強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

321.ありがたい答

2009.02.25 [ Edit ]

共依存のことを書いたときに、
私が無知な父親のままで頑張ろうと思いますと表現したことに対して、
「それは、あかんやろう、気がついてるんやったら、ちゃんと対処せんとあかん。」
こんな忠告をいただきました。

私が仕事を辞めたことも、娘の負担になっているだろうからということで、
娘に対して、もっとしっかりと対処するべきだというような忠告も、同じ方からいただきました。

たぶん、この表現がまずかったのだろうと思っています。

「変な話で書いた、私の恐怖と安堵がちょうど、この表記に当てはまるものだと思います。 」
「でも、この賢い人の書いた説明を、聞かなかったことにして、
無知な父親として、頑張っていこうかなと思っています。」

前後の文章を読んでいただいたら、
共依存ということに対して、無視するのではなく、しっかり受け止めながら、
無知な父親としてという態度を持って、一生懸命、娘と向き合おうと思いますというふうに、
受け取ってもらえないのかなとも思いましたし、
忠告いただいていることは、すでに解っているつもりでいた私でした。

ただ、あらためて、お前わかって無いなあ、という感じでいただいた忠告だったので、

ちょっと悩んでしまいました。

まあ、それでも、やっぱり、あまり考えすぎないで、
遮二無二生きていこうとは思っていたのです。

ただし、どこか、俺は間違ってるのかなあという、モヤモヤ感を持っていました。
そこに、ありがたい答が、飛び込んできました。

ミミリンさんから、いただいたコメント。
以下に、転載します。




今まで、親の会に何年も参加したり、病気を理解したいため、
娘を理解したいためにカウンセリングをしてみたり、
関係書籍を読みあさったりして来ましたが未だに共依存とは…?。
頭では分かってるつもりでも自分と娘に置き換えると何が良いのか悪いのかわからなくなってしまいます。

でも私が娘と付き合って来て思うのは…とにかくこの病のお陰で娘との距離がグーンと縮んだ事。
何でも話し合える様になったこと。
娘を本当に可愛く感じれるようになったこと。…など計り知れなくたくさん得たものがあります。
ただ自分だけが有り難いと思っても娘はまだまだ病も治らず、
社会的引きこもり状態で気の毒な身の上で良い迷惑だと思ってると思います。
でも、辛い状態が続いたから発病したと思うし、
病にならなければ心の内を外に見せれ無かったんだろうと思うのです。
今、なってる病はある意味、救世主なのでは…と。
私は甘い人間、母親なのかもしれません。
今はまだ娘が将来治って普通の生活が送れる様になるかは全く考えれない状態ですが、

ただただ焦らずに見守り協力してやって行きたいと思います。
治せるのは娘自身。私が治せる訳ではないと思うのです。
自分で立ち上がり進みだすまでは手を貸したり支えたり…。
自転車の補助輪のようなもんでしょうか。
私の中で共依存は治る過程に必ず起き得るものだと思います。
治りを遅らせるかもしれないけど共依存がなければ娘の思いは理解出来ないだろうし、

そのくらいの愛を見せなければ寂しさを埋められないだろうし…。
もうこの愛要らないっ!うっとぉしいっ!…となる頃に、
自分で違った愛を探しに行ける様になるのかな…と近頃思うのです。
心の手を始めは娘のほうが求めて来たとしても自分自身が繋ぐと決めて繋いだなら、
娘が離して行くまでは私の方から勝手に離してはいけないな。と思うです。



これは、私にとって、本当にありがたい答でした。
共感というより嬉しさ、嬉しさというより、ありがたさでした。
読んでいくうちに、自分の中のモヤモヤが消えていくような感じでした。
自分の表現力の拙さで、誤解を招いたようなこともありましたが、
忠告いただいた方にも、このミミリンさんのコメントなら、理解いただけるような気がします。

それと同時に、苦しんでいる娘たちに、
「母さんの心の中って、こんなんなんやで。」って伝えてあげたかった。
そんな気持ちもあって、転載したのです。

そして、ミミリンさんのコメントを転載するために、コピーしに行ったら、
さらに、嬉しいコメントが入っていました。
おっさんは、ちょっと、はしゃいでいるような感じの嬉しさです。


ミミリンさんと、私のやり取りを見ての、夢ととのコメント。


ミミリンさんとおやじのコメントを読んで、娘立場から思う事があり書いてます。
夢ととの場合は、未だに子供の頃からの成育歴の影響が大きく、
両親に甘えてしまう事に抵抗があります。
でも、病気になって判った事があります。
多分ずっとあのまま走り続ける事が出来たなら気付かなかった事があるんです。
それは、
「娘(夢とと)に対する深い愛情」です。
まだまだ、焦り悩みが多く、葛藤の毎日で「まぁまぁ、力抜きぃな」と言われるような心持ちで過ごす日も多いですが、病は救世主。
病の真っ暗闇が救世主だったんだって、話せる日が夢ととにもきっと来ると信じてます。

一緒に歩こう。
一緒に乗り越えよう。
とてもとても嬉しく頼りになる親の愛情だと思います。
ただ、病者である子供は、あまりの辛さ、わけの判らないものとの戦いに疲れてしまって、親の愛情を見失います。
真っ暗闇が支配してる時は、それに精一杯なのだと思います。
その時両親は、何もしてやれないってこれまた辛さがあるんだなぁと再確認しました。



「母さんの心の中って、こんなんなんやで。」
を自分の中で、すでに理解していた夢ととの嬉しいコメントでした。

あらためて、仲間の温かさに感動しています。

「俺は一人とちがう。」
この二人の、心が発する温かさに、こんな独り言が出てきました。

ここに来る、苦しんでいる娘たちの、それぞれのブログでのやり取りにも、
治る過程に必ず起き得る共依存が、少しあるような気がします。
でも、治る過程のものであるなら大歓迎。

こんなことを書いたら、また、誰かに、お叱り受けるかもしれませんが、
そんなふうにさえ思います。

Comment

治る過程に必ず起き得る共依存・・・本当ですか?

はじめまして。姪っ子が強迫性障害のりさです。

叱る、なんてつもりはまったくないんですけど、思ったことを
正直に書かせてもらいますね。お気に触ったらごめんなさい。

おっさんさんやミミリンさんが共依存かどうかは別として
(私にはわからないので・・・)、
共依存は娘さんたちの問題ではなくて、
家族や周囲の人間の問題ですよね。
娘さんたちの病気が治ることに対して、
共依存は必要なものではないと思います。
いや、やはり妨げになると思います。
自分の問題として考えないといけないことだと、
私自身は思っています。

娘と姪は違う!と言われればそれまでだし、親御さんたちの
お気持ちがわからないわけではないつもりです。
でも、やはり共依存の概念を知っていらっしゃるのなら、
それを必要なこととは考えずにいて欲しいと、
勝手ながら思ってしまいました。

お気を悪くされたら削除してくださいね。

りささんへ

あなたの真面目な考え方、そのとおりで、否定するところも、気に障るところも、まったくありません。
あなたの指摘されるところは、まったく、そのとおりです。

ただね、表現がたいへん難しいのですが、ミミリンさんも、私も、病気である共依存というものに対する肯定をしているわけではないのですよ。

どう言えばいいのかと悩むところですが、共依存の定義というか、病気としての共依存のことは、私も、共依存のところで少し書いてますし、医学書等で調べればわかりますよね。
それより、りささんは、すでに病気としての共依存を理解されているようですから、それを前提に話します。

お互いに、病気治療の妨げになったり、依存することでの安心で、
良い影響がまったく無い共依存とちがった、言わば、ミミリンさんと、おっさんが独自な解釈をしている、別の意味のものを、共依存に近いものとして、共依存の名前を使ってしまった。

こんな言い方で、少しわかってもらえないかな。

親として、子供として、家族として、仲間として、相手の心に入り込んで協力する、助け合うことを、共依存の手前として受け入れる。
このような説明でわかってもらえないかな?

もともと、共依存という病名を与えられる前は、自分にとって大切な人のアルコール依存を治してあげたいというような強い愛情からスタートするものでしょう。
自分にとって大切な人の病気を治すための愛情で接することの、どこからが共依存と呼べるのか、共依存と診断されてからでも、その愛情は変わらないものであるとするなら、共依存になることもいとわない。
こんな心境を言い表したかったものなのです。

ミミリンさんが、治る過程で必ず起こり得るとおっしゃったのは、私は、そういう意味に捉えていますし、たぶん、ミミリンさんも同じなのだと思っています。
そして、娘としてのコメントをくれた、夢ととの表現を見ても、そのような解釈をしてくれていると思います。
その後の、しずくさん、さくらさんのコメントも読んでみてください。
そのような解釈の元での話のように思うのです。

ただし、りささんが言うように、大変危険な表現であると反省しなければいけないと思いました。

共依存を必要なこと、歓迎することのように書いたことは、私の大きな間違いです。
もっと言えば、共依存に苦しんでいる人に対する冒瀆でさえあると思います。

おっさんの、表現の拙さが、りささんに不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫びします。

そして、これからは、安易な表現、間違った解釈を書いてしまわないことに留意しながら、思いを伝えていくようにしていこうと思います。

申し訳ございませんでした。

これからも、温かく見守っていただければ幸いです。

難しいですね。それぞれの考えがあるから 歯痒い感じもしますが 完全に理解してもらうのはお互いに難しいかもしれませんね。 自分がそれぞれの信念を持って進めばよいのですよね。 何回も読み直し 考えて やはり娘の補助輪でありそれ以上のものにはなれないのですが 共に泣いて共に落ちて 共にはい上がって来たからこそ 娘の今までの苦しみがわかったから それが医学的に共依存と言われるなら仕方ないです。 犬の死と闘った時 はじめて娘の口から こうして母と向き合う事ができなかったらこの世にいなかったかもしれない。 それほど自分は辛かった 寂しかったと言いました。 だから私は間違ってなかったと思いたいです。でも夢ととさんの言っていた 負のスパイラルに共に陥ることはやはり避けなければなりませんね。自分がその手前で踏ん張れば大丈夫かな!?娘が いつか自分の足で立てるまで支えたいと思います。

しずくさんへ

いやあ、ほんとに難しいものです。

それぞれの考え、それぞれの感受性がありますからね。
前に何度か書いていますが、大人になることの境界線みたいなことも関係するのかなあと思ったりします。

子供のままでもいいと思ってる私と、大人の考えを大切にする人の違いであったり、常識を大切にする人と、はみ出したような表現を好む人っていうのもあるでしょう。

底に流れるものは、そんなに違わないと思うのですが、難しいものです。

これも、最初の頃に書いたような記憶がある話ですが、会社での私の新米時代の話、二人の同期である先輩が同じ部署にいて、昇格試験で、片方だけが昇格された時に、事務所内では、その話はしないでおけという指示がありました。
私は、それに逆らって、落ちた方の先輩に、みんなのいる前で、大きな声で、
「先輩、どうして試験受からなかったんですか?」
「きっと、字が汚かったんやと思いますわ。」
って言って、無理に大笑いしたことがあります。
それから、その先輩とは、大いに仲良くなって、今でも仲良く付き合っています。
その時の事務所内では、私に非難の目を向けている人もいましたが、その先輩が、
「おまえの話で、なんか気分がすっきりできたわ。」
と言ってくれたことを覚えています。
乱暴な所作ですが、私なりに先輩の気持ちを考えての発言だったわけです。
おおきな賭けでもありますが、こんな表現を使う馬鹿もいるということの説明です。

ちょっと、この話と違うのかもしれませんが、しずくさんは、わかってくれるだろうと思って書いてみました。

表現には、気をつけていかないといけないとは思いますが、しずくさんの言う、負のスパイラルに陥ることを避けながら、手前で踏ん張って行くという気持ちは、私も、そのまま同感であり、そのように続けて生きていこうと思っています。

それくらい難しい、苦しい世界を生かされているのですから、信念を持って生きないと、生きていけないと思っています。

ごたごた書きましたが、とにかく、答えがたくさんあったり、まったく見つけられなかったりする中、共に手を繋いで歩いて行きましょう。

犬の死の時に、娘さんといっしょに泣いて、階段を一段上られたみたいですね、よかったですね。

これからも、よろしくお願いします。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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