強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

435.神経科の通院

2009.06.30 [ Edit ]

昨日に引き続き、今日も、なにより辛い通院の日。
今日は、神経科の医院への通院。

「薬が、もう無くなるし、お医者さんに行くわ。」
「2日連続って、最悪やなあ。」
「送ってくれるか?」

「帰りは、どうするんや?」

「タクシーで帰ってくるわ。」

そう言って、風呂の準備と、除菌液の散布の準備をして、
必要最小限の持ち物を用意する。
一番厄介なのは、保険証と診察券。
この二つは、汚れても捨てられないものなので、厄介なのです。
今までは、妻が、目に付かないように持って行って、目に付かないように提出していたのですが、
前回から、娘一人で診察に行くようになったので、
どうしても、自分で持って行く必要が生じましたから、どういうふうに持って行くかを思案しています。

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434.お医者さんでの出来事

2009.06.30 [ Edit ]

私の腰痛の遺伝なのか、娘が腰痛に苦しんでいます。
私ほどの激痛ではないのですが、痛いと言い始めて、もう一ヶ月になります。

病気になってから、体重が以前の2倍になってしまったことで、
口には出しませんが、若い女性として、苦しんでいるだろうとは思っています。
口に出さないと言っても、時々、ぼそっと、

「もう、わたしは終わってるし、ええねん。」

私は、聞こえないフリで返事を返しませんが、
太ったことに対して、こんなふうに言うこともあります。

容姿の部分は、その気になったら運動して痩せられる若さがあるからと、
可愛そうだなとは思いますが、運動できるようになるまで時期を待とうと思っています。
それより、健康面での心配をしていました。
糖尿病、高脂血症、痛風・・・
それに加えて、腰痛。

腰痛は、私の経験上、体重が増えると発生しやすくなるので、
娘に腰痛が発生しないようにと、心配していたところです。

まあ、別に、太っている人特有の腰痛でもないですから、
安心していた部分もありますが、ついに娘が腰が痛いと言い出してしまいました。

突然の出来事ではなかったのですが、
娘と二人で、農家から直接購入した玄米の精米をしにいった時、
私が、その時、いつものヘルニアからの腰痛に苦しんでいた時だったので、

「わたしが運ぶから、父さんは、車のトランクを開けてくれたらええわ。」

ということで、よいしょよいしょと30キロを一人で運んでくれて、

「そんなん一人で運んだら、腰が痛くなるで。」

「大丈夫や、それより、父さんが運んだら、また立てへんようになるやろ。」

そんなやり取りで、一人で30キロを運んでくれた次の日でした。

「あかんわ、腰が痛いわ。」

ということになってしまいました。

病院には、絶対に行きたくない娘なので、自然に治るのを待つ以外にありません。
ところが、約一ヶ月、痛みが取れないので、泣きそうな顔をしながら、決心しました。

「明日、腰痛の病院に行くわ。」

私のかかりつけの、整形外科医院、針治療を併用してくれる医院に行くことになりました。

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433.自分のポジション

2009.06.28 [ Edit ]

送別会に難波まで行くのに、大阪勤務時代と同じ経路で行ってみました。

あの時借りていたJRの運営していた駐車場が、
今は一時預かりの駐車場に変わっていて、
当時の私の借りていたスペースに停めて、駅に向かいました。

朝7時には、ここに立っていたなあと、駅のホームで、ぼんやり思い出していました。
もう20年ちかく前から10年前までの話。39歳から46歳の8年間の話です。

息子の不良で苦しんでたけど、あの頃は、頑張ってたなあと思います。
社会の中に、明確に、俺のポジションがあったからかなあ。

今、ポジションが無くなったとは思っていませんが、
あの頃は、何も考えなくても、することがあって、
ポジションを与えられていたのと、
なんの疑問もなく、社会から必要とされている自分だと思っていたものです。

今、自分が必要とされていないとは思いませんが、
毎日、当然のように与えられていた、
与えられていると認識さえしていなかった社会での責任ポジションは、もうありません。

そんなふうに思ってはいけないものです。
思った瞬間に、老けこんだ気分になるものです。

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432.リストラ

2009.06.27 [ Edit ]

リストラにあって辞める仲間の送別会に難波まで行きました。

この冒頭で書いた私の文章は、まったくの間違いなのです。
リストラは、英語のRestructuringの略語で、
その意味は、再構築という意味なのですから。

ところが、和製英語になってしまっているリストラは、
いつのまにか解雇という意味を表す言葉になってしまっている。

ただ、私は、単に国語の話がしたいのではなくて、
大きな問題は、私たち全員が、このことを間違いだとも思わずに、
この間違いを受け入れてしまっているところだと考えています。

このことに最初から気づいている一部の賢い人たちは、
今、解雇を意味するリストラという言葉を使わなくなってきています。
「企業の再構築をするために」
なんていうもともとの意味に、表現を戻していっているのです。
最初から、リストラなんて言葉は、無かったとでもいうようにです。

書き始めから脱線している、今日の私ですが、
もう少し続けたいと思います。

賢い人の使う詭弁に、もう少し気をつけなければいけない。

今日の私の脱線話は、これが言いたい為の脱線話です。

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431.父親のポジション

2009.06.26 [ Edit ]

「父親が、解ってくれない。」
「父親は、わたしには、無関心。」
「父親は、わたしを、怠け者だと思っている。」

心の擦り傷に苦しむ仲間から、よく聞く訴え。

私などは、もっとひどくて、

「いつか、父さんを殺そうと思っていた。」

こんなふうに娘に思われていた時期があります。

今も、なかなか、解ってやれないし、
解ろうと努力しているつもりでも、我慢が足りなくて、いらいらが顔に出たりします。

娘が発病してから、毎日の夜中の散歩で言われたこと、

「わたしは、父さんの暴力に、ずっと、怯えてたんや。」
「こんど、父さんが怒ったら、わたしは、死んでしまおうと思ってる。」

けっして、DVなんかじゃないのです。
暴力を振るったなんて認識は、私には、まったくありません。

父親として、言ってきかせても解らないときは、ビンタは、当然の愛情。
そんな認識でいたものです。

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430.揺らされる心

2009.06.25 [ Edit ]

「なんか寂しい。」
「なんでやろ?」
「いろいろ出来るようになってきてるのも感じる。」
「治ってきてるのかなって思う。」
「そやけど、気持ちがしんどいんや。」
「北村さんの仕事、続けられるやろか?」
「この日までにって言わはったとき、出来へんかったらどうしょう。」
「”こも”のおっちゃんの絵も描いてるけど、こんなんあかんって言わはったらどうしょう。」

「北村さんも、焦らんでええって言うてくれたはる。」
「”こも”のおっちゃんは、30年以上描いたはるプロの絵描きさんや。」
「おまえが、すぐに描けるはずがないって言うてはったやろ。」

「線が、生きるように描けへん。」

「そんなことは、当たり前や。」
「おっちゃんも言うてはったやろ、プロになれへんかってもかまわへん。」
「自分の描いた絵を人にあげて、喜んでもらえたらうれしいやろって。」
「おまえは、こうでなかったらあかんって思いすぎるんや。」
「ゆっくり進んだらええねん。」

キムチのチングから、彼の幼馴染で、染織図案家の先生の、
下絵描きの仕事をしてみないかと誘ってくれて、
ゲンが亡くなった日に、その先生のお宅に連れてもらって、
どんな仕事なのかの説明を聞いてきたのです。

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429.トンネルの途中の避難場所

2009.06.24 [ Edit ]

夜中の名神高速、上りの大津サービスエリア、
レストハウスの階段から三つ目のベンチ。

その場所が、私たち親娘の避難場所。

何かの本で読んだ記憶があるのですが、
人は、高い場所から下を見下ろすと気持ちが上に向くと言う話。
そういう効果もあるのかもしれません。

ただし、心の傷の痛みを癒す為の避難場所には、
見ず知らずの人たちが、時々視界に入ることも必須です。
人が生きて、何かに向けて動いていることを共感できることが大切なのです。

親戚の葬儀に駆けつける親子連れ、
姪の結婚式に向かう叔父夫婦、
日帰りの出張で、本社の会議に出席した帰りの社員、
クレームで客の家まで駆けつけて謝ってきた営業社員の遅い帰り道、
恋人と、休みを取って、仕事を終えてから、あての無い旅に出た若者、
後ろには、そんな人たちがうごめいているのを感じるベンチに腰掛けています。

前に見えるマンションや、県庁のビルが、かなり下にあります。
琵琶湖の湖面からいうと、2〜300メートル上になるのか。

琵琶湖があって、狭い平地があって、周囲を山々に囲まれている滋賀県。
そんな滋賀県の、京都から上り車線で県境を越えてすぐのところに位置している。

琵琶湖の南端、瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えて大阪湾に流れていく、
琵琶湖の水の出口にあたる大津市の、山々が連なって県境となっていくところの、
琵琶湖から見て最初の山の頂上あたりにあるのが、大津サービスエリアです。

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428.昔の唄は聴きたくない

2009.06.22 [ Edit ]

テレビの歌番組で、10年以上前のヒット曲が流れていました。

妹娘は、懐かしそうに、楽しそうに、口ずさんでいました。
姉娘に、
「この唄、良かったなあ。」
「この歌手、好きやったわあ。」

頷いていた姉娘が、ぼそっと言いました。

「昔の唄、聴くの嫌いや。」
「ええ思い出なんか、何も無いし。」

それまで、姉妹が、仲良く楽しそうにテレビを見ていたので、
ぼんやりと、あまり覚えの無い唄を、いっしょに聞いていたり、
覚えている懐かしい唄が流れた時は、自然に浮かんでくる当時を思い出しながら、
姉妹に邪魔にされないように心の中で口ずさんだりしていました。

ところが、姉娘から、ぼそっと出た言葉が突き刺さってしまいました。

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427.生きる糧

2009.06.21 [ Edit ]

今日の練習会に、生き返った後輩が、参加しました。

サッカーは、出来ないのですが、参加しました。
仲間として参加したということです。

ゲーム中に、木陰のベンチのほうに現れた彼。

ホイッスルが鳴って、休憩時間。

仲間たちが、一人一人、彼に近づいていって、それぞれに握手しています。

「おい、よかったなあ。」
「元気になって、よかったよかった。」

こんな、まともな声も、もちろんありますが、

「おい、死にぞこない。」

「花畑は、見えたか?」

「いやいや、天国とはかぎらへんぞ。」

「閻魔さんとは、出会ったんけ?」

「おまえ、気づいてないやろうけど、こいつが、お前を蹴ったから倒れたんやぞ。」


裏腹の、荒っぽい祝福の連続でした。

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426.親友との再会

2009.06.20 [ Edit ]

今日は、サッカーの練習日。

朝から、寝ずにサッカーは、あかんやろと思いながら、
まあ、ゆっくり遊ぶだけならええやろってことで、
主に、プレーより話すことを楽しんできました。

汗だくで帰ってくると娘がいやな顔をするので、
帰宅後急いで風呂に直行。

今日の娘の調子はどうだろうと考えながら、風呂から上がってくると、
居間には、妻が一人でいました。

「娘は、まだ寝てるのか?」

「ジュリちゃんと出て行ったで。」
「ジュリちゃんが、迎えに来てくれはったんや。」

「えっ、おい、嬉しいことやないか。」
「よかったなあ、おい、何年ぶりやねん?」

「そうやなあ、10年ちかく会ってないのとちがうかなあ。」

ゲンの死が引き合わせてくれた、会えなかった親友と、出かけていったそうです。
「なんと言えばいいか?」
そう、「なんと言えばいいか?」と言う表現が一番ぴったりする私の心の中でした。

なんと言えばいいか?なんか、表現しづらい嬉しさ。
心の底から、わきあがってくるような嬉しさ。

大きな声が出そうな、
笑顔になりそうな、
でも、それらを抑えて、心が喜んでいる。

そんな嬉しさでした。

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425.カッコええこと無いおっさん

2009.06.19 [ Edit ]

昨日、こんなコメントをいただきました。


おっちゃん、かっこいい!かっこ良すぎるぅ!
なんで、そんなに前向きに恰好できますかぁ?

私は今、落ち込んでます。
だんだん世間から遅れを取ってるような…。
前はもっと前向きだった。
娘が調子悪くったって娘の良さはいっぱいあるから大丈夫って。
まだまだ、回復をどこかでいつかを確信してた。
娘の良さや才能でいつか元気になれば、それなりにやっていけるだろうって…。

だけど段々自信が無くなってきた。
何一つ代わり映えのないどころか少しずつやれなくなってる娘がいる。
もう社会復帰を諦めてる娘がいる。いや、復帰が遅れすぎて怖がってる娘がいる。
そして諦めだしてる母親、私がいる。

だからか近頃友達、会社仲間との会話に付いていけない自分がいる。
みんな華やかしい成長している、息子、娘がいる。
なんで、うちだけ?
あんな親でも普通に成長してる…。なんで?

いや−な私が出て来てしまう。少し前まではそんなんじゃあなかったのに。
焦り?ひがみ?
いやな自分…。
疲れて来てるかな。

前は生きてる意味があって生まれてきた。と思うようにしてた。
娘にもそう言って頑張らせてた。

でもなんかしんどくなってきてる。

おっちゃんの話しが立派過ぎて重いな。
私には、そんな素敵な出会いができないような。
 
ひねくれてるな。
更年期だろうか。

 ごめんなさい!ケチ付けて…m(__)m



ちっとも、カッコいいことなんかない おっさんは、これを読んで、
時々現れる自分の心の中と同じやなあと、思いました。


諦める寸前の闘い。
諦めかけている心の苦しさ。
彼女の言う、いやーな私。
私が言えば、いやーな俺、になるのかな。

少し前までは、そんなんじゃなかったと彼女は言うけど、
「俺は、ずっと、そうやでえ」なんて考えました。

なんで俺が?
なんで娘が?
なんで俺の家族が?

??? ハテナだらけで納得がいかない。
悔しい。
羨ましい。

しまいには、「おまえらも、この苦しみ味わってみろ。」
こんな、情けない悪魔みたいな考え方に陥ってしまう時もあるくらいです。

軽い励まし言葉は、世の中にいっぱいあります。

「あんただけが、苦しんでるのとちがう。」
「みんな、それぞれ苦しいことが、あるんや。」
「みんな、負けんと、頑張ってはるんや。」

その通りです、軽い励まし言葉なんて、言ってはいけないものなんです。
解ってるのですが、苦しんでいる人には、なかなか響かないのです。

でも、諦めたらあかんのです。

揺れながら、ぐらぐらしながら闘うのです。

無理やりでもええから、
「負けへんぞ。」って思うのです。

カッコ良くない おっさんを、白状しました。


以下は、そんなカッコ良くない おっさんの返信です。

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424.生きることの意味は考えないで歩きましょう

2009.06.18 [ Edit ]

亡くなったゲンのこと、生き返った仲間のこととともに、自分を見つめて、
私に、こんなメールをくれた仲間がいました。

彼女を癒してあげるだけの力を持ち合わせない私は、
私なりに、私のこととして、返信しました。

的が外れて、答えにもなっていない返事ですが、
心の擦り傷に苦しんでいる人に、
アホなおっさんが、考えていること、ちょっとだけでも伝わるかなと思って、
勝手に、二人のやり取りを転記することにしました。

彼女は、優しく、賢い女性なので、勝手な転記に怒ることはないと思いますが、
彼女の便りの全文は載せません。
彼女の気持ちの核の部分だけ転記します。

心の擦り傷に苦しむ仲間に対しての、
「生きることは、何の為、なんて考えないでおきましょう。」、と言う、
おっさんのメッセージです。

以下は、彼女と、おっさんのやり取りです。

正解なんて、無いと思いますが、不正解もまた無いものでしょう。
生きている仲間として、彼女や、心の擦り傷に苦しんでいる人へのメッセージがあれば、
思いついたままのコメントを寄せていただければと思います。

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423.生き返った仲間

2009.06.17 [ Edit ]

亡くなった話ばかりしてきましたから、生き返った話をします。

ゲンが、早朝に亡くなった日、土曜日の練習日でした。
どうしようかなと考えましたが、ゲンを綺麗にして寝かせてやって、
線香を焚いてやって、火葬場の手配をしてから、
ショックを受けている息子と、サッカーに行くことにしました。

いつものように、30人以上のメンバーが集まっていました。

お爺ちゃんから、息子たちまでの年代を、うまく混合して3チームにして、
わいわい言いながら、試合を楽しんでいました。

いつものように、チームメートの失敗を大笑いしたり、

「へたやなあ、お前は。」
「サッカーやめてしまえ。」
「迷惑なパスを出すな。」

大きな声で、明るい悪口が横行します。
その度に、大きな、皆の笑い声がはじけます。

そんな試合の最中に、グランドの中央付近で、悲壮な大声が聞こえました。

「藤本が倒れた。」
「AEDを持って来い。」

組み分けた私のチームは休憩時間だったので、木陰のベンチで、仲間と話していたときでした。

見ると、倒れた仲間に皆が走りよっているところ、

「救急車を呼べ。」
「動かすなよ。」

とにかく、先ずは、そう叫んで、倒れているところまで全速で走りました。
足長おじさんの先輩が、携帯で救急車の手配をしてくださっているのを確認して、
倒れている藤本のところまで行き、様子を見ると、
顔色が、薄紫になっていました。

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422.ゲンが娘を励ましてくれている

2009.06.16 [ Edit ]

こんなにショックが強いとは思いませんでした。
何も手につかないし、家族中が湿っています。

何年前だったか、私が営業所長をしていたころ、ちょっとした事件がありました。

販売店の出店があって、その店のオープンの際に、販売応援を2名出しました。
ところが、応援に行った社員が午前中に帰ってしまったと、担当者からの報告。

「犬が死んだから帰りますと言って、昼前に勝手に帰ったんですけど。」
「犬に、忌引きはないでしょう。」

無責任だと、えらく怒っている担当者。
担当者は、私より年上の部下。
返事に困ったことを覚えています。

帰ってしまったほうの部下の言い分。

「所長も、同じハスキーを飼ってるのですから、気持ちは解ってくれるでしょう。」
「犬も、家族の一員ですよね。」
「犬を飼ったことがない人には、解らないんです。」

帰って当然だと言わんばかり。

両方の気持ちが解るので、困りました。

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421.逝ってしまったゲン

2009.06.14 [ Edit ]

もうぐったりしているけれど、綺麗好きだったゲンの身体を洗ってやる。
寝ている周りの掃除をしてやる。
水を飲ませてやる。
床ずれができている箇所に薬を塗ってやる。

そんなふうにゲンの世話をしていると、
家の前の道を通る人が、それぞれに声をかけてくださいます。

どこの誰かわからない人が、

「ゲンちゃん、いかがですか?」
「ゲンちゃん、がんばってますね。」
「おっちゃん、ゲンは、だいじょうぶか?」

家族の誰よりも、知り合いの多いゲンなのです。

家の前を通って登下校する小学生たちは、
毎日、ゲンの見送りと、出迎えを受けてくれていました。

「ゲーン、行ってきまーす。」
「ゲーン、ただいまー。」

家の前が、散歩のルートになっている犬たちは、
すべてがゲンのところでしばらく休憩して遊んでくれていたようです。

「いつも散歩の途中で、ゲンちゃんに遊んでもらってるんですよ。」
「最初は顔が怖いから近づけなかったのですけど、おとなしいですねゲンチャンは。」
「ゲンちゃん、しんどいけど、がんばってね。」

こういうふうに声をかけてくれる人も、いっぱいいます。

私が、名前も、どこに住んでる人かも知らない人たちが、
みんな、ゲンの名前を呼んでくれます。

以前から、ゲンが近所の有名人だということは知っていましたが、
これだけ多くの人に可愛がってもらってたのかと、
あらためて、驚かされています。

そんなゲンが、朝方に亡くなりました。

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420.危篤のゲン

2009.06.12 [ Edit ]

夜中に、「うぉーー」と振り絞った、か細い遠吠え。

もう、動けないし、目も開けられないゲンなので、
どうかしたのかと急いで見に行っても、静かに横たわっているだけ。

抱き上げて、身体を支えて水を飲ませてやろうとしても、
昨日までは、一生懸命飲んでいた水も、もう飲む元気がありません。
口元を湿らせてやると、かすかに舌を動かしますが、
すぐに諦めたようにぐったりしてしまいます。

昨日から、もう食べることは出来ていないので、
ただ、ぐったりしているだけ。

「もう、頑張らんでええからな。」
「眠ってしまっても、ええんやぞ。」

身体をさすりながら、感謝の気持ちで声をかけてやるだけしかありません。

もう、いつ旅立ってもおかしくない状況です。


落ち着かせて、私が部屋に帰ると、また、か細い遠吠え。
苦しいのか、寂しいのか?
きっと、寂しいのだろうと思います。
ゲンは、ずっと寂しがりやで、
誰かがそばにいてやらないと眠らなかったことが、よくありました。

添い寝のように、空がほの明るくなるまで、横にいてやりました。
いろんなことを思い出して、
いろんなことを話しました。

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419.がんばれゲン

2009.06.11 [ Edit ]

墓参りに行った時の、帰り道の喫茶店での話。

「もう、ゲンは死によるのかなあ?」

「そうやなあ、もう、立ち上がれへんしなあ。」
「水も、えさも、自分で飲みにいったり、食べに行ったりも出来へんようになってきたなあ。」

ハスキーのゲンが、老衰で立ち上がることも出来なくなりました。
16歳を超えたゲンは、人間で言うと100歳のおじいさんだということ。

16年間、最初に家に来たときは、息子の不良を治してくれるように、
息子の不良が治ってからは、娘の病気と闘うための心の支え。

毎日、わたしの弱音を、夜遅く帰宅した時に、
じっと座って、励ますように聞いてくれていました。

遠くのほうから、足音で判別するのか、
必ず、家族の誰が帰って来ても、尻尾を振って喜んで待ってくれていた。

最初に家に来た時、まだ、小さなぬいぐるみのように可愛かった。
一ヶ月は、病気に対する抵抗力がないからと、外に出さないようにとの指示。
12月生まれだったので、寒さの冬、コタツで私といっしょに寝ました。

家に帰ってこなかったり、夜遅くまで悪仲間と遊んでいた息子は、
そのころ、ほとんど家族と口を聞きませんでした。
唯一、ゲンを介して話していたのが、そのころの救いでした。

まだ小さくて、遊び盛りの子犬のゲンに、

「お兄ちゃんを、助けてやってくれよ。」

毎日、小さな声で、耳元にささやき、お願いしていました。

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418.孤独の極致

2009.06.10 [ Edit ]

「マシになってきてるのやろうか?」
「潔癖なところは、妹にもあると思うし。」
「犬のうんこも、ずいぶんマシになってるんやけど。」
「誰かがトイレに入らはって、長いこと出てきやはらへんかったら怖くなるし。」
「絵を描きたいなあって思うけど、なかなかやる気にならへん。」
「耳が悪くなかったら、こんな病気にもならへんかったのかなあって思うんや。」
「いろんなこと、くよくよ考える。」
「もうちょっと踏み込めへん。」
「これくらいで、薬やめるように出来へんのかなあとも思うし。」
「やっぱり、まだまだかなあとも思う。」
「なにが、どれが、普通なんやって思うわ。」
「妹の友達で、針が絶対触れへんって言う人もいるけど。」
「その人は、普通に暮らしてはって、結婚もしはったらしい。」
「わたしの普通は、どれなんやろう?」
「気持ちが、しんどいなあ。」

パート先から帰ってきた妻に、とつとつと話していた娘の悩み。

「今まで、弟や妹にも迷惑かけてきたなあ。」
「夜中に、大きな声で泣き喚いたり、暴れたり。」
「これ、触らんといてとか、その服は着んといてとか。」

そこまで、抑揚なく話していた娘が、黙り込んでしまいました。

母との会話を、気づかないフリで聞いていましたが、
ちらっと娘の表情を見ると、一点を見つめています。

危ないなあと思っていると、
突然、大声で泣き始めました。
息も出来ないくらいの慟哭です。

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417.墓参りでの「ありがとうございます。」

2009.06.09 [ Edit ]

親父の墓に参った時。
お地蔵さんを拝む時。
娘と、神社仏閣を訪ねていく時。

「見守ってください。」
「お願いします。」
「助けてください。」
「許してください。」

頼みごとの行列でした。
墓の前で、仏像の前で、神殿を拝して、
いっぱい思い出して、これも、あれもと思い出して、お願いする。

それが墓参りの形でした。
寺参りの形でした。

今日、娘と親父の墓参りに行きました。
娘の調子の悪い時には、親父の墓参りに行きます。

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416.落ち込みのスパイラル

2009.06.08 [ Edit ]

出来てきたこと、出来ないこと。
出来ていたこと、出来なくなったこと。

自分のの中で考えられることでなく、支配されている思考。

何かがあって、何かに対して落ち込んでいるのなら、
何かを解決すればいい。

何かが、何なのか解らない落ち込みを、
どう解決すればいいのだろう?

そんな重くて難解な落ち込みが、
きっと娘の頭の中には、あるのだと思います。

十年以上、いっしょに歩んできていても、
こんな基本的というか、根底にある思考でさえも解ってやれない難しさ。

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415.必然の変化

2009.06.05 [ Edit ]

突然泣き出した娘。

「周りは変わっていくのに、わたしだけ取り残される。」

それが、突然泣き出した理由。

妹が中国から帰って来て、就職して、毎日、元気に出勤していく。
弟も、就職して、自分の新しい生活をスタートさせた。
母親が、パート仕事をするようになって、朝から夕方までは家にいない。

これらの変化は、私が会社を辞める決心をした時に、
数年後には、こうあって欲しいと願ったもの。

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414.ファッションめがね

2009.06.04 [ Edit ]

妹と食事に行った後、姉妹の買い物に付き合わされたのですが、
その時に、姉娘が、ファッションめがねを買いました。

迷いに迷って、鏡を見ながら、ブルーが基調の落ち着いた色のものを選びました。

「ええやろ、これ。」

と言いながら、すごく気に入った様子でした。
まあまあ、なかなか似合っているわ。
それくらいの私の印象で、娘がすごく喜んでいることに対して、
べつに特別、気にも留めませんでした。

翌日、パチンコに行く時に、そのめがねをかけていきました。
えらく喜んでいました。

パチンコ店で、コーヒー販売の女の子に、
めがねを褒めてもらって、これまた喜んでいました。

私の友達の、オタのおっちゃんがいて、
オタのおっちゃんにも、嬉しそうにめがねを見せていました。

そんなに嬉しいのかなあと、すこしだけ不思議な感じをおぼえました。

その疑問が、帰り道の車の中で解けました。

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413.パスタ屋さんでのニアミス

2009.06.02 [ Edit ]

妹娘と、姉娘と私の3人が、
楽しく美味しい料理をいただいたのですが、
そこで、冷や汗事件がありました。

店内が、ほぼ満席状態で、奥のほうのテーブルに案内されたのですが、
そのテーブルからは、トイレの入り口が見える状況。

これは、まずいんじゃないかなと心配していたのですが、
姉娘は、気づいているのかいないのか、
別に平気な様子だったので、気に停めないでいたのです。

サラダがきて、前菜がきて、スープを飲んで、
それぞれに注文したパスタが運ばれてきたころ、
妹の仕事の話、化粧品の話、着ている服について、
姉妹が楽しく話していたので、
にやにやしながら、幸福感に浸っていました。

後ろのほうで、初老の金持ちそうなオバちゃまが、うろうろうろうろ。
一度戻っていって、また戻ってきて、うろうろ。

どうもトイレに行きたい様子。
トイレに誰か入っているのかなあと心配になってきました。

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412.悪魔からのプレゼント

2009.06.01 [ Edit ]

末娘が勤務先から姉にメールしてきて、
「明日、あんたと遊ぶでー。」とのこと。

そのメールを受け取ってから、姉娘が不安定。

「しんどいなあ。」
「行けるかなあ?」
「どこへ行くつもりやろ?」
「しんどいなあ?」

「嫌やったら、やめといたらええやんか。」

「嫌とちがうんや、行きたいんや。」
「すごく行きたい。」
「そやけど、しんどいんや。」

「うーん、そうやなあ。」
「もう、今は、考えんと、明日になって、行けたら、行ったらええやんか。」
「今から、いろいろ考えたら、しんどいだけやろ。」
「深呼吸して、考えるのは停止にしとき。」

「うん、そうするわ。」
「そうしようと思うんやけど、なかなか出来へんねん。」

どこかに出かける前の日の、決まり事のような、やり取りです。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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