強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記

127.普通と平凡のすばらしさ

2008.08.06 [ Edit ]

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず


これを、平凡というのか?
これが、普通なのか?

普通、どこにでも見受けられるようなものであること。
平凡、特にすぐれた所がなく、並みなこと。

広辞苑には、こう書いてある。

もう一つ、普通の反対語は、特別、専門だそうです。

家族に病気の人がいることは、別に特別なことではないと思うが、
やっぱり、確率からいくと特別かもしれない。
特別になる基準点はなんだろう?
けっこう、どんなことでも、どこにでも見受けられるような気がするけれど、
なんとなく、普通って言葉が私からは離れたもののような気がしてならない。

普通に疑問を持ち始めたのは、
末娘が大阪で一人暮らしをしていたころ。
仕事を辞めた息子に対する私の接し方が、弱腰だと、

「父さんは、お兄ちゃんにもうちょっと普通に話すようにせんとあかんと思うわ。」

と意見をしてくれた時。

息子の挫折を強く感じている私と、
兄妹として兄にしっかりしてほしいと思っている妹の感じ方の違いだったのですが、
妹のその考え方はありがたい考え方で、いや、ありがたいという言葉は当てはまらない、

肉親を思う心にありがたいはおかしい。
とにかく、精一杯に兄を思う妹がうれしかったので、
兄の挫折に対する話はせずに、

「普通ってなんやろ?」

という大きな質問を末娘にしたのでした。

その時は、普通に話すと言うのが、傷ついている人の傷の具合がさまざまで、
心の状態は、それぞれ量れないものなのだから、
普通というものの当てはめ方は難しい。
そんな考え方の「普通てなんやろ?」でした。

その後も、ずっと考えてました。
普通に接する。
普通に話す。

考えれば考えるほど、普通が難しいものになりました。

今も考え続けています、難しい普通を。

普通に話すが、今は、普通に生きるに変わって、より難しくなっています。

親父と息子が無職で家にいて、娘が神経症で、気をもみながら家事をこなす母親がいる。

唯一末娘だけが普通に近いのかなと思うが、妹も家を気遣ってしんどいにちがいない。


最近の家族の合言葉になってきています。

「普通がええなあ。」
「普通ってええなあ。」
「普通に生きたいなあ。」

きっと特別な問題を抱えたときに、みんなが思い出すんです。

普通と平凡のすばらしさ。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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