349.生きることが憎い
2009.03.26 [ Edit ]
「長い時間、ずっと拗ねて、怒って、楽しいないやろ。」
「生きることに、なんの楽しみも感じてへん。」
「楽しいと思ったことなんてないねん。」
「わたしは、生きることに、怒りと憎しみしか感じてへん。」
「おまえには、感謝するという感情は無いのか?」
「考えること、することが何も無いから、怒りと憎しみを感じたら、ずっとそれだけしかない。」
「感謝なんて考えられへんねん。」
「わたしは、クズで、情けない人間なんや。」
「わたしなんかと関わらへんかったらええんや。」
一日中、塞ぎこんで機嫌の悪い娘に、何を話しても返事をしない娘に、
すこし叱り口調でかけた言葉に対しての、怒り口調の返事でした。
「生きることに、なんの楽しみも感じてへん。」
「楽しいと思ったことなんてないねん。」
「わたしは、生きることに、怒りと憎しみしか感じてへん。」
「おまえには、感謝するという感情は無いのか?」
「考えること、することが何も無いから、怒りと憎しみを感じたら、ずっとそれだけしかない。」
「感謝なんて考えられへんねん。」
「わたしは、クズで、情けない人間なんや。」
「わたしなんかと関わらへんかったらええんや。」
一日中、塞ぎこんで機嫌の悪い娘に、何を話しても返事をしない娘に、
すこし叱り口調でかけた言葉に対しての、怒り口調の返事でした。
「父さんや、母さんに、今、どんな楽しみがあるんや。」
「父さんや、母さんが、毎日、楽しんで生きているように見えるか?」
「わたしみたいなクズを、産まへんかったらよかったんや。」
「結婚も、せえへんかったらよかったんや。」
「自分が、無茶苦茶言うてるの、解ってるやろ?」
「じっくり、よう考えてみ。」
「精一杯してるやろ、出来ることは、精一杯してる。」
「悲しくなるような考え方、したらあかん。」
「もうええねん。」
「わたしには、怒りと憎しみしかないんや。」
「父さんや、母さんの、どこが憎いんや?」
「妹や、弟も、精一杯助けてくれてるやろ。」
「助け合ってる家族の、どこが憎いんや?」
「誰も憎いことはない。」
「誰も、憎んでへん。」
「自分の人生が憎いんや。」
「自分の人生が情けないだけや。」
涙はありませんでした。
泣くことすら出来ない自身に対する怒り。
悔しさ、情けなさを、どこにぶつけようもない腹立ちを、しまいこんでいたものが噴火したのです。
私には、それは解っているのですが、情けない言い分、あまりに我儘な発想。
それに対して、優しく受け止めるまでの大きさがないと言うより、
これを、この発想を、許しておきたくないという苛立ちが先行してしまうのです。
なんとか、負けずに頑張るという発想を持たせたいということに必死になってしまい、
今は、聞く耳を持っていないことを解りながら、説教を繰り返してしまう。
頭の中では、悲しみ、悔しさ、絶望を受け止めてやらないといけない時だと思っているのですが。
「なんでわからへんねん?」ということになってしまう。
私自身も興奮状態に陥ってしまうのです。
話し合いというより、ぎりぎりのなじり合いは、物別れ。
娘も、興奮状態のまま、2階の自分の部屋に行きました。
こういうときは、究極の肩凝り状態になります。
息が苦しいほどの肩凝り状態になるのです。
情けなさ、悲しさ、寂しさ、悔しさ、どこに向ければいいのか判らない怒り。
そんなものが、よってたかって私の肩に載りかかってくるのです。
それに、しばらく耐えながら、頭の中が動き出します。
「俺も、おんなじように苦しんでるんやけどなあ。」
「わからへんのかなあ。」
最初は、娘に腹を立てています。
そして、煙草を一本喫ったころ、
「辛いんやろうなあ。」
「悔しいんやろうなあ。」
自由の無い牢獄に、娘がいることを思い出してきます。
三本目の煙草になるころ、
「可哀想になあ。」
「わかってるでって言うてやらんとあかんかったなあ。」
「受け止めてやってないなあ。」
反省になって、自分の態度を悔やむようになります。
「3時か、寝よったかなあ?」
「飛び出しよらへんかなあ?」
反省に加えて、だんだん不安になってきます。
ちょうどその時、階段を下りてくる音。
肩が、また、すごく重くなって身構えます。
耳を澄ませて、娘の足音を追いながら、娘の行動と感情を量ります。
「大丈夫みたいやなあ。」と同時に、「謝ってやろう。」
トイレに入ってから、手を入念に洗う娘を待って、
洗面所から出てきた娘を黙って抱きしめて、
「父さん、きついこと言うたなあ。」
「おまえの、しんどさ、解ってやらへんかったなあ。」
「しんどいって言うてたんやろ?」
「しんどいって言うてたんやなあ。」
「しんどいって言うてんのに、頑張れって言うてしもたんやなあ。」
「わるかったなあ。」
ずっと抱きしめていました。
泣き出した娘が、小さな声で、
「ごめん、手、切った。」
パジャマの袖を急いでめくると、一筋の傷から血が流れていました。
深くないことを一瞬で確認してから、娘をゆっくり部屋に入れて、
精一杯の穏やかな声で、
「こんなことしても、なんにもええこと無い。」
「もう、したらあかんで。」
「二度としたらあかん。」
悲しそうな顔でうなづく娘を見て、少し安心しながら、平静にゆっくりと手当てをしました。
娘の中の悪魔に腹を立てながら、娘を不憫に思い、精一杯の笑顔でコーヒーを入れました。
そこに、妹娘が起きてきました。
傷の手当てをしているのを見て、気づかないフリで姉娘に自分の体調の話をしてくれました。
しばらく、妹と仲良く話して、穏やかな、悪魔を振り払った顔に戻った娘。
「もう、寝るわ。」
穏やかな口調で、そう言って、もう一度2階に上がりました。
今度は、違う種類の肩凝りになりました。
同じように肩が詰まる苦しさはありますが、少し安心した肩凝りでした。
自分の人生を憎むという表現の、なんという悲しさ。
医者は甘やかすなと言う、世間は甘やかしてはくれない。
私も、甘やかそうとは思っていません。
ただし、受け止めてやらなければいけない。
「もっと大きな父親を目指さんとあかんなあ。」
そんな独り言を言いながら、また夜中の煙草に火をつけました。
「父さんや、母さんが、毎日、楽しんで生きているように見えるか?」
「わたしみたいなクズを、産まへんかったらよかったんや。」
「結婚も、せえへんかったらよかったんや。」
「自分が、無茶苦茶言うてるの、解ってるやろ?」
「じっくり、よう考えてみ。」
「精一杯してるやろ、出来ることは、精一杯してる。」
「悲しくなるような考え方、したらあかん。」
「もうええねん。」
「わたしには、怒りと憎しみしかないんや。」
「父さんや、母さんの、どこが憎いんや?」
「妹や、弟も、精一杯助けてくれてるやろ。」
「助け合ってる家族の、どこが憎いんや?」
「誰も憎いことはない。」
「誰も、憎んでへん。」
「自分の人生が憎いんや。」
「自分の人生が情けないだけや。」
涙はありませんでした。
泣くことすら出来ない自身に対する怒り。
悔しさ、情けなさを、どこにぶつけようもない腹立ちを、しまいこんでいたものが噴火したのです。
私には、それは解っているのですが、情けない言い分、あまりに我儘な発想。
それに対して、優しく受け止めるまでの大きさがないと言うより、
これを、この発想を、許しておきたくないという苛立ちが先行してしまうのです。
なんとか、負けずに頑張るという発想を持たせたいということに必死になってしまい、
今は、聞く耳を持っていないことを解りながら、説教を繰り返してしまう。
頭の中では、悲しみ、悔しさ、絶望を受け止めてやらないといけない時だと思っているのですが。
「なんでわからへんねん?」ということになってしまう。
私自身も興奮状態に陥ってしまうのです。
話し合いというより、ぎりぎりのなじり合いは、物別れ。
娘も、興奮状態のまま、2階の自分の部屋に行きました。
こういうときは、究極の肩凝り状態になります。
息が苦しいほどの肩凝り状態になるのです。
情けなさ、悲しさ、寂しさ、悔しさ、どこに向ければいいのか判らない怒り。
そんなものが、よってたかって私の肩に載りかかってくるのです。
それに、しばらく耐えながら、頭の中が動き出します。
「俺も、おんなじように苦しんでるんやけどなあ。」
「わからへんのかなあ。」
最初は、娘に腹を立てています。
そして、煙草を一本喫ったころ、
「辛いんやろうなあ。」
「悔しいんやろうなあ。」
自由の無い牢獄に、娘がいることを思い出してきます。
三本目の煙草になるころ、
「可哀想になあ。」
「わかってるでって言うてやらんとあかんかったなあ。」
「受け止めてやってないなあ。」
反省になって、自分の態度を悔やむようになります。
「3時か、寝よったかなあ?」
「飛び出しよらへんかなあ?」
反省に加えて、だんだん不安になってきます。
ちょうどその時、階段を下りてくる音。
肩が、また、すごく重くなって身構えます。
耳を澄ませて、娘の足音を追いながら、娘の行動と感情を量ります。
「大丈夫みたいやなあ。」と同時に、「謝ってやろう。」
トイレに入ってから、手を入念に洗う娘を待って、
洗面所から出てきた娘を黙って抱きしめて、
「父さん、きついこと言うたなあ。」
「おまえの、しんどさ、解ってやらへんかったなあ。」
「しんどいって言うてたんやろ?」
「しんどいって言うてたんやなあ。」
「しんどいって言うてんのに、頑張れって言うてしもたんやなあ。」
「わるかったなあ。」
ずっと抱きしめていました。
泣き出した娘が、小さな声で、
「ごめん、手、切った。」
パジャマの袖を急いでめくると、一筋の傷から血が流れていました。
深くないことを一瞬で確認してから、娘をゆっくり部屋に入れて、
精一杯の穏やかな声で、
「こんなことしても、なんにもええこと無い。」
「もう、したらあかんで。」
「二度としたらあかん。」
悲しそうな顔でうなづく娘を見て、少し安心しながら、平静にゆっくりと手当てをしました。
娘の中の悪魔に腹を立てながら、娘を不憫に思い、精一杯の笑顔でコーヒーを入れました。
そこに、妹娘が起きてきました。
傷の手当てをしているのを見て、気づかないフリで姉娘に自分の体調の話をしてくれました。
しばらく、妹と仲良く話して、穏やかな、悪魔を振り払った顔に戻った娘。
「もう、寝るわ。」
穏やかな口調で、そう言って、もう一度2階に上がりました。
今度は、違う種類の肩凝りになりました。
同じように肩が詰まる苦しさはありますが、少し安心した肩凝りでした。
自分の人生を憎むという表現の、なんという悲しさ。
医者は甘やかすなと言う、世間は甘やかしてはくれない。
私も、甘やかそうとは思っていません。
ただし、受け止めてやらなければいけない。
「もっと大きな父親を目指さんとあかんなあ。」
そんな独り言を言いながら、また夜中の煙草に火をつけました。
Comment
自分の人生が憎い
我が家も全く同じことが先週ありました。 おっさんと全く同じ気持ち 同じ状態でした。 私が叱って 更に状態を悪化させてしまった感じです。 私も受け止めてやらなければ という気持ちと でも甘やかしてるのでは?悪化させてるのでは…という不安と常に葛藤しています。 で最終的に出る結論が 今は受け止めてやろう 先のことはまた考えようになります。 また悩むでしょうが 本人が1番苦しいのですから 今は見守ってやるしかないです。 詰まった時はここで吐かせてもらいに来ますね。
しずくさんへ
あのね、変な話。
変な話でもないのですが、この娘とのやり取りの時に、ぼんやり頭の中で、しずくさんの母娘の週末のやり取りを思い浮かべてた瞬間があります。
しずくさんの娘さんも、こんなこと言ってるんやろうなって考えていました。
このコメントいただいて思い出しましたよ。
なんか、隣同士で、いっしょに闘っているような気分です。
包んでやれたのは、しずくさんの助けがあったんだと思っています。
ありがとうございます。
突然、礼を言われても、しずくさんも変な感じでしょうが、そんな感じなのです。
これからも、くじけずに、いっしょに頑張っていきましょう。
ゆっくり、いっしょに歩きましょう。
変な話でもないのですが、この娘とのやり取りの時に、ぼんやり頭の中で、しずくさんの母娘の週末のやり取りを思い浮かべてた瞬間があります。
しずくさんの娘さんも、こんなこと言ってるんやろうなって考えていました。
このコメントいただいて思い出しましたよ。
なんか、隣同士で、いっしょに闘っているような気分です。
包んでやれたのは、しずくさんの助けがあったんだと思っています。
ありがとうございます。
突然、礼を言われても、しずくさんも変な感じでしょうが、そんな感じなのです。
これからも、くじけずに、いっしょに頑張っていきましょう。
ゆっくり、いっしょに歩きましょう。
いえいえ私こそいつも助けていただいてます。おっさんのさりげない気配り 感謝してますm(__)m 今日はおっさんのコメントのお陰で 娘を優しく包んで明るく楽しく過ごせました。こちらこそ ありがとうございました。
おやじへ
私、娘さんの言ってる事良くわかるわ。
生きてても、何にも良い事、ないもん。
娘さん、傷浅くてよかった、でも、癖になったらいけないから
気をつけてね。
娘さんに優しくしてあげてね。
私も手首切って9針縫う自殺未遂した。
医者は何でこんな事したのって言ってたけど
その時の私は正気じゃなくただ看護婦さんに抱えられボーぜんと
していて医者の問いに答えなかった。
何でって死にたいからに決まってるって後で思った。
今でも何で生きてるのか、分からない・・・。
何で死なないのかも分からない・・・。
私、娘さんの言ってる事良くわかるわ。
生きてても、何にも良い事、ないもん。
娘さん、傷浅くてよかった、でも、癖になったらいけないから
気をつけてね。
娘さんに優しくしてあげてね。
私も手首切って9針縫う自殺未遂した。
医者は何でこんな事したのって言ってたけど
その時の私は正気じゃなくただ看護婦さんに抱えられボーぜんと
していて医者の問いに答えなかった。
何でって死にたいからに決まってるって後で思った。
今でも何で生きてるのか、分からない・・・。
何で死なないのかも分からない・・・。
言える家族。
今日は夕食後すぐに寝た。
もう、身体が悲鳴あげてたから。
オカンにも心配かけてるし・・・
夢ととは、両親にぶつかっていけないです。
昨夜の夕食の時も向かいに座ってる父と一度も目を合わせませんでした。
母も見れませんでした。
ほんの小さな切り傷程度をつい最近腕に何本も作りましたが、隠し通しました。
今はもうわからなくなりました。
夢ととの場合は、積極的に死にたい願望はなく、ただイライラを押さえるために傷付けづにはおられなくなる時があります。
心の友達だけには報告しまする時もあります。
ブログでもここでも、素の夢ととですが、そんなに色々わかります?
単純なんですかね( ̄〜 ̄;)
ただ、リアルではなかなか判って貰える人が居ないので友達と呼べる人間は少ないです。
ほとんど居ないと言ってもいいかな?
自分を変えたいと思っても空回り。
人生のパートナーは欲しいと願望はあるのですが、両親はもう独りでいいやんと言ってます。
でも、まず自分のコントロール出来るようにならないと周りは迷惑ばかりかけてるししまいますね。
いっぱいいっぱい、溢れてきて書くのが追い付きません。
自信をもてなくても「これでいい」と自分を納得してやりたいです。
このままじゃ、夢ととは自分をいじめ続けてしまいます。
少し人の目が怖い。
今は、なかなか合わせられないです。
もっかい寝ます。
おやすみなさい。
もう、身体が悲鳴あげてたから。
オカンにも心配かけてるし・・・
夢ととは、両親にぶつかっていけないです。
昨夜の夕食の時も向かいに座ってる父と一度も目を合わせませんでした。
母も見れませんでした。
ほんの小さな切り傷程度をつい最近腕に何本も作りましたが、隠し通しました。
今はもうわからなくなりました。
夢ととの場合は、積極的に死にたい願望はなく、ただイライラを押さえるために傷付けづにはおられなくなる時があります。
心の友達だけには報告しまする時もあります。
ブログでもここでも、素の夢ととですが、そんなに色々わかります?
単純なんですかね( ̄〜 ̄;)
ただ、リアルではなかなか判って貰える人が居ないので友達と呼べる人間は少ないです。
ほとんど居ないと言ってもいいかな?
自分を変えたいと思っても空回り。
人生のパートナーは欲しいと願望はあるのですが、両親はもう独りでいいやんと言ってます。
でも、まず自分のコントロール出来るようにならないと周りは迷惑ばかりかけてるししまいますね。
いっぱいいっぱい、溢れてきて書くのが追い付きません。
自信をもてなくても「これでいい」と自分を納得してやりたいです。
このままじゃ、夢ととは自分をいじめ続けてしまいます。
少し人の目が怖い。
今は、なかなか合わせられないです。
もっかい寝ます。
おやすみなさい。
しずくさんへ
ありがとうは、大切な言葉ですけど、二人のなかでは使う必要の無い言葉にしましょうか。
心の中で解ってる言葉ですもんね。
ずっと、いっしょに歩く仲間ですもんね。
でも、やっぱり、ありがとうかな。
心の中で解ってる言葉ですもんね。
ずっと、いっしょに歩く仲間ですもんね。
でも、やっぱり、ありがとうかな。
yumiへ
yumi,いつも、うまく応えてあげられない、頼り無いおやじを許せ。
しんどいけれど、諦めないで、いっしょに歩こうな。
しんどいけれど、諦めないで、いっしょに歩こうな。
夢ととへ
ほんまに夢ととは、自分をよくいじめるなあ。
もっと自分を可愛がってやれよ。
甘やかさんとあかんなあ。
それが出来へんのが、夢ととの素晴らしさなんやとは思うけど、やっぱり、ちょっと甘やかさんとあかんで。
むつかしいけどなあ。
こんくらいで、よかたい。
もっと自分を可愛がってやれよ。
甘やかさんとあかんなあ。
それが出来へんのが、夢ととの素晴らしさなんやとは思うけど、やっぱり、ちょっと甘やかさんとあかんで。
むつかしいけどなあ。
こんくらいで、よかたい。
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楽しみなんか一つもない。何をするにも苦痛が伴う。なにもしてなくても苦痛は常にある。私の場合、そんな時は、今ちょっと不安定でしんどいからって言って部屋に籠もります。一人でふさぎ込むんです。寂しい感じがしますが私は一番これがいい。なぜかと言うと、お互いに傷つけあってしまってさらにしんどくなるからです。
だから泣いて泣いて、少し楽になるのを待ちます。
自分だけじゃなく周りも同じようにしんどいんですよね。けど不安定なときって発散できるからいいよなぁとか普通に過ごせるからいいよなぁってうらやましく思う。私は日常生活すら苦痛ってしんどくなるんですよね。
たまにこういう激しい自暴自棄に陥ります。無償に孤独に思い、私がいなければみんな楽しいはずって。なんかそういう波がどっと押し寄せる時があります。娘さんも家族の支えには感謝してるけど、自分がいやになりしんどくなるんですね。
そういう時って何を言われてもだめなんですょね。言葉が入らないというか。けど少しずつ落ち着いてもくるし、おっさんの後のフォローはとても温かいと思いました。優しく包んでくれ、娘さんは安心したやろなぁ。