強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

287.お前だけが、苦しいのと違う

2009.01.22 [ Edit ]

人がよく使う、慰めにならない慰め言葉の代表選手。

「あんただけが、苦しんでるんやない、あんたより、苦しんでる人がいっぱいいる。」



これほど、慰めにならない慰め言葉は、ないような気がする。

心がこもっていないとは思わないのですが、大きな勘違いがあって、
今、苦しんでいる人や、悲しんでいる人が、他の人の苦しみや、悲しみを考えて、
そして、それと比べて自分は楽だなあとでも思えると思っているのか、
失礼な言い方ですが、馬鹿な発想やなあと思ってしまいます。

まあ、サッカーの練習してて、優勝目指して頑張ってる選手達に、

「お前らだけが、苦しいと思うな、ライバルたちも苦しんでるんや。」

こんな程度の、励ましになら有効な言葉かもしれませんが、

「生きるのがしんどい。」とまで、苦しんでいる人に対して、
どうどうと、俺は良い人みたいな顔をして、この言葉をかけている人。

人の気持ちが、わからない、気の毒な人といえるのかもしれません。

でも、一種簡単な、この慰め言葉は、かなり大きな顔で横行しているような気がします。




残念ですが、人の苦しみや悲しみを、自分のものとして感じることは、
並の人間には、難しいことなのかもしれません。

こんなことを、偉そうに書いている私自身も、
娘が、耳が聞こえないことで、こんなに辛いことがあると悩みを訴えるときに、
目が見えない人もいるし、寝たきりで苦しんでいる重病の人もいると言ってしまうときがあります。

士農工商の作られた意味と発想。

これは、支配階級の都合での発想でした。

ということは、「お前より苦しんでる人がいる」という発想は、
どうも、知らず知らずのうちの、上から目線の発想だと考えてもいいものなのかなあと思います。

情けない話ですが、「俺は大丈夫」という気持ちを、裏側に持っていながら出てくる言葉なのかなあ。

そういえば、まったく関係のない話のようですが、
リストラを、する側と、される側の感じ方も、これと似ているような気がします。

申し渡す会社側の人間は、会社の存続を口にして、厳しい状況を説明するが、
自分の境遇には、危機感は微塵もない。
この部分に気がつかないで、申し訳なさそうなふりの顔をして、
解雇通知に近いことを口にする。
解雇通知を直接すると、会社の立場が悪くなるから、言葉を選んで辞めさせるようにもっていく。

辞めさせられる側の人間が、会社の厳しい状況を説明されて、
会社を助けてくれみたいなことを言われても、納得できるはずもない。

俺の生活は、俺の家族はどうなるのか。
そのことで、頭はいっぱいで、頭の中は半狂乱だと思います。

そんな残酷な発想や、発言、行動が、人にはできるものなのです。

人って、いやなもんやなあ。

こんなふうに考えてしまうこともあります。

でも、ここで、負けたらあかんのです。

自分だけでも、人の心をわかる人になろうと決意することが大切なんです。

ひとりひとりが、思い出すだけでいいのです。
人の気持ちを考えながら生きることを。
となりにいる人と、話し合って、お互いが思い出せば、世の中明るくなるでしょう。

となりにいる人とは、
会社の席が隣の人、学校の教室で隣に座っている人、
電車の隣の席に偶然座ったひとでもいい。
おなじコミュニティにいる人すべてが、となりにいる人なのです。

勇気を持って、話していこうと思っています。
人の心を大切に思いましょうと。

偉そうに言うなって、思われるかもしれません。

それでも、となりにいる人の、心を溶かせば、世の中が明るくなること、
覚えておいて、忘れずに生きていこうと思います。

「甘いなあ。」って、馬鹿にする人が、きっといます。
そんな、かわいそうな人にこそ、
心の温かさや、優しさの素晴らしさを、
気づかせてあげられたらいいのになあと考えています。


Comment

おやじへ

始めの言葉、よく耳にするよ。
入院した時とか、よく聞いた言葉だなぁ。
でも、そういえば旦那から その言葉を聞いた事ない気がする。
私は、人と接する事が怖いながらも好きなので
おやじの言うように 例えば歩いていて すれちがいざまに
挨拶とかするようにしてるよ。
気持ちよく大きな声でふぇん時が返ってくるよ。
そうすると もう嬉しくて この気持ちおやじならわかるよね?

yumiへ

旦那から聞いたことないということは、ええことやなあ。
yumiは、なかなか甘えにいかへんけど、甘えてもええやろっていうことの証拠かもしれんぞ。

人と接すると、痛い目にあうときも多いけど、とんでもない喜びがあるときもある。
怖がらないで、痛い目に合わされたときは、さらっと流すことにして、どんどん人と出会っていくようにしいや。

ようわかるで、嬉しくなる話。

おやじも、余計なお節介が好きで、くせみたいなものかな?
人と接することは大好きや。
痛い目に合わされることも、しょっちゅうやけど、嬉しいことも、同じくらいある。

人は、怖いもんやけど、ええもんやで。

yumiも、そう思うやろ?

仲間を大切に、歩いていこう。

相手が、仲間やと思ってない人でも、こちらは、仲間やと思ってたらええねん。

それが、平和や。

この言葉 私も使った事あるし言われた事もあります 確かに上から目線ですよね… 娘に言った時は そんな事言われても自分の辛い事で精一杯で他の人は見えないと返ってきました 自分も誰かに言われた時は頭では理解できても 私のしんどさをわかって欲しいのに…とやっぱり思いましたね ほんとに苦しんでる人には響かない言葉です でも確かに自分より辛い人が沢山いる事は確かです。でも比べるものでもなく比較したからって解決するものでもなくその言葉を言った人は全く理解してないですね確かに上から目線です。ほんとここでは学ぶ事沢山です…知らず知らずのうちに人を傷つけてる言葉ってたくさんありますね 親として娘に上から目線で言ってしまう時がありましたが 今後気をつけたいと思います

お久しぶりです。
“愛”ですね。マザーテレサと同じことおっしゃってます。

ついつい忘れそうになるんですが、
今年の私のテーマは“愛と感謝”なんです。
できなからこそ掲げたテーマですが
明日は
隣の人の心、ほんのちょっとでも溶かせればいいな

私が過去に手術をし、仕事復帰してしばらくしてから仕事のパートナーに「私の病気、悪性だったんだ。」と告白した。でも彼女は自分の恋話をしてきた。しばらく聞いてから「驚かなかった?ドキドキしながら告白したんだ。」と話すと「だってガン保険に入れないってことだけでしょ。」との返事。その後、私の家族が生死をさまよい辛さを話しても話の内容を忘れてしまう友達もいた。でも結局はその人達にとっては悲しいけど「他人事」…やっと話しても生き方や考え方を中傷されることもあった。病院の先生や学校の先生でさえ求めていない悲しい事を言う人もいる。私はそれ以来家族の悩みは人に言わないことにした。人前では悩みもない振りをして笑顔で過ごす事にした。だからこそ、神経症の息子を持つ私としてはここが癒しの場。
息子は一日中トイレ恐怖症に悩まされている。もちろん私も辛いし、いろんなアドバイスが欲しい。

こんばんは
あなただけが苦しいのではない…
ワタシは言われた覚えはないですが、逆に自分に言い聞かせることは何度もあります。そういう時は辛くて辛くてどうしたらいいのかわからない時です。テレビで病気等で苦しい思いしてる人を見ると、自分みたいな人間が代わってあげればいいのだろうな…と思ってしまい、自分は苦しいけど身体は健康なんだから贅沢言っちゃバチが当たるんだ。と言い聞かせその時は我慢しなきゃ!等と思うのですが、いざとなると忘れたわけではないですが、だめです。やっぱり逃げてしまいます。矛盾してばかりの自分にはもう呆れます…
ワタシはこういうコメントを書く時等は特に相手を考えてコメントするようにしています。でもこちらでは、甘えてしまっているのか、頭にあったことが蘇えるようにまとまりなく書き込んでしまうので、失礼や気分を悪くされた方がいるかもしれませんが、どうか大目にみてやって下さい。薬がちょうどききはじめる頃みたい…
ここは本音を書ける場所です。自分の本当に経験したこと、感じたことをコメントしてます。でもいつも人を思いやる気持ちは持っているつもりです。
もっと苦しんでいる人がいる…苦しいのに大小、種類はないのではな

続き

苦しいのに大小、種類はないと思うんだけど…
なんだかんだ考えても、ワタシだって同じように、今すごく苦しいんです。誰に比べられたとしても、先がなかなか見えないし…

以前の話ですが。

こんばんは。
パートナーに助けを求めて「辛いよ〜」って泣きながら訴えたら
「・・・おれも無理」
って返ってきた。

お互いホンマいっぱいいっぱいやったと思うけど、一旦は受けとめて欲しかったって思うのはわがままかなぁ。
「せやなぁ、辛いなぁ、オレも無理やわ」
やったら、パートナーのことまだ信じる事が出来たかなぁ。

「お前よりもオレだってきついんや」
って言われたらなぁ。

パートナーって支え合うんちゃうやろか?って思うわなぁ。


たまに連絡するけど、相変わらず本人が最底辺にいてるように話す人やわ。
感謝って言葉を教えてあげたいよ。


とりとめのない昔話でした。

しずくさんへ

そんなに気をつけて話さんでもええような気がします。

人は、失敗するもんやし、それで娘さんと喧嘩になっても、また、反省して、お互いを思いやる。
そんなことが、継続していって、分かり合えたり、支えあったりしていけばええのと違うかな。

反省が出来て、素直に謝れることが、大切なことやと思います。

まあ、ゆっくり、がんばりましょう。

sutenekokozuoさんへ

ほんまやなあ。
溶かせればええなあ。

そういう人を目指そうなあ。

”雨にも負けず”や。

”そんなものに わたしは なりたい”やなあ。

さくらさんへ

いやな大人は、見栄やら、偏見やら、勘違いやら、思い込みやら、
優しさの邪魔になるものを、いっぱい持ってるもんやなあ。

子供から、大人になりかけの時に、勘違いを、常識みたいに思ってしまうことが多いと思いませんか?

でもな、これって、止められへんもんやと思うところもある。

なので、あまり深く考えたり、傷ついたりしたら、あかんのやろうなあ。
そんなふうに思う。

なにが言いたいかというと、”ええかげん”のすすめ。

心閉ざしたりせんと、ええかげんに受け止めるようにする練習も必要かなということ。

あんまり、しんどい考え方、せんときなさいよ。

諦めろって、言ってるのでもないのですよ。
わかってくれますね。

闘いながらも、”気楽に行こうぜ俺達は”です。

トイレ恐怖も、少しずつ、少しずつですが、ゆるくなっていきますから、今、焦らないことです。
いっしょに苦しんでやればいい。
いっしょに悲しんでやればいい。

さくらさんの温かい心こそ、最良の薬なんですよ。

しんどいけどなあ。
つらいけどなあ。

これも、ようわかるよ。

でも、いっしょに歩いていこう。

仲間がいること、忘れるなよ。

nemuminへ

そうや、そうなんや。

わたしが苦しいんや。

だから、比べて楽になんかならへんし、自分が闘っていくしかないんや。
その時に、時々、一人ぼっちのような気がしてしまう。

でもな、周りには、温かい仲間がいること忘れたらあかん。

しんどいけど、悲しいけど、寂しくなる時もあるけど、
ゆっくり、焦らず、前進していこう。

共に。

逃げ出してもええんやで。
逃げ出してると思わんときや。
休憩してるんやで。

しんどいんやから、休みは大切や。

優しい心が、いっぱい集まったら、悪魔は退散していきよると、おっさんは思ってる。

休みながら、みんなで、優しい心を持ち寄ろうな。

夢ととへ

難しい話やなあ。

受け止める大きさの話やなあ。

前に書いたことがある話。
火事の中に、二人で取り残された状況の話。

自分の命が大切やから、他人はかまわず、急いで逃げ出すやろうっていう人がほとんど。
これが、正解なんやろうと思う。
でも、おっさんは、
「お前の背中に火がついてるのは、俺のほうが見えるし、俺はお前の背中の火の粉を払う。」
「だから、お前は、俺の背中の火の粉を払え。」
「そういうふうに思って、付き合うことにしよう。」
こんなことを、よく言います。

「理想論やんけ。」

こんなふうにも、言われます。

けつが青い考え方やとも言われます。

けつが青い、大いにけっこう。

いつまでも、甘い考え方の子供でもいいのです。

そういう考え方で、大人にならんと生きていこうと思ってます。

とりとめのない昔話に、お返しの、とりとめのない話。

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