強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

375.高名の木登り

2009.04.25 [ Edit ]

最近、弟の部屋で飼っているMダックスの世話をしている娘。
弟が仕事に行きだしてから、昼のエサを娘がやっています。

「このごろなあ、ゲンとジンのうんこは、ちょっとましやねん。」
「前は、見ただけで、お風呂に、すぐに入らんとあかんかったやろ。」
「この前、ゲンのうんこ見てしまったんやけど、そのまま出かけられたんや。」

最近、いろいろなことで、娘が前進出来ていることを感じられています。

会社を辞める時に、考えていたこと。
「俺が55歳になるころまでには、息子も娘も、なんとか前進してるやろ。」

考えていたことというより、甘い希望的観測というほうが正しいような、
考えていたのではなく、望んでいたものなのだったのだと思います。

先ず、辞めてすぐに、娘と二人で、お遍路の旅に行こうと考えていました。
辞める前に、娘に、そう言っていましたから。
ところが、最初から躓いていました。

「会社辞めたから、お遍路さんに行こうか。」

「そんなん、行けるわけないやろ。」
「わたしが、どういうふうに苦しんでるのか、父さんは解ってへんのか?」

こんな娘の答が待っていたものでした。
「まあ、とにかく、これから、ずっといっしょに苦しみ共有して歩いていこう。」
「ぼちぼち、歩いていこう。」

こんなふうに考えなおしました。

息子のほうも、明るく歩けるように、あまり責めないで、ゆっくり歩こう。
こういうふうに考えたものです。

息子のほうは、一年後に、先日書いたように、いっしょに働くことが出来ました。
結末は、とんでもない、人間の醜さを見ることになってしまいましたが。

あっという間に、4年が経ちました。
あっという間ですが、いろいろなことがありました。
怠惰に生きたような気もしますが、無駄でもなかったのかなと思っています。

まだまだ。
まだまだの状態なので、無駄でもなかったかなあと思うわけで、
もっと明るく生きれて、”普通”を手に入れられたら、
きっと、無駄ではなかったという表現から、有意義だったに変わるものなのだろうと思っています。

まだ、無駄ではなかったという表現が出来ていることに、「良かった良かった」という感じです。

ついこの間までは、「あかんあかん、辞めへんかったらよかった。」こんな思いばかりでした。
悔やみ、悩み、苦しみ、ばかりに覆われた心だったような気がします。

末娘が、帰国して就職し、妻がパートに行き、息子が就職したことで、
家族が、再スタートのポジションを自覚できたような気がして、
娘の心も、すこしですが、前を見るようになったような気がします。

そこに、仲間からの、娘への仕事のプレゼント。

まだ、その仕事の、ありがたさ、重要さを、娘自身が自覚できていない状況のような気もしますが、
なんとか、頑張ろうと思っている様子ではあります。

娘本人よりも、友人達のほうが喜んでくれている。
「これで、娘が、方向性を見つけよったらええなあ。」
みんなが、そういうふうに感じて、そういうふうに言ってくれます。

同じ思い出、妻と私も喜んでいいます。
弟、妹も喜んでくれています。

でも本人には、周りが気づかない負担があるのかも?
そんなふうにも考えます。

いろんな可能性を持った、絵を描くことでの仕事だと、大いに喜んでいるのですが、
本人には、「出来るかな?」「続けられるかな?」「迷惑かけへんかな?」「なにか嫌なことにぶつからへんかな?」
そんなプレッシャーのほうが多いのかもしれません。

絵を描く仕事の話で、喜んでいた娘の腕に絆創膏が貼ってあるに気づきました。
前進できている喜びでの、期待の大きさだけを先行させてはいけないのかも?
その腕の傷を見て、こんなふうに思いました。

ゆっくり歩くことを忘れないようにしながら、前進をみつめてやらないといかん。

前進を手放しで喜ばず、慎重に前を見ながら、ゆっくり歩こう。

”ええかげん”を忘れないように、急がずに前進しよう。

”高名の木登りと言いしオノコありける”
”名人は、枝 危うきほどは申さずと言えり”

木登りの名人は、枝が危ういような高いところよりも、
地上に降りかけた低いところでの安心に注意を怠らないという話です。

まだまだですし、これからを、今まで以上に慎重に、ゆっくり歩こうと思っています。

Comment

娘さん色んなことができてますね。 嬉しいと同時に、おっさんの そんな時だからこそ 慎重に進みたいと思う気持ち なんかわかります。 手放しで喜びたいのは山々だけど あと一歩の娘さんの心情は私達には計り知れないのかもしれませんね。 でも親の立場からしたら 娘さんの前進ぶりは 嬉しいの一言に尽きないです。 私の励みです。

しずくさんへ

嬉しいのですけど、「ほんまかいな?」みたいな感じが強かったり、「また戻るやろ」とか、
「この次、何が起こるんや?」みたいな不安が拭い去れないです。

加えて、本人の安心できてない心も見えますし、なかなかですね。
”普通”を獲得したいものです。

でも、トンネルの出口があることを確信できたことは、大きな前進だと思います。
信じて、安心して、一段ずつ上って行きましょう。

こんにちは!お久しぶりです。いつも読ませていただいてます。ありがとうございます。
娘さんも少しずつ前進されてるようで私も読んでてうれしいです。
ただ…いつもまわりで良くなって行く様子を見ながら自分自身の愚かさを感じてしまいます。
母なのに、娘が病んでるのに仕事が辞めれない。
辞めなくても良いんじゃない?…と思うかもしれないけどどうしても考えちゃう。仕事に逃げてるんじゃないかと…。娘と正面から向き合ってないんじゃないかと…。
姑が家に居るから女が二人も要らない気がする…。自由が効く仕事だから調子悪けりゃ早く帰れるし休めるし電話にも出られるし…。
だから続けられる。だけどそういう理由だけじゃない。やっぱり本音は自分の存在が欲しい。
病んだ娘を持つ哀れな母だけじゃ耐えられない。私は私で輝ける場も欲しい。私を認めて貰える場が欲しい。
私って母じゃない。母親の仮面を被ってるだけかもしれない。
娘を見守る。自転車の補助輪とかカッコイイ事言いながら実際はほかりっぱなしなだけかもしれない。
本人が治す。そのために親は環境を整えてあげる。協力してあげる。…なんて言いながら自分が今まで家庭に居場所がなくて娘のおかげで居場所が出来て、娘にとってはどうなんだろう。娘にとっても居心地の良い家庭になったとは思うけど逆にどっぷり浸かっちゃってる気もしとこれで良かったのか…と。
もっと真正面からぶつかり、甘えと思う事なら戦わなきゃいけないんじゃないかと。戦う時間もなく本人のしたいように野放しにしてるような。
 とにかくおっちゃんのように娘のために仕事を辞め家庭におさまり娘と向き合う事をしてる人を見るといたたまれなくなる。自分の愚かさに…。駄目な母親。なんとかしないと手遅れになっちゃう…と本当に思いながら、ずっとずっと悩みながら仕事が辞められない。仕事が好き。もしかして仕事依存症?
とにかくずっと悩んでます。
でも私の回りで大事な仕事を辞め娘さんと向き合った人を数人みています。みんな良くなってるんです。親のお陰かわかりませんが、やっぱり親に余裕がないと子供の思いを受け止めてあげられないような…。
長くなりましたが御意見良ければお願いします。

ミミリンさんへ

> 母なのに、娘が病んでるのに仕事が辞めれない。
> 辞めなくても良いんじゃない?…と思うかもしれないけどどうしても考えちゃう。仕事に逃げてるんじゃないかと…。娘と正面から向き合ってないんじゃないかと…。

率直なおっさんの意見としては、ちょっと簡単に出した答に聞こえるかもしれんけど、
辞めへん方がええなあと思う。
二本の道を一度に歩くことは出来へんから、私にも簡単には答が出せない話やけど、
辞めた経験のある このおっさんが思うに、辞めへんほうがええ。
正面から向き合ってへんことはないと思うし、ミミリンさんは精一杯考えてると思う。
私がよく言う、精一杯のその上を目指したらあかん。
それは、無理なことなんや。
ミミリンさんが会社を辞めることは、精一杯以上のことになると思う。
辞めて4年が経過しますが、まだ夢を見ます。
夢から覚めた後の寂しさは、ほんとに辛いものです。
先日、人生が二度あればという唄で、娘と話したことを書きましたが、その後も、何回か娘と話していたときに、娘は、やっぱり人生は二度いらないと言います。
その話のときに、私が娘に言ったこと。
「あのな、人生は一度しかないやろ、だから、二度あればっていうふうに唄っているのは、無い物ねだりなんや。」
「一度しかない人生を振り返って、夢見るように思い出してるっていうことなんや。」
「ああしたらよかった、こうしたらよかったって思うんや。」
「でも、生きてきた道なんや。」
そんな話をしていました。

後悔は何度でもあるし、山ほどあります。
でもね、今、自分のことを考えて、ゆっくり考えてみてください。
生き甲斐を無くすことの辛さを考えてください。
逃げ場でもいいのですよ。
後ろめたく思うことはありません。

そんな感じに、私は思います。
ただ、これは辞めた私が言っていること、辞めていない私がいたら、違うことを言うかもしれません。
これは辞める以外にない、そう思った時に、もう一度よく考えればいいのかなと思います。


> だから続けられる。だけどそういう理由だけじゃない。やっぱり本音は自分の存在が欲しい。
> 病んだ娘を持つ哀れな母だけじゃ耐えられない。私は私で輝ける場も欲しい。私を認めて貰える場が欲しい。

これは、正直な自分の気持ちですし、この考えを無理に変えて、自分が心の病気になったらって考えたら、怖いですよ。
正直、時々、俺が考えることです。

> 私って母じゃない。母親の仮面を被ってるだけかもしれない。
> 娘を見守る。自転車の補助輪とかカッコイイ事言いながら実際はほかりっぱなしなだけかもしれない。

どこまでって考え方なんやと思うけど、これはきりがない話で、自分の精一杯で満足すればいいのだと思います。
娘さんもそうやけど、ミミリンさんにも安心は必要なものだと思います。

> 本人が治す。そのために親は環境を整えてあげる。協力してあげる。…なんて言いながら自分が今まで家庭に居場所がなくて娘のおかげで居場所が出来て、娘にとってはどうなんだろう。娘にとっても居心地の良い家庭になったとは思うけど逆にどっぷり浸かっちゃってる気もしとこれで良かったのか…と。

良かったと思えばええと思うけどなあ。
俺も、娘の病気のおかげで、いい家族になったなあと思うこと多いですし。
そうしようと思ってもできないことが、何かのおかげで出来ること、素直に受け入れておいたらええと思います。

> もっと真正面からぶつかり、甘えと思う事なら戦わなきゃいけないんじゃないかと。戦う時間もなく本人のしたいように野放しにしてるような。

毎日、同じようには思わないでしょう?
一生懸命の中には、反省したり、悔やんだりしたりする時間も含まれるものだと思います。

>  とにかくおっちゃんのように娘のために仕事を辞め家庭におさまり娘と向き合う事をしてる人を見るといたたまれなくなる。自分の愚かさに…。駄目な母親。なんとかしないと手遅れになっちゃう…と本当に思いながら、ずっとずっと悩みながら仕事が辞められない。仕事が好き。もしかして仕事依存症?
> とにかくずっと悩んでます。

そんなに悩まんでもいい問題やと思います。
繰り返しますが、逃げ場は必要です。
俺は、仕事辞めたけど、サッカーはやめられないですよ。
「また、サッカー行くの?」って言われてますよ。

> でも私の回りで大事な仕事を辞め娘さんと向き合った人を数人みています。みんな良くなってるんです。親のお陰かわかりませんが、やっぱり親に余裕がないと子供の思いを受け止めてあげられないような…。

辞めなかっても、一生懸命であればいいのです。
それでいいと思います。

とにかく、無理はしないこと。

精一杯のそれ以上は目指さないで、ゆっくりゆっくり歩きましょう。
諦めたらあかんけど、焦るのもいけません。
ちょっと、心が焦っているのじゃないかな?

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