強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

502.「死んでしまいたい」この言葉を考える。

2009.09.30 [ Edit ]

「死んでしまいたい。」
「死にたい。」
「生きるのがしんどい。」

娘の口から、何度も聞いた言葉です。

昨日、仲間からのコメントに私が返信した内容に対して、
ずっとずっと考えていました。

「死んでしまいたい。」って言ってもいいのじゃないかなあ。
そんなことを書いてしまったのですが、
これは、うまく伝わるだろうかという心配と、
やっぱり、「死んでしまいたい。」っていうのは、
言うたらあかん言葉かなあってところで悩んでしまいました。

以下は、私の、その返信なのですが、私の言いたいこと、
考えたこと、伝わるかなあ???

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501.韓国の息子

2009.09.29 [ Edit ]

昨年、日韓親善事業でのシニアサッカーチームの選手兼監督として、
訪韓した時の通訳君から電話がかかってきました。

前にも書きましたが、責任感の強い、真面目な好青年です。

あの韓国での8日間から、もう2年以上が過ぎました。
「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。」
芭蕉の句を、しみじみと感じるものです。

ほんの数日、一緒に過ごしただけなのに、
「僕は、あなたを、日本の父さんと思い、一生忘れません。」
こんな嬉しい言葉をくれた彼が、日本に来るとのことでした。

韓国での、彼との数日間を思い出すと、
ほんの数日間でありながら、けっこう濃い日々だったなあと、
濃い付き合いをしたのかなあと思います。

遠慮もせずに、叱りつけたこともありましたし、
夜の喫茶店で、日韓両国の歴史を語り合ったこともありましたし、
彼の恋人との付き合いを相談もされましたし、
日本の大手企業で働いていた彼が、病気で退社して帰国したところだったので、
韓国での就職先の決定の相談も受けました。

日本チームの仲間が、コンビニでの詐欺事件にあった時は、
韓国の恥だから、自分の立場がどうなってもコンビニの主人を許さないと、
泣きながら、「司法に訴えます。」と意気込んでいた彼をなだめたりもしました。

最終日の夜、チーム全員でカラオケに行ったところで、彼の送別会を催し、
記念品を渡した時、
「ありがとうございます。」を大泣きしながら言っていた彼を思い出します。

元韓国代表だった韓国側のサッカー協会の代表者が、
「今まで出会った中で、最高の通訳だ。」と言っておられました。
そんな好青年です。
この韓国の代表者は、マンチェスター・ユナイテッドで活躍する、
現役韓国代表のパク・チソンをこき下ろすくらいの厳しい方だったので、
彼の言葉に嘘はありません。

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500.死生観

2009.09.28 [ Edit ]

死生学なる学問が存在しています。
ほとんどの人は、このような学問の名称を耳にしたことはないのではと思います。

聞いたことがある程度で、私も、死生学なる学問がどういうものなのかは、
詳しく知りませんし、知らずに話題にすることは、
研究者に対して失礼にもあたるでしょうから、
それについての話をしようとは思っていません。

死生観と言うものについても、宗教が深く関係していたり、
民族的な思考が根底にあるものですから、これも論ずるつもりはないのです。

単純に、拙い考えの一個人としての死についての考え方を、
ぼんやりと考えてみた、思い起こしてみた。
そんな感じです。

ただ、題名をつけるにあたって、
「死について考える」だとか、単なる「死」などにすると、
これまた、重すぎるし、適当な言葉が見つからず、
死生観という言葉を、あてはめただけです。

先ず、何故こんな考えをしだしたかの説明をします。

先日、定期的に襲われる弱気の虫の情けなさから、
ブログの投稿が滞っていた時の、笑い話なのですが、
以前に紹介したことのある初心者マークの新聞記者から、夜中に電話がありました。
夜中の一時過ぎだったと思います。
だいたい私の場合は、夜中の一時の電話など、ぜんぜん迷惑ではないのですが、
それでも、夜中に電話がかかってくるのはキムチのチングだけで、
彼以外に、夜中に電話をかけてくる人なんて、ほとんどありません。

なにか緊急の用事かな?と考えながら、電話に出ると、

「もしもし、あーっ、よかった。」との、記者君の声。

「おー、元気か?」

「あっ、はいっ、 元気です。」
「あのっ、ブログが更新されてなかったので、死んだんじゃないかと心配してました。」

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499.こころの開放作業

2009.09.26 [ Edit ]

最近の娘の調子が、どうも良くない。
いろいろと原因を考えてみた。

ちょっと楽になってきたとか、治ってきたような気がするとか。
私も、家族も、そんな感じを持っていたこのごろ。

少しの間で、休み休みだったけれど、パート仕事に行けた。
ことりんとのメールのやり取りが出来た。
ゲンの死を受け入れられた。
ゲンの死をきっかけに、親友との再会をはたせた。
サッカーの仲間から、絵の仕事を与えてもらった。
キムチのチングに、着物の絵の先生と出会わせてもらった。

いろいろと出来たこと、嬉しかったこと、前進できたことを回想してみた。

そこで、ひとつ気になることに思い当たった。

着物の絵の話がぜんぜん出てこないこと。
課題を与えられているのに、まったく手をつけていないこと。

「あの先生は、きついことばかり言わはる。」

そんなことを言っていたことがあるのを思い出した。
先生のアトリエについていった時に、

「父さんに連れて来てもらわずに、一人で来なさい。」

「一人では、来れないのです。」

「なんでや?」

「そういう病気なんです。」

「なんでやねん?わけのわからん病気やなあ。」

こんなやり取りがあったことを思い出しました。
そして、答えは、これのプレッシャーだなと思いました。
着物の絵を教えてもらって、娘が家でも出来る仕事として、
下絵描きでもさせてもらえたらありがたいなあと考えていた私です。
私以上に、娘もそう考えていたと思います。
そう考えていたからこその、諦めきれない心と、
開放されたい心がぶつかっているのではないかと思ったのです。

「病気になった最初のころに、父さんに、自転車を捨ててもいいかって聞いたやろ。」
「あの時に、父さんが、何も言わんと、捨てたらいいって言ってくれて助かったんやで。」
「あの時に、捨てるなって言われてたら、わたし、死んでたと思うわ。」

そんなことを言っていたことを思い出しました。
ひょっとして、今、これと同じ心が、娘の中にあるのではと考えました。

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498.百万回の繰り返し

2009.09.24 [ Edit ]

先々週にサッカーで蹴られた足の痛みと腫れが、未だ治まらず、
蹴られたところだけでなしに、膝から下が腫れてきている。
蹴られたところから下に、内出血の血が下りてきて、
痣になって紫になっているのは、怪我のデパートだから、
心配ないことは、よく知っていることなのだけれど、
10日以上も、周辺が腫れて引かないというのは記憶に無い。

と言うことで、不安になって休日の救急外来で診てもらうことにしました。
娘には言わずに出かけたのですが、いつものようにメールが入り、
「父さん、どこに行ったの?」。

足が痛くて腫れが引かないことを、娘も知っているので、
「足が痛いから、病院に来ている。」との正直な返信。

診察は、残念ながら、
「わたしは外科医なので、整形外科の診断は出来ません。」
「整形外科医院でレントゲン撮影されて、骨には異常なかったのですね。」
「それ以上の診断は出来ませんので、休み明けに整形外科で再診してください。」
「痛み止めだけ出しておきます。」

そんなことでした。
事前に連絡して行った、ERの看板を上げている総合病院なのに、
なんと頼りないこと。
まあ、救命救急に、緊急の怪我でもない奴が行くことが間違ってるかなあと、
自分で納得しながら、諦めました。

痛み止めと湿布薬をもらって帰宅して、
娘に見られないように、すぐに薬を隠しました。
病院から持ち帰ったものは、汚れているものですから。

「どうやった?」

「うん、まだわからへんから、休み明けに来いっていうことやった。」

「どこの病院に行ったん?」

「いつも診てもらってる整形外科医院や。」

「休みやのに、診察してはるの?」

「うん、電話して、特別に診てもらったんや。」

そんな医者がいる筈もないことは、娘も、もちろん知っていますが、
防衛本能で無理に騙されるのです。
なので、それ以上の質問をすることは、あまりないのです。

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497.信は力なり

2009.09.23 [ Edit ]

心が疲れて、しんどくなると、前進する為の言葉が全て存在しなくなります。
ただ、言葉に出来ないしんどさが、心も身体も支配してしまって、
身体から力が消えてしまい、ぼんやりとしただるさだけが残ります。

会社にいたころ、誰にも負けたくなかった私は、
一生懸命、仕事をしました。
ただし、偏屈のカッコつけだったものですから、
頑張って仕事をしているようには、絶対に周りに見せないようにしていました。
サボりまくって、遊びながら仕事をしている。
そんなふうに見えるような仕事ぶりでした。
でも、誰にも負けたくなかったので、
会社で仕事をせずに、家に持って帰って、徹夜してという感じでした。

集中して仕事をし続けると、気持ちが萎れる時があるのです。
なんというか、そう、逃げ出したくなるような気分。

自分で言うのは、おかしいですが、きっと芯のところで真面目なんだと思います。
実は、真面目という言葉も、おもしろくない男の代名詞みたいな気がして、
好きな言葉ではないし、自分は不真面目でいたいのですが。

逃げ出したくなるような気分が酷くなると、
今と同じで、しんどさに支配されて、無気力、無力になってしまったものでした。

そんな時も、偏屈のカッコつけとしては、
素振りに出してはいけないのです。
いつもと同じように仕事はしていないけれど、出来る男でいなければいけないので
す。

そんなことをしていると、どんどん心の中が、しんどくなって、
家に仕事を持って帰っても、眺めているだけで手に付かなくなる。
それでも、眺めてはいる、ほうっては置けない自分がいて、
しなければいけないという気持ちで、眠ることは出来ないのです。

そんな時の、私の対処法は、
鞄の中の整理と、机の引き出しの整理。
残している書類を捨ててしまうことでした。

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496.不幸なのは、わたしが一番

2009.09.21 [ Edit ]

「自分が、一番不幸やと思わんときなさい。」
「父さんに、よく言われるんやけどなあ。」
「わたし、いつも、自分が一番不幸やと思う。」
「そんなふうに考えたら、あかんと思うんやで。」
「でもなあ、どうしても、そんなふうに思ってしまうねん。」

十年以上も続けている同じようなやり取り。
こんなやり取り以外にも、まるでパターン化されているような、
暗闇の向かう発想のやり取りが、いくつもあります。

受け入れるのは、いけないだろう。
跳ね返すことは出来ない。
共有してしまっては、進歩を妨げる。
でも、仕方ない発想だとは思う。

「どうしたらええんやろ?」
「どうしたら、ええのかなあ?」

十年以上、毎日、日課のように考えている。

それでも、答えは見つからない。

「神様が、助けてくれへんかなあ?」

最後は、信じてもいない空想の世界へ思考が到達。

「あほみたいやなあ。」

これで終了する時はいいのだけれど、
時々、ブラックホールに、身体ごと吸い込まれてしまう時がある。

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495.家族会談

2009.09.16 [ Edit ]

朝からの雨で妹娘を駅まで送り、仕事終わりには、また迎えに行くことになりまし
た。

うつうつと家に中で一日を過ごす娘を誘って駅に向かいました。
妹と話すと元気になる娘なので、妹が帰ってくると、ちょっと、ほっとします。

早めに出て、駅に向かいましたが、うつむいて寡黙な娘でした。
外の空気が心地よいので、車を停めて外に出ようかと誘ったのですが、
無言で首を横に振っていました。
胃潰瘍が原因で、身体も心も落ち込んでしまっています。

駅の下りのエスカレーターに妹の姿を見つけて、やっと少し顔が明るくなりました。

「お帰り。」
「おつかれさん。」

「おまえ、なんで前に乗ってるねん、替われーっ。」

妹が、ふざけて姉の乗っている助手席のドアを開けたことで、
やっと、笑顔になりました。

「ちょうど、母さんも帰ってくるころやし、モスに行こう。」
との、姉の提案でモスバーガーでのティータイムになりました。
母親に電話して、待ち合わせの打ち合わせをして出発。

琵琶湖に架かる近江大橋の西側の取り付け部分にある、なかなか景色のいい店です。
モスバーガーには悪いですが、小奇麗な喫茶店だったらいいのになあと思います。
いや、モスでも、喫茶店のようなつくりなので充分なのですが、
昭和のおっさんには、”聞こえ”が違うものなのです。

店に入ったころには、姉妹で仲良く話をしていて”普通”の明るい姉妹でした。
私は、嬉しく黙って姉妹の話を聞いているだけ。

「夜勤の後は疲れるやろうし、あんまり遊びに行かんと寝んとあかんで。」

「そうやねん、この間、夜勤の次の日の出勤の電車の中でなあ、
身体がムズムズして、じっとしてられないような感じで、
身体が震えてきたんや。」
「これ、なんやろって、びっくりしたわ。」

こんな話が妹から出たので、私が口を挟みました。

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494.わたしばっかり、どうして?

2009.09.15 [ Edit ]

「胃が痛い。」で、先日、病院に行ったときの血液検査の結果、
貧血がきついので再検査になり、今日、その結果が出ました。

「胃潰瘍の疑い」だとのこと。
例によって、私は、病院の前まで行って、中には入らず、
車で待っていたので、すべて娘が聞いてきたことです。
耳が悪いので、ほんとは診断結果を聞いてやりたいのですが、
「病院に入って、汚れてしまうのは、わたしだけにして。」
の、娘の訴えに従って、いつものように車からも出ずに待機していました。

「胃潰瘍の疑いがあるって言われた。」
「貧血は、胃からの出血が原因やと思うって言うてはった。」
「食べすぎでか?って聞いたら、ストレス、悩み事からやって。」
「そんなん、わたしは、もう10年以上悩み続けてるのにって言うたら。」
「自分で、これやっていうのは解らん悩み事でのストレスやって。」
「訳のわからんことを、言うてはったわ。」
「なんで、わたしばっかり、病気になるのやろ?」
「わたし、一生懸命生きてきたのに。」
「耳が聞こえへんかっても、頑張ったら、ええことがあるって思ってきた。」
「耳が悪いし、親に迷惑かけんとこうと思って、何も欲しがらへんかったやろ。」
「便所掃除も、さぼらんと一生懸命やったんやで。」
「でも、いくら頑張っても、悪いことしか起こらへん。」
「お寺参っても、お願い事なんかせんと、ありがとうございますしか言うてへん。」
「欲張ってもいいひんし、わたしの、どこが悪いんやろ?」

返す言葉がありませんでした。

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493.モンテンルパの夜は更けて

2009.09.13 [ Edit ]

昨夜、テレビを見ていると、モンテンルパという言葉が出てきて、
なんとなく懐かしい響きのするこの言葉が出てきた半ドキュメントのドラマに、
見入ってしまいました。

「モンテンルパ」の話、幼いころに、よく亡くなった親父に聞かされました。

「罪の無い兵隊さんが、仕返しの裁判で死刑になって何年も刑務所に入ってはったん
や。」
「B,C級の戦犯の人には、無実の人が多いんや。」
「モンテンルパの夜は更けてっていう歌を、死刑囚の兵隊さんが作らはったんや。」

そんな話を、よく聞かされました。
必ず、親父の、そんな話の結びは、
「戦争は、絶対にしたらあかん。」と言う言葉でした。

親父の話に出てくる「兵隊さん」という言葉の響きが、
幼いながらも、尊敬と、親しみと、感謝、そういうものに溢れているのを感じていま
した。
ただし、その中に、残念ながら賞賛は無かった。
残念ながらというのも、誤解を招く危険のある表現ですが、
国や家族を想って命をささげられた「兵隊さん」を、賞賛してはいけない残念さ。
そういう残念さだったのだと思っています。

「わたしは貝になりたい」と同じ話です。
同じ話と言っても、B、C級の戦犯になられた「兵隊さん」たちには、
さまざまな罪状があって、一般住民の虐殺、捕虜に対する虐待等が主な罪状ですが、
裁判とはいえ、かなりいい加減な認否による判決だったようです。

モンテンルパで絞首刑になられた「兵隊さん」14名は、
後に、確実に6名は無罪が証明されているし、その他の「兵隊さん」も、
かなりいい加減な判決での死刑執行をされたようです。

今も、冤罪は無くならないようですし、
人が人を裁くのは、ほんとうに難しいものです。

執行の命令を下したフィリピン大統領が日本軍に妻と子供を殺されていることも、
逆の立場からものを見れば、まったく感覚は違ってくるものなのだろうと思います。

テレビのドラマを見て、久しぶりに、涙を流れるままにしていました。
親父に聞かされていたとおりの話に、改めて涙しました。

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492.母娘の会話

2009.09.12 [ Edit ]

めずらしく今日は、土曜日に遠征試合。
四日市フットボールクラブ30周年の招待試合。
四日市FC、岐阜シニアのAクラス(50代)との2試合。
2試合とも、2対0で快勝でした。

と、ここまでは順調な話なのですが、
私はというと、四日市との試合の後半に、
右足ふくらはぎを思い切り蹴られて、大きく腫れて途中退場。

楽しい試合のはずが、痛い足を氷で冷やして、観戦するだけの遠征でした。
まあ、楽しい仲間と一緒ですから、それも良しですし、
大いに口で活躍しました。
同じ歳の仲間から、「おまえ、口も氷で冷やして、しびれさせとけ。」と言われたほ
どです。

試合が終わって、車に分乗して帰ってきたのですが、
これにも裏話があって、実は、今日は私が、順に拾って乗せていけばいいルートだっ
たのですが、
「あんたの車で行くと、帰りに居眠り運転するから、俺が迎えに行く。」と、
キムチのチングに言われ、素直に従って迎えに来てもらったという笑い話。
居眠りをする頼りない爺さん扱いと言うわけでは無いのですが、
彼は、私が寝ないで試合に行くのを、誰よりも理解してくれているからなのです。

そんなことで、楽しく過ごした一日なのですが、
例によって、私が外に出ると必ず入ってくる娘からのメール。
決まり文句の、「父さん、マダかー?」。
この「マダかー?」には、2種類があって、
寂しいから、気持ちがしんどいからのSOSと言う意味と、
自分だけ楽しんで、いいなあっていう冗談との2種類があるのです。

今日は、妻も弟も家にいるので、冗談のほうだと安心して、
返信はしませんでした。
だいたい、このメールの8割は、SOSメールで、
酷い時は、この後に、泣き声だけの電話が入ってくることもあります。

退行の一つの症状なのだと認識していますが、
これの対処も、焦らずに、すこしずつ改善していけばいだろうと、
様子を測って、無理に返信しなかったり、間をおいたりと、
押したり引いたりを心がけています。

そんな感じで、返信無しで帰宅すると、
びっこを引いて痛そうに歩いている私を無視して、
母親と夢中で話していました。

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491.おもろい医者先生

2009.09.09 [ Edit ]

「背中が痛い。」
「吐き気がする。」
「おなかも痛い。」

「おなかの上のほうやろ?」

「うん、上のほう。」

「胃やなあ、それは。」
「お医者さん行くか?」

「うん、行く。」

トイレの次に行きたくない病院に、即答で行くということは、
相当な苦痛なのだと思い、急いで連れて行きました。

「父さんは、外で待ってるほうがええなあ?」

「うん、入らんといて。」

病院に入ると、汚れてしまうので覚悟をした自分だけが病院に入ると言うことです。
病院近辺を、うろうろするのも嫌がりますから、
車の中で待っていました。
CDを2枚聴き終えたころ薬の袋を持って出てきました。

来るときは、助手席に乗ってきましたが、
病院に入って身体が汚れた後は、後部座席の右側に乗ることになっています。
自分の汚れが座席に付くけど、あまり人が乗らない右後ろの席は、
被害が少ないからなのです。

もちろん、病院から帰れば、車は、しっかり消毒するのですが、
それでも、自分がいつも乗っている助手席には、
汚れた身体で、触れたくないからです。

慣れるまでは、娘が何故そうするのか解りませんでした。
何故そうするのかを、聞くことを嫌がるので、
奇異な行動をしても、私はほとんど質問をしません。

最初のころは、なんでも聞いていたのですが、
いつだったか、悲しそうな顔をして、娘が訴えたことがあるのです。

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490.緊張からの胃炎

2009.09.08 [ Edit ]

ポーランド娘の受け入れから、母と妹の中国行きと、
緊張の連続で、娘の体調が崩れてしまいました。

母と妹が、夜遅くに帰ってきたとき、

「関空まで、迎えに行こうか?」の、私の提案に、

「行けへんわ、しんどい。」と言っていました。

夜には洗濯をして、それをベランダに干して、
朝は早めに起きて、朝食を作って、
洗濯物を取り入れて、たたんで。
ご飯を炊いて、夕ご飯の準備をする。
その間に、すこしだけ、自分の絵を描いて。

たった4行で書ける、少しの家事。
32歳の娘が家にいたら、当たり前の軽作業。
「そんなこと、別に普通のことやろ。」
そんなものです。
強迫の悪魔が、同居していない人ならば。

私の仕事は、そんな娘に、気づかぬフリをしていることでした。
声もかけない、感謝もしない、手伝いもしない、当たり前の顔をすることでした。

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489.独りで留守番が出来た

2009.09.07 [ Edit ]

「土曜日は、午前中が練習会で、午後は、山科のお医者さんチームと試合や。」
「日曜日は、滋賀県内の、いろんな高校のサッカー部OBどうしで、試合をする。」
「だから、土曜と日曜は、父さんは、留守になるで。」

「えーっ、わたし一人で、ほうっておかれるのんか?」

「まあ、そんな感じやなあ。」
「日曜日は、親父たちだけの試合やから、弟はいる。」
「土曜日は、午前も午後も、弟も一緒に行くからな。」
「午前が終わったら一度戻ってきて、夕方に出発する。」
「午後はナイターの試合やから。」

一度に、たくさんの課題は重たすぎるかなと思いましたが、
ちょっと贅沢に、上れた階段の積み上げをはかることにしました。
病院のチームとの試合も、高校のOB交流戦も、私が直接、計画に携わっているもの
なので、
抜けるわけにもいかないし、また、抜ける気もありませんでした。

土曜の夜の試合を終えての帰りに、息子の車の助手席で、
娘に課題をと言うよりも、最初から、
娘の為にサッカーをやめておくという選択肢はなかったなあと考えていました。

息子の車の助手席で、思わず苦笑いをしていると、
息子が、「なに思い出し笑いしてんねん、気持ち悪い。」と言っていました。

「サッカーだけは、なにより優先で生きてきたなあ。」
と、思っての、思い出し笑いでした。

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488.一人で寝られた喜び

2009.09.05 [ Edit ]

三泊四日の初日、
弟の夕食の準備をして、
私が、あまりの睡魔にうとうとしている間に、
洗濯を済ませたようです。

先ず、階段の一段です。

「おまえ、洗濯は大丈夫やったんか?」

「あかんでえ。」
「トイレに行った後の下着は、触れへんから。」
「だから、強迫になってから初めての洗濯や。」

「へえーっ、それはグッドやなあ。」

「簡単に言うな。」
「必死で、やったんや。」
と、満足げな笑顔。

もう一つの課題。
いつもは母親と同じ部屋で寝ているのですが、
どうするのか?

これも、30歳を超えた娘が、母親と寝ているという”非普通”の話。
”異常”とまでは、言いたくありません。
なので、”非普通”です。

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487.関西空港にて

2009.09.04 [ Edit ]

変動性の計画が、どちらも実行できるように、
私は寝ないで、皆を5時前に起こしました。

5時に起きてきた娘。
先日の通院で、抗鬱剤を服用し始めている娘は、
薬の影響で、かなり眠そうです。
「眠気と、のどの渇きが、かなりきつい薬やと言ってはった。」そうですから。

まあ、でも、起きられたことで、行けることにはなりました。

「車で、寝てたらええから。」

「うん。」

ということで出発しました。

そうまでして送ることはないだろうと言うことなのですが、
送れなかったら、また、「行けなかった」ことに対して、
悔しさ、寂しさ、情けなさが、自責の感情を引き出すのです。

ただ、少し、朝が早いだけの、簡単な話なのですが、
普通では考えられない、いろいろな葛藤の末に、
なんとか予定通り、8時前に空港に到着しました。

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486.関西空港行き

2009.09.04 [ Edit ]

中国に向けて、妹娘が妻を連れて出発しました。

妹娘が、
「送ってくれるのは、たぶん無理やろうなあ?」
「朝9時半出発の飛行機やねん。」
「お姉、よう行きよらへんやろ。」

「うん、聞いてみるわ。」
「行けると思うけど、最初は、行けへんって言うやろなあ。」

そんなやり取りが、前にあって、やっぱり姉娘は、
「送って行ってやろうか?」の私の問いかけに、
「行けへん。」の答えでした。

京都駅を6時出発のリムジンバスで行くことにしておいて、
第一案は、京都駅まで私一人で送っていく。
二案で、姉娘が行けるようなら、関空まで送る。

そんなふうに、変動性の予定にしておきました。

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485.娘の先生

2009.09.02 [ Edit ]

久しぶりに、娘が診察に出かけました。
最近は、月に一回の通院なのですが、
その、月に一回の通院が行けてなかったのです。

病院は、トイレに並ぶくらいに汚い場所で、
出来ることなら近寄りたくない場所ですから。

2回連続で、薬だけ母親にもらいに行ってもらっていました。
なので、先生と話すのは、3ヶ月ぶりということになります。

いつものように、帰宅した時、風呂に直行すればいいように準備をして、
すぐに洗濯できる病院行き専用のトレーナー上下で、
汚れがついて捨てなくてはならないようなものは持たず、
触ることが出来ない診察券はビニール袋にいれて、
履物は、すぐに消毒できるサンダル。

戦いに行く兵士の武装準備のようなものです。

私の車で送っていくのですが、
帰りは迎えには行けません。
汚れが車にうつるからです。

帰りは、タクシーで帰ってきます。
このタクシーに乗るのにも、
「同じタクシーに乗ることは、ないかなあ?」
「タクシーは、座席の消毒しとかはるよなあ?」
こんな心配もあるのですが、
「大丈夫や、何百台もタクシーはあるし、消毒もしとかはる。」
こんな言葉に、自分の中で無理やり騙されたことにして出かけました。

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484.またも自然の試練

2009.09.01 [ Edit ]

妹娘が、妻を中国に連れて行く日が近づいて、
「行きたいのに行けない。」
「母さんが、いなくなる数日。」
こんな不安と、悔しさと、寂しさが娘を襲っている毎日が続いています。

私にも、妹にも聞こえないところで、母親に、
「中国、行かんといて。」
遠慮がちに、小さな声で、時々言っている娘です。

もちろん、ほんとに行くなと言っているわけではありません。
複雑な、襲ってくる感情を吐露しているだけなのです。
それを母親に言うことで、
自分を我慢させたり、気持ちを解ってもらったりという作業をしているのです。

妻も、解っているので、答えずに笑っているだけです。

「父さん、二人が中国に行ってる間、喧嘩せんとこうな。」
こんなことを、私には言っています。

”退行”
「すべてを甘やかせると、娘さんは退行します。」
最初のころに、医者先生に言われた言葉です。

今の娘の不安は、30歳の不安ではないのかもしれません。
”退行”、幼児帰りが、この不安を持たせているものなのかもしれません。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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