強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

150.家族で気を揉んだ一日

2008.08.31 [ Edit ]

昼過ぎに電話が入るって話しでしたが、かかってこず。
部屋から出てこない息子。

娘と妻と私、居間でヒソヒソ、

「まだかなあ、電話。」

大阪に買い物に行った末娘から、お兄ちゃんどうやったと電話が入る。

「まだやねん、遅いなあ。」

家族全員が緊張して待っている。

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149.オアシスの食卓

2008.08.30 [ Edit ]

終夜勤務だった末娘が午前11時ころ帰ってきました。

「父さん、昼ご飯つくってよ。」

妻がパートに出かけているので、
昨日からヒモになった私。

ヒモの私は、料理担当。

野菜サラダをつくりました。

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148.地獄のオアシス

2008.08.29 [ Edit ]

こんな幸せな気分、何年ぶりやろ?

昨夜から、息子の面接の準備。

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147.我家の始動

2008.08.28 [ Edit ]

昨日から、妻がパートに行きだしました。

末娘が中国から帰国し、就職して一ヶ月になろうとしています。

突然息子が、明日、面接に行くと言ってます。
ずっと考えていて、ずっと悩んでいて、一歩踏み出そうと思ったようです。

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146.晴明神社

2008.08.27 [ Edit ]

堀川通りを五条から北進して、
京都では北進することを上がると言うのですが、
とにかく、北進して左に二条城を見てから、丸太町を越え、
中立売通りの看板が見えたらもうすぐ、右手に大きな柳の木が一本、
その柳があるところの小さな橋が、有名な一条戻り橋です。
一条戻り橋を越してすぐの左手、すなわち西側に、晴明神社があります。

陰陽師の安倍晴明を祀った神社です。
安倍晴明の屋敷あとだそうです。

観光案内みたいになりましたが、娘といっしょに行ってきました。

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145.親父さん、ありがとう

2008.08.26 [ Edit ]

娘探しの心の重いサイクリングが終わり、家に着いた時。

娘が帰ってきた安心と、それから、なんとも言えない変な感情で、
すぐに家の中に入れませんでした。

ひょっとして、このままどこかへ行ってしまおうかという感情か?
一人で、真っ暗な外にいることの安心感みたいな感情でした。

煙草に火をつけて、なんかゆっくりしました。
いい気持ちではないんです。
重ーい気持ちなんですが、ゆったりしてるんです。

ちょっと、説明しきれない精神状態でした。

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144.罰

2008.08.25 [ Edit ]

サッカーの地蔵盆が終って、解散したあと、

「二次会でカラオケ行くぞ。」

先輩からの誘いと言うか、命令です。
命令といっても、絶対服従じゃないですが、まあ、命令です。
私にも、直接命令をいただきましたが、
私の、娘が待ってますからの一言で命令は解除され、
「帰ってから、来れたら来いよ。」に変わりました。

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143.親父たちの地蔵盆

2008.08.24 [ Edit ]

サッカーの練習会の後、バーベキュー大会。

おっさんたち30人。
暑い中と雨の中、馬鹿みたいにサッカーやって、
子供たちの話ならわからないでもないけど、どろんこになってサッカーやって。

終ったあと、公園の水道に集まって、
公共の場所でありながら全裸になって、頭から水かぶってる。

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142.おみくじ

2008.08.23 [ Edit ]

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山と川にはさまれて動きがとりにくい状態。
他人はあまり頼りにならず、
見通しも立たない苦しみの時です。
この際は何事も無理をさけ、
時が解決してくれるのを待つ姿勢をとりましょう。
雪の下の新芽のように、春の雪解けを待ち、
やがてつぼみが膨らむまで、
辛抱強く頑張れば、良い見通しが立ってきます。

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娘と妻と、近江神宮に行って、おみくじを引いたら、
こんなことが書いてありました。

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141.祭りのあとの寂しさ

2008.08.22 [ Edit ]

私の大切な仲間の、ことりんさんが、墓参りに出かけたそうです。

妹さんが帰省してきて、家族揃って出かけたそうです。
ついでに陶器の里のようなところに行って、素敵な陶器を見つけたそうです。

ことりんさんも、娘と同じ苦しみ持ってるので、
いろんなことに、相当覚悟して行ったことが想像できます。

ことりんさんがくれたメールに、

「楽しい日を過ごした後は、なんともいえぬ虚無感に襲われます。」

こんなフレーズがありました。

祭りのあとの寂しさは、誰にもあるものなのだから。
もちろん、祭りのあとの寂しさが核にはなっているでしょう。
でも、それだけじゃないはずです。

これに対して私が返したメールです。


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140.後悔

2008.08.21 [ Edit ]

言いたくなかったことを言ってしまったあとの後悔。
嫌な気分。
自分に得なことはなにもないわけで、
なんの為に、話してしまうのか?

理解してもらいたい?
共感してもらいたい?

ちょっと違う。

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139.言いたくない話

2008.08.20 [ Edit ]

この話は、理解されにくい話でもあり、
自身情けない話なので、人にはほとんど言ってませんでした。

母親って言うのは、愛という言葉とイコールくらいの崇高なものなので、
それの否定の話なんて受け入れられるものでもないでしょう。

ゆう という女の子のブログに辛い魂の叫びがあって、
何度かコメント入れたんですが、
最近、母さんとの確執の記事があって、
思わず、正直なところをコメントしてしまいました。

たぶん、やめといたらよかったって、後悔するのかもしれませんが、
えーいっという感じで、正直に書いてみようかと思います。

藤村の破戒です。


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138.ピアス

2008.08.19 [ Edit ]

いつ頃からか、イヤリングという言葉が若者の間では使われなくなった。
最初は耳に穴を開けるものだけだったが、
鼻や唇、身体のあちこちにも穴を開けるようになった。

こんな言い方、昭和のおっさんそのものです。

あまりの世の中の平気な受け入れ状況に、
反論をすること自体いけないことのようで、
思いを言葉にしたことはないのですが、
私個人の密かな思いとしては、良いものとは思えないんです。

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137.家族でキャンプ

2008.08.18 [ Edit ]

夏が来ると思い出すことがあります。

娘が病気に罹る前まで、毎年夏は家族全員で、
必ず海にキャンプに出かけてました。

キャンプ場に着いて、家族全員で大汗かきながらテントを張って。
テントが張れたら、海に潜ってさざえ採り。
みんなで採ったさざえや鮑を夕食のバーベキューで食べるんです。

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136.墓参り

2008.08.16 [ Edit ]

彼岸と盆と正月に、家族全員で墓参りに行く。

もちろん、それだけの日しか行かないと言うことではないのですが、
家族で行く日はルートが決まっていて、5ヶ所の墓地をまわるんです。
親父が生きていたころは、4箇所でした、
親父が必ずしていたことを私が引き継いだということです。
私たち夫婦の親の墓のほかに、親父の兄と弟の墓、そして私の祖父母の墓を、
決まったルートでお参りします。

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135.しかられて

2008.08.15 [ Edit ]

小学校の同級生、小学校の同級生ということは、ずっと同級生なわけですが、
小学校の時にしか付き合ってなかった女の子、女の子といっても私と同級生だから55歳。
中学校もいっしょだったけど、ほとんど話した記憶が無い。
何十年ぶりかの小学校の同窓会で出会っってから話すようになった、おばさんになった女の子。

個人的にではなく、ちょっと素敵なグループができているんです。
高校や大学の同級生は、どこか大人でないといけないようなところがあって、
懐かしいけれど、子供にまでは帰れない。

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134.安心さがし

2008.08.14 [ Edit ]

”ええかげん集団”のことりんが、嬉しいコメントくれました。

おっちゃん、よかったね。
去年だったかな・・・私も花火見て、おんなじこと思ったよ。
どんなにしんどくても、感動するものに出会えた時って、
その瞬間、「あぁ、なんとかなるんちゃうかな〜」って心がすごく軽くなったりします。



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133.地獄てあるのかなあ?

2008.08.13 [ Edit ]

盂蘭盆会

地獄で苦しむ餓鬼たちに施しをし、
少しでもその苦しみから解放されるようお祈りする日だそうです。

娘に教えてもらった話です。

娘が母親と二人、自転車に乗って石山寺まで、
お参りに行ってくると出かけました。
その、地獄の餓鬼たちのためのお祈りにです。

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132.地獄の小石積み

2008.08.12 [ Edit ]

修羅場のあとしまつがあって、家族の心が一つになった。

こんな安心もたくさん経験してきました。
ということは、修羅場もたくさん経験したということです。

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131.修羅場のあとしまつ

2008.08.11 [ Edit ]

「もうちょっとがんばろ。」

妻と小声で話してた時、

「わたし、一人で生活したいなあ。」

ちょっと落ち着いた話し方に変わってました。

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130.修羅場

2008.08.10 [ Edit ]

今日は花火の日、ところが大阪勤務時代の仲間から集いのお誘い。

おっさん7人で宴会。
宴会の後、思い出話に華が咲き、もう少しということで、
難波のカラオケボックスで、まったく歌わずわいわいお話。

まったく久しぶりに、会社時代に戻ったようにたくさん仲間と話しました。

いい奴たちです。

この話をしようと思って我家に帰ってきました12時過ぎに。

ところが、娘の顔が曇っていて、ちょっとまずい雲行きでした。

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129.わたしもうじきだめになる

2008.08.08 [ Edit ]

「わたしもうじきだめになる。」

長沼智恵子さんが、人間界の切符を持たなくなる直前の口癖。
恐怖と絶望の悲しすぎる叫びです。

この数年、私の頭の中に、私が悲しい時、私が寂しい時に、
「わたしもうじきだめになる。」がでてくるのです。

分裂症になるとは思っていませんが、
壊れてしまうのではないかと思ってしまうときがあるのです。

「父さん、会社辞めて月曜の朝におはようって言える人がいなくなってしまったら、
わたしとおんなじ病気になるで。」

この娘の言葉といっしょに、「わたしもうじきだめになる。」が出てくるのです。

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128.びわ湖花火大会

2008.08.07 [ Edit ]

もうすぐ琵琶湖花火大会。

何年前からやってるのか?
その周辺でずっと生きてきた私の、
小学生のころの記憶に既に花火大会があるので、
50年以上は続いているのだと思う。

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127.普通と平凡のすばらしさ

2008.08.06 [ Edit ]

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず


これを、平凡というのか?
これが、普通なのか?

普通、どこにでも見受けられるようなものであること。
平凡、特にすぐれた所がなく、並みなこと。

広辞苑には、こう書いてある。

もう一つ、普通の反対語は、特別、専門だそうです。

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126.純白の心

2008.08.05 [ Edit ]

耳が聞こえにくい。
小さいころからの難聴。

「教室でな、みんなが笑ったはるやろう。」
「なんの話ししてんの?って聞くねん。」
「みんなが、えって顔で私を見やはる。」
「そのあと、いやぁな顔しやはるねん。」

小学校のころの娘の話です。

「おじいちゃん、おじいちゃんはどっちの耳が聞こえへんの?」

小学校に入る前の、娘から祖父への質問です。
人はみんなどちらかの耳が聞こえないものだと思っていた娘です。

漫画家なら耳が聞こえなかってもできるし、
母さんや父さんに迷惑かからない、
そう考えた娘がいました。

「漫画家になるために、友達はつくらへん。」
「友達はいらんねん。」

高校の時の娘の考え方。

「父さん、親戚の家について行くのいややねん。」
「集まってるみんなが笑わはるやろ、その時、聞こえてへんのに笑わんとあかんのしんどいねん。」
「ずっと、笑わはるときまで、緊張して様子見てるのしんどいんや。」

病気になって、私と散歩に行ってたときの娘の話。

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125.人生の矢印

2008.08.04 [ Edit ]

狂った磁石の針のように、人生の矢印は、くるくる変わります。

幸福を示すところで止まる針。
不幸に向かうくせに、安全そうに自信を持って止まる針。
どこに向かうか自信が無くて、ふらふら揺れて止まらない針。

全部の矢印に言えること、
行ってみないと分からない。

広辞苑によると、磁石の針のことも指針って呼ぶらしいです。
指針とは、物事を進める方針、てびき、だそうです。

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124.サッカーの先輩

2008.08.03 [ Edit ]

今日は土曜日、午前中はサッカーの練習会。

週に3時間だけ、私が普通に戻れる時間。

NPO法人滋賀サッカークラブ副理事長、
たいそうな名前ですが、まあ世話役です。

世話役なんで、けっこう仕事があって、グランドに持っていく書類なんかもけっこうあります。
ということで、ちょっと遅刻。
遅刻といっても、なにごとも自由なので、遅れたからって大丈夫。
自分が楽しむ時間が少なくなるだけの話。
グランドに着いたら、この暑いのに馬鹿者どもが、もう始めてました紅白戦。

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123.亡くなった親父のプレゼント

2008.08.02 [ Edit ]

鷹の置物の温度計が私の部屋にあった。

私の部屋には娘が入れないので、入れるようになれるように、
古くからある、娘が汚いと思う可能性のあるものを整理した。
使わない物は捨てたらいい。
気にせずに捨てたらいいと、娘にも今まで言ってきた。

「わたしが、病気に罹ったころ、まだ、どうなるのか、
どうなってるのかわからへんかったころ、
父さんに、この自転車捨ててもいいかって聞いたとき、
父さんが捨ててもいいて言うてくれんや。」

「あの時、父さんがもったいないからあかんて言うてたら、
わたしはきっと生きていられへんかったと思う。」

アルバイトで貯めたお金をつかって、高価な仏像の写真集や、美術絵画の写真集、
気にいって着ていた服、まだ袖を通したことのないような綺麗な服、
泣きながら、たくさん捨てました。

「ほんまのわたしは、こんなんとちがう。」、こう言いながら。

整理した私の部屋にあった鷹の置物の温度計、捨てられなくておいてある。

私がまだ小学生のころ、親父が出張に行った先で買ってきてくれたみやげです。

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122.父の身勝手

2008.08.01 [ Edit ]

原始的な伝達などと、いい気になっている私がいる。

果してそれでよかったんだろうか?

娘に多大な負担を与えたのではないだろうか?

「病気でしんどい時のSOSと、我が儘は違うものなんや。」
「病気は誰のせいでもない、助けてもらってることに対して有難うの気持ちは持たんとあかん。」
「お前が、しんどいのは解ってる。」

たしかに、言うべきことなのかもしれない。
この気持ちを、娘に解ってほしいと思っている。

でも、こんなことが解らない娘ではない。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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