460.次の日の天使
2009.07.31 [ Edit ]
前日の思考が離れない様子で、疲れた表情の娘が今日もいました。
無理に出かけました。
無理にと言うより、用事があったのですが、
断らないで出かけました。
今日は、妹が夜勤なので、3時ころまでは妹がいます。
それもあって、断らないで、出かけました。
突き放す、そんな気持ちはないのですが、
さりげない自立支援活動というところです。
用事が済んで、4時過ぎに帰ってきました。
「どうやろ?」
「悪魔か、天使か、どっちの顔かな?」
そんな思いで、玄関を開け、
「ただいま。」
じろっと、私を見上げた表情は、悪魔がさせているものか、
それとも闘いに疲れた娘のものか?
娘のそばに、取り入れた洗濯物がありました。
「コーヒー飲みに行こうか?」
様子を見るための、さそい水。
元気そうな声で、
「洗濯物を、片付けてからな。」
いつも負けてばかりいる、娘の中の天使がさせる表情になりました。
近所の喫茶店に行って、ゆっくり話しました。
無理に出かけました。
無理にと言うより、用事があったのですが、
断らないで出かけました。
今日は、妹が夜勤なので、3時ころまでは妹がいます。
それもあって、断らないで、出かけました。
突き放す、そんな気持ちはないのですが、
さりげない自立支援活動というところです。
用事が済んで、4時過ぎに帰ってきました。
「どうやろ?」
「悪魔か、天使か、どっちの顔かな?」
そんな思いで、玄関を開け、
「ただいま。」
じろっと、私を見上げた表情は、悪魔がさせているものか、
それとも闘いに疲れた娘のものか?
娘のそばに、取り入れた洗濯物がありました。
「コーヒー飲みに行こうか?」
様子を見るための、さそい水。
元気そうな声で、
「洗濯物を、片付けてからな。」
いつも負けてばかりいる、娘の中の天使がさせる表情になりました。
近所の喫茶店に行って、ゆっくり話しました。
459.悪魔の反乱
2009.07.30 [ Edit ]
着物の図案の、おっちゃん先生のアトリエからの帰り道で、
屎尿のバキュームカーとすれ違いました。
「あっ」
娘の大きな声に、びっくりしました。
「大丈夫かなあ?」
「大丈夫かなあ?」
「大丈夫かなあ?」
そして、
「大丈夫かなあ?」
私に聞こえる大きさの声、自分に言い聞かせる小さな声、だれに言うともない呟き声。
しばらく、その言葉を繰り返していました。
私は、頭の中で、どう言ってやればいいのか考えました。
私が、どのように言ってやっても、だめなことは解りつつ。
やっと、私の口から出た言葉は、
「大丈夫や。」
これが、精一杯でした。
いろんな言葉を考えてみても、娘の思考が曲げられないことは、
何百回という経験でわかっていますから。
「ずいぶんマシになってたのになあ。」
頭の中は、そんな哀しい回想だけ。
言っても無駄だとは思いつつ、
「エアコンかけてるから、窓閉まってるし、大丈夫やろ。」
必死で、思考を振り払おうとしている娘も、
「エアコンは、室内の循環やなあ。」
「大丈夫やんなあ。」
顔は、引きつっているので、
「あかんかなあ?」と、私の頭は、あきらめモードです。
屎尿のバキュームカーとすれ違いました。
「あっ」
娘の大きな声に、びっくりしました。
「大丈夫かなあ?」
「大丈夫かなあ?」
「大丈夫かなあ?」
そして、
「大丈夫かなあ?」
私に聞こえる大きさの声、自分に言い聞かせる小さな声、だれに言うともない呟き声。
しばらく、その言葉を繰り返していました。
私は、頭の中で、どう言ってやればいいのか考えました。
私が、どのように言ってやっても、だめなことは解りつつ。
やっと、私の口から出た言葉は、
「大丈夫や。」
これが、精一杯でした。
いろんな言葉を考えてみても、娘の思考が曲げられないことは、
何百回という経験でわかっていますから。
「ずいぶんマシになってたのになあ。」
頭の中は、そんな哀しい回想だけ。
言っても無駄だとは思いつつ、
「エアコンかけてるから、窓閉まってるし、大丈夫やろ。」
必死で、思考を振り払おうとしている娘も、
「エアコンは、室内の循環やなあ。」
「大丈夫やんなあ。」
顔は、引きつっているので、
「あかんかなあ?」と、私の頭は、あきらめモードです。
458.線を生かせたい娘
2009.07.29 [ Edit ]
「線が死んでる。」
こう言われてから、娘は、すこし落ち込む日々。
いや、表面上は、平気な顔をしているのですが、
負けん気の強い娘は、その言葉を素直に受け入れられない様子です。
職場経験の無い娘。
まったく無いわけではありませんが、耳が聞こえないから、
コミュニケーションのあまり必要でない仕事をしてきました。
いじめられたことは、山盛りありますが、
温かく叱られたことが、あまり無い。
そんな娘です。
病気になる前は、自分は、そういう運命と受け入れて、
無理やり受け入れて、いじめられていることを自分の内にしまいこんで生きてきた娘でした。
それは、耳が悪くて聞こえないからとの理由での小学校のいじめの時から、
加えて、助けてもらおうとした担任の教師からもいじめられたことから、
自分の中の教訓として、耐えることが生きていくことだと受け入れた時から始まっているものです。
ただし、病気になってから、やっとの思いで、父親を受け入れてくれ、
内面についての話を私とするようになって、外に出してもいいものだという練習をし始めてきています。
とは言え、しまいこむことがクセになっている娘は、
なかなか表に、愚痴を出してこないのです。
愚痴を出してくれば、
「いや、それは、考えすぎで、こういうことやで。」
「そういうふうには、言ってはらへん。」
こんなふうなアドバイスももらえるし、
かたくなな拒否や、自己否定も、考え直せる余地はあるのですが、
そこが、難しい性格となってしまっているところです。
親の私は、こんなふうに理解してやることが出来ますが、
社会の中では、単純に、拗ねていると見られるものなのだと思います。
それでも、なんとか、自分の中で、「線が死んでる。」を消化して、
一生懸命、生きた線を描こうと、何枚も描いた花の絵を、
「父さん、先生に、絵を見てもらいに行こうと思うし、連れてくれるか?」
というふうに言ってきました。
こう言われてから、娘は、すこし落ち込む日々。
いや、表面上は、平気な顔をしているのですが、
負けん気の強い娘は、その言葉を素直に受け入れられない様子です。
職場経験の無い娘。
まったく無いわけではありませんが、耳が聞こえないから、
コミュニケーションのあまり必要でない仕事をしてきました。
いじめられたことは、山盛りありますが、
温かく叱られたことが、あまり無い。
そんな娘です。
病気になる前は、自分は、そういう運命と受け入れて、
無理やり受け入れて、いじめられていることを自分の内にしまいこんで生きてきた娘でした。
それは、耳が悪くて聞こえないからとの理由での小学校のいじめの時から、
加えて、助けてもらおうとした担任の教師からもいじめられたことから、
自分の中の教訓として、耐えることが生きていくことだと受け入れた時から始まっているものです。
ただし、病気になってから、やっとの思いで、父親を受け入れてくれ、
内面についての話を私とするようになって、外に出してもいいものだという練習をし始めてきています。
とは言え、しまいこむことがクセになっている娘は、
なかなか表に、愚痴を出してこないのです。
愚痴を出してくれば、
「いや、それは、考えすぎで、こういうことやで。」
「そういうふうには、言ってはらへん。」
こんなふうなアドバイスももらえるし、
かたくなな拒否や、自己否定も、考え直せる余地はあるのですが、
そこが、難しい性格となってしまっているところです。
親の私は、こんなふうに理解してやることが出来ますが、
社会の中では、単純に、拗ねていると見られるものなのだと思います。
それでも、なんとか、自分の中で、「線が死んでる。」を消化して、
一生懸命、生きた線を描こうと、何枚も描いた花の絵を、
「父さん、先生に、絵を見てもらいに行こうと思うし、連れてくれるか?」
というふうに言ってきました。
457.宝物のメール
2009.07.27 [ Edit ]
妹が、母親と、中国旅行を計画しています。
自分が、中国の友達に再会したいというのもあるのでしょうが、
母親を連れて行ってやると意気込んでいるので、どこか嬉しい気分です。
娘が大人になって、親を旅行に連れて行くという、よく聞く話。
まったく、そんな”普通”に聞く話が、我が家で出来るとは思っていませんでしたから、
とても嬉しく感じます。
もともとは、中国に留学していた時に、何度もメールで、さそってくれていました。
「父さんと、母さんに、中国を体験させてあげたいから、私が帰るまでにこちらに来て欲しい。」
「お姉のことがあるから、父さんだけでも、来たらええやん。」
「別々に来てもいい。」
「お姉は、いっしょに来れへんかなあ?」
自分が住んだ中国を、親に見せてやりたいというのと、
苦しんでいる親を、ひと時休養させてやりたい。
そんな思いを、持ってくれていたのだと思います。
今は、帰国して、末娘の特権かのように、自由に生きている妹娘ですが、
毎日交換していたメールのなかで、私の宝物のようにプリントアウトして、
持ち歩いている妹娘のメールがあります。
自分が、中国の友達に再会したいというのもあるのでしょうが、
母親を連れて行ってやると意気込んでいるので、どこか嬉しい気分です。
娘が大人になって、親を旅行に連れて行くという、よく聞く話。
まったく、そんな”普通”に聞く話が、我が家で出来るとは思っていませんでしたから、
とても嬉しく感じます。
もともとは、中国に留学していた時に、何度もメールで、さそってくれていました。
「父さんと、母さんに、中国を体験させてあげたいから、私が帰るまでにこちらに来て欲しい。」
「お姉のことがあるから、父さんだけでも、来たらええやん。」
「別々に来てもいい。」
「お姉は、いっしょに来れへんかなあ?」
自分が住んだ中国を、親に見せてやりたいというのと、
苦しんでいる親を、ひと時休養させてやりたい。
そんな思いを、持ってくれていたのだと思います。
今は、帰国して、末娘の特権かのように、自由に生きている妹娘ですが、
毎日交換していたメールのなかで、私の宝物のようにプリントアウトして、
持ち歩いている妹娘のメールがあります。
456.諸見里しのぶの教え
2009.07.26 [ Edit ]
夜中の3時半に、メールが入っていたのに気づかなかって、
朝方に返信しました。
もう寝てるかな?
無茶苦茶な生活時間です。
ちょうど、今日は、彼女に送った返信の中の言葉、
「自分が、自分を褒めないと、絶対、上には行かない。」
この言葉について書こうと思っていたので、
そのまま、無茶苦茶な生活時間の二人のやり取りを転載することにします。
朝方に返信しました。
もう寝てるかな?
無茶苦茶な生活時間です。
ちょうど、今日は、彼女に送った返信の中の言葉、
「自分が、自分を褒めないと、絶対、上には行かない。」
この言葉について書こうと思っていたので、
そのまま、無茶苦茶な生活時間の二人のやり取りを転載することにします。
455.あたたかい再会
2009.07.25 [ Edit ]
いやあ、お恥ずかしい。
おっさんに弱虫が取り付いてしまいました。
そんな弱虫おやじに、嬉しい訪問者。
192.の文章でで紹介した、初心者マークの新聞記者くんから、突然の電話が入りました。
「ご無沙汰してます。」
「あのー、いま、滋賀県に来ているのですけど、会っていただく時間はありますか?」
「ええよ。」
「嬉しい電話やのに、遠慮せんでええやろ。」
ということで、久しぶりに会うことになりました。
「今、土山にいるのですが、後一時間くらいかかると思います。」
このへんが、彼の味です。
土山というのは、彼の今住んでいる愛知からだと中間地点。
何かの用事があって滋賀県に来るついでなのか、
それとも、私に会いに来てくれるのが、メインなのか、
どちらにしても、出る前に電話をくれるか、他の用事で来るのなら、
もっと近づいてからの連絡でもいいし、
そのあたりの、中途半端さや、どんくささが、彼のかもし出している、愛すべき持ち味なのです。
「前に、お話したことのあるモスバーガーで、出合うっていうのでいいですか?」
ドン臭いと思っていたら、待ち合わせ場所を瞬時に的確に、二人が分かっている場所で指定する。
このへんの切れる頭とのギャップが、また可愛い。
新聞記者は、頭に入っているのですが、彼のニックネームが頭から出てこない。
おっさんに弱虫が取り付いてしまいました。
そんな弱虫おやじに、嬉しい訪問者。
192.の文章でで紹介した、初心者マークの新聞記者くんから、突然の電話が入りました。
「ご無沙汰してます。」
「あのー、いま、滋賀県に来ているのですけど、会っていただく時間はありますか?」
「ええよ。」
「嬉しい電話やのに、遠慮せんでええやろ。」
ということで、久しぶりに会うことになりました。
「今、土山にいるのですが、後一時間くらいかかると思います。」
このへんが、彼の味です。
土山というのは、彼の今住んでいる愛知からだと中間地点。
何かの用事があって滋賀県に来るついでなのか、
それとも、私に会いに来てくれるのが、メインなのか、
どちらにしても、出る前に電話をくれるか、他の用事で来るのなら、
もっと近づいてからの連絡でもいいし、
そのあたりの、中途半端さや、どんくささが、彼のかもし出している、愛すべき持ち味なのです。
「前に、お話したことのあるモスバーガーで、出合うっていうのでいいですか?」
ドン臭いと思っていたら、待ち合わせ場所を瞬時に的確に、二人が分かっている場所で指定する。
このへんの切れる頭とのギャップが、また可愛い。
新聞記者は、頭に入っているのですが、彼のニックネームが頭から出てこない。
454.夜の大波
2009.07.23 [ Edit ]
夜中に、突然の大波に呑まれそうになる時があります。
絶望、孤独、寂しさ、虚しさ、言いようの無い悲しさ、息苦しさ・・・
「わたしもじき駄目になる」
そんな気持ちの大波です。
娘が、部屋にいって、独りの世界になる時間、
なんとか今日も、一日生きれた、
最初は、ちょっと、そんな風が吹いて、
明日のことを考える。
明日に、何も無いことに気づいて、
俺は、大丈夫なのかなあ、
すこし、大きな風になって、
明後日のことを眺めてしまう。
明後日は、どうして生きればいいか、
自分の明後日が、浮かばない、
風は、はっきりと強くなり、
明後日に白波がたっている。
未来の空気が、漆黒になって、
心が、小さく押し込まれる、
波が大きなうねりになって、
黒い私が、吸い込まれていく。
こんな波に襲われて、飲み込まれてしまって、息が出来なくなる時があります。
明日、無口な私が生まれて、ちぢこまって動けない。
絶望、孤独、寂しさ、虚しさ、言いようの無い悲しさ、息苦しさ・・・
「わたしもじき駄目になる」
そんな気持ちの大波です。
娘が、部屋にいって、独りの世界になる時間、
なんとか今日も、一日生きれた、
最初は、ちょっと、そんな風が吹いて、
明日のことを考える。
明日に、何も無いことに気づいて、
俺は、大丈夫なのかなあ、
すこし、大きな風になって、
明後日のことを眺めてしまう。
明後日は、どうして生きればいいか、
自分の明後日が、浮かばない、
風は、はっきりと強くなり、
明後日に白波がたっている。
未来の空気が、漆黒になって、
心が、小さく押し込まれる、
波が大きなうねりになって、
黒い私が、吸い込まれていく。
こんな波に襲われて、飲み込まれてしまって、息が出来なくなる時があります。
明日、無口な私が生まれて、ちぢこまって動けない。
453.先輩の奥さんの神経症
2009.07.22 [ Edit ]
私の参加しているシニアのサッカーにも、対象40歳以上とは言え、
いくつかの公式戦があります。
40歳代では、マスターズ。
50歳代は、スポレク。
60歳代になると、ねんりんピック。
その他に、40、50、60の年代別に全国シニア大会。
それぞれが、都道府県代表を組んで、真剣に戦うものです。
とは言え、若い頃のように、必死で勝敗にこだわるという色のものではなく、
生涯現役、交流、友情、思いやり、仲良し等の、
幼い子供に教えるようなフレーズがあふれてくるようになります。
しかしながら、そんな精神を持っているような顔をして、
試合をすれば、真剣そのもの。
倒されたり、削られたり、蹴られたりは、当たり前の世界です。
削られるというのは、表現を感覚で受け止めてもらえればわかってもらえると思いますが、
文字通り、ボールを持っている敵の選手の足を削りにいくようなラフなプレーを指します。
50歳を超えた、オヤジたちに、そんな姿を想像しにくいでしょうが、
昨年、試合を見に来た、私の親友が、
「こんな激しい、本格的なサッカーやってるとは思わへんかった。」と驚いていたほどです。
もう、3年前になりますが、全国シニア大会の50歳代の近畿地区予選の決勝で、
ボールを持った私を相手の選手が両側から同時につぶしに来て、
前のめりに押し倒されました。
その時、倒される瞬間に、相手の選手が私をもう一度強く押した為に、
膝から地面に落ちてしまったような状況になり、
膝の内出血で、まったく歩けない状況で、痛みがひどく、救急車で運ばれ、
入院し手術することになってしまったのです。
約一ヶ月の入院になりました。
毎日、たくさんの仲間や友達が見舞いに来てくれて、
変な話ですが、入院生活をすごく楽しみました。
個人病院だったので、まだ院内に喫煙コーナーがあって、
私は、病室にはほとんどおらず、おおかたの時間喫煙コーナーにいて、
誰かと話していることの方が多かったものでした。
その何十人も来てくれた、見舞いの友人の中に、
唯一、夫婦で来てくれた先輩がいました。
初めて会う、先輩の奥さんなので、ちょっと緊張して話していました。
気さくな、すごく美人の奥さんで、
「先輩、俺は入院患者で、見舞いならいいですけど、奥さんの自慢になんか、来なくていいですよ。」
そんな冗談を言って笑っていました。
「お前は、ええけど、娘は、どうなんや?」
という話になり、私が入院することで、娘の強迫が心配なことなど、
いろいろと娘の話になりました。
そんな娘の話を聞いていて、先輩の隣に座っている奥さんが、
ぼろぼろと泣き出してしまい。
「すいません、せっかく見舞いに来ていただいて、つまらん話をくどくど聞かせてしまいました。」
と、私が奥さんに向かって謝った時に、
「実は、わたしも、神経症なんです。」
と、衝撃の告白でした。
いくつかの公式戦があります。
40歳代では、マスターズ。
50歳代は、スポレク。
60歳代になると、ねんりんピック。
その他に、40、50、60の年代別に全国シニア大会。
それぞれが、都道府県代表を組んで、真剣に戦うものです。
とは言え、若い頃のように、必死で勝敗にこだわるという色のものではなく、
生涯現役、交流、友情、思いやり、仲良し等の、
幼い子供に教えるようなフレーズがあふれてくるようになります。
しかしながら、そんな精神を持っているような顔をして、
試合をすれば、真剣そのもの。
倒されたり、削られたり、蹴られたりは、当たり前の世界です。
削られるというのは、表現を感覚で受け止めてもらえればわかってもらえると思いますが、
文字通り、ボールを持っている敵の選手の足を削りにいくようなラフなプレーを指します。
50歳を超えた、オヤジたちに、そんな姿を想像しにくいでしょうが、
昨年、試合を見に来た、私の親友が、
「こんな激しい、本格的なサッカーやってるとは思わへんかった。」と驚いていたほどです。
もう、3年前になりますが、全国シニア大会の50歳代の近畿地区予選の決勝で、
ボールを持った私を相手の選手が両側から同時につぶしに来て、
前のめりに押し倒されました。
その時、倒される瞬間に、相手の選手が私をもう一度強く押した為に、
膝から地面に落ちてしまったような状況になり、
膝の内出血で、まったく歩けない状況で、痛みがひどく、救急車で運ばれ、
入院し手術することになってしまったのです。
約一ヶ月の入院になりました。
毎日、たくさんの仲間や友達が見舞いに来てくれて、
変な話ですが、入院生活をすごく楽しみました。
個人病院だったので、まだ院内に喫煙コーナーがあって、
私は、病室にはほとんどおらず、おおかたの時間喫煙コーナーにいて、
誰かと話していることの方が多かったものでした。
その何十人も来てくれた、見舞いの友人の中に、
唯一、夫婦で来てくれた先輩がいました。
初めて会う、先輩の奥さんなので、ちょっと緊張して話していました。
気さくな、すごく美人の奥さんで、
「先輩、俺は入院患者で、見舞いならいいですけど、奥さんの自慢になんか、来なくていいですよ。」
そんな冗談を言って笑っていました。
「お前は、ええけど、娘は、どうなんや?」
という話になり、私が入院することで、娘の強迫が心配なことなど、
いろいろと娘の話になりました。
そんな娘の話を聞いていて、先輩の隣に座っている奥さんが、
ぼろぼろと泣き出してしまい。
「すいません、せっかく見舞いに来ていただいて、つまらん話をくどくど聞かせてしまいました。」
と、私が奥さんに向かって謝った時に、
「実は、わたしも、神経症なんです。」
と、衝撃の告白でした。
452.わたし怖いけど頑張る
2009.07.21 [ Edit ]
温かい言葉たちに、励まされて、お嬢の口から、自然に出た言葉です。
「わたし、怖いけど頑張る。」
おはよう、おやじ。
あのね、おやじのblogまで借りて私の事を書いてくれて、ありがとう。
お礼の言葉が見つからないほど感謝してます。
たくさんの方から励ましのコメントいただいたよ。
ありがとう。
私、怖いケド頑張る。
本当にありがとう。
がんばれyumi、と心の中でエールを送りました。
と、このメールはまともなものですが、、
続きで、ちょっと笑えるやり取りを紹介します。
触媒の話についての、やり取りです。
「わたし、怖いけど頑張る。」
おはよう、おやじ。
あのね、おやじのblogまで借りて私の事を書いてくれて、ありがとう。
お礼の言葉が見つからないほど感謝してます。
たくさんの方から励ましのコメントいただいたよ。
ありがとう。
私、怖いケド頑張る。
本当にありがとう。
がんばれyumi、と心の中でエールを送りました。
と、このメールはまともなものですが、、
続きで、ちょっと笑えるやり取りを紹介します。
触媒の話についての、やり取りです。
451.おっさんの偏屈思想
2009.07.20 [ Edit ]
「ゆみに、温かい励ましをたくさん、ありがとうございます。」
なんて、私がお礼を言うという行為。
こういうことに、すごく抵抗があります。
こういう行為に、すごく抵抗の感情を持って生きてきました。
なんでやねん?
と言うような話かもしれません。
答えは、偏屈やから、ということになるのだと思います。
素直に、ありがとうございますと言っておけば、それで感謝の気持ちが伝わって、
それの、どこがおかしいんや?ということなのですが。
これは、ゆみの欲したことでもないわけで、
たしかに、ゆみの心の底には、助けて欲しい、励まして欲しい、という気持ちはあるものだと思います。
でも、本人が、私は辛いので、誰か助けてくださいなんてことは言いにくいですし、
言ってもいません。
そして、私は、自分ひとりで癒してやれる自信がないから、
ゆみの気持ちを代弁する形で、ゆみと相談することもなしに、お願いすることにした。
こういう形を振り返ると、私の所作は、触媒としての所作。
触媒の役割は、自発的に進行する方向に反応の速度を増加させるというもの。
だから、触媒としての私が、でしゃばってお礼を言うというのは、おかしいのです。
これが、私の偏屈思想の、ざっとした考え方です。
へんな奴だと、自分でも思いますが、
これに限らず、いろんな場面で、
こういう考え方を、かたくなに崩さずに生きてきました。
触媒の仕事は、自力の動作でもなく、
あくまで補助動作だというわけですから、
「ありがとうございます。」は、私の言うことではないわけです。
温かい心と、苦しんでいるゆみの心が交われば、
私の触媒としての働きは、完了するということです。
なんて、私がお礼を言うという行為。
こういうことに、すごく抵抗があります。
こういう行為に、すごく抵抗の感情を持って生きてきました。
なんでやねん?
と言うような話かもしれません。
答えは、偏屈やから、ということになるのだと思います。
素直に、ありがとうございますと言っておけば、それで感謝の気持ちが伝わって、
それの、どこがおかしいんや?ということなのですが。
これは、ゆみの欲したことでもないわけで、
たしかに、ゆみの心の底には、助けて欲しい、励まして欲しい、という気持ちはあるものだと思います。
でも、本人が、私は辛いので、誰か助けてくださいなんてことは言いにくいですし、
言ってもいません。
そして、私は、自分ひとりで癒してやれる自信がないから、
ゆみの気持ちを代弁する形で、ゆみと相談することもなしに、お願いすることにした。
こういう形を振り返ると、私の所作は、触媒としての所作。
触媒の役割は、自発的に進行する方向に反応の速度を増加させるというもの。
だから、触媒としての私が、でしゃばってお礼を言うというのは、おかしいのです。
これが、私の偏屈思想の、ざっとした考え方です。
へんな奴だと、自分でも思いますが、
これに限らず、いろんな場面で、
こういう考え方を、かたくなに崩さずに生きてきました。
触媒の仕事は、自力の動作でもなく、
あくまで補助動作だというわけですから、
「ありがとうございます。」は、私の言うことではないわけです。
温かい心と、苦しんでいるゆみの心が交われば、
私の触媒としての働きは、完了するということです。
450.頼りないおやじを助けてください
2009.07.19 [ Edit ]
(445.最低のおっさん)で紹介した、おしゃまなお嬢の、
検査結果は、子宮癌でした。
これを書こうか、書くまいかで、悩みました。
悩んだのですが、答えが出ずに、3日間。
「おやじにだけは」と言って、私を信頼して送ってくるメール。
それに対して裏切ることになる。
プライバシーポリシーに反するものである。
彼女の傷をえぐることになりかねない。
そんなことをいろいろ考えていました。
でも、私は、ここで、自分の娘のこと、自分のこと、
なにも気にせずに書き続けている。
彼女は、私を、おやじと呼んでくれて、
私は、それを抵抗無しに受け入れている。
ならば、私のことと、娘のことを、ここに書くのは、
当たり前のように続けてきたこと。
実の娘に対して、私が、どんなふうに考えて、
どんなふうに接していたかの証のために、これを書いているとすれば、
彼女に対してそうしても、なにも不自然なことではない。
そんな、勝手な理屈をつけて、書き始めました。
この言い逃れも、ほんとに、一生懸命考えたことなのですが、
書き始めたことに、別の理由が、もう一つ。
検査結果は、子宮癌でした。
これを書こうか、書くまいかで、悩みました。
悩んだのですが、答えが出ずに、3日間。
「おやじにだけは」と言って、私を信頼して送ってくるメール。
それに対して裏切ることになる。
プライバシーポリシーに反するものである。
彼女の傷をえぐることになりかねない。
そんなことをいろいろ考えていました。
でも、私は、ここで、自分の娘のこと、自分のこと、
なにも気にせずに書き続けている。
彼女は、私を、おやじと呼んでくれて、
私は、それを抵抗無しに受け入れている。
ならば、私のことと、娘のことを、ここに書くのは、
当たり前のように続けてきたこと。
実の娘に対して、私が、どんなふうに考えて、
どんなふうに接していたかの証のために、これを書いているとすれば、
彼女に対してそうしても、なにも不自然なことではない。
そんな、勝手な理屈をつけて、書き始めました。
この言い逃れも、ほんとに、一生懸命考えたことなのですが、
書き始めたことに、別の理由が、もう一つ。
449.親父の分身
2009.07.16 [ Edit ]
隔週で、キムチを持ってこいと言ってくれている親友のところに、
娘といっしょに、配達に行ってきました。
30年間以上も、売上げと利益の計算をしてきた私が、
経費計算をすると、まったくの赤字になる商売をしているのは、情けない話ですが、
近くに住んでいながら、ともすれば、半年近く、会わずにいる親友に、
キムチの配達で、月に二回、必ず会えることは、大きなメリットです。
買ってくれる彼にしても、少し高めのキムチを買って、
娘と私と3人で行く喫茶店のコーヒー代もおごってくれて。
いや、おごられっぱなしではなく、相互に、おごって。
結局は、ワリカンと同じなのですが、
おごってもらって、ありがとうを言うところに意義がある。
男のクセに、細かい話。
いや、こんな細かい話は、アイツも俺も、まったく考えていないということが言いたかったのです。
古臭いと思われそうですが、
ちょっと胸を張って、男同士は、そういうものだと言いたかったのです。
つまらない見栄話です。
「ヒライー、元気か?」
親父の同級生に、友達言葉の挨拶をする娘。
嬉しそうに、親しさの最上級の挨拶をする娘。
「ありがたい。」
「ありがとう。」
私は、心の中で呟きます。
娘といっしょに、配達に行ってきました。
30年間以上も、売上げと利益の計算をしてきた私が、
経費計算をすると、まったくの赤字になる商売をしているのは、情けない話ですが、
近くに住んでいながら、ともすれば、半年近く、会わずにいる親友に、
キムチの配達で、月に二回、必ず会えることは、大きなメリットです。
買ってくれる彼にしても、少し高めのキムチを買って、
娘と私と3人で行く喫茶店のコーヒー代もおごってくれて。
いや、おごられっぱなしではなく、相互に、おごって。
結局は、ワリカンと同じなのですが、
おごってもらって、ありがとうを言うところに意義がある。
男のクセに、細かい話。
いや、こんな細かい話は、アイツも俺も、まったく考えていないということが言いたかったのです。
古臭いと思われそうですが、
ちょっと胸を張って、男同士は、そういうものだと言いたかったのです。
つまらない見栄話です。
「ヒライー、元気か?」
親父の同級生に、友達言葉の挨拶をする娘。
嬉しそうに、親しさの最上級の挨拶をする娘。
「ありがたい。」
「ありがとう。」
私は、心の中で呟きます。
448.馬鹿なおやじの失敗談
2009.07.15 [ Edit ]
サッカーの後輩の、絵の仕事を、宅急便で送ることになって、
運送会社の窓口まで、娘の運転手。
「着払いでええって言っとったから。」
私は、事務所の前で、エンジンをかけて待っていました。
暑いからというのもありますが、外界と娘の接点を、出来るだけ独りでという意味が大きいのです。
この事務所の窓口は、家電の廃棄窓口も兼ねていて、
業者が、テレビをたくさん積んで出入りしており、
ちょっと汗まみれの作業服が気になります。
こんな言い方をすると、職業差別をしているみたいに聞こえますが、
娘も私も、精一杯働く人は、尊敬のまなざしで、心でありがとうを言う人間です。
でも、娘にとって、汗や汚れは、理屈ぬきに嫌悪の対象なので、
外から見ていて、廃棄業者の方と娘が、すれ違うたびに、どきどきはらはらです。
以前なら、廃棄のテレビを運んでいる人を見て、絶対は入れなかっただろう事務所です。
狭い事務所の中を、何人もの汚れた作業服の人とすれ違っています。
不安そうな顔で、泣き出しそうな表情ですが、逃げ出す様子はなく、
じっと順番を待っています。
まるで、幼児の初めての買い物を見守る親のようで、
「娘に、失礼かな?」
車の中で、声を出しての独り言と苦笑いでした。
やっと順番が回ってきて、伝票を書きはじめるのかと思うと、
男ばかりの職場で、いつも一人がんばっている、ちょうど娘と同じ歳くらいの女性に、
何か言われて、怪訝な顔で出てきました。
「荷物は送れへんらしいわ。」
「違う場所に行けって言われた。」
運送会社の窓口まで、娘の運転手。
「着払いでええって言っとったから。」
私は、事務所の前で、エンジンをかけて待っていました。
暑いからというのもありますが、外界と娘の接点を、出来るだけ独りでという意味が大きいのです。
この事務所の窓口は、家電の廃棄窓口も兼ねていて、
業者が、テレビをたくさん積んで出入りしており、
ちょっと汗まみれの作業服が気になります。
こんな言い方をすると、職業差別をしているみたいに聞こえますが、
娘も私も、精一杯働く人は、尊敬のまなざしで、心でありがとうを言う人間です。
でも、娘にとって、汗や汚れは、理屈ぬきに嫌悪の対象なので、
外から見ていて、廃棄業者の方と娘が、すれ違うたびに、どきどきはらはらです。
以前なら、廃棄のテレビを運んでいる人を見て、絶対は入れなかっただろう事務所です。
狭い事務所の中を、何人もの汚れた作業服の人とすれ違っています。
不安そうな顔で、泣き出しそうな表情ですが、逃げ出す様子はなく、
じっと順番を待っています。
まるで、幼児の初めての買い物を見守る親のようで、
「娘に、失礼かな?」
車の中で、声を出しての独り言と苦笑いでした。
やっと順番が回ってきて、伝票を書きはじめるのかと思うと、
男ばかりの職場で、いつも一人がんばっている、ちょうど娘と同じ歳くらいの女性に、
何か言われて、怪訝な顔で出てきました。
「荷物は送れへんらしいわ。」
「違う場所に行けって言われた。」
447.哀しみの貯金箱
2009.07.14 [ Edit ]
悲しいや、哀しいが、いっぱいいっぱい入れられる。
私のそばに置いてある、哀しみの貯金箱。
哀しみの貯まった量で、世界一周旅行も行けそうなほどです。
今日もまた、哀しみが一つ、貯金箱に入りました。
屈強な、ある男からの哀しみの便り。
久しぶりにかかってきた電話。
大学時代の友人です。
電話の着信名を見て、受けたと同時に、
「おーっ、久しぶり、元気か?」
「真面目に生きてるのか?」
「大いに久しぶりやないか。」
「なんの用じゃ?」
久しぶりが嬉しくて、大きな声で話しだした私でした。
ところが、相手の声がありません。
「おーい、久しぶりに電話してきて、無言かよ。」
それでも、相手の声がありません。
切れたのかなと思って、
「もしもし、もーしもし。」
やっと聞こえてきた声は、屈強そのもののような奴なのに、涙声。
私のそばに置いてある、哀しみの貯金箱。
哀しみの貯まった量で、世界一周旅行も行けそうなほどです。
今日もまた、哀しみが一つ、貯金箱に入りました。
屈強な、ある男からの哀しみの便り。
久しぶりにかかってきた電話。
大学時代の友人です。
電話の着信名を見て、受けたと同時に、
「おーっ、久しぶり、元気か?」
「真面目に生きてるのか?」
「大いに久しぶりやないか。」
「なんの用じゃ?」
久しぶりが嬉しくて、大きな声で話しだした私でした。
ところが、相手の声がありません。
「おーい、久しぶりに電話してきて、無言かよ。」
それでも、相手の声がありません。
切れたのかなと思って、
「もしもし、もーしもし。」
やっと聞こえてきた声は、屈強そのもののような奴なのに、涙声。
446.ええこと、あるかなあ?
2009.07.13 [ Edit ]
このごろ、宙を見つめて、よく泣いている娘。
笑顔で話してたと思ったら、突然黙りこんで、宙を見つめる。
考えごとをしているのかと思って顔を見ると、
涙がひとすじ流れています。
「どうしたんや?」
「不安。」
一言だけの短い答え。
喫茶店へ連れ出して、ゆっくり聞いてみました。
「なにが不安なんや?」
「父さんが死ぬこと。」
「えっ???」
「父さんは、わたしより先に死ぬやろ?」
「まあ、それは、そうあってほしいなあ。」
「自然の摂理やからなあ、親が先に死ぬのは。」
「父さんが死んだら、わたし生きていけへん。」
「そんなことあらへん。」
「けっこうなあ、人は強くできてるんや。」
「いろんなことに耐えられるんや。」
「なんとかなるって感じやなあ。」
「生きてても、なんにもええこと無いし、死んだら、すぐにわたしも連れに来てや。」
「アホか、ええことあるわ。」
「今まで、なんにもええこと無かったし、これからも、ええことなんて、あると思えへん。」
笑顔で話してたと思ったら、突然黙りこんで、宙を見つめる。
考えごとをしているのかと思って顔を見ると、
涙がひとすじ流れています。
「どうしたんや?」
「不安。」
一言だけの短い答え。
喫茶店へ連れ出して、ゆっくり聞いてみました。
「なにが不安なんや?」
「父さんが死ぬこと。」
「えっ???」
「父さんは、わたしより先に死ぬやろ?」
「まあ、それは、そうあってほしいなあ。」
「自然の摂理やからなあ、親が先に死ぬのは。」
「父さんが死んだら、わたし生きていけへん。」
「そんなことあらへん。」
「けっこうなあ、人は強くできてるんや。」
「いろんなことに耐えられるんや。」
「なんとかなるって感じやなあ。」
「生きてても、なんにもええこと無いし、死んだら、すぐにわたしも連れに来てや。」
「アホか、ええことあるわ。」
「今まで、なんにもええこと無かったし、これからも、ええことなんて、あると思えへん。」
445.最低のおっさん
2009.07.12 [ Edit ]
両親を早く亡くして、私のことを、おやじと呼んでくれている娘がいます。
なぜか、こんなおっさんを信頼してくれて、なんでも話に来てくれます。
しんどい時は、必ずメールしてきます。
旦那さんがいるのに、ほんとの親父のように、私に甘えにきてくれています。
もっと応えてやりたいと思いますが、悲しいかな、微力のおっさんには、
全てを受け止めてやれるだけの度量がありません。
そう、前に話したことのある、「睡眠薬30錠飲んだよ。」って言ってきて、
夜中に、私を、警察と喧嘩させた、お騒がせお嬢のことです。
彼女の闘っている心の擦り傷の名前は、統合失調症。
複合して、強迫性神経症も。
心の擦り傷のこと、旦那さんとのこと、友達とのこと、兄とのこと、人生のこと・・・
自分がいっぱい悩んでいるのに、
彼女は、いつも、人を元気付ける言葉を配って歩いています。
うちの末娘と同じ歳だから、まだ青春年代なのに、
人に元気を与えるすべを持っているお嬢さんです。
出会ったことはありませんが、きっと、可愛いおしゃまな、お嬢なのだと思います。
心に擦り傷が無かったら、きっと、仲間の中心で、みんなを導いていく役目をこなす、
頭の切れる、お嬢なのだと思います。
今は、そうじゃないと言っているのではありません。
今、私が感じているところが、そうなので、
心の擦り傷が癒えれば、
今よりずっと、ぐいぐいと仲間を引っ張っていく力を発揮するだろうなと思うのです。
可愛い主婦としての仕事をソツなくこなしながら、
たくさんの人から笑顔を引き出すことの出来る、お嬢なのだと思います。
そんな彼女が、最近、心の擦り傷以外に、身体の調子が良くなくて、
病院で、しんどい検査をたくさん受けて、
最終結果は、水曜に出るとのことですが、
子宮癌の疑いがあるとのことなのです。
周りには、笑顔を引き出したり、力を与えたり出来る彼女ですが、
自分の心の中では、いつも、「生きるのがしんどい」気持ちを持ち続けています。
なぜか、こんなおっさんを信頼してくれて、なんでも話に来てくれます。
しんどい時は、必ずメールしてきます。
旦那さんがいるのに、ほんとの親父のように、私に甘えにきてくれています。
もっと応えてやりたいと思いますが、悲しいかな、微力のおっさんには、
全てを受け止めてやれるだけの度量がありません。
そう、前に話したことのある、「睡眠薬30錠飲んだよ。」って言ってきて、
夜中に、私を、警察と喧嘩させた、お騒がせお嬢のことです。
彼女の闘っている心の擦り傷の名前は、統合失調症。
複合して、強迫性神経症も。
心の擦り傷のこと、旦那さんとのこと、友達とのこと、兄とのこと、人生のこと・・・
自分がいっぱい悩んでいるのに、
彼女は、いつも、人を元気付ける言葉を配って歩いています。
うちの末娘と同じ歳だから、まだ青春年代なのに、
人に元気を与えるすべを持っているお嬢さんです。
出会ったことはありませんが、きっと、可愛いおしゃまな、お嬢なのだと思います。
心に擦り傷が無かったら、きっと、仲間の中心で、みんなを導いていく役目をこなす、
頭の切れる、お嬢なのだと思います。
今は、そうじゃないと言っているのではありません。
今、私が感じているところが、そうなので、
心の擦り傷が癒えれば、
今よりずっと、ぐいぐいと仲間を引っ張っていく力を発揮するだろうなと思うのです。
可愛い主婦としての仕事をソツなくこなしながら、
たくさんの人から笑顔を引き出すことの出来る、お嬢なのだと思います。
そんな彼女が、最近、心の擦り傷以外に、身体の調子が良くなくて、
病院で、しんどい検査をたくさん受けて、
最終結果は、水曜に出るとのことですが、
子宮癌の疑いがあるとのことなのです。
周りには、笑顔を引き出したり、力を与えたり出来る彼女ですが、
自分の心の中では、いつも、「生きるのがしんどい」気持ちを持ち続けています。
444.焦燥感
2009.07.11 [ Edit ]
焦燥感の意味。
「思うようにならないことについて、焦り、苛立つ気持ち」
着物の図案の絵描き先生に出会った後の娘の話。
昨日も書きましたが、わくわくと、どきどきの話。
「大きな声で泣いたら、ちょっと楽になったわ。」
「わくわく感と、不安感と、焦燥感で、パニクッてたんや。」
「線が死んでるやで。」
「病気とちがって、死んでるって言われたからなあ。」
「まあ、基礎を習ったわけでもないし、我流で漫画を描いてきただけやしなあ。」
「あかんやろうなあと覚悟はしてたけど、死んでるって言われたしなあ。」
「やっていきたいけど、やっていってもええのかなあ?」
「やれるのかなあ?」
「ちょっと関係ない話やけどなあ。」
「おまえ、焦燥感って難しい言葉使うなあ。」
「馬鹿にしてるのか?」
「わたし、いくつやと思てるの。」
「失礼やなあ。」
と笑ったあとで、
「ハラグロくんに、言われた言葉なんや。」
「思うようにならないことについて、焦り、苛立つ気持ち」
着物の図案の絵描き先生に出会った後の娘の話。
昨日も書きましたが、わくわくと、どきどきの話。
「大きな声で泣いたら、ちょっと楽になったわ。」
「わくわく感と、不安感と、焦燥感で、パニクッてたんや。」
「線が死んでるやで。」
「病気とちがって、死んでるって言われたからなあ。」
「まあ、基礎を習ったわけでもないし、我流で漫画を描いてきただけやしなあ。」
「あかんやろうなあと覚悟はしてたけど、死んでるって言われたしなあ。」
「やっていきたいけど、やっていってもええのかなあ?」
「やれるのかなあ?」
「ちょっと関係ない話やけどなあ。」
「おまえ、焦燥感って難しい言葉使うなあ。」
「馬鹿にしてるのか?」
「わたし、いくつやと思てるの。」
「失礼やなあ。」
と笑ったあとで、
「ハラグロくんに、言われた言葉なんや。」
443.絵を描く一歩 2
2009.07.09 [ Edit ]
キムチのチングに紹介してもらった、彼の幼馴染の染織図案の先生に、
いただいていたデッサンの見本と、白紙の用紙。
やっと、その用紙に絵を描き始めました。
描く場所、描く道具、画材の保管場所・・・
先ずは、こんなことから悩み始めて、
次は、自分に出来るのだろうか?
これは、先を考えすぎる娘の性格。
それらの葛藤があって、悩みに悩んで、やっと、描き始めたものです。
親友が、娘の病気のことも含めて、娘のことを先生に説明してくれていて、
彼の兄弟のような関係の先生に、
「なにか、その娘に出来る仕事はないのか?」
私には、彼は言いませんが、きっと、こんなふうに聞いてくれたのだと思っています。
それも、思いつきの話ではなく、たぶん、長く考えてからの話だと思います。
「俺は、簡単に、人の世話をすることは、絶対せえへん。」
「こうしたらどや、とか、こんなことがええで、とか言うてしまう。」
「そういうふうに言うと、そのことに対して、絶対の責任を持たんとあかん。」
「責任を持てへん意見は、絶対言うもんと違うと考えてる。」
これが、彼の持論だからです。
娘には、
「やれると思ったら、やったらええし、出来へんと思ったら、無理にせんでもええ。」
こんな前置きをして、
「絵画教室に通うのもええけどな。」
「おっちゃんの友達は、35年間も着物の絵を描いてるプロの画家やから。」
「仕事をさせてもらうというのと違って、絵を教えてもらおうと思え。」
「気楽に考えて、話をきいてみろ。」
そういうふうに話してくれて、アトリエに連れて行ってくれたのです。
いただいていたデッサンの見本と、白紙の用紙。
やっと、その用紙に絵を描き始めました。
描く場所、描く道具、画材の保管場所・・・
先ずは、こんなことから悩み始めて、
次は、自分に出来るのだろうか?
これは、先を考えすぎる娘の性格。
それらの葛藤があって、悩みに悩んで、やっと、描き始めたものです。
親友が、娘の病気のことも含めて、娘のことを先生に説明してくれていて、
彼の兄弟のような関係の先生に、
「なにか、その娘に出来る仕事はないのか?」
私には、彼は言いませんが、きっと、こんなふうに聞いてくれたのだと思っています。
それも、思いつきの話ではなく、たぶん、長く考えてからの話だと思います。
「俺は、簡単に、人の世話をすることは、絶対せえへん。」
「こうしたらどや、とか、こんなことがええで、とか言うてしまう。」
「そういうふうに言うと、そのことに対して、絶対の責任を持たんとあかん。」
「責任を持てへん意見は、絶対言うもんと違うと考えてる。」
これが、彼の持論だからです。
娘には、
「やれると思ったら、やったらええし、出来へんと思ったら、無理にせんでもええ。」
こんな前置きをして、
「絵画教室に通うのもええけどな。」
「おっちゃんの友達は、35年間も着物の絵を描いてるプロの画家やから。」
「仕事をさせてもらうというのと違って、絵を教えてもらおうと思え。」
「気楽に考えて、話をきいてみろ。」
そういうふうに話してくれて、アトリエに連れて行ってくれたのです。
442.絵を描く一歩 1
2009.07.08 [ Edit ]
私の高校時代の、美術の先生が、著名な彫刻家で、
昭和38年、32歳の時に日展に初入選されており、、
昭和6年生まれの先生は、私の高校時代は、
ちょうど39〜41歳と美術家として活躍の真っ最中という時だったのだと思います。
後に、滋賀大学の教授となり、日展で続けて2回の特選受賞。
平成11年の第30回日展作品「開幕の刻」で日本芸術院賞を受賞されています。
高校時代は、そんなに偉い先生だとは思いませんでしたし、
ちょっと変人の生臭坊主っていう感じでした。
「おまえらは、知らんやろうけど、俺の作品は各地の県庁や市役所の前庭に展示されてるんや。」
「俺は、有名な彫刻家なんやぞ。」
そんなことを、冗談めかして言っておられました。
サッカーばかりに夢中だった私に、
美術部に入れと誘ってくれたことがありました。
もちろん、サッカー第一の私は、サッカーをやめる気などさらさら無く、
「サッカーやめる気なんかないで、先生。」と、即座に断りましたが、
美術の授業で描いた、私の油絵を、えらく気に入ってくれて、
芸大への進学を強く薦めてくださいました。
「家は、金持ちでもないし、そんな将来の見込めへん学校には行けへんわ。」
そんなふうに返事をしたことを覚えています。
「芸大に行って、絶対、絵描きになれとは言うてへん。」
「可能性を試せと言うてるんや。」
「絵の道が、あかんかっても、市役所や教師という道もある。」
「責任持って、就職も世話してやるから。」
「親と、相談して来い。」
親に相談することもなく、断った話ですが、
そんなふうに、強く説得してくれました。
今思えば、一つのターニングポイントだったのだと思います。
あの先生の言ってくださったように進んでいたら、
ぜんぜん違う人生を送っていたのでしょう。
高校3年生、まだ子供の私に人生の先を見ることなんて出来ませんでしたし、
絵を描くことより、サッカーのほうが、大切なものでした。
その時に描いた油絵は、美術室に、ほうっておいたのですが、
先生が、持って帰れといってくださいました。
「そんなん、いらんわ。」
「捨てといてえな。」
昭和38年、32歳の時に日展に初入選されており、、
昭和6年生まれの先生は、私の高校時代は、
ちょうど39〜41歳と美術家として活躍の真っ最中という時だったのだと思います。
後に、滋賀大学の教授となり、日展で続けて2回の特選受賞。
平成11年の第30回日展作品「開幕の刻」で日本芸術院賞を受賞されています。
高校時代は、そんなに偉い先生だとは思いませんでしたし、
ちょっと変人の生臭坊主っていう感じでした。
「おまえらは、知らんやろうけど、俺の作品は各地の県庁や市役所の前庭に展示されてるんや。」
「俺は、有名な彫刻家なんやぞ。」
そんなことを、冗談めかして言っておられました。
サッカーばかりに夢中だった私に、
美術部に入れと誘ってくれたことがありました。
もちろん、サッカー第一の私は、サッカーをやめる気などさらさら無く、
「サッカーやめる気なんかないで、先生。」と、即座に断りましたが、
美術の授業で描いた、私の油絵を、えらく気に入ってくれて、
芸大への進学を強く薦めてくださいました。
「家は、金持ちでもないし、そんな将来の見込めへん学校には行けへんわ。」
そんなふうに返事をしたことを覚えています。
「芸大に行って、絶対、絵描きになれとは言うてへん。」
「可能性を試せと言うてるんや。」
「絵の道が、あかんかっても、市役所や教師という道もある。」
「責任持って、就職も世話してやるから。」
「親と、相談して来い。」
親に相談することもなく、断った話ですが、
そんなふうに、強く説得してくれました。
今思えば、一つのターニングポイントだったのだと思います。
あの先生の言ってくださったように進んでいたら、
ぜんぜん違う人生を送っていたのでしょう。
高校3年生、まだ子供の私に人生の先を見ることなんて出来ませんでしたし、
絵を描くことより、サッカーのほうが、大切なものでした。
その時に描いた油絵は、美術室に、ほうっておいたのですが、
先生が、持って帰れといってくださいました。
「そんなん、いらんわ。」
「捨てといてえな。」
441.官僚たちの夏
2009.07.07 [ Edit ]
「 ゴチャゴチャ言うなら、株主になってから言え、 競争こそが国家を発展させる道だ」
「俺の会社は、株式会社だ、総会に来て、ものを言え。」
特定産業振興臨時措置法案を、間に挟んだ、本田総一郎と、佐橋企業局長の争い。
この争いが無かったら、ホンダは四輪自動車を製作していなかったと言われている。
調子に乗って、無知識なおっさんが話すことではなく、
たくさんの賢い方たちがされる話だと思いますから、この辺にしておきます。
若いころに読んだ小説が、久しぶりに硬派のドラマとしてブラウン管に登場したので、
喜んで観てみました。
ブラウン管は、旧いなあ。
昭和のおっさんの話丸出しです。
今は、液晶画面に登場したとでも言えばいいのかな。
第一回目の放送を観て、面白そうだなと思いました。
テレビドラマの批評も、無知識のおっさんのすることではないし、
あらすじを言って、迷惑をかけるつもりもありませんから、
この話も、これくらいにしておきます。
佐橋企業局長というのが、後に次官まで登りつめた、
城山三郎の「官僚たちの夏」の主人公の実在モデルの方です。
私の、親父の生きた時代の物語。
必死で、育ててくれた時代の物語。
親父は、別に立派な人であったわけではなく、
平凡な、電電公社職員でした。
その頃の親父たちは、平凡な人であろうが、芯があったと思います。
見ているだけで、その強さ、必死さが伝わってきたような記憶があります。
「俺の会社は、株式会社だ、総会に来て、ものを言え。」
特定産業振興臨時措置法案を、間に挟んだ、本田総一郎と、佐橋企業局長の争い。
この争いが無かったら、ホンダは四輪自動車を製作していなかったと言われている。
調子に乗って、無知識なおっさんが話すことではなく、
たくさんの賢い方たちがされる話だと思いますから、この辺にしておきます。
若いころに読んだ小説が、久しぶりに硬派のドラマとしてブラウン管に登場したので、
喜んで観てみました。
ブラウン管は、旧いなあ。
昭和のおっさんの話丸出しです。
今は、液晶画面に登場したとでも言えばいいのかな。
第一回目の放送を観て、面白そうだなと思いました。
テレビドラマの批評も、無知識のおっさんのすることではないし、
あらすじを言って、迷惑をかけるつもりもありませんから、
この話も、これくらいにしておきます。
佐橋企業局長というのが、後に次官まで登りつめた、
城山三郎の「官僚たちの夏」の主人公の実在モデルの方です。
私の、親父の生きた時代の物語。
必死で、育ててくれた時代の物語。
親父は、別に立派な人であったわけではなく、
平凡な、電電公社職員でした。
その頃の親父たちは、平凡な人であろうが、芯があったと思います。
見ているだけで、その強さ、必死さが伝わってきたような記憶があります。
440.もう一人の自分
2009.07.06 [ Edit ]
あなたのとなりに、あなたを見なさいと意見をしてくれている人を紹介してもらいました。
自分自身を見つめて、自分自身をゆっくり考えてみろと、
見つめなおせと、そんなことを言ってくれているのだと思います。
いとおしく自分を抱きしめてやるのもよし。
褒めてやるのもよし。
しかりつける。
殴ってやるのもよし。
そんなふうに書いておられました。
私は、自分をどのように見つめるのか、
どんな自分に気づくことができるのか、
ゆっくり見つめてみようと、
自分のとなりに、自分を見つけようとしたのですが、
なかなか見つけられません。
ゆっくり座る自分がいないような気がして、
目をとじて、となりではなく、自分の周りに、自分を探しましたが、
見つけられません。
うっすらと、もう一人の自分が現れて、
褒めてやるのか、叱りつけるのかを考えようとすると、
ぼんやりと見えていたような気がした、もう一人の自分が、すうっと消えていくのです。
なぜ、となりにいる自分が見えないのだろうと、
独りの自分で考えました。
自分自身を見つめて、自分自身をゆっくり考えてみろと、
見つめなおせと、そんなことを言ってくれているのだと思います。
いとおしく自分を抱きしめてやるのもよし。
褒めてやるのもよし。
しかりつける。
殴ってやるのもよし。
そんなふうに書いておられました。
私は、自分をどのように見つめるのか、
どんな自分に気づくことができるのか、
ゆっくり見つめてみようと、
自分のとなりに、自分を見つけようとしたのですが、
なかなか見つけられません。
ゆっくり座る自分がいないような気がして、
目をとじて、となりではなく、自分の周りに、自分を探しましたが、
見つけられません。
うっすらと、もう一人の自分が現れて、
褒めてやるのか、叱りつけるのかを考えようとすると、
ぼんやりと見えていたような気がした、もう一人の自分が、すうっと消えていくのです。
なぜ、となりにいる自分が見えないのだろうと、
独りの自分で考えました。
439.スポレク選考会
2009.07.05 [ Edit ]
スポレク。
全国スポーツレクリェーション大会、これが正式名称です。
簡単に説明すると、50歳代の国体のようなものです。
昨年は、滋賀県で開催され、今年は、10月に宮崎県での開催です。
そのサッカーの県代表の選考会が、今日ありました。
往年の名選手達が、紅白戦の中で、技術を見せて、代表の座を競うものです。
その選考会の前に、懐かしい先輩から、電話をいただきました。
その先輩は、滋賀県の歴代のゴールキーパーの中で、最高の選手だったと私は思っています。
実際、若いころには、当時の全日本の岡野監督の目にとまり、
日本代表のユニフォームを着る手前までいったこともある人です。
「ご無沙汰しています。」
と、丁寧に挨拶をした私に、何故か、怒った口調で、
「おい、今日、スポレクの選考会があるんやな。」
「はい、そうですけど。」
「選考されるメンバーが、事前に決まっていて、
選考会に参加しても無駄やっていうような話を聞いたから電話したんや。」
全国スポーツレクリェーション大会、これが正式名称です。
簡単に説明すると、50歳代の国体のようなものです。
昨年は、滋賀県で開催され、今年は、10月に宮崎県での開催です。
そのサッカーの県代表の選考会が、今日ありました。
往年の名選手達が、紅白戦の中で、技術を見せて、代表の座を競うものです。
その選考会の前に、懐かしい先輩から、電話をいただきました。
その先輩は、滋賀県の歴代のゴールキーパーの中で、最高の選手だったと私は思っています。
実際、若いころには、当時の全日本の岡野監督の目にとまり、
日本代表のユニフォームを着る手前までいったこともある人です。
「ご無沙汰しています。」
と、丁寧に挨拶をした私に、何故か、怒った口調で、
「おい、今日、スポレクの選考会があるんやな。」
「はい、そうですけど。」
「選考されるメンバーが、事前に決まっていて、
選考会に参加しても無駄やっていうような話を聞いたから電話したんや。」
438.月曜日の憂鬱
2009.07.04 [ Edit ]
「月曜日は、きらいや。」
「独りで置いていかれるような気持ちになって、しんどくなる。」
娘が、日曜日の夜になると、こう言います。
うちの娘だけでなく、仲間の娘達も、同じように月曜日が苦手なようです。
ある仲間の娘に、私が送った、月曜日の憂鬱についてのコメントを転記します。
その仲間の彼女は、日曜日の憂鬱と書いていました。
うちの娘も含めて、月曜日に、憂鬱を感じている人への私の言い分です。
「独りで置いていかれるような気持ちになって、しんどくなる。」
娘が、日曜日の夜になると、こう言います。
うちの娘だけでなく、仲間の娘達も、同じように月曜日が苦手なようです。
ある仲間の娘に、私が送った、月曜日の憂鬱についてのコメントを転記します。
その仲間の彼女は、日曜日の憂鬱と書いていました。
うちの娘も含めて、月曜日に、憂鬱を感じている人への私の言い分です。
437.どうしたらええんやろ?
2009.07.03 [ Edit ]
「疲れたわあ。」
「今日はな、朝から、北村さんの絵を7枚描いたやろ。」
「それから、洗濯物取り入れて、たたんで、片付けたやろ。」
「それから、じんに、エサあげたやろ。」
「そして、いっしょに妹を迎えに行って、3人でご飯食べて。」
「わたし、普通の人みたいやなあ。」
「はんまやなあ、ずいぶん楽になってきたなあ。」
「あと、トイレが平気になったら、もうオッケーやぞ。」
「うん、でもなあ、それって、平気になるのやろか?」
「わたし、あかん気がする。」
「どうしたらええんやろ?」
「今日はな、朝から、北村さんの絵を7枚描いたやろ。」
「それから、洗濯物取り入れて、たたんで、片付けたやろ。」
「それから、じんに、エサあげたやろ。」
「そして、いっしょに妹を迎えに行って、3人でご飯食べて。」
「わたし、普通の人みたいやなあ。」
「はんまやなあ、ずいぶん楽になってきたなあ。」
「あと、トイレが平気になったら、もうオッケーやぞ。」
「うん、でもなあ、それって、平気になるのやろか?」
「わたし、あかん気がする。」
「どうしたらええんやろ?」
436.神経科治療について
2009.07.01 [ Edit ]
昨日の通院の話に対して、アドバイスコメントをいただきました。
息子さんの病気と必死に向き合っておられる、お母さんです。
そのなかで、薬のことについて、こんなふうに書いていただいていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
強迫性障害には、抗うつ剤が効くとされていますが、
息子の場合はルボックスをマックス処方されても、何も変わりませんでした。
ところが、4年前の発病以来飲んでおります抗精神薬の量を、
増やしてもらったところ、グンと良くなりました。
「良くなった」と言っても、生活するのが楽になると言った感じですが、
酷い時は家から一歩も出られない状態でしたので。
お嬢さんも、かなりまだ苦しい状態にあるとお察しできます。
完璧に治るのは難しいかもしれませんが、もう少し生活し易く、生き易くなるはずです。
長い年月、苦しんでこられて可愛そうでなりません。
お医者様はお薬のことはどのようにおっしゃっておられるのでしょうか。
体重も倍になられたとの事ですが、
薬がもう少し合っていれば、そんなに体重も増えないのではと思ってしまいます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これに対して、最初は、「ありがとうございます。」だけの返事にしようかと思ったのですが、
自分の考えを、くどくど書いてしまいました。
極論、暴論にもなりかねない私の主観です。
その返信を読んでいただく方もいらっしゃると思うと、
くどくどに、もう一つ、くどくどを加えて、説明しておくほうがいいかなと思いました。
その返信は、あくまで私の主観であり、
ただ、主観ではあるけれど、
頑固に変えることの無い主観ではないのですよ、ということが言いたく、
また、いっしょに考えてくださる人がいれば、ありがたいなあと、
転載して、意見をいただいてみたいなとも思いましたので、
以下に、転載します。
賢い人は、「おまえの考え方は無茶苦茶や。」って言われるかもしれませんが、
そうなのかもしれないと、自分でも思っていますし、
これでいいと思っている自分もいます。
文章が拙いので、伝わりにくいところもあるのかもしれませんが、
いっしょに考えてみていただければ、ありがたいです。
息子さんの病気と必死に向き合っておられる、お母さんです。
そのなかで、薬のことについて、こんなふうに書いていただいていました。
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強迫性障害には、抗うつ剤が効くとされていますが、
息子の場合はルボックスをマックス処方されても、何も変わりませんでした。
ところが、4年前の発病以来飲んでおります抗精神薬の量を、
増やしてもらったところ、グンと良くなりました。
「良くなった」と言っても、生活するのが楽になると言った感じですが、
酷い時は家から一歩も出られない状態でしたので。
お嬢さんも、かなりまだ苦しい状態にあるとお察しできます。
完璧に治るのは難しいかもしれませんが、もう少し生活し易く、生き易くなるはずです。
長い年月、苦しんでこられて可愛そうでなりません。
お医者様はお薬のことはどのようにおっしゃっておられるのでしょうか。
体重も倍になられたとの事ですが、
薬がもう少し合っていれば、そんなに体重も増えないのではと思ってしまいます。
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これに対して、最初は、「ありがとうございます。」だけの返事にしようかと思ったのですが、
自分の考えを、くどくど書いてしまいました。
極論、暴論にもなりかねない私の主観です。
その返信を読んでいただく方もいらっしゃると思うと、
くどくどに、もう一つ、くどくどを加えて、説明しておくほうがいいかなと思いました。
その返信は、あくまで私の主観であり、
ただ、主観ではあるけれど、
頑固に変えることの無い主観ではないのですよ、ということが言いたく、
また、いっしょに考えてくださる人がいれば、ありがたいなあと、
転載して、意見をいただいてみたいなとも思いましたので、
以下に、転載します。
賢い人は、「おまえの考え方は無茶苦茶や。」って言われるかもしれませんが、
そうなのかもしれないと、自分でも思っていますし、
これでいいと思っている自分もいます。
文章が拙いので、伝わりにくいところもあるのかもしれませんが、
いっしょに考えてみていただければ、ありがたいです。