228.友あり遠方より来る
2008.11.22 [ Edit ]
名古屋から、友達が訪ねてきてくれました。
前に話したことがある、昨年、青森のスポレクに同行取材してくれた、
大手新聞社の記者君です。
初心者マークのついた車に乗ってきて、
「運転が下手なので、初心者マークを付けてるんです。」
って、笑わせてくれたというか、和ませてくれた、新聞記者君です。
私の息子より、歳が若いのですが、彼の父親は、私の父親より年上です。
私が、勝手に思っていることなのですが、
彼は、彼の父親が、年配の人格者なので、ちょっと常識からずれている私に、
兄貴か、父親の像を少しだけ描いてくれているのかなと思っています。
付き合いは、ほんの少ししかしていないのに、
すごく親しく感じてくれている様子が嬉しくて、
私も、彼に対して、すごく親しみを感じています。
突然、一昨日に電話がかかってきて、
「突然ですが、お宅にお邪魔していいですか?」
「ええで、いつでも、おいでや。」
ということで、訪ねて来てくれたわけです。
一時ころ来てくれて、五時ころ帰って行きました。
あっという間の四時間でした。
何を話したっていうこともなく、四方山話というか、
私が生きてきた道の説明をしていたような時間が主だったような気がします。
初めましての挨拶のような、自己紹介をしていたような感じです。
お互い、第六感というか、直感で、気が合う人という判断をしているだけで、
たくさんの思い出を共有しているわけでもないし、
ほんとに、縁あって出会った彼という感じです。
こんなに親しみを感じるのは、前世で、よっぽど仲のいい関係だったのかなと、
あまり信じていない、オカルト話を引き出してくるような感覚を持ってしまいます。
そんな彼も、昨日初めて聞かされて驚いたのですが、
不安神経症っていう名前を医者から付けてもらているらしいです。
「お前は、父さんと歳が離れていて、父さんが旧い日本人やから、
修身で育てられているところがあると思うんや。」
「俺も、息子に対して、修身的な感じで育てたような気がする。」
「そうすると、優しい、いい人になって、俺は、悪いことやとは思ってないけど、
現在社会に、うまく適合できない人になってしまうような気もしてる。」
「平気で、人を裏切ったり、平気で人を陥れるようなことは決して出来ず、
安易に人を信用してしまう。」
「うまく表現できないけど、性善説のかたまりみたいな考え方の人間ということかなあ。」
「現在社会では、損ばかりしてしまう人間かなあ?」
「人として生きるのに、俺は、ぜったい損ではないと思ってるんやけど、
実際のところ、要領よく生きている人たちには、悔しいけど、勝てへん部分もある。」
「でも、くじけんように生きていこう。」
こんな、余計なお節介を、又、してしまいましたが、
彼も、納得してくれていたような気がします。
不安神経症に関しての詳しい話は聞いていませんが、
彼も、ゆっくり生きていってくれたらと思っています。
”ええかげん”の精神には、彼も賛同してくれています。
なので、彼も大丈夫だと思っています。
友あり遠方より来る、彼も、"ええかげん集団”の仲間です。
前に話したことがある、昨年、青森のスポレクに同行取材してくれた、
大手新聞社の記者君です。
初心者マークのついた車に乗ってきて、
「運転が下手なので、初心者マークを付けてるんです。」
って、笑わせてくれたというか、和ませてくれた、新聞記者君です。
私の息子より、歳が若いのですが、彼の父親は、私の父親より年上です。
私が、勝手に思っていることなのですが、
彼は、彼の父親が、年配の人格者なので、ちょっと常識からずれている私に、
兄貴か、父親の像を少しだけ描いてくれているのかなと思っています。
付き合いは、ほんの少ししかしていないのに、
すごく親しく感じてくれている様子が嬉しくて、
私も、彼に対して、すごく親しみを感じています。
突然、一昨日に電話がかかってきて、
「突然ですが、お宅にお邪魔していいですか?」
「ええで、いつでも、おいでや。」
ということで、訪ねて来てくれたわけです。
一時ころ来てくれて、五時ころ帰って行きました。
あっという間の四時間でした。
何を話したっていうこともなく、四方山話というか、
私が生きてきた道の説明をしていたような時間が主だったような気がします。
初めましての挨拶のような、自己紹介をしていたような感じです。
お互い、第六感というか、直感で、気が合う人という判断をしているだけで、
たくさんの思い出を共有しているわけでもないし、
ほんとに、縁あって出会った彼という感じです。
こんなに親しみを感じるのは、前世で、よっぽど仲のいい関係だったのかなと、
あまり信じていない、オカルト話を引き出してくるような感覚を持ってしまいます。
そんな彼も、昨日初めて聞かされて驚いたのですが、
不安神経症っていう名前を医者から付けてもらているらしいです。
「お前は、父さんと歳が離れていて、父さんが旧い日本人やから、
修身で育てられているところがあると思うんや。」
「俺も、息子に対して、修身的な感じで育てたような気がする。」
「そうすると、優しい、いい人になって、俺は、悪いことやとは思ってないけど、
現在社会に、うまく適合できない人になってしまうような気もしてる。」
「平気で、人を裏切ったり、平気で人を陥れるようなことは決して出来ず、
安易に人を信用してしまう。」
「うまく表現できないけど、性善説のかたまりみたいな考え方の人間ということかなあ。」
「現在社会では、損ばかりしてしまう人間かなあ?」
「人として生きるのに、俺は、ぜったい損ではないと思ってるんやけど、
実際のところ、要領よく生きている人たちには、悔しいけど、勝てへん部分もある。」
「でも、くじけんように生きていこう。」
こんな、余計なお節介を、又、してしまいましたが、
彼も、納得してくれていたような気がします。
不安神経症に関しての詳しい話は聞いていませんが、
彼も、ゆっくり生きていってくれたらと思っています。
”ええかげん”の精神には、彼も賛同してくれています。
なので、彼も大丈夫だと思っています。
友あり遠方より来る、彼も、"ええかげん集団”の仲間です。
Comment
さきさんへ
歌の文句や、ものの本には、損したっていい、なんて言葉が並んでいるんやけど、実際は、なんとか隙間をぬって自分だけ得しようという人が、残念ながら多いんやなあ。
でも、極少数派かもしれないけれど、損してることがわかっていても、人を助けたりできる人がいる。
「損をするということは、誰かが得をする訳やから、まあええやろ。」
ほんとに、こんなふうに思ってるのかと思えるような人も、時々見かける。
別に、人を無理して助ける必要もないし、助けてもらってもいい。
ゆっくり歩いて、ゆったり考えて。
しんどくないように生きていきましょう。
日照りのときは 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに でくのぼうと呼ばれ
責められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは なりたい
これで、いいでしょう。
でも、極少数派かもしれないけれど、損してることがわかっていても、人を助けたりできる人がいる。
「損をするということは、誰かが得をする訳やから、まあええやろ。」
ほんとに、こんなふうに思ってるのかと思えるような人も、時々見かける。
別に、人を無理して助ける必要もないし、助けてもらってもいい。
ゆっくり歩いて、ゆったり考えて。
しんどくないように生きていきましょう。
日照りのときは 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに でくのぼうと呼ばれ
責められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは なりたい
これで、いいでしょう。
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