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強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

236.自傷行為

2008.11.30 [ Edit ]

自傷行為、そんなことは、言葉でしか出会わないものだと思っていました。

リストカットっていう言葉が、自傷行為という言葉から浮かんでくるものなのでしょうが、
娘の自傷行為は、手の甲にタバコの火を押し当てるという行為です。

半年ほど前に、手の甲に六文銭のような痕に気づきました。
その痕が、九個になったときに、堪らずに叱りました。

「お父さんが、わたしを叱ったら、わたしは死んでしまう。」

こう言われて、ずっと怒らない、叱らない約束を守ってきましたが、
我慢が出来ませんでした。

自傷行為というのは、どうしても私には、見せつけ行為に思えてしまいます。
きっと、もっと深い苦しみとともにある、ひょっとしたら、本人も気づかないような、

不可解な、深い意味を持つ行為なのかもしれません。

とにかく、悲しい行為です。



夕方、妻と娘が言い争っていました。

「病気が治らへん、苦しい、死にたい。」
「わたしなんか、なんで生んだんや。」

これが、言い争いの中心でした。

私は、聞こえないふり、見えないふりをしていました。
その時に、妻の、「また、そんなことして、勝手にしたらええ。」
の言葉で、また、娘が、手に傷をつけたのだということに気づきました。

その行為を咎めて、なおるのか?
そうすることで、それ以上の苦しみを抑えることが出来ているのか?
考えてやっているのか、無意識でやっているのか?

頭の中で、ぐるぐる考えていました。

どうしてやったらいいのか、まったく解らない。
親として、許しておくのは、おかしいと、きっと、人は言うのだろう。
悲しいことなんです、苦しいくらいに悲しいことなんです。
でも、かけてやる言葉にたどり着かないのです。

ずっと我慢して、居眠りしているふりをしていました。

妻と娘の言い争いに気づいて、末娘が部屋に入ってきて、
知らんふりで姉と話し始めてくれて、なんとか爆発寸前で収まりました。

最近は、以前と違って、大爆発寸前で収まることが多く、
かなり我慢が出来てきていて、ありがたいなあというところもあるのです。

考えすぎて、悲しくて、私の頭の中は爆発しそうなほどでしたが、
とにかく、なんとか収まりました。

それから、妻と娘と三人で、末娘と息子を、家に残して、
カラオケに行きました。
とにかく、大きな声を出させることで、発散させてやろうと考えてです。

機嫌よく、歌ってました。
ちょっと安心かなと、思っていました。

帰宅して、妻が先に部屋に寝に行った時、私の携帯にメールの着信音。
見てみると、娘からのメール。
今、前で打ったようです。

タイトル無しで、

シンドイなあ・いつの間にかダメダメ人間になったんやなあ。
ここから逃げたいなあ。


RE.

しんどいと思い出したら、止まらへんなあ。
しんどいと思うと、ええことは、なんにも考えられへんようになる。
ぼやーっと、まあ、なんとかなるやろって考えを、頭の中に、戻してこんと、どんどん、しんどくなるなあ。
どうしようも できひんことに、いらいらしてしまう。
金ほしいなあとか、パチンコ連れて行ってやりたいとか思うけど、
どうしようもないし、そう思うと、しんどくなる。
なにかと出会う時が、いつか あるやろと、思うように してる。
毎日、父さんも、泣きそうなんやで。
そやけど、焦っても しゃあないしなあ。
なんも考えんと、なんとかなるやろって思うんや。
しんどいけど、しんどいばかり思てても、ええことないし、焦らんとこう。
がまんせんなんこと多いけど、急に変わらへんやろし、ゆっくり、出来ることだけしような。
なんとかなるて。
いらいらせんと、時々 笑おう。

私も、知らんふりで、こう返しました。

その後、しばらくして、ぼそっと娘が言いました。

「ごめん。」
「しんどいねん。」
「我慢出来へん。」
「ずっと助けてくれへんやろ父さんは、先に死んで、わたしが残る。」
「どうしたらええか、わからへん。」

「あのな、そんな先のことは考えんでええねん。」
「父さんが死んでも、おまえは、生きていけるんや。」
「父さんが、いてへんようになったら、その時は、甘えられへんようになる。」
「そして、その時は、甘えんと自分の力で生きていかなあかんやろ。」
「そしたら、自分で生きていくんや。」
「なんとかなるねん。」
「ただな、今も、我慢せんとあかんねん。」
「父さんも、母さんも、出来る限り、おまえといっしょに苦しみながら歩いてる。」
「そやけどな、出来る限りなんや。」
「それ以上は、無理なんや。」
「だから、おまえも、自分でなんとかしようと思わんとあかんとこもあるって考えろ。」


そんな、穏やかな言い争いが続きました。

ちょっと強めの意見を与えました。

加えて、

「ところで、一つ、お願いがあるんや。」
「おまえの手の火傷やけどなあ、それだけは、やめて欲しい。」
「それで、おまえが、楽になるのかなあって考えたりもする。」
「でもな、それで、父さんと、母さんが、どれだけ悲しいかっていうことも考えんとあかん。」
「おまえは、わたしの苦しさは、父さんには、わからへんやろって言う。」
「そしたら、子供のいてないおまえに、
自分のだいじな子供が手を焼きよる悲しさ、おまえにわからへんやろ。」
「かなしいんや、父さんは。」

娘が、ぼそっと、

「わからへん。」
「また、するかもわからん。」

それから、長い沈黙があって、
もう午前4時まえです。

黙って、娘が立ち上がりました。

「もう、寝るわ。」

黙って部屋を出て行こうとする娘を、追いかけて、抱きしめて、
涙をぼろぼろ流している娘に、

「あのなあ、父さんが死ぬとき、おまえを連れて行ったるわ。」
「死ぬときは、いっしょに連れて行ってやるから、安心しとき。」
「いっぱい考えんと、安心したらええ。」

ちいさくうなづく娘でした。

どうしたら、安心を、与えてやれるのか?
今日も、明日も、明後日も、安心探しの毎日は、まだまだ続くのだと思います。

負けそうになりながら、負けずに歩いていこうと思います。

Comment

自傷行為はとても辛い。苦しくてたまらなくて少しでも楽になりたくて私はしてる。
誰かに止めて欲しいんじゃなくて理解してほしい。
だけど理解してもらうのは難しいのかもしれない。
私もおっさんが死ぬ時は連れて行って欲しい。それまでは頑張るから。

solへ

この話も、活字ではやり取りが難しい話やねえ。

わかってるけど、わからへん。
わからへんけど、わかってるみたい。
わかってるかどうか、わからへん。

そんな話やろ?

この話書いたら、solから連絡があるような気がしてたよ。

どうしてやったらええのか、おっちゃんもわからへんのやけど、

娘も、solも、自傷したら、おっちゃんが、すごい悲しいってことは、解って欲しい。
そんな簡単な問題と違うのかもしれんけどなあ。

黄色いカップでコーヒー飲みながら、ゆっくり話したいなあ。
話せんでもええ。
solを、ゆっくり抱きしめてやりたいなあ。

おっちゃんなあ、これ書いてる時、solを心で抱きしめながら書いてるんやで。

度々お邪魔します。

私の周りにも自傷行為をしてる子がいます。
やめてって本当は言いたい。
でも彼女は親にも友達にもいい子を演じてるから、はけ口がない。
それがわかってるので言えません…。
「やると落ち着くんだ」って言う彼女を見てると、私もやっぱり切ないです。


それから「父さんが死ぬ時は〜」のくだりのところなんですが、1年前に亡くなった母のことを思いながら読みました。
色々な親子の形がありますね。
おっちゃんと娘さんが一生懸命思いをぶつけ合ってる姿がなんて言うか、すごくいいなって思います。
のんきな言い方ですみません。
でもそれは、とっても大切な時間だと思うんです。

不安と闘う

おっさん、おはよう。今日はいい天気。気分もいい。不安と闘うのはほんまにしんどいなぁ。なんとかなるさぁ!という気持ちの余裕が私もほしい。自傷行為、私はやった事ないけど、自分のやり場のない怒りや悲しみ、誰かに苦しみに気づいてほしい、認めてほしい、という心の叫びなんですよね。おっさんが娘さんを抱きしめたり、solさんを抱きしめてあげたい気持ちも、一人じゃないんだよ!って言ってる優しさ、伝わってきます。私は、昨日アンジェラ.アキさんの「手紙」という歌を聞いてみました。前から、いい歌だって聞いてたので、一度聞いてみたかったのです。♪人生の全てに意味があるから恐れずにあなたの夢を育ててkeep on believing ♪ああ負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は自分の声を信じ歩けばいいの いつの時代も悲しみを避けて通れないけれど笑顔を見せて今を生きていこう♪本当にいい歌です。自分を哀れんで虚しくなってる場合やないね。今日も、ゴミ出し、洗濯無事に終了!一歩ずつ一歩ずつ休み休み前を向いて行こう思います。

ととさんへ

そうやなあ、最近、あんまり言わんようになったから、ちょっと忘れてたけど、まだ、おっちゃんが会社行ってたころ、毎晩、夜中の三時ころに発作になって過呼吸になる娘を連れて、二十四時間営業の喫茶店で話してたこと。

「おまえの病気のおかげで、普通の親子より、長く深く付き合えるから、父さんは嬉しいで。」
「普通の父娘なら、父さんと口聞くのいややとか、よう聞く話や。」
「病気のおかげで、おまえと父さんは、普通より仲良くできる父娘や。」
「嬉しいことや。」

こんなふうに、よく話してました。

半分は、娘をなだめる為でしたが、
半分は、本気で、そう思ってました。

今も、そう思ってます。

でも、どこの親も、おっちゃんと同じで、子供は、なにより大切なもの。
自傷する子供を見るのは、なにより辛いと思います。

まあ、出来るだけ、ととさんが言うように、こう考えるようにします。

とっても大切な時間を、与えられてるんや、と。

さくらんぼさんへ

その唄を、ええ唄やと思えるのは、なんでやろ?

さくらんぼさんの、心が、その唄に共鳴してるからやろうと、おっさんは思う。
さくらんぼさんは、その詩を書いた人と同じ考えやということや。
もっと言えば、その詩の作者が別にいても、まったく同じ意味の言葉が、さくらんぼさんの心の中には、存在してるということや。

でも、時々、心の中の言葉が薄くなったり、消えかけたりすることもある。
はっきり見えるときと、にじんで読めないときがあるんや。

でも、存在してるということは、消え去らないということや。

出来るときだけでええんやで、
笑顔を見せて、今を生きていこうな。

頑張り過ぎんと、一歩ずつ。

リスカー

おっさんへ

私はリスカーでした。つい半年くらい前までは・・・。
リスカーすると当然の事ながら血が出ます。その血が流れるのを
見るのが快感でもあり、旦那の心を態度を見たかった・・。
旦那を試したかった・・・。人間としては最低・・今、思うと・・。
何回も繰り返している間にザックリ切ってしまい救急車で
運ばれ縫った・・・。その傷跡は今でも残ってる。
それに私は風邪薬を飲まないと一歩も動けない状態でした・
毎日 何かをするたびに飲んでた・・・。
そのせいだろうけど私は腸閉塞になり2ヶ月半の入院の末
回復手術・・体重は39キロまでおちた。
腸閉塞との事で神経の薬は もちろん睡眠薬まで取り上げられ
病院での生活で唯一救われたのが、ほんとは吸っちゃ
いけない煙草・そして煙草仲間 今でも交流あるよ。お見舞い
にも行ったし今は電話のみ。
神経の薬・睡眠薬が飲めなく夜は全く眠れなかった。
キチガイになりそうだった。案の定、神経の病気は悪化・・。
うつ状態になった。病院から飛び降りてやろうかとも考えた。
でも私は生きている・・・。人は何故 生きるんだろう?
何故 簡単に死ねないんだろう?苦しいのに・・・。

yumiさんへ

わからへんて書いたけど、なんとなく解るような気もするんやで。

でも、やっぱり、解ってやれへんというか、yumiや、娘が、解ってもらえへんと思うやろうから、結局、わかってへんということなんや。

共有するって、難しいなあ。
yumiも、娘も、共有してほしいんやろうなあって思う。
不安なんやろうなあ。
yumiの旦那さんも、おっさんも、しんどいのは、わかってるんやで。
なにより大切なんやで。
あまりに苦しいから、なかなか信じることや、安心することが、難しいんやろうけど、安心できたらええのになあ。
安心してほしいなあ。

無理矢理、言うことじゃないけど、安心したらええんやで。
yumiも、娘も、一人と違うんや。

一人と違うことは、安心できるっていうことや。

こんなこと言ってるおっさんも、実は、時々、思うときがある、娘をなぐさめている夜に、娘が部屋に帰って寝た時に、ああ、俺一人やなあって。
そんな時、寂しいもんや。

このごろ、そんなふうに思ったときは、パソコン開いてコメント見るんや。
一人と違うって確認するために。

おっさんも、yumiに助けてもらってる。

いっしょに歩こうっていうのは、軽い言葉とちがうんや。

いっしょに生きようって、おっさんの叫びなんやで。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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