強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

3.会社辞めたおっさんの履歴

2008.03.21 [ Edit ]

息子がどうで、娘がこうでって言っても、なんでってところは、根っこから考えんとあきません。
とても厳しく育てました、と表現すれば、なんかすごく狭く理解できるというか、されると言うか、
簡単明瞭に近い説明になって、余計に理解されないものです。

ごたごた自身の回想もあまりと思い、ここは簡単に表現してみます。
中学、高校時代に、番長というには少し新しく、ヤンキーというにはちょっと古い、
番長とヤンキーのちょうど中間のような生きようだったと思います。
この表現は、今度はとても分かり易いような気がして満足できます。

蛇足の説明を少し加えると、バンカラの孤高ではなく、徒党を組んだはみ出しでもない、
心の熱さを少し持った男のプライド。

そんな内外を人に見せて、また、見てもらいたく生きていた学生時代だったと思います。

ちょっと、自分一人で懐かしんでいるだけで、いくらも伝わらないのが本当のところかなと。
とにかく、男らしいが最高みたいに思っていました。

一生懸命サッカーやって、人の為の喧嘩もやって、
勉強もそれなりに出来て、みたいな生徒でした。
ちょっとだけ、いや結構自信もあったかなあ。

そんな奴が、22歳で結婚して、結婚してから会社に入って、
そして24歳で娘が生まれて、26歳で息子が生まれて、
下の娘が28歳のときに生まれて。

三人の子供に対しても、番長とヤンキーの間の父親だったと思います。

娘には、そうでもなかったけど、特に息子には、
お前は、僕と違う俺なんやみたいな、自分がカッコつけたいだけの、
教育でもなんでもない父の驕りを押し付けてたなあと今は思います。

息子が悪さした時に、家庭内裁判や なんて言って、息子に恐怖を与えていたり。
でも、今思えばの話で、その時は真剣に男対男の親子はこれじゃみたいに満足してたし、
すべてが悪いことだったとも思っていないんですが、見てる娘、感じてる娘に対しても、
あまり良い影響はなかったようで、これも、今時点の感想です。

未来には、また善悪の逆転があるかもしれません、私の中で。

伝えようとすると、あちこちに自分の視点が飛んでいってしまう。
長い間のことなんだけど、自分の記憶は一瞬でページがめくれるから、
人に伝えようとすると性急な表現になってしまう。
話すと簡単な事なのですが、と弱気になってきたかな。


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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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