125.人生の矢印
2008.08.04 [ Edit ]
狂った磁石の針のように、人生の矢印は、くるくる変わります。
幸福を示すところで止まる針。
不幸に向かうくせに、安全そうに自信を持って止まる針。
どこに向かうか自信が無くて、ふらふら揺れて止まらない針。
全部の矢印に言えること、
行ってみないと分からない。
広辞苑によると、磁石の針のことも指針って呼ぶらしいです。
指針とは、物事を進める方針、てびき、だそうです。
幸福を示すところで止まる針。
不幸に向かうくせに、安全そうに自信を持って止まる針。
どこに向かうか自信が無くて、ふらふら揺れて止まらない針。
全部の矢印に言えること、
行ってみないと分からない。
広辞苑によると、磁石の針のことも指針って呼ぶらしいです。
指針とは、物事を進める方針、てびき、だそうです。
人生には、指針のないことがほとんどです。
進んでしまった後から磁石が現れて、こうじゃなかったのにって、
針をf震わせてあざ笑っているようなときはたくさんありますが。
人生が二度あれば、後から現れる磁石の針にそって進めるのですが、
そういうわけにはいきません。
若い頃、何かが出来ると思っていました。
もっと若い頃、なにかになれると思っていました。
もっともっと若い頃、何にでもなれて、なんでも出来ると思ってました。
扇が段々閉じていくように、可能性も閉じられていくんです。
こんなことは、若いときには解らないことなんです。
いくつになっても可能性はあるなんていうのは、奇麗事。
笑い話を一つ紹介します。
大阪勤務をしていたころ、転勤手前の話ですから、48歳くらいだったと思います。
あいつは何歳くらいだったかなあ、後輩でちょっと男前、30歳前だったと思います。
そいつと二人、なんばの町を歩いていた時の話。
ちょうど道具屋筋の入口のあたりで、向に渡ろうと二人が立ち止まったときに、
日本橋の方から歩いてきた綺麗な女の子二人、二人ともモデルのような美しさ。
そいつと二人で見とれていました。
すれ違いざまの女の子二人の視線、後輩にだけ向けられた視線。
そんなに広い歩道じゃないのに、すれ違いざま、私は完全に存在していませんでした。
別に自分を男前だとは思っていませんが、狭い道ですれ違う女性に、
あんなに完全に無視されたことはありませんでした。
ショックでした。
自分が女性からの対象外のポジションを言い渡されたこと。
頭の中で、何度もため息ついてたことを覚えています。
一つの、可能性が消えたことを表す笑い話でした。
まあ、こんなおふざけ話は別にして。
あの時こうすればよかった、こう考えればよかったて言うのは、人生にはいくらでもある話です。
いくらでもある話なんですが、くよくよ考えてしまいます。
仕方のないことだと自分に言い聞かせながら、後悔の念は消えません。
人生における、幸福の占める面積と不幸福の面積は同等だとよく言われます。
自分が順風だと思っていたころまで、そう、息子が不良になる前くらいまでかな。
40歳になる前くらいまで、生意気に、後輩に、「幸福と不幸福の面積は同じなんや」などと言ってた自分がいます。
今、「ほんまに、そうなんやろか?」、こんなふうに考える私がいます。
残りそんなに多くない人生、後悔のときにしたくないので、
うつむかないように、涙ばかりにならないように、自分で磁石を作ろうと思います。
幸せの方向を指す針をもった磁石をつくろうと思います。
進んでしまった後から磁石が現れて、こうじゃなかったのにって、
針をf震わせてあざ笑っているようなときはたくさんありますが。
人生が二度あれば、後から現れる磁石の針にそって進めるのですが、
そういうわけにはいきません。
若い頃、何かが出来ると思っていました。
もっと若い頃、なにかになれると思っていました。
もっともっと若い頃、何にでもなれて、なんでも出来ると思ってました。
扇が段々閉じていくように、可能性も閉じられていくんです。
こんなことは、若いときには解らないことなんです。
いくつになっても可能性はあるなんていうのは、奇麗事。
笑い話を一つ紹介します。
大阪勤務をしていたころ、転勤手前の話ですから、48歳くらいだったと思います。
あいつは何歳くらいだったかなあ、後輩でちょっと男前、30歳前だったと思います。
そいつと二人、なんばの町を歩いていた時の話。
ちょうど道具屋筋の入口のあたりで、向に渡ろうと二人が立ち止まったときに、
日本橋の方から歩いてきた綺麗な女の子二人、二人ともモデルのような美しさ。
そいつと二人で見とれていました。
すれ違いざまの女の子二人の視線、後輩にだけ向けられた視線。
そんなに広い歩道じゃないのに、すれ違いざま、私は完全に存在していませんでした。
別に自分を男前だとは思っていませんが、狭い道ですれ違う女性に、
あんなに完全に無視されたことはありませんでした。
ショックでした。
自分が女性からの対象外のポジションを言い渡されたこと。
頭の中で、何度もため息ついてたことを覚えています。
一つの、可能性が消えたことを表す笑い話でした。
まあ、こんなおふざけ話は別にして。
あの時こうすればよかった、こう考えればよかったて言うのは、人生にはいくらでもある話です。
いくらでもある話なんですが、くよくよ考えてしまいます。
仕方のないことだと自分に言い聞かせながら、後悔の念は消えません。
人生における、幸福の占める面積と不幸福の面積は同等だとよく言われます。
自分が順風だと思っていたころまで、そう、息子が不良になる前くらいまでかな。
40歳になる前くらいまで、生意気に、後輩に、「幸福と不幸福の面積は同じなんや」などと言ってた自分がいます。
今、「ほんまに、そうなんやろか?」、こんなふうに考える私がいます。
残りそんなに多くない人生、後悔のときにしたくないので、
うつむかないように、涙ばかりにならないように、自分で磁石を作ろうと思います。
幸せの方向を指す針をもった磁石をつくろうと思います。
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