強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

342.喜びも悲しみも幾歳月

2009.03.19 [ Edit ]

今年の渓流の解禁は少し遅く、3月20日。
たぶん毎年の、雪の中の放流作業と、
気象状況や釣り場条件の問い合わせ等の負担軽減の為でしょう。

今日、入川券の購入に娘と山の漁協に行ってきました。
娘には、あまり興味の無いドライブの為、静かな車中で退屈そうな感じでした。

毎年の渓流釣り、この漁協での入川券購入も20年あまり続けている行事です。

退屈そうに黙って横に乗っている娘だったので、一人で山道を運転しているような感じ。

山間のカーブの多い道を、ただ走るだけの静かな車中で、いろんなことを考えていました。


時々すれちがう大型バイク、ハーレーだったりBMWだったり、
タンデムで気持ちよさそうに走って行く。
「ハーレーのサイドカーに髪を伸ばした娘を乗せて走るんや。」
そんなことを言っていたことがあったなあ。
まだ結婚していなかったころ、オートバイ仲間と話してたときに言っていた話やなあ。


別荘販売の看板を見て。
山に小屋を建てようと思ってたなあ。
この場所やったなあ。
この土地を売ってくださいって、マメに付き合ってもらって地主にお願いしてたのになあ。

毎年の解禁日にうきうきしながら、
夜中の暗いうちから寒さの川岸で夜明けをまっていたなあ。
この数年、あのウキウキ感を忘れてしまってるなあ。

息子と二人で、この山の奥まで2時間も歩いて、イワナの淵を目指したなあ。
あの時、熊よけに大きな声で歌いながら息子と歩いていた時は、なにも心配なかったんやなあ。

ログの喫茶店、ウイングって名前のりっぱなログの喫茶店。
一人で釣りに来たときは、必ず寄ってコーヒー飲んだなあ。
釣りの途中でバカ長のままなので、靴底のフェルトが濡れているから、
「床が濡れますけどいいですか?」って断ってから入ってた。
あの頃は、なんの心配もなかったなあ。
今日は、たくさん釣れたなあとか、そんなことしか考えなかった。
釣りをしている時は、釣りのことだけ、サッカーしている時は、サッカーのことだけ考えていた。
今は、何をしても、いつも他のことを考えている。
他のことだけ考えているのではなく、今していることの合間に他の心配事が心に入ってくる。

そんないろいろを、頭の中でグルグルグルグル考えながら運転していました。

「なんか、俺の人生の夢を振り返ってるドライブみたいやなあ。」
そんな独り言を、頭の中で言っていました。
娘を乗せた一人旅でした。

ふと娘の乗っていることに気づいて、
「これも人生。」
「悪いことは無い、ええ人生や。」
そんな独り言も言っていました。

漁協に着いて、入川券の購入申込みを書いているとき、
窓口事務の女性が、私の名前を呼んで話しかけてきました。

「この3月いっぱいで、漁協を辞めることになったんで、もう会えなくなるんです。」

「お世話になりました。」

毎年、年券の購入の時に、ほんの数分会話をするだけの付き合いだったのに、
私の名前を覚えてくれているのに少し感動して、

「俺の名前、覚えてくれてるんや。」
「なんか嬉しいなあ。」

「けっこう、いろいろ話しましたよ。」

そう言えば、来るたびに、いろいろ話してたなあと、
何の話をしたのか、でしゃばり病を、ここでも発揮してたんやなあと思いながら、

「そうかなあ、年に一回しか出会わへんのになあ。」

「わたし漁協で働くようになって、もう12年なるんです。」
「12年間、話したって言うことですよ。」

「そうか、もう12年もなるのか、12回話したってことやなあ。」
「なんで辞めるの?」

「娘が、大学に入って、家から通うって言うんです。」
「この山の中から京都の大学に通うので、駅まで一時間以上の送り迎えをするんです。」


「そうか、嬉しいことやから、ええやんか。」

「そうなんです、受かってくれて喜んでるんです。」

「京大か?」

「同志社です。」

「そうか、自宅から通うって言ってくれるのも嬉しいことや。」
「孝行娘やなあ。」
「おめでとう。」

「ありがとうございます。」

そんな会話をして、漁協をあとにしました。

なんか、羨ましい普通の話やなあ。
彼女の娘が、まっすぐに歩いていきますように。
解禁日は20日やから休みかなあ、3月中に、娘の入学祝を持ってきてやろう。
そんなことを考えて、娘の待つ車に乗って帰路につきました。

途中で、餌も買っておこうと、いつも餌を買っている店に立ち寄りました。
不定期に店を開けている、爺さんと婆さんの店。

「ご無沙汰です。」
「おばちゃん、ブドウ虫ちょうだい。」

「ブドウ虫、何個や。」

この婆さんは、いつも偉そうに話すんです。
きっと、年老いてから商売を始めたんだと思います。

「解禁前やから、まだ釣ったらあかんぞ。」

爺さんが出てきて、こう言いました。
爺さんも、偉そうに話すんです。
もう二人とも80歳以上だと思います。
この歳の人だから、偉そうに話されても、けっこう自然に受け入れられます。

解禁の時の為に買っとくんやから安心してええでと説明しながら、買わせていただきました。

この親父は、イワナ釣りの名人で、毎年釣ってきたイワナを、この小さな店で売っています。

「おっちゃん、もうイワナたくさん釣ったか?」
「おっちゃんは山奥で釣るから、解禁関係無しやろ?」

「もう釣りには行けへんのじゃ。」
「おおきな手術したんや。」
「身体が動かんようになってしもうた。」

聞いてみると、血管移植をしたということなので、静脈瘤か心臓病かというところなのでしょう。
爺さんは、自分の病名が解らないようでした。

「おばちゃんは、元気なんやろ?」

聞いてみると、婆さんは腎臓病で、週二回の透析をしているとのこと。

「たいへんやなあ。」
「でも、ゆっくりでええやん。」

私が、そう言うと、しみじみと、婆さんが、

「そうや、ゆっくりでええのや。」
「喜びも悲しみも幾歳月や。」

うなづきながら、しみじみと言いました。

「おいら岬の灯台守やな。」

「おまえ、若いのに、よう知ってるなあ。」

そんな話をして店を出ました。

喜びも悲しみも・・・というのは、私が生まれた頃の映画の題名です。
亡くなった私の親父の好きだった映画で、何度も親父にストーリーの説明を受けた記憶があります。
実話に基づいた、灯台守夫婦の話です。

この夫婦にも、きっといろいろなことがあったんだろうなあと考えながら、車を走らせていました。
爺さんは、イワナ釣りの腕前からして、元々は猟師か山仕事だったのだろうと思います。

息子がいるようなことを、前に婆さんが言っていたので、
きっとどこか都会に出て生活しているのだと思います。

そんなことを考えながら、娘と二人で、
井上陽水の”人生が二度あれば”を大声で歌いました。
車の中で、大声で歌っていましたが、
娘は父が何を思って歌っているのかは知らないでしょう。
ふたり、それぞれに何かを思って、歌っていたのだと思います。

”湯飲みに映る自分の顔を、じっと見ている”

そんな心境の私でした。




Comment

いい響きのタイトル!

妻と二人〜で
沖行く 船の
無事を 祈って
灯を かざす 灯を かざす ♪
使命感を 教わった い〜〜い ドラマでした
主題歌も 涙が出るほど
い〜〜い!!
人生 時を 重ねるたび 色々な
経験が 増えていく
それを 更に 奥の深い
己の 尺度に してゆく
深〜い ふところの 判断ができる
優しさ 慈悲の心
大きく包み込む 度量の 広さ
を 勝ち取る ことが できますね。
常に 立ち寄る 港 になりたいものです
弱った 舟の よりどころに

渓流いいですね。

こんばんは。

夢ととも東北に居た時数回渓流釣り行きました。
あまり深場ではありませんが、ウェットスーツみたいなズボンと同じような素材の靴に着替えて鮎掛けしましたよ(^-^)
夢ととは、全然センス無しでしたが、川の流れる音以外に何も聞こえない究極の癒し空間を味わいました。
釣りは、冬の凍った湖でのワカサギ釣りの方にハマって凄く楽しかったです。
サシ(ちびっこい幼虫)を釣り針に引っ掛けてはさみで半分に切って5センチ位のワカサギと対決するのですが、すんげーぇハマりました。

極寒なのでテント張ってヒーター炊いて、やりましたねぇ。
教えてくれた人の息子さん(当時高校生)の釣り方が好きで、必死で真似しました。
そっくりだって言われましたよ(^^)v
リールや電動リールを使う人が多い中、手繰り(たぐり)で20メートルとかでも揚げてました。
10メートル迄なら楽なんですけどね。
でも、途中でバレる(逃げられる)のは手繰りの方が判るし、手に来る感覚が最高なんです。
次の日は、腕や肩がパンパンに筋肉痛だったりしましたね(遠い目)

たまに、マスとかアカハラ?とかも掛かるんですが、仕掛けごと持って行かれたり、揚げても仕掛けをめちゃめちゃにされるので嫌でした。
しかも、サシは触れるのにマスとかは触れなかったです(爆)

あぁ〜。
ワカサギ釣りは、魅力だったなぁ〜。


渓流は、音だけで良いかな・・・って、楽しさを知らないだけかもですが(__;)


ちょっと、懐かしんでみました゜+。(*′∇`)。+゜

盆唄どの

昭和の話題は、この二人にしか通じないものかもしれませんねえ。

おいら岬の灯台もーりーは・・・・・

ええ唄やなあ。

この唄、親父に教えてもらいました。
なので、より思い出の深い唄なんです。

親父はええもんです。

おやじが全てだなんて言いませんよ
ぼくだって、おやじに出来ることくらい、できますよね
だけど、ひとつだけ、言えることは、
おやじは、悲しいくらいに、精一杯でしたよ

拓郎の、おやじの唄やったかなあ?

陽水の、人生が二度あればも、ええなあ。

俺も、精一杯のおやじだと思い出してもらえるようにがんばろ。

夢ととへ

男やなあ。
ええ友達になれそうやなあ。
夢ととは、今度生まれてくる時は、男で生まれて来いよ。

そいで、おっさんと出会って、親友になろう。

このコメント読んで、そんな気になりました。

夢ととの言うとおり、渓の水音はええ。
実は、おっさん一人で山奥の渓に入るときは、釣りあがりながら、よく独り言を言っています。
水音に消されて、自分の独り言も聞こえないので、心と会話しているような気分になります。

渓流を釣り上がりながら、
「しんどいなあ。」
「そやけど、がんばらなあかん。」
「がんばるぞー。」
「でも、しんどいなあ。」
こんなことを、大きな声で山に挟まれた渓流の水音にぶつけたりしています。

時々、「あほみたいやなあ。」って声を出して、にやっとしたり。

川の真ん中の岩に座って、握り飯食べながら、ぼーっとしたり。

おっさんも、釣りより、そっちのほうに惹かれて山に入るのかもしれません。

おやじへ

私は海とか渓流に元気モリモリの時は、よく連れ出されたものでした。楽しかったなぁあの頃ふぁ(^_^)夜8時頃に出て海に行った
時は、花火やらバーベキューやら皆で砂浜を駆けずり回って
朝方、帰った。当然 両親は仁王立ちで激怒さ。
良い事も悪い事も経験してきた。今では、いい思い出だよ(^_^)
yumiにも、そんな時期があったんだよ。

yumiへ

これからも、いくらでもある楽しいこと。
若い頃の楽しいことと、すこしずつ形が変るかもしれないけれど、楽しいことはいくらでもあるし、出来ることなんや。
そんな時期があったんだよって、もう無いような表現やけど、まだまだyumiは若いんやで。
おやじの半分しか生きてへんやろ。
かわいいyumiには、未来があるんやぞ。
今は、苦しいことも多いけどな。

「悲しいことには、きっと、いいことがついてくるのよ。」

これは、信じてもええ言葉やで。

おやじとの未来もある。
おやじは、yumiの倍の歳やけど、おやじとも楽しく遊べることがあるかもしれんぞ。
solと三人で旅行に行ったりしてなんて夢、どうや?

いいなぁ〜おやじとsolと旅行なんて考えたら、チョー久し振りに
ワクワクした(^_^)私おやじの側で暮らしたいな。
solは元気かなぁ〜
「悲しい事には、きっと良い事がついてくるのよ」
いい言葉だね・・・。でも、今の私には・・・。
旦那は私に、かなり疲れたらしく、暫く話したくない・・ソッと
しておいてと言ってた、私ここのところ誰とも一言も話してない。
話す事を忘れそうだよ。でも、いつかもとの旦那に戻ってくれる事を信じて・・・。

yumiへ

”行く川の水は絶えずして しかももとの水にあらず”

とうとうと流れる川の水を見ていると、そのまま変らないようやけど、今見てる水は流れていっているから変らないように見えるけど、さっき見ていた水とは違うんや。

今の私には・・・

そうや、今の私は、そう思ってる。
でも、明日は、明後日は、わからへん。

水も、心も、変っていくもんなんやで。

変わらへんものは、ないのです。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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