強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

170.訃報

2008.09.20 [ Edit ]

我家の太郎が亡くなりました。

太郎は、玄関の水槽で飼っていた、大きな金魚です。


5年前、娘の症状が最悪だったころ、26歳の夏。
家族全員で出かけた、祇園祭の夜。
四条烏丸を少し上がったところで、金魚すくいをして、
それから家族の仲間入りをした金魚たち。

5匹の金魚に名前をつけて、
出かけるときに、それぞれに声をかけていた娘。

家に来たときは、みな同じくらいの大きさだったのですが、
そう、2センチくらいでした。

きっと、強い奴がたくさんエサを食べるのでしょう。
今では、8センチから12センチまで、
さまざまな個性に育っています。

それぞれに体型と色の濃さが違うので、
娘がつけた名前が、はっきりわかります。

色が濃く、一番大きいのが、太郎でした。

この春、その太郎の腹が異常に膨らみました。

卵を産むのだろうと思っていたのですが、
どんどん腹が大きくなって、
ある日、膨れた腹を上にして泳ぐようになりました。
水面から腹がすこし上に出て、それが乾き、傷になります。

あまりに苦しそうなので、
妻が、腹をおさえて萎ませましたが、すぐに元に戻ります。

「太郎、死ぬのかな?」

「かわいそうやけど、すぐに死ぬやろう。」

それから半年近く、太郎は不自由な身体で頑張りました。
腹を上にして泳ぐようになってから、背骨も曲がってきて、
まったく自由には泳げません。
それでも、エサを必死に食べるのです。

ひと月、ふた月、元気にと言うのはおかしいですが、
太郎は頑張って生き続けました。

その不自由な身体で、必死にエサを食べ、
苦しみながら、必死に生きる姿を、
娘は、きっと自身に映していたのだと思います。

出かけるときは、

「太郎、行って来るで。」
「がんばりや、太郎。」

太郎にだけ声をかけるようになりました。

帰ってきても、先ず太郎の生存を確認して、

「ただいま、太郎。」
「生きてたか?よしよし。」

あんな身体で、半年もよく頑張ったと思います。

今朝、エサをやろうと水槽を覗くと、ついに太郎が死んでいました。

妻に、太郎が死んでいることを言い、
二階に上がり、寝ている娘をおこして、

「太郎、死んだわ。」

ショックでしばらく動けなかった娘と私が降りてくると、
妻が、太郎を水槽から出して、紙の上に寝かせ、
頭のところに皿を置いて香を焚いていました。
私は、太郎の口元にエサをおいてやりました。

妻もきっと、娘が太郎を自身に映していると思っていたのでしょう。

娘は、太郎をじっと見つめて、涙を流しながら、

「苦しかったやろうな。」

小さな声でつぶやいて、太郎を送るように手を合わせていました。

私も、妻も、自然に手を合わせていました。
金魚が死んで、葬式をしていることが、
馬鹿げたことだとは思えませんでした。

一日中、暗い表情で泣きそうな顔の娘。
時々、小さい声で、
「太郎が死んだ。」 と、呟きながら涙ぐんでました。

私は、心の中で、
娘の苦しみも、いっしょに持って行ってやってくれと、
苦しみから解放された太郎に、何度も何度もお願いしました。


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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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