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強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

405.タクシーに一人で乗った話

2009.05.26 [ Edit ]

「医者に一人で行けたのって、8年ぶりくらいかなあ。」
ぼんやり、頭の中で、つぶやきました。

前に一人で医者に行ってたころは、病気の正体が解らなかったころでした。
正体が解らないことに対するいらいらで、病院で暴れたり、泣き喚いたりもしました。

解らない何かに、いつも腹を立てていたような、
自分の中の悪魔との闘いが、外に現れていたのだと思っています。

いつごろからかなあ、発作が無くなって、
我慢ができるようになって、
時々、まだまだ、悪魔は現れるようですが、
ずいぶん穏やかになりました。

しんどそうな日が、2〜3日続いて、

「明日、病院行ってくるわ。」

「なんでや?薬が、もう無くなってきたんか?」

「うん、それもあるけど、先生と話したいし。」
「病院まで、送ってくれるか?」

「ええで。」
「一人で行くのか?」
「先生と、喧嘩したらあかんで。」
「帰りは、どうするの?」

「タクシーで帰ってくるわ。」

そんなやり取りで、あまり、心配することも無く、
次の日に、病院まで送りました。
病院の前で、

「行ってくるわー。」

笑顔で手を振る娘を見て、安心の再確認が出来ました。

それでも、帰ってくるまでは、ちょっと心配していました。
最初のころに、待合室の本棚をひっくり返して大暴れしたこと、
診察室で、泣きじゃくっていたこと、
たくさんの事件を思い出して、心配していました。

30歳を超えた娘に対する心配ではないなあと、独り苦笑していましたが、
きっと、”普通の人”には、解らない話なんだと思います。

玄関でなく、勝手口のドアが開いて、
風呂場に直行する足音が聞こえました。
病院に行って全身が汚れているので、玄関からは入れないのです。

「歩いた跡、消毒してやーっ。」

大きな声が聞こえました。

声のトーンは、オッケーのトーンだったので、やっと、ほんとの安心が出来ました。

風呂からあがって、明るい声で、

「タクシーに一人で乗ったのは、生まれて初めてかもしれん。」
「よう乗らんかったんと違うで。」
「タクシーに乗ることが、贅沢やと思って生きてきたからや。」
「でも、考えたら、そんなに贅沢なことでもないやんなあ。」
「必要やったら、してもええことかなあって思うわ。」
「わたし、いままで、そうやって自分を閉じ込めすぎてきたから。」
「それで、こんな病気になったってこともあるんやと思うわ。」

「まあまあ、開放しすぎるのも、どうかと思うけど、それでええやろ。」

笑いながら答えました。

「なんや、それ。」
「ようよう考えて話してるのに、笑いで終わりか?」

「そんなん、一生懸命考えんでええねん。」
「ええかげんに、生きたらええねん。」

そんな話ができるようになったタクシーに乗れた話でした。

Comment

冒険。

冒険なんて簡単な表現ではいけないのでしょうね。
すみません。

でも、娘さんがご自身から不調を改善する為に、苦手な病院に行かれたのですからすごい出来事ですよね。
さらに、タクシーで1人で帰宅。

娘さんは長い時間をかけて、ご自分を納得させ生きてこられたのですよね。

夢ととは、まだまだです。

yukina

そうですね。
「普通の人」にはわからない思いですね。

私もOCDの娘がいます。
まだ小さくて 発作ばかりの毎日です。
いつか発作がなくなるのかな、と思い
読ませていただきました。

夢ととへ

これは、俺が娘を見て、勝手に書いていることで、
娘は、まったく納得していませんよ。
まだまだ、ほんま、まったく納得なんて、程遠い感じやなあ。

前の返事で書き漏らしていたんやけど、
夢ととが、焦りすぎやってだけ書いて、忘れていたことがある。

夢ととは、うちの娘と一緒で、まったく納得していないと思うんやけど、夢ととが出来てること、出来てきたこと、たくさんあるように思うぞ。

推察ですが、例えば岩手から帰ってきたとき、会社を辞めた時と比べたら、今は、いっぱい出来ているのと違うかな?

その前と比べて、あかんとか、まだまだやとか思ってしまうのも解るんやで。
でもな、もうちょっと自分に甘くなってもええと思う。
自分を褒めてやることが少なすぎるような気がするんや。

もっともっと、頑張った自分を、褒めてあげること。
そうすると、休憩も、堂々と出来るやろ。

ここまで出来てる夢ととはエライ。
よう頑張れたから、ちょっと休もう。

こんな感じで、ゆっくり歩こうよ。

半分は、なかなか受け入れられへんやろうなあと思いながら書いてるんやけど、無理やり受け入れてくれよ。

yukinaさんへ

そうですね。
普通の人には、わからない。
でも、それって、仕方のないことでもあると思います

私は、医師にも解らないと思っていますよ。
誤解しないでくださいね、医師を信用していないという意味ではないのですよ。
きっと、医師をされている方も、すべてを解っているとは思われてないのじゃないかなと思っています。

私のサッカーの仲間の医師が、こんなことを言っていました。
「ウイルスを自分が出す熱で退治しようとしているのが、人間本来の自然治癒力なんだと解りながら、その熱での悪影響があると考えて熱を下げる薬を出す矛盾がある、自分がしている治療行為。」

医は仁術でありながら、算術の部分も避けては通れないし、
培ってきた現在の医療技術の常識を覆すわけにもいかないから仕方がないことなんでしょうね。

学校の先生に対しての思いもしかりです。

自分が必死で闘っているから、ほんとにしんどいから、
解って欲しいという気持ちを、いつも持っていて、
普通の人には解らないとひがんでしまうところがあります。

あなたの書いていること全部読ませてもらいました。

お叱り覚悟で、私の意見を言います。

あなたの気持ちは良くわかるのですよ。
よく解るのですが、貴女の書いていることには、恨み節が多いような気がしてしまいました。
ぶつけるところの無い怒りがあって当然なので、それを駄目ですと言っているわけではないのですが、仕方ないことを仕方ないと受け止めることも大事なことなのではと思うのです。
諦めろと言っているのではないのですよ。
この辺が、文字伝達の難しいところで、あなたの怒りを買ってしまうのではないかと、どきどきしながら書いているのですが、
ゆっくり話し合っていければ理解しあえる話だと、思い切って書いたものです。

最初のころに私が何度も書いている”ええかげん”ということ。
考えてみて欲しいなあと思います。
貴女は、一生懸命になりすぎて、一生懸命より上を行こうとして苦しんでいる。
そんなふうに思えるのです。

誰も助けてくれへんと言えば、そうなんです。
でも、みんなが助けてくれると言えば、そうとも言えると思っています。

一番気になったのは、旦那さんが、子供さんに言った言葉です。

一生懸命闘っていくために、なんとか旦那さんには、娘さんの病気の理解を共有して欲しいです。

悪い癖の、余計なお節介が出てしまいました。

初めてお話しする方に、思い切り踏み込んだ意見をしてしまって、気分を悪くされたかもしれませんが、もし良かったら、仲間としていっしょに闘いましょう。
いっしょに歩いていきましょう。

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