強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

117.ゆっくりがんばろ

2008.07.27 [ Edit ]

娘と、モスバーガー食べに入ってました、パチンコの帰り。
モスバーガー近江大橋店か、膳所店か、ちょっと店名は、わかりません。

娘が、ここにしようということで入った店です。

ところが突然、

「あかん、ここに来たらあかんかったんや。」、
大変なことを思い出したように言うのです。

「なにが、あかんの?」

「昨日の、犬のうんこがある道や。」


膳所という地名は、旧膳所藩から受け継がれた地名で、”水に浮かぶは膳所の城”と称され、
びわ湖のほとりに天守を戴く美しいお城があったところが、城跡公園として残っています。
その城跡公園の正面に向かう道を、昨日、薬を買いたいと言う娘を乗せて車で通ったのですが、
湖岸道路と呼ばれる道との交差点を、信号待ちで停車していた時、
助手席側の歩道を、中年の男性が犬を連れて歩いていました。

「あ、ああ、あかんやろ、とっていかな。」

「なんや?」

「犬のうんこ、とって行かはらへんかったんや。」

窓はもちろんエアコンの季節ですから閉まっていました。

でも、だめなんです、見たことが、駄目なんです。

それからずっと、家に帰るまで俯いたままの娘。

ときおり、独り言、

「大丈夫やなあ、大丈夫やなあ。」

ぼそぼそと自分に言い聞かせます。

私は、大丈夫と頭の中では言いましたが、黙っていました。

それが昨日のことです、それを思い出したんです。

「雨降ってへんし、流れてへん、あかん。」

「太陽の熱と直射で消毒されてるで。」

「そんなん言うてもあかんねん。」

理論で駄目なのでなく、感性というか、概念というか、
娘の深層のどこかで駄目の指令が出ているのです。

悲しそうに言います。

「わかってるんやで、大丈夫やてこと。」
「そやけど、あかんねん。」

「そうやなあ、しんどいなあ。」

これしか、私にも言葉がないんです。

”生きるのしんどい”の典型例です。

どうしたらええ?
どう言うたったらええ?
どう慰めたらええ?
ひょっとして、怒る?

確証のない恐れゆえ、答にも行き当たらないんです。

でも、ゆっくりがんばります。



Comment

ダイジョウブのおまじない☆


無事にモス食べて帰れたかなぁ・・・。

犬のうんちは私も天敵の一つ。
智沙さんの頭の中が、手に取るようにわかります。
「見る=つく(触れる)」
このパターンに、私も日々苦しめられています。
犬のうんち以外のものにも天敵は日常に転がってますので★

人間て、わりとなんでも比較の感覚で生きてるから、これよりもっと嫌なこと体験したり聞いたりしたら、それよりはマシって楽になったりしませんか?

先日私が体験した犬のうんち話したら、今回の智沙さんのうんち体験はマシだって思えるかなぁ・・・。
(母に言わせると、私の体験もかなりダイジョウブ!で、すませられることらしいですが・・・)
おんなじ感覚の人間が智沙さんの体験をダイジョウブって笑えたら、智沙さんも笑ってくれるかなぁ・・・。
逆に自分が智沙さんの立場でへこんでたら、自分ならどうしてほしいかなぁ・・・。

いろいろと答えを考えてしまいます★
無事モスが食べられてますように・・・。

どうしてほしい?

この答が難しいんやなあ。

どうしてほしいとか、どうすればええとか、これに対する答がみつからへんのが辛いところやなあ。
答えは何通りかあるんやけど、その答があてはまらへんもんなあ。
それを、ほとんどの人は理解でけへんから、思いついた答えを持ってきて親切にアドバイスしてくれたりするやろう。
ことりんの母さんや、おっさんは口にださへんけどなあ。
口に出さへんかっても、こうなんやけどなあって考えたりしたらいっしょやしなあ。
ただ、(見る=触れる)みたいな感じが少し解ってる程度かな。

(見る=触れる)の概念の継続時間の調節ができたらええけど、この記憶の消去時間が長いのが辛いとこや。
ダイジョウブのおまじないも、関連思考の継続のようなところもあるし、楽しい事考えて振り払えるものでもないやろ。

その瞬間に切り替えても、解決までにもう一回思い出して、いやな感じになることが多いなあ。

それの繰り返しで、対処に慣れていってるとこはあるし、慣れを熟練にすることからかなあって思ってる。
完全解決にはならんけどなあ。

まあ、そんな感じで、ぼちぼちかなあ。

ちょっと、入り込みすぎのコメントかも知れんけど、許せ。

この思考だけ持ってるわけじゃないからな。
ちょっと違うんやとか思うなよ。
こういう思考も一つなんやと思ってるだけやで。

とりあえず、ことりんは強い味方で戦友で、姉妹で、親子でみたいに思ってるから、遠慮せんといっしょに考えたり、考えんといたり、逃げ出したりしような。

はいっ!


「見る=触れる」の思考パターンが最悪消えなくても、おっちゃんが言われるように、対処に慣れて平気になればこっちのもんですね♪
完全解決でない方がいいのかもしれませんよ。
とにかくこの病気って、「白か黒か」「0か100か」を追求するところがあるから、対処法も完全でないほうがいいのかも☆

「強迫よ、消えろ消えろ」と思ってるうちは、ぴったりくっついて離れない気がします。
「一緒にいてやるけど、もう負けてばっかりはいーへんで。」
ぐらいの気持ちが良いのかな。


そういうことやろうなあ

最近、やっと、そういうことやろうなあって思えるようになってきた。

何年も、明日なおれ、明後日なおれ、突然 前の娘に戻ってくれ。
こんなふうに考えてきた。

でも、娘はまだこんなふうには考えてない。
いつ治るんやろうって泣きよるからなあ。

これも、ゆっくりでええ。

なにごとも、すべて、ええかげんに考えることや。

ことりんも、まだまだ、揺れるやろ。
治れ、こんちくしょうって思うやろ。

その時こそ、ええかげんやぞ。

気楽に行こうぜ俺たちは。

コメントの投稿

-----------注意事項-----------

コメント欄ににコメントいただいた内容は、
ブログの本文に引用することがあります。
このことをご了承の上でコメントをお願いします。

管理人にのみ表示する
 

Track Back

TB URL

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

カウンター

プロフィール

一人の父親

Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

ブログ内検索

RSSフィード

リンクと読んでいるブログ