強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記

40.千日回峰行

2008.05.04 [ Edit ]

比叡山延暦寺で行われる、荒行で、
その行にのぞむ僧は、死装束である白装束で、腰に短刀を携えている。

白装束と短刀の意味するものは、修行を途中でやめることは 許されず、
行を続けることが出来なければ、自らの命を、その場で絶ちなさいということだそうです。

春から秋までの、月1回づつ、その修行を満行された、
大阿邪梨という位の僧と共に回峰行を体験できる、
一日回峰という、行事というか、体験会を、延暦寺が催されています。

症状が強く出てきた頃、過呼吸の発作が続いていた頃です。

「とうさん、わたし 死んでしまうのかな?」

「なんでや? こんな病気で死なへんで、大丈夫や。」私が言うと。



「ちがうねん。わたし、自分で死ぬのとちがうかなと思ってるねん。怖いんや。」
と言って、涙ぐんでいた頃です。

私も、どうしたらいいかわからず、どうしてやったらいいか わからずで、
暗闇に向かっているような頃でした。

「とうさん、比叡山で、一日回峰ってやってはるらしいねん。」
「阿邪梨さんと いっしょに回峰できるらしいわ。」
「わたし、申し込んだんや。」


「えーっ。」って言う感じでした。

夕4時ころ、受付を済ませ、6時頃に夕食、座禅があるのか ないのか、
9時頃、雑魚寝で仮眠、12時頃、起きて準備をし、2時か3時ころから、
霊峰比叡山の峰を漆黒の中、歩き始めて、
朝方まで峰道を歩きながら、途中点在する小さなお堂や、
祠にお参りしていくというものだそうです。

潔癖症のきつい娘が耐えられるのだろうか?
途中で発作にならないだろうか?

でも、娘は、もう申し込んだと言う。

反面、何かをしようとしている娘、暗闇から逃れようともがきながら、
自身でなにかを変えようとしている娘に、
心の中で、応援のがんばれを叫んでいる、私の気持ちもありました。

そして、娘の中で、なにかが変わることを、大いに期待している私でもありました。

また、たまたま、私の親友にその話をしたところ、
彼の奥さんが、その行に何度も参加している経験者で、
娘さんに、アドバイスしてあげようということになったことは、
すごい ありがたい偶然でした。


「あのな、岩本のおばちゃんが、一日回峰に何度も行ってはるんやて。」
「どういうふうに参加したらええのか、教えてあげるって言うてくれたはるんや。」
「聞いてみるか?」

いやだと言うかと思いましたが、意外にあっさり、
「うん、行って 教えてもらうわ。」

ということになり、

真っ暗で急な山の中の獣道のような細い坂道を、
皆で歩くというより、小走りに登るような感じなので、
飲物と、懐中電灯は最低準備すること、かなり厳しい坂道があったりするので、
懐中電灯は小さな物を首から下げられるようにしておく事等、やさしく 教えてもらいました。

なによりありがたかったのは、

「いいことやでえ。」
「心配しなくても大丈夫。」
「ちゃんと行けるから。」

と、やさしく 娘を励ましてくれたことでした。

当日になり、3時頃、ついに娘を送っていきました。

心配で心配で、出発するという夜中の2時ころまで、
仮眠をとっているという場所の外まで行き、車から降りて、行ったりきたり、
何の役にも立たないけれど、どきどき、うろうろ、馬鹿みたいに、いや、真剣に、
無事に終了できますようにと、祈っていました。

寝られずに 朝を迎えて、七時ころ、娘から電話が入り、

「終わったでえ。」
「ほんま、しんどかったわ。」
「坂本まで、迎えに来てくれる?」

明るい声で、久しぶりの、満足している声でした。

ただ、私が過大に期待していたほど、変化があったわけではありませんでした。

でも、このことが、生きるのしんどい と言いながら、ぼろぼろになっても諦めずに、

一段ずつ、階段を登ろうと思うことのきっかけになったのだと思っています。

病気に対して、娘が、延暦寺で、宣戦布告した日なのだと考えています。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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