強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

320.這いながらの前進

2009.02.24 [ Edit ]

サッカーの練習会の途中で考えていたこと。

「俺には、サッカーがあるけど・・・」という話。

一宮に遠征した日、
実は、弟が、ミニュチアダックスのじんを連れて、
妻と娘との三人で、ドライブに行ってくれたのです。
娘の気持ちを明るくさせてやろうとの気配りをしてくれたものです。

楽しかったと言っていました。
弟の優しさに、心から喜んでいました。
でも、なにかが足りない、満たされない。


よく考えてみると、いや、別に、よく考えてみないでも、答えは簡単。
夜が問題。
人が動いていることを感じられない夜。
一人になってしまう夜。
暗闇の世界の夜。
寂しさに静まる夜。

すべて問題は夜にある。
眠るまでの時間の長さ。

テレビの音が聞こえたら、まだ、ましなのかもしれないけれど、
うるさいだろうからと遠慮してボリュームを上げない娘。
家族の会話も、半分は、いや、半分以上は聞こえていないだろう娘。

共依存の話を最近しましたが、これとは違う意味で、
会話をする為に二人の時間が必要ということもある。
私と二人で車の中なら、全てが聞き取れて会話が成立するし、
聞こえなかっても、遠慮せずに聞き返せる。

甘えさせすぎてるとも言えるのかも知れませんが、
こういうことなのだろうと考えて、いつもいっしょにいる。
先日、あなたが会社を辞めたことも、娘さんの負担になってると考えろ
というような意見もいただきました。
それも、もっともな話。
私の中では、娘の為に会社を辞めたとは言って無いし、
娘もそうは思わないように相談もしてきた。
なので、娘は、私が私の意志で会社を辞めたと思っている。
そんなふうに、ある意味、自信をもっているが、娘は気づいているかもしれない。

いろいろいろいろ、いつもいつも、頭の中で、答えの出ない問題が、ぐるぐるぐるぐる。


昨夜、最初の頃のような不機嫌な、不機嫌というより不安定な娘がいました。

家の中を、足音をたてながら行ったり来たり。
夜中の2時頃、乱暴にドアを開けて外に出て行く。

妹と弟が仕事に行くのをわかっているから、暴れたいのは我慢するだろうと思い、
なにも声をかけずに、私は黙って見ていました。

いらいらしながら我慢している娘に、私の肩が、重くて重くて。
心の震えは止まりません。
びくびくびくびく、どきどきどきどき。

一時間ほどの、お互いの我慢戦争があって。

怖い顔で、部屋に入ってきた娘が、

「カモミール飲むか?」

この一言で、私の肩の重みが無くなりました。
あーーー、これで大丈夫やなあ、という安心感。

「わたしが、一番しんどかったころ、よく夜中にカモミール、
父さんが入れてくれて、二人で飲んだなあ。」
「なんか、わからへんのやけど、いらいらしてたんや。」
「なんで、こんなに、いらいらするのかわからへん。」
「なんで、あんなに、いらいらしてたんやろ?」

ごたごた説明はやめておきます。

答えは、無いのですから。

答えの無い闘い、まだまだ続くと思います。

でも、わからないけど、確信はないけど、前進できているとは思っています。

這ってでもというより、ほんとに這って歩いている感じです。

しんどいけれど、前を向いて、這っていこうと思っています。

Comment

あなたはすごい(>_<)

こんにちは!二回目の投書です。
 この頃このブログを読み出したのであなたが仕事を辞めた理由とかは全く知らないし父親であるあなたがそこまで我が子に愛情がある事にただただ衝撃を感じ(うちの主人では考えられない)ています。
 私は娘が発病しても今もずっと仕事をしています。職種が自由のが効く仕事のため家に帰りやすい。休みやすい。…ということもありますが仕事が生き甲斐でもある私が娘のために辞める決心がどうしても出来なかった。…と言うのが正直なところです。
 だから未だに愚かな母親だと思うことがたくさんあります。
 しかし、その負い目の分、仕事以外はほとんど楽しみも断ち娘と向き合って来ました。今は大部楽しみも持つ様になりましたがまだまだ娘中心です。
 今まで、親の会に何年も参加したり、病気を理解したいため、娘を理解したいためにカウンセリングをしてみたり、関係書籍を読みあさったりして来ましたが未だに共依存とは…?。
 頭では分かってるつもりでも自分と娘に置き換えると何が良いのか悪いのかわからなくなってしまいます。
 でも私が娘と付き合って来て思うのは…とにかくこの病のお陰で娘との距離がグーンと縮んだ事。何でも話し合える様になったこと。娘を本当に可愛く感じれるようになったこと。…など計り知れなくたくさん得たものがあります。
 ただ自分だけが有り難いと思っても娘はまだまだ病も治らず社会的引きこもり状態で気の毒な身の上で良い迷惑だと思ってると思います。でも、辛い状態が続いたから発病したと思うし、病にならなければ心の内を外に見せれ無かったんだろうと思うのです。今、なってる病はある意味、救世主なのでは…と。
 私は甘い人間、母親なのかもしれません。
 今はまだ娘が将来治って普通の生活が送れる様になるかは全く考えれない状態ですが、ただただ焦らずに見守り協力してやって行きたいと思います。治せるのは娘自身。私が治せる訳ではないと思うのです。自分で立ち上がり進みだすまでは手を貸したり支えたり…。自転車の補助輪のようなもんでしょうか。
 私の中で共依存は治る過程に必ず起き得るものだと思います。治りを遅らせるかもしれないけど共依存がなければ娘の思いは理解出来ないだろうし、そのくらいの愛を見せなければ寂しさを埋められないだろうし…。もうこの愛要らないっ!うっとぉしいっ!…となる頃に自分で違った愛を探しに行ける様になるのかな…と近頃思うのです。
心の手を始めは娘のほうが求めて来たとしても自分自身が繋ぐと決めて繋いだなら娘が離して行くまでは私の方から勝手に離してはいけないな。と思うです。

 長くなってすみません。つい喋り過ぎてしまいました。ありがとうございました(^0^)/

ミミリンさんへ

共依存への考え方、ほとんど私も同感です。
同感ですと言うより、ちょっと悩んでいたところへ、ほんとに良いアドバイスをありがとうございますと言う感じです。

会社を辞めたことに対して、娘に負担をかけていると指摘する意見をくれた方が、私の共依存の話を読んで、共依存に気がついているなら、なんとかしろというような意見もついでにくださいました。
私の、「たとえ共依存であっても、無知な父親として歩んでいくつもりです」、というふうな感じで言ったしまったところが気に入らなかったようでした。

ミミリンさんの、このコメントなら、きっと彼女も、そんな誤解をしなかったのだろうなと思います。
私も、ミミリンさんの言う、必ず起き得るものとしてとらえながら、あえて無知な父親で頑張ると言いたかったわけです。

頭でわかってるつもりでも、なにが良いのか悪いのかと言うところも、まったく共感。
それゆえ、無知な父親として遮二無二いこうと考えているのです。

賢い人や、偉い人が書いていることや、言っていることが全て当てはまったり、正解だったりすることは無いと思います。
正解に近いことはたくさんあるでしょう。
でも、私の娘は、私の娘。
ミミリンさんの娘さんも、娘さんの個性を持っているし、育ってきた環境や、彼女の感性も、彼女自身のものなのです。
一人の個性を、例題には当てはめられません。

故に、母親として、父親として、自分の娘に対する一生懸命が、一番重要だと思うものです。

甘い人間、甘い母親、甘い人間、甘い父親。
別にいいじゃないですか。
誰になんと言われようが、気にすることなど何も無い。
一生懸命、精一杯、必死に娘を守っている。

簡単なものじゃないこの生活。
生きるのがしんどいと娘が言います。
貴女も私も、生きるのがしんどいなか、必死でいきていきましょう。

病気が、救世主、これも共感するところです。

貴女のコメントに、共感するところが多すぎて、ちょっと嬉しくなりすぎて興奮している私がいます。
思ったままに書きなぐってしまった感じですが、読み返さずにそのままを返事にします。

これからも、よろしくお願いします。

娘側から思うこと。

こんばんは。
夢ととの共依存発言若干尾をひいてますか?
でも、酷いこと言ったとか、書かなきゃ良かったとは思ってません。
おやじなら受けとめてくれると思います。
ミミリンさんのコメントに対する返コメ内に「しっかりしろ」コメントをした「彼女」は、夢ととではないですよね。
無いはずやとも思いながら、夢とと保身の為に書きました(汗)

ミミリンさんとおやじのコメントを読んで、娘立場から思う事があり書いてます。

夢ととの母も病気を少しでも理解しようと関連書籍を読んだりしています。
夢ととが辛い…とこぼしても返事に困っている場面もあります。
申し訳なく、そして感謝しています。

共依存のコメントを書いたのは、おやじの心が折れそうに見えたので、休む事も必要って気持ちが大きかったんです。
もちろん、お互いで負のスパイラルに落ちないでとの警告も無意識にあったと思います。

夢ととの場合は、未だに子供の頃からの成育歴の影響が大きく、両親に甘えてしまう事に抵抗があります。
でも、病気になって判った事があります。
多分ずっとあのまま走り続ける事が出来たなら気付かなかった事があるんです。

それは、
「娘(夢とと)に対する深い愛情」です。


それと、夢ととが最後の最後にもう限界だと思った時に実家から1000キロ離れた慣れない土地から母にかけた「命の電話」です。
もし、あの「もう辛いねん」という、母に対しての人生初めてのギブアップ宣言が受け入れられ無かったら、夢ととは人生最大の親不孝をしていたかも知れません。

まだまだ、焦り悩みが多く、葛藤の毎日で「まぁまぁ、力抜きぃな」と言われるような心持ちで過ごす日も多いですが、おやじの父性、ミミリンさんの母性を素晴らしいと思います。

病は救世主。

病の真っ暗闇が救世主だったんだって、話せる日が夢ととにもきっと来ると信じてます。

一緒に歩こう。
一緒に乗り越えよう。

とてもとても嬉しく頼りになる親の愛情だと思います。

ただ、病者である子供は、あまりの辛さ、わけの判らないものとの戦いに疲れてしまって、親の愛情を見失います。
真っ暗闇が支配してる時は、それに精一杯なのだと思います。

その時両親は、何もしてやれないってこれまた辛さがあるんだなぁと再確認しました。


たくさん伝えたいですが、夢ととのふわりとした思い、心に浮かんだことを書き連ねてしまいました。
文字なのでどこまで伝わるかは判りませんが、行間からも読み取って頂けると嬉しいです。

おやじ、ミミリンさん。
いつもありがとうございます。
娘さんに代わって、また両親に代わってお礼が言いたかったです。

本当にいつもありがとう。
それからごめんね、そしてもう少しよろしくお願いします。

夢とと、素直な気持ちで(^-^)

夢ととへ

行間からも、文字からも、充分伝わっています。
伝わりすぎて、嬉しくなって、本文に、勝手に転載させてもらいました。
プライベートな部分は、除いておきましたのでご勘弁。
本文読んでくれたら、このコメントの返事にもなっていると思うので、ごたごたは書きません。

ところで、共依存を引きずっているわけではないので、安心してください。
もう一つ、忠告の主は、夢ととではありません。
その忠告してくれた彼女に、他の人から、きつめのコメントが入って、気を悪くされたみたいで、コメントを自分で消してしまわれたので、おっさんが返したコメントも、他の人が、その彼女に向けて書いたコメントも削除してしまったのです。

その人の話も、本文に書いてありますから、後で見てください。

そんなことより、
これからも、もう少しと言わずに、末永く、よろしくお願いします。

おっさん、素直な気持ちで。

ちょっと、絵文字は、おっさんには、入れられませんが。
これは、昭和の親父の変なプライドです。

ミミリンさんの言葉そのままです。とっても共感です!親の自然な思いですね。 反省。私は変に力みすぎてたところがあった気がします。 父親でも母親でもみんな自然な親の気持ち どの親も同じですよね。子供が病気であってもなくても。 ミミリンさん これからもよろしくお願いしますm(__)m ここはステキな場所ですね。 おっさん こんな私もよろしくお願いしますm(__)m

昨夜私は妙にイライラして早く寝てしまいました。息子の事で嬉しい事があると心にストップをかけながらも又嬉しさを勝手に求めてしまったのかもしれません。息子本人が一番辛いのはわかっているはずなのに。朝、ミミリンさん、夢ととさんのコメントを見て心が落ち着きました。ありがとうございます。
私はまだまだ未熟者。おやじさん、一緒に皆さんに助けられて歩きましょうネ。(先日のコメントの返事です(^-^))

しずくさんへ

しずくさんも、共感されたのですね。

共依存の私の話を、添削指導してもらって、修正し、解り易い解説をつけてもらった気分です。
私の表現力の拙さに恥じ入ると共に、感謝しています。

力みすぎていることについては、都度の反省はあっても、これも誰しもあるものでしょう。
何もかも含めて、省みることは大切なことですが、私は、親の必死さで遮二無二進んでいこうと思っています。

ミミリンさんの言う、手を離さないところについても、きっと、とやかく言う人もいると思いますし、いけないことだとする文献などもあると思います。

それら全てに対して、無知な親として歩んでいこうと私は思っています。

もちろん、無視するのではなく、省みながらですけどね。

とにかく、親子も、家族も、親同士も、子供達同志も、病気の人も、そうで無い人も、みんなみんな、仲間として手を繋いで歩いていきましょう。

こちらこそ、こんな おっさんも、よろしくお願いします。

さくらさんへ

求めてしまうというか、期待してしまうこと、よくわかります。
それも、ありだと思いますよ。
親の必死が、些細なことにも喜んでしまうのですよね。
そして、もうそれは出来ると思って、次を求めたりする。
息子さんの心にも同じものがあって、でも、簡単に進んでいけないもどかしさがある。
それに対して、いらいらしてしまう。
こういうことの繰り返しがあって、階段を上って行くと思えばいい。
みんな未熟です。
未熟が故の助け合い。
大いに助けてもらいましょう。
助けられて、助けて、手を繋いで歩いていきましょう。
重き荷を、時には担いでもらい、時には担いであげるようにして共に歩いていきましょう。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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