強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

374.ありがたい話

2009.04.24 [ Edit ]

サッカーの後輩から、メールが入っていました。
短いけれど、温かいメールです。

鬼ばかりじゃありません。
神様もあしながおじさんもいます。
おっさんも自分の体のことを考えて下さい。
娘さんや家族のためにも。
子供部屋いいですね。
いつまでもサッカー続けましょう。
生涯現役

彼は、私より3歳年下なので、53歳。
40歳になってからの出会いなので、10年すこしの付き合いです。
でも、彼は、特別おとなしい性格なので、あまり話をすることはないのです。
でも、心で話をすることの多い人です。

心どうしで、ノールックパスの交換をしています。
まあ、付き合いといっても、サッカーの仲間達は、土曜日の練習会で、
わいわいとサッカーの練習試合を楽しむだけで、
どんな環境で、どういう人生を生きてきて、今なにをしているかなどの話はほとんどしませんし、
自然の流れというか、休憩時間の雑談の中で、
ああ、彼は教師なんだとか、彼は公務員らしいとか、あの人は医者らしいとか、
その程度の認識で、とにかく先輩後輩の縛りだけがあって、いっしょにサッカーを楽しんでいる、
そんな、なんというか、気楽な付き合いです。

利害も無いし、干渉も無いし、ただ、皆がサッカーを愛しているだけ。
そんなクラブ運営です。

そんな仲間だから、我儘も言えるし、身勝手な奴もいる。
おとなしい奴もいるし、この人はいい人やなあって感じたり、こいつは、あかんぞっていう奴もいる。
利害があると、我慢があったり、遠慮があったりするものですが、
この仲間達の間には、あまり、我慢や遠慮がないので、かなりストレートな会話があります。
なにせ、先輩後輩の縛りのみでの付き合いですから。

体育会系を理解できない人には、変な世界に見えるかもしれません。
でも、これが、なかなか素晴らしいのです。

先輩風をふかす奴、先輩なのに優しい人、後輩のくせに生意気な奴。
人のことを考えてくれる人、自分のことしか考えない奴。
利害無しの世界で、いい歳の男達が集っていると、こういうデコボコがうまく埋まるものなのです。

我儘が行き過ぎると、誰かが、遠慮無しに大声で怒る、
我儘な奴も、それによって、かわいく素直に反省する。
だれかの身勝手が、だれかの迷惑になりそうになると、先輩の誰かがたしなめる。
そして、それが、笑いの中におさまってしまう。
困っている人がいると、さりげなく、誰がということなく、救いの手がはいる。
みんなが、それに、協調する。
こんな感じです。

うまく、すべてを、表現できないのがじれったい感じですが、とにかく素晴らしい。
”美しい”集団です。
前に、美しいの語源を紹介したことがありますが、
ほんとに、羊の肉を、大いに食らう仲間達です。

そんな仲間の中でも、彼のポジションは、特別おとなしい人という感じです。

毎週土曜日の午前中に、3〜40人が集まって、20分間の紅白戦を7〜8試合。
そんなに真剣に試合をするのではなく、老若入り混じっての和やか試合。
試合中にも、笑い声が絶えないような、おもしろさです。

滋賀県全体にメンバーが散らばっていますから、
そんな草サッカーに1時間以上の移動時間をかけて来る人もいるし、近所の人もいる。
グランドの準備は誰がするのかというと、これもまた決まってはいないのです。

毎週、グランドの用具入れの小屋の鍵を開けて、ボールを出して、
ラインを引いて、ゴールの移動をして、試合が出来る準備をする人は、ほぼ同じメンバー。

準備が出来た頃に、ぱらぱらと人が集まってきて、思い思いに準備運動。
試合が出来る人数になったら、適当な時間に二手に分かれて試合開始。
まったく、細かいルールのない世界です。
クラブに細則は設定していません。
「紳士たるべし」 これが、唯一の我がクラブのルールです。

準備をする人も、俺だけがと文句は言いませんし、
遅れてくる人は、ありがとうと感謝する。
それだけでオッケーの世界です。

ただ、だれかが準備をしないといけないわけですから、誰かが準備をするわけです。
近所に住んでいる人が準備をする、早く来た人が準備をするということです。

近所でもないのに、準備をするメンバーには、必ず彼が入っています。
私は、練習グランドの近所に住んでいますから、ほとんどは、息子にまかせていますが、
時々、準備の仲間に入ります。
彼は、近所に住んでるわけでもないのに、必ず、朝早く来て準備をしてくれています。

私が、朝早く行った時に彼がいると、

「おまえ、昨日からグランドに泊まってるのか?」

などと冗談を言っています。

そんな彼が、このブログを読んでくれていて、それまでは、あまり話さなかったのですが、
時々、励ましメールをくれるようになりました。

二度目の励ましメールに、「わたしも、訳あり人生です。」というようなことが書いてありました。
なにか重いものを感じましたが、べつに、それを聞き出そうともしていません。
きっと、いつか、自然に、彼との会話の中で出てくるでしょうから。

人の背中の見えないところには、なにか重たいものが、誰にも荷物として載せられている。

仲間と呼べる人が、時々、その荷物を軽く感じさせてくれる。
夜、寝る前に思い出して、胸がポカポカ温かくなって、「ありがとう。」と独り言が出てくる。

そんな、美しく、ありがたい話です。

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