強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

33.病気を認める

2008.04.27 [ Edit ]

この8年間、始まりから現在まで、いろいろな症状がありました。

うちの娘は、よくいらいらするなあ、から始まって、
ちょっときつく叱ったときに、びっくりするような大声での泣き方で驚かされたことがあった。
仕事から帰ると、テレビのリモコンが壊れていて、何故かと聞くと、
娘が投げつけたから、なんてこともあった。

そのころは、神経症だとか、病気だとか、思いもよらなかった。

「今日な、バイトの帰り道で 急にきつい雨になって、
お地蔵さんの祠のところで休憩させてもらってたんや。」
「そこに、やさしそうなおじいさんが、いっしょに入ってきはって、
よう降るなあって、声かけてきはったんや。」
「おじょうちゃんは、何してる人やって聞かはってな。」
「わたし、絵の勉強中してるんですって言うたらな。」
「一生懸命がんばったら、どんな夢も叶うって言うてくれはったんや。」
「わたし、あのおじいちゃん、お地蔵さんやって思うねん。」

「それからな、あのおじいちゃんと もう一回出会いたいと思って、
毎日そこ通ってるんやけど、ぜんぜん会えへんねん。」

こんな会話のある、純粋で純真な娘です。
親が言うのは、ちょっとへんですが、親馬鹿ちゃんりんでなく、客観的に見てです。
もうひとつ言えば、そんな純粋な娘ゆえ、こうなったんだろうと思っています。

最初は、手を洗うことからでした。
何度も、洗っていたのですが、そんなにおかしいとは思いませんでした。
洗う時間が長くなってきたころからです、おかしいなと思ったのは。

自分自身は、それ以前から、おかしいことに気づいていたらしいです。

「わたしな、便所掃除のバイト行くとき、ぜったい早めにいってたやろ、
事務所に入って10分前くらいに制服に着替えるんや。」
「制服着たらな、かってに身体がぶるぶる震えてくるんや。」
「それとな、制服着たら、周りの色が、全部黄色く見えるねん。」
「おかしいなと思ったけど、なんやわからへんし、
耳悪い私には、仕事はこれしかないと思ってたから、辞めようとは思えへんかった。」



そんな時期から、手洗いが始まったようです。

それで、娘自身が決心して病院に行ったわけです。

病院にいっしょに行くようになって、強迫性神経症という病名の病気だと言われるまで、
6件くらいの病院に行ったのかなあ。

治療には、何年かかるかわかりませんとか、
何が原因でそうなるのかわかりませんとか、

症状はさまざまでこうなりますとは言えませんとか、
全ての質問に対する医師の返答が曖昧なものでした。

覚悟を決めたなんて、かっこのいい表現なんて、とんでもない世界の、
どう言えばいいか、心が泣きそうで、息苦しくて、声の無い慟哭があって、身体の力が抜けて、
たくさんの表現をさがしても、なかなかうまく表せるものが見当たらない感じです。
途方にくれると言う表現は、少し近いのかなとも思いますが、その一言とも違います。


そんな無理矢理の受け入れをして、向き合う事に少しずつ進み始め、
やっと、娘との、ほんとの会話をするようになったのだと思います。

父娘が、ほんとの会話をするようになって、娘もやっと病気との会話を始めたというか、

自身のなかの怪物を認識したというか、そうなって初めて、
これが病気なんだと自分の中で認めたんだと思います。

Comment

僕の親

僕もおんなじでした

親が気付くまで大分時間かかりましたし
気付いていても深く考えなかったっていってましたし
でも自分では案外早く気付いてました。

そんなこと親にはいえませんしねww

なんだかおっさんさんのブログで勇気出てきますwww

ごめんな と 許したりや

親はな、一生懸命なんや。
そやけどな、自分の子供には、冷静になれへん部分があったり、決め付けたり、間違う事がいっぱいあるねん。

おっさんは、後輩や友達に、けっこう子供のことで、相談受けることが多いんやけど、

必ず言うのは、
「本見ても、テレビ見ても、答え出てこうへんで、自分の子供は、自分の子供で、体験談に出てくる子供と違うしなあ。」

「とにかく、間違ってても、子供のために一生懸命になってたら、今わからんかっても、いつか判ってくれるやろうし、自分がこうしてやろうということ、一生懸命したりや。」
こうなんや。

これも、自信あるわけやないで。
そやけど、必死なんやから。

君の親もきっとそうや。
君に、ごめんなって言うてはるんや、心の中で。

なんで謝るのって言うかもしれん。
子供が苦しんでるとき、親は、ごめんなって思うねん。
そいうもんや。

だから君も、許したりや。

僕の息子は、中学3年生で養護学級にいます。彼自身、みんなと違いがあることは感じているようですが、知的障害者と呼ばれること、病名は、わかっていません。この先、養護学校への進学を含め、本当の会話をする時期かと思いました。「父娘が、ほんとの会話をするようになって、娘もやっと病気との会話を始めたというか」そのとおりですね。

ゆっくり、共に生きる

子供と共に生きるのは、当たり前やけど、ゆっくりを、忘れんようにしましょう。

真面目すぎるサッカー選手は、真面目すぎるが故に、急ぎすぎたり、前だけ見たりすることあるのと違いますか?

横道に入って行ったら、美味しい店を見つけるかも知れへんし、ええ人と出会うかも知れへん。

迫害や差別は、するほうに優越感という甘い蜜飲ませよるから、今までも、これからも、しんどいこと多いやろうと思う。

それがなかっても、自分が自分をそんな気持ちにさせることもあるのではと思います。

勝手な想像すいません。

真面目すぎる人はくよくよ考える人やと思って、そうやないかなと。

とにかく、ゆっくり生きましょう。

真面目すぎる人に、”ええかげん”のすすめでした。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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