314.失言と反省と理解
2009.02.18 [ Edit ]
失言をする。
反省をする。
理解してもらう。
これだけのことですが。
これだけのことのようですが。
実は、完成は無いのではと考えます。
自分の中での話です。
ほぼ完成というのは、あるだろうと思いますが、完全な完成形は無いような気がします。
「自分の中で、自分を許すというのは可能やろうなあ。」
「でも、相手の気持ちの中で、100%許されるということは、無理なんやないかなあ?」
「自分自身も、100%許すことってあったかなあ?」
またまた、哲学の道に踏み込んで、人を悩ませるような話をしてしまっているようですが、
これは、あくまで自分の中の葛藤を聞いてもらっているだけなので、
誰もに当てはまる、当てはめる話ではありません。
まあ、私の独り言として聞いてくださればと思っています。
強迫の仲間に、コメントを書いていて、こんなことを考えている自分に気づきました。
そのコメントを、ここに持ってきました。
なかなか、大人になり切れない未熟なおっさんの告白かなあ。
そんなものです。
自分を見つめながら、書いて行くのは、しんどいことやろうなあと、今さら思いました。
おっさんは、娘を見て書いている。
不潔恐怖も、おっさんには、ない。
わかったようなことを書いたらあかんなあと、今さら思いました。
なんで、こんなこと考えたのかというと、
貴女の、このブログを旦那さんが書いたらどういうふうに書くのかなあって、ぼやっと考えたからです。
そんなこと、考えたことあるかなあ、貴女は。
逆に、おっさんのブログを娘が書いていたとして、おっさんが見たときに、
おっさんは、どんなふうに感じるのかなあとも思ってみました。
妻が強迫だったら、おっさんは、どうしてやるのかなあ。
そんなことも考えてみました。
こう考えると、反省することばかりが浮かんできます。
歳は、そこそこいい歳ですが、自分の未熟が浮き出てきます。
父さんとは、食事に行きましたか。
父さんが、寂しいって言われた時の、ふたりの心が見えるような気がしました。
これも、おっさんなりに見えたもので、
現実には、もっといろいろ複雑な感情が入り交ざっているものなのでしょうが、
悲しいような、温かいような、親子の心が見えたような気がしたのです。
トイレと風呂の話は、うちの家にも同じ状況があって、娘も、貴女と同じように裸になってトイレに入ります。
寒いから、トイレの小窓を閉めておいたら、窓は開けといてって、娘に叱られたことがあります。
娘が、トイレにから出て、風呂に入り、歩いた廊下を除菌するまで、
家族は、居間を閉め切って、居間から出てはいけないルールもあります。
ただね、病院に行って、身体が汚れてしまっている時(娘は病院も強迫の対象なので)、
家に入る前に、犬の散歩に行ったことがあって(犬も対象です)、
その時に、8年ぶりくらいかなあ、我慢できなくて、決死の覚悟で公衆トイレに入ったんです。
その一歩が、すごく大きなものになったのだと思います。
もちろん、トイレがオッケーになるまでは、まだまだですよ。
強迫の対象も、そのままです。
ただ、すべてが、すこしだけ軽くなりました。
それから、すこしずつ、出来ないことを、やってみようとする気持ちが出てきました。
ほんの少しですよ。
でも、私たち親子には、大きな変化です。
人からは、まったく気づかれないし、わからない変化ですけどね。
諦めないで、しんどいけれど、一歩ずつ歩いていたら、なにかが変わる時がくるから。
必ず前進できるから、休憩しながら一歩ずつ歩いていきましょう。
わかってくれる仲間もいるし、簡単に言ってはいけないのかもしれないけれど、
焦らないで、ゆっくり階段を上っていきましょう。
これを書いていた時に、自分の未熟の反省を同時にしていました。
ただし、闘いは続けていかなければいけないのと、生きていかなければなりません。
自信喪失ばかりしているわけにはいきません。
これからも、仲間に助けられ、手を取り合って生きていこうと思っています。
そして、出来ることをしていけばいいのではと思っています。
精一杯にです。
反省をする。
理解してもらう。
これだけのことですが。
これだけのことのようですが。
実は、完成は無いのではと考えます。
自分の中での話です。
ほぼ完成というのは、あるだろうと思いますが、完全な完成形は無いような気がします。
「自分の中で、自分を許すというのは可能やろうなあ。」
「でも、相手の気持ちの中で、100%許されるということは、無理なんやないかなあ?」
「自分自身も、100%許すことってあったかなあ?」
またまた、哲学の道に踏み込んで、人を悩ませるような話をしてしまっているようですが、
これは、あくまで自分の中の葛藤を聞いてもらっているだけなので、
誰もに当てはまる、当てはめる話ではありません。
まあ、私の独り言として聞いてくださればと思っています。
強迫の仲間に、コメントを書いていて、こんなことを考えている自分に気づきました。
そのコメントを、ここに持ってきました。
なかなか、大人になり切れない未熟なおっさんの告白かなあ。
そんなものです。
自分を見つめながら、書いて行くのは、しんどいことやろうなあと、今さら思いました。
おっさんは、娘を見て書いている。
不潔恐怖も、おっさんには、ない。
わかったようなことを書いたらあかんなあと、今さら思いました。
なんで、こんなこと考えたのかというと、
貴女の、このブログを旦那さんが書いたらどういうふうに書くのかなあって、ぼやっと考えたからです。
そんなこと、考えたことあるかなあ、貴女は。
逆に、おっさんのブログを娘が書いていたとして、おっさんが見たときに、
おっさんは、どんなふうに感じるのかなあとも思ってみました。
妻が強迫だったら、おっさんは、どうしてやるのかなあ。
そんなことも考えてみました。
こう考えると、反省することばかりが浮かんできます。
歳は、そこそこいい歳ですが、自分の未熟が浮き出てきます。
父さんとは、食事に行きましたか。
父さんが、寂しいって言われた時の、ふたりの心が見えるような気がしました。
これも、おっさんなりに見えたもので、
現実には、もっといろいろ複雑な感情が入り交ざっているものなのでしょうが、
悲しいような、温かいような、親子の心が見えたような気がしたのです。
トイレと風呂の話は、うちの家にも同じ状況があって、娘も、貴女と同じように裸になってトイレに入ります。
寒いから、トイレの小窓を閉めておいたら、窓は開けといてって、娘に叱られたことがあります。
娘が、トイレにから出て、風呂に入り、歩いた廊下を除菌するまで、
家族は、居間を閉め切って、居間から出てはいけないルールもあります。
ただね、病院に行って、身体が汚れてしまっている時(娘は病院も強迫の対象なので)、
家に入る前に、犬の散歩に行ったことがあって(犬も対象です)、
その時に、8年ぶりくらいかなあ、我慢できなくて、決死の覚悟で公衆トイレに入ったんです。
その一歩が、すごく大きなものになったのだと思います。
もちろん、トイレがオッケーになるまでは、まだまだですよ。
強迫の対象も、そのままです。
ただ、すべてが、すこしだけ軽くなりました。
それから、すこしずつ、出来ないことを、やってみようとする気持ちが出てきました。
ほんの少しですよ。
でも、私たち親子には、大きな変化です。
人からは、まったく気づかれないし、わからない変化ですけどね。
諦めないで、しんどいけれど、一歩ずつ歩いていたら、なにかが変わる時がくるから。
必ず前進できるから、休憩しながら一歩ずつ歩いていきましょう。
わかってくれる仲間もいるし、簡単に言ってはいけないのかもしれないけれど、
焦らないで、ゆっくり階段を上っていきましょう。
これを書いていた時に、自分の未熟の反省を同時にしていました。
ただし、闘いは続けていかなければいけないのと、生きていかなければなりません。
自信喪失ばかりしているわけにはいきません。
これからも、仲間に助けられ、手を取り合って生きていこうと思っています。
そして、出来ることをしていけばいいのではと思っています。
精一杯にです。
Comment
ブログとは全く関係ないコメントです。おっちゃんと色々あって、おっちゃんに迷惑かけたらあかんなぁと思いました。私は今旦那に迷惑のかけっぱなしです。旦那に私の強迫を押しつける事で旦那も病気になるんじゃないか?と不安です。おっちゃん、あまり悩みすぎないで下さい。ほんまに病気になりますよ?比較の話はよく解りましたから…おっちゃんのいう通りこれくらいにしましょう。今回の事は一つ勉強になりましたから。それでも時々おっちゃんを悩ませる事がこれから多々あると思います。旦那もよく言うんです。「時々おまえが解らんようになる、えらい前向きになりよる思ったら、いきなり死にたい…とか、私の苦しみを解ってない!とか言って、俺にこれ以上どうしろ言うねん!俺も一人の人間やから、俺の思いも少しは聞いてくれ」と。旦那もおっちゃんも普通の人間。私は強迫性障害患者。普通じゃないから、病名をつけられてる訳で…今は自分の事で精一杯で、周りの事よく見失うのです。こんなさくらんぼですが、これからもここに来ていいですか?これからもよろしくお願いします。
yumiへ
そのとおりやと、思う。
幸せって、自分の心が決めるもんや。
幸せだけじゃない、なにもかも、他人に見えないところで、自分が決めるものやと思う。
幸せって、自分の心が決めるもんや。
幸せだけじゃない、なにもかも、他人に見えないところで、自分が決めるものやと思う。
さくらんぼへ
別に迷惑がかかったとは思っていません。
表現の仕方は、ひとそれぞれで、理解できたり出来なかったり、理解してもらえたり、してもらえなかったり、そんなことは、いくらでもあるし、失敗したと思ったら反省すればいいし、そんなに難しく考えることではないと思っています。
厳しいことも言うかもしれませんが、それも良しとしていただきたいと思っています。
すこしづつ娘にもそうしていくようにしているのです。
最近、娘によく言っているのですが、「自分だけがしんどいと思うな」。
娘は、反発します。
でも、反発しつつも、精一杯理解しようと努力している姿が見えます。
これも、ともに歩いていくことだと思います。
怖がらんでもいいですよ、いつも怒ってるおっさんではないですから。
優しい、おっさんですから。
表現の仕方は、ひとそれぞれで、理解できたり出来なかったり、理解してもらえたり、してもらえなかったり、そんなことは、いくらでもあるし、失敗したと思ったら反省すればいいし、そんなに難しく考えることではないと思っています。
厳しいことも言うかもしれませんが、それも良しとしていただきたいと思っています。
すこしづつ娘にもそうしていくようにしているのです。
最近、娘によく言っているのですが、「自分だけがしんどいと思うな」。
娘は、反発します。
でも、反発しつつも、精一杯理解しようと努力している姿が見えます。
これも、ともに歩いていくことだと思います。
怖がらんでもいいですよ、いつも怒ってるおっさんではないですから。
優しい、おっさんですから。
哲学の道
「自分自身を100%許せるか」
夢ととの答えはノー。
本当は、許してあげたいけですけどね。
でも、100%ってところがネックです。
微妙に悩みますが。
まさに哲学の道。
常に許してる人って自信過剰でいけ好かないきもする。
許す意味、100%の意味が重要な気がする。
基本グレーもありだろ(。・`ω´・)
って、思えるようにもなってきた夢とと。
進歩ですかね(笑)
とはいえ、京都の哲学の道。
わっかい時に、友達と好きだったお兄ちゃんと中の良いお兄ちゃんと4人でデート?したのを思い出す。
途中のお店で小さな風車買ってもらった。
とっても小さな思い出。
季節は晩夏、初秋・・・?
告白出来なかったなぁ(笑)
春の哲学の道は、桜がきれいなそうな。
でも、また同じ時期に行きたいな。
なぁ〜んて乙女ちっくぅ(*/ω\*)
おやすみなさい。
夢ととの答えはノー。
本当は、許してあげたいけですけどね。
でも、100%ってところがネックです。
微妙に悩みますが。
まさに哲学の道。
常に許してる人って自信過剰でいけ好かないきもする。
許す意味、100%の意味が重要な気がする。
基本グレーもありだろ(。・`ω´・)
って、思えるようにもなってきた夢とと。
進歩ですかね(笑)
とはいえ、京都の哲学の道。
わっかい時に、友達と好きだったお兄ちゃんと中の良いお兄ちゃんと4人でデート?したのを思い出す。
途中のお店で小さな風車買ってもらった。
とっても小さな思い出。
季節は晩夏、初秋・・・?
告白出来なかったなぁ(笑)
春の哲学の道は、桜がきれいなそうな。
でも、また同じ時期に行きたいな。
なぁ〜んて乙女ちっくぅ(*/ω\*)
おやすみなさい。
夢ととへ
あんた、やっぱり、なかなか大きい人やなあ。
おっさんの返信みて、「いらん心配させてごめん」みたいな返信がくるのかなと思ってたんやけど、哲学の道で、和ませてくれるところなんか、ちょっと、憎いような気配りを感じるわ。
きっと、そういうところの素晴らしい女性らしい気配りって、感じてもらえないことって多いやろうと思う。
私は、ざっくばらんな女やで、みたいな自分の見せ方の多い人のように感じてるから。
これも、勝手なおっさんの空想やけどな。
哲学の道の裏道に、間口は狭く、あまり美味しそうでない蕎麦屋さんがあるんやけど、実は、奥はけっこう広くて、美味しい蕎麦屋さんがあります。
いつか、いっしょに行けたらええな。
おっさんの返信みて、「いらん心配させてごめん」みたいな返信がくるのかなと思ってたんやけど、哲学の道で、和ませてくれるところなんか、ちょっと、憎いような気配りを感じるわ。
きっと、そういうところの素晴らしい女性らしい気配りって、感じてもらえないことって多いやろうと思う。
私は、ざっくばらんな女やで、みたいな自分の見せ方の多い人のように感じてるから。
これも、勝手なおっさんの空想やけどな。
哲学の道の裏道に、間口は狭く、あまり美味しそうでない蕎麦屋さんがあるんやけど、実は、奥はけっこう広くて、美味しい蕎麦屋さんがあります。
いつか、いっしょに行けたらええな。
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「幸せ」とは自分の心が決めるもの。だと思う