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強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

371.「戦友」を唄った涙

2009.04.21 [ Edit ]

私が会社に入った頃、30年以上前の話。
上司にカラオケに連れて行かれて、聞かされた唄は、ほとんど演歌。
まあ、そのころにフォークやロックなどのカラオケがほとんど無かったこともありますが、
そこに時々、軍歌が入る。

上司の年代は、親父の年代だから、戦争経験はほとんど無い。
昭和一桁なので、経験のあった人もいるのですが、
しらけた戦争経験者というような表現が当たっているような人たちかな。

それでも、軍歌は、けっこう歌っておられた記憶があります。

そのころちょうど、軍歌をカラオケで歌う上司はもてないというようなことが巷でささやかれ、
カラオケから、軍歌がほとんど姿を消しました。
なので、私の年代から下の人たちは、ほとんど軍歌を知らなくなってしまったようです。

私の亡くなった親父は、軍歌が好きで、軍歌のレコードをたくさん持っていて、
幼い時に、よく聞かされました。
軍歌を聴かされるだけでなしに、その軍歌の背景説明も、親父からよく聞かされました。
「この唄はな、日本海海戦の時に、敵の砲弾を受けて死ぬ間際まで勇敢に戦って、
上官に敵を討ってくださいと息絶えた兵隊さんの姿を歌ってるんや。」
「この唄は、パレンバンという所に、落下傘部隊が降りて闘った、その兵隊さんたちを称えた唄や。」

そんなふうに、詳しく教えてくれました。
その時の、兵隊さんの気持ちまで、熱く語っていた親父を思い出します。

ただ、決して親父は、好戦派ではありません。
こんな悲しいことがあるので、絶対に戦争はしてはいけないということを、最後には言うのです。

悲しい中にあった美しい話を、美しいとは言いますが、肯定して言っているわけでは無いのです。

そんな軍歌を、静岡遠征の夜のカラオケで歌いました。

サッカーの仲間に、防衛大学出身の同級生がいるのですが、
そいつは、カラオケで軍歌をよく歌います。
ちょっと語弊がありますが、奴には軍人の臭いがします。
奴も、好戦派ではありませんが、兵隊さんではなく、軍人さんの臭いがするのです。
危険な軍人さんの臭いではなく、どう言えばいいかなあ、姿勢の正しい軍人さんかなあ。

もう軍歌が流行らなくなってから30年が過ぎていますから、けっこう軍歌が新鮮に聞こえます。
親父に言わせれば、そんな表現は、兵隊さんに失礼だと叱られそうですが。

彼と肩を組んで、”空の神兵”という唄を歌いました。

落下傘部隊の唄です。
彼が、歌った後に、仲間のみんなに、落下傘部隊の説明をしていました。
親父と同じ姿でした。

もちろん、軍歌ばかり歌ったのではありません、途中のたまたま一曲だけです。

そして、楽しい時間が過ぎ、明日も試合があるから、もうホテルに帰ろうかという最後の曲。
十数人いた仲間の一番年長の先輩の選曲が、
「マイク無しで、全員肩を組んで歌うぞ、戦友や。」ということになりました。

余計なことですが、右に傾いている仲間達ではありません。

”戦友”
満州の地で戦う仲間が、敵の銃弾に倒れて亡くなる、その友との出会いから亡くなるまでを歌った唄です。

想えば去年、船出して、御国が見えずなった時
玄界灘で手を握り、名を名乗ったが初めにて
それより後は、一本の煙草も、二人分けて喫み
着いた手紙も見せ合うて
死んだら骨を頼むぞと、言い交わしたる、ふたり仲

そんな内容の唄です。

大声で、みんなで肩を組んで歌っているうち、頭の中に兵隊さんの映像がでてきて、
どいつも、こいつも、「ほんまの戦友や」と思っている私がいて、
胸が熱くなってきて、勝手に涙が出てきました。
ぼろぼろ泣いたわけではないので、誰にも気づかれてはいませんが、熱い涙があふれました。

足長おじさんの先輩も、その中におられて、密かに、その先輩へのメッセージとして、
人生が二度あればを歌ったりした私もいました。

寝てない私を知っていて、小さい声で、大丈夫か?と声をかけてくれた後輩もいます。

息子を気にかけてくれていて、仕事まじめに行っとるか?と声をかけてくれた先輩もいます。

なにもかもが温かく、それでいて、さりげなく、なにも無いように、大笑い。

こんな素晴らしい世界にいる私は、おおきなおおきな幸せを持っているものです。

「娘は、大丈夫かな?」
この考えが、私の頭から離れていないのを知っていながら、知らないフリでの気遣いがいっぱい。

もちろん、私のことだけではありません。
あの後輩のこと、あの先輩のこと、すべてをみんなが気遣っている。
それでいて、ほとんど、そういう話題は出てこないのです。

”戦友”を歌いながら、みんなが、きっと、私と同じように感じていたものだと思います。

素晴らしい世界です。

私を生かしてくれている世界です。

Comment

軍歌と言えば。

おはようございます。

夢ととは、「同期の桜」の一部しか知らないです。

夢とと達が、熱唱するのは、「学園天国(小泉今日子)」とか「うる星やつらのラムちゃんの歌(題名忘れた)」とか「爆風スランプのランナー?」とか「負けないで(ザード)」かなぁ。

もう、長いこと(数年)カラオケとは無縁の生活してるからわかりません(__;)

今から、起きてオカンと話してみる。
でも、よい子のととちゃんから外れられないやろなぁ。
行ってきます。

“戦友”との時間、あったか〜い温泉に入った感じですね。入った瞬間「あ〜」と思わず声が出るような。息子にも温泉に入れてあげたいな。でも入るまでが戦い。入れたとしても戦いなんでしょうね。私、最近肩や背中が凝って温泉で癒されたいな、と思ってました。でもそれは、やろうとすれば出来ます。息子は思っても出来ません。それどころか、お風呂って特別な場所なんでしょうね。布団で寝なくなって何年たったでしょうか。リビングのソファで冬も夏も一枚掛けて寝ています(ストーブは使いますが)熟睡を確認しながら、たまにずれた毛布を掛け直し赤ちゃんの時にやったように手でポンポンしてあげます。「いい夢見てね」って。でもそのソファもボロボロになってきました。自分の肩凝りのことばかりを心配しててはいけませんね。ある日突然数日お風呂に入れた時があったんです。おやじさんが言うように、なんでか突然。それが最近又お風呂に入れないので焦りがありました。又ある日突然息子の上に風が吹いて悩みを飛ばしてくれる日があるでしょう。

夢ととへ

前から考えてたんやけど。
良い子のとと、それはそれで良しやんなあ。
そう思ってるんやろ?
たしかに、しんどい部分もあるけど、それは、悪いことでも無いし、
なんか、そこからの脱却みたいなものを目指せとか書いた俺もいたりするけど、そこも、当り前の私やとしてオッケーサイン出してやったらええのかなと思うんや。
それでいて、時々の本音を、夢ととが吐かなくても母さんは感じてるやろうし、その辺は、親娘のテレパシーで充分なんかもしれん。

「これでは、あかん。」
これが多すぎるのは、しんどさの素や。

「これで、ええがな。」
これを増やすことが、楽の素や。

こんな感じは、いかがかな?

さくらさんへ

さくらさんにも、私にも、出来ることや、持っているものがたくさんあって、それが息子と娘には、出来なかったり、持っていなかったり。

これって、ほんとに辛いことですね。
与えてやりたいと思っても、我々が自分で見つけてきたものだから、与えてやることは不可能ですもんね。

ただし、これも、今を考え、今で判断してる焦りからなんだと思います。
きっと、息子も娘も、いつか見つけることが出来るのだと思います。
我々が持っているものと同じものではないのかも知れませんが、息子たちのものであれば、それでいいし、同じ種類のものでなくてもいい。

息子と娘が、未来を見ないと言いながら、我々も、ついつい今を見つめてしまう。

お気楽に生きながら、突然現れる出会いに期待してればいい。

苦しみ、悲しみをすり抜けながら、お気楽道を探しましょう。

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