強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

399.心の中のヨーロッパ戦線

2009.05.20 [ Edit ]

最近の、娘の歩みに対しての喜びは、
事象だけ捉えれば、手放しの大喜びに値するものだと思っているのですが、
心の中の複雑さは、ヨーロッパ戦線での、パリ開放前の激戦のように、
辛いものでもあるのかなとも考えています。

闘いのなかでの位置づけは、ノルマンディー上陸のころなのかなあと。

客観的に戦局を捉えている銃後の将軍たちには、
勝利は目前と捉えられるのでしょうが、
銃弾の中の海岸で、友の死を直視して目前の敵と必死で戦っている将兵たちには、
勝利は目前という意識より、生き残るための必死しかなかったものでしょう。

親として、悲しみ苦しみを共有しているつもりではありますが、
本人の心の底の苦しみまでは、なかなか見えないものだと思っています。

娘が、落ち込んだ時の、
今までの何百回の同じような会話の中でも、
「いろいろなことが出来るようになってきたやろ。」
「父さんは、おまえは、確実に前進できてると思うぞ。」

「父さんが、そう思うだけで、わたしはなんにも変わってへん。」
「生きるのがしんどいって思うのは、いっしょや。」

というようなやり取りを繰り返してきました。

そして、辛さから、しょっちゅう機嫌の悪くなる娘がいて、
妻と私は、娘の機嫌が悪くならないように神経を尖らせています。

客観的に見ると、機嫌が悪くなっても、
以前のように発作になったりはしませんし、
娘自身も、必死で解りながら心の中での我慢をしているものなので、
これも、喜びと捉えてもいいのかもしれません。

ただ、この発想も、銃後の将軍の発想なのだと思います。

その闘いの辛さから、
今日は、娘が一人で診察に出かけました。

これも、喜びとの苦しみの背中あわせの話です。
一人で行けたことを、親は喜び、
一人ででも、先生に訴えたい、聞きたいことがある苦しさを持っている娘。

そんな複雑な話なのだと思っています。

帰ってきた娘に、

「どうやった?」
「どんな話を、先生としてきたんや?」


「ええ歳になってるのに、結婚も出来へん。」
「パチンコだけが楽しみで、しんどくなったら腕に傷つけて。」
「なんにも楽しいと思わんと、毎日悲しみながら生きて。」
「悔しい思いで、いつか自殺して、わたしの人生終わるのかなあ?」
「こんな平凡な人生、辛いなあって、言うたんや。」
「そしたらな、先生が、そういう人生って、平凡だと思うかい?」
「そういう人生は、平凡な人生いって言わないものだと思うよ。」
「とにかく、腕に傷つけるより、泣くほうがいいよって言うたはったわ。」

「おまえ、腕に傷つけてるの?」
「それは、あかん。」
「それは、やめとけ。」
「それは、許せへん。」
「もう、やめときや。」

「うん。」
「あのな、もうひとつ、面白い話があるんや。」
「先生のほっぺたに、白い長い髭が一本だけあったんや。」
「話してる途中で、引っ張ったったんや。」
「そしたらな、先生、黙ってにこにこ笑ってはったわ。」
「おもろいやろ。」

そんな最後の、安心の締めくくりもありました。

心の中で、

「まあ、ええか。」と独り言。

まだまだベルリンまでは、遠いけど、ゆっくり歩いていこう。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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