍路さんなんて、とんでもない世界だったんです。

娘は、随分前から、お遍路に行きたいって言ってました。

金毘羅さんに家族旅行したときも、いつかお遍路さんやりたいって言ってましたし、
道後温泉に、家族旅行したときも、商店街で、お遍路さんの装束や杖、経袋、
全部そろえたらいくらになるなんて言ってたくらいなんです。


まあ、それでも、いつか娘と遍路旅には行こうと思ってます、
諦めたわけではありません。


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52.パチンコ依存症(1)

2008.05.16 [ Edit ]

強迫性神経症に罹ってからずっと。

息子が、姉ちゃんの気持ちを慰めようと、
いろんなところに連れて行ってくれています。



パチンコも、その一つでした。
発症してすぐくらいでしたから、もう6〜7年前になります。

「生まれて初めてパチンコに行ったわ。」
「面白かったけど、どきどきしたわ、お金もったいないもん。」

母親と3人が、千円づつ パチンコしたそうです。

「母さんのが当たって、1万円 勝ったんやでえ。すごいやろ。」

それから、時々、家族でパチンコにいきました。

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51.友情の定義

2008.05.15 [ Edit ]

30数年前、私が、新入社員だったころの話。

会社っていう所は、学校とちがって、常に利害がつきまとうところなので、
社員同士の友情なんて、ほとんど成り立たないし、在ると思わない方がいい。

こう教えてくれた先輩がいました。

青い私は、そんなことないやろと強く思い、馬鹿かこいつは と、
その先輩を蔑んだ覚えがあります。

人間同士、熱くかようものがあれば、会社でも学校でも、
友達はできるやろ、と確信していました。


よく、後輩に私が問いかけること、

「友情の定義は?」という質問。

無理矢理 持論を押し付ける為の、
前段の問いかけなんですけどね。


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50.父さんの人生は幸せやったと思うわ

2008.05.14 [ Edit ]

うちは今、末娘が中国にいるので、4人で家族全員です。
家族4人で買い物に行く途中の会話です。

「今、うちの家 あんまり幸せとちがうなあ。」と、娘。

「でも、息子の運転する車の横に父さんが乗って、
後に母さんと娘が乗ってる、それも30歳の娘と息子や。」
「それで、4人が、わいわい言いながら乗ってる。」
「これで、ええわ、母さんは。」と、妻。

息子と私は、黙って聞いてる。

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49.後輩に叱られた話

2008.05.13 [ Edit ]

「うちの娘が、学校でいじめられてるらしいて、文句言いに行こうと思うんやけど」
と、後輩に相談を受けました。

数年前のはなしです。

後輩といっても、いつも私のほうが助けられている一年後輩の岩本さん。
中学生の時からなので、もう40年、いっしょにサッカーやっている。
兄弟以上の存在だと思っている。
彼と私の感性がとても近いものであるのは、お互いの認めるところです。

例えば、彼いわく、
「人を紹介するときに、気安く親友とか、友達という言葉を使う人が多いけど、
俺は、ほとんど、彼は俺の親友ですという紹介の仕方をしたことがない。」

何故かと言うと、
「果して彼は自分にとって本当に親友と呼べる人なのかと考えたとき、
本当の友達、本当の親友に失礼やと思うからや。」
と言う。

かなり偏屈な奴だと思うと共に、私も、まったく共感するので、
私もかなり偏屈だということになる。

こういうこだわりを、かなり広範囲にわたって持っており、
そのほとんどが合致するところから、
感性が近いと認め合っている仲間なのです。

さて、彼の娘さんの相談を受けたときの話です。

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48.いつか父さんを殺そうと思ってた

2008.05.12 [ Edit ]

末娘が、定時制高校に入った頃ですから、もう10年近く前の話。

「父さん、バイトして貯めたお金で、バイク買ってもいい?」

自分は、ナナハン乗り回してたくせに、世の親の習い、

「もうちょっと待って、車にしたほうがええで。」
「バイクは危ないからなあ。」

でも、末娘にはどうも弱い私があって、最後はどう押し切られたのか覚えていませんが、


バイク屋さんで、できるだけ安全そうなバイクを、
末娘の好みとのバランスで、いっしょに選んでいました。

「どこへ行って、何時ごろ帰ってくる。」
「バイク乗っていく時は、これだけは言うていく約束やぞ。」

こんなことを強要しながら、反面、娘の成長を喜んでいる自分もあったように思います。



「わたし、自分の働いたお金で生まれて初めて買う高価なものやし、大切にするわ。」



こうやって自立していくのかなあなんて、満足していた私がいました。

バイクに乗って出かける娘を、危ないなあとドキドキしながら、
見えなくなるまで見送りながら、まっすぐ座って、まっすぐ前を向いて、
自転車ほどのゆっくりした速度で走る末娘の運転に、微笑みながら、

「どんくさいなあ、でも、あれならちょっと安心かなあ。」と、独り言をいったりしていました。

そうやって、大切に乗っていたバイク。

末娘が、どこかに出かけて、玄関の横においてあったバイク、
掃除と点検をしておいてやろうと、工具を小屋から持ち出してきました。

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47.普通ってなんやろ?

2008.05.10 [ Edit ]

親父は、厳しいのが当たり前。

男としてのカッコ良さ。

若気の至り。

厳しい中の優しさ。

ほんまもん。


そんなに間違っていたとは思ってないけど、
悲しいことへ直結した原因が含まれているのは、
認めることが必要なのかな。

”おやじの説教と 冷酒は 後で効く”

この言葉が好きで、この古臭い親父を実践したかったんです。


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46.シニアサッカーの強力新人は神経症だった

2008.05.10 [ Edit ]

我がサッカークラブに、強力新人が加入しました。

大阪出身の彼は41歳、15歳でブラジルにサッカー留学して、
その後30歳まで、韓国のプロリーグでプロ選手としてプレーしていましたとのこと。



今年は滋賀県で、全国スポーツレクリェーション大会があります。
(50歳以上の国民体育大会みたいな、全国都道府県持ち回りの大会)

その大会には、同時に日韓交流事業があり、
5月に開催県の代表チームを日本代表として派遣し、
10月に、韓国代表チームを迎えるという交流事業です。

その選手選考会に、彼が参加したのが初めての出会いでした、
滋賀県に家を建てて、滋賀県人になるそうです。

選考会で目立っていた彼は、韓国遠征チームにも選ばれ、
私を含めたチームの一員として代表選手になりました。
また、すごいスピードでドリブルしていた彼を、滋賀県に来るなら、
我がチームに入らないかと私が誘いました。
若い頃は、100メートルを10秒9で走ったそうです。

申込書、パスポートコピー、写真を16名の選手全員分 集めて、
体協の担当者に渡し、説明会に全員を招集し等、
世話係り的な仕事を、選手兼監督として私がやっているのですが、
事務処理全般が、やっと終了しほっとしていたところに、
彼からメールが入ってきました。

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45.イキヅマル って、どう書くのかな?

2008.05.09 [ Edit ]

行き詰る? 息詰まる? 生き詰まる?

国語の話じゃないですよ。

生きるのしんどい、のなかで、どれが当てはまるのかということです。

「6月に、生きてる わたしが、想像でけへん。」

こう言って、泣きじゃくる娘。


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44.比叡山 延暦寺

2008.05.08 [ Edit ]

ここ数日、調子が良くない娘が、

「とうさん、明日 比叡山に連れて行ってくれへん。」

ということで、昨日、根本中堂で手を合わせました。

別に、私も娘も、宗教に帰依してというようなことではないのですが、
娘は、高校時代くらいから、きっと耳が悪いということに対して、
辛い思いを心に感じ始めたと同時くらいなのだと思います、

「仏様に会っていると、こころが落ち着くし、
なんでも思ってることが伝えられるのが、うれしい。」
「仏様は,なんでも聞いてくれはる。」

というふうに言っています。
宗派がどうとか、教義がどうとかは関係ないんです。

”オンコロコロセンダリマトウジソワカ”
「延暦寺の本尊は薬師如来やから、この真言なんやで。」
「薬師如来は、病気を治すような役割を持った仏さまなんや。」

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43.妹 2

2008.05.07 [ Edit ]

大阪で一人暮らしを始めた末娘は、今度は、
目指していた中華料理に専念しようと頑張っていました。

ちょうど、そのころ私も大阪勤務だったので、
時々、仕事が終わってから、末娘と待ち合わせて食事したりしてました。

その時に、必ず末娘は、
「おねえちゃん、どうや?」って聞いてくれます。

私は、今こんな感じで、この間こんなことがあって、
医者がこう言っていて、こういうふうにしてやって、
みたいな感じで、一生懸命 姉の症状を伝えていました。

そして別れ際に、
「がんばって、おねえちゃん助けたってや。」
「それと、父さんも母さんも、倒れたらあかんで。」って言ってくれてました。

末娘も、自分が必死で頑張ってるなかで、心配してくれとるんやなあと喜んでいました。



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42.妹

2008.05.07 [ Edit ]

下の娘も、高校を中退して、いろいろ経験しています。
まあ、当たり前ですけどね、人が生きていくのにいろいろあるのは。

 
上が生まれて、初めての子育てが始まり、
2番目に男の子が生まれて、初めての男の子を育てる。
3番目は、経験が少しある育て方をする。
そして、兄弟のバランスや、個性を考えながら育てる。

育てるなんてことは、言葉で表現しきれるものではないと思うし、
それぞれの親が、精一杯の中で、セオリーなんてないし、
必死が、間違いなく共通して存在するだけかなと思う。

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41.10年後の私

2008.05.05 [ Edit ]

私が40歳になった時、つまり、15年前のことです。

会社で、40歳研修というタイトルの研修がありました。
その年に、40歳の誕生日を迎える社員全員を対象に、
全国の対象者を、20人ずつくらいにグループ分けして、
全員が終了するまで、毎週。


5日間くらいの日程だったと思います。

研修のテーマは、”10年後の私”。

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40.千日回峰行

2008.05.04 [ Edit ]

比叡山延暦寺で行われる、荒行で、
その行にのぞむ僧は、死装束である白装束で、腰に短刀を携えている。

白装束と短刀の意味するものは、修行を途中でやめることは 許されず、
行を続けることが出来なければ、自らの命を、その場で絶ちなさいということだそうです。

春から秋までの、月1回づつ、その修行を満行された、
大阿邪梨という位の僧と共に回峰行を体験できる、
一日回峰という、行事というか、体験会を、延暦寺が催されています。

症状が強く出てきた頃、過呼吸の発作が続いていた頃です。

「とうさん、わたし 死んでしまうのかな?」

「なんでや? こんな病気で死なへんで、大丈夫や。」私が言うと。

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39.お地蔵さん

2008.05.03 [ Edit ]

お地蔵さんと娘の付き合いは、もう かなり長くなります。

娘の難聴がわかった時から、もう亡くなった私の親父が、
幼い娘を連れてどこかへ出かけたときに、
道端にお地蔵さんがいらっしゃると、必ず、娘に手を合わせさせて、
耳が治りますようにと、お願いさせていたんです。


純粋無垢なお話があります。

「おじいちゃん、あのな、おじいちゃんは、どっちの耳が聞こえへんの?」

親父といっしょにお地蔵さんに手を合わせた後、
親父に娘がした、純粋無垢な質問です。



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38.先生からの いじめ

2008.05.02 [ Edit ]

「小学校6年生の先生にな、わたし だいぶ いじめられたんやで。」

初めて聞く話です。
発病してから、娘に初めて聞かされる話が、今まで8年間に、いっぱいありました。
それだけ、父娘のコミュニケーションがとれてなかったっていうことです。

しんどい、気持ちがえらい状態なんで、散歩に行こうと出かけたんですが、
しんどすぎて歩けへんから、もう帰ろうということになり、
家の前まで帰ってきたんですが、このままの状態で家に入っても、
もっと、しんどがるんやろうなと思い、なかば無理矢理、
家の裏にある公園まで行こうとさそい、二人でブランコに腰掛けました。

その時に、鉄棒の方を見て話し出したのが、先生のいじめの話です。

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37.普通が無いわたし

2008.05.01 [ Edit ]

ちょっと、昨日 今日と、気持ちがしんどい。
なにか得体の知れないものに心を潰されそうな気持ちで、苦しくて悲しい。
じっと一点を見つめて耐えている娘が、崩れて胸かきむしって泣き出す。
そんな状態が、続きます。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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