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強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

408.普通の人には解らない話

2009.05.28 [ Edit ]

以前に、普通ってなんやろ?って話をしたことがあります。

”普通”は、あまりないめずらしいもので、
”普通”は、手に入れるのがむつかしいもの。
ありふれているようで、実は、瞬時にしか味わえないようなもの。

そのようなことを書いたように思います。

先日のタクシーに一人で乗れた話のときに、

「30歳を超えた娘に対する心配ではないなあと、独り苦笑していましたが、
きっと、”普通の人”には、解らない話なんだと思います。」

こんな表現をしたのですが、それに対してのコメントをいただきました。

そうですね。
「普通の人」にはわからない思いですね。
私もOCDの娘がいます。
まだ小さくて 発作ばかりの毎日です。

このコメントをいただいた時に、
ちょっと”普通”の使い方が軽はずみだったなあと反省しました。
私の中に、普通の人に対する僻みのようなものがあったのかなあと。

そんなことを、反省しながら返事を書きました。

そんな、いろいろ考えながら書いた、私の返信コメントを転載します。

そうですね。
普通の人には、わからない。
でも、それって、仕方のないことでもあると思います

私は、医師にも解らないと思っていますよ。
誤解しないでくださいね、医師を信用していないという意味ではないのですよ。
きっと、医師をされている方も、
すべてを解っているとは思われてないのじゃないかなと思っています。

私のサッカーの仲間の医師が、こんなことを言っていました。
「ウイルスを自分が出す熱で退治しようとしているのが、
人間本来の自然治癒力なんだと解りながら、
その熱での悪影響があると考えて熱を下げる薬を出す矛盾がある、自分がしている治療行為。」

医は仁術でありながら、算術の部分も避けては通れないし、
培ってきた現在の医療技術の常識を覆すわけにもいかないから仕方がないことなんでしょうね。

自分が必死で闘っているから、ほんとにしんどいから、
解って欲しいという気持ちを、いつも持っていて、
普通の人には解らないとひがんでしまうところがあります。

あなたの書いていること全部読ませてもらいました。

お叱り覚悟で、私の意見を言います。

あなたの気持ちは良くわかるのですよ。
よく解るのですが、貴女の書いていることには、恨み節が多いような気がしてしまいました。
ぶつけるところの無い怒りがあって当然なので、
それを駄目ですと言っているわけではないのですが、
仕方ないことを仕方ないと受け止めることも大事なことなのではと思うのです。
諦めろと言っているのではないのですよ。
この辺が、文字伝達の難しいところで、あなたの怒りを買ってしまうのではないかと、
どきどきしながら書いているのですが、
ゆっくり話し合っていければ理解しあえる話だと、思い切って書いたものです。

最初のころに私が何度も書いている”ええかげん”ということ。
考えてみて欲しいなあと思います。
貴女は、一生懸命になりすぎて、一生懸命より上を行こうとして苦しんでいる。
そんなふうに思えるのです。

誰も助けてくれへんと言えば、そうなんです。
でも、みんなが助けてくれると言えば、そうとも言えると思っています。

一番気になったのは、旦那さんが、子供さんに言った言葉です。
一生懸命闘っていくために、なんとか旦那さんには、
娘さんの病気の理解を共有して欲しいです。

悪い癖の、余計なお節介が出てしまいました。

初めてお話しする方に、思い切り踏み込んだ意見をしてしまって、
気分を悪くされたかもしれませんが、もし良かったら、仲間としていっしょに闘いましょう。
いっしょに歩いていきましょう。



彼女のURLが貼り付けてあったので、彼女の書いていることをすべて読んだあとでの返信です。
正直に、彼女が、毒を吐いていたのを感じました。
彼女に悪意は無いのですが、解ってくれない世の中に対しての悔しさを表す言葉が並んでいました。

苦しい思いで、必死で闘っているのであろう彼女に対して、
もっと優しい言葉で、慰めを、さりげなく並べようかとも思ったのですが、
いや、きっと、その方が良かったのかもしれません。

そして、ゆっくり付き合いながら、
私の意見を少しずつ話すようにするべきだったのかもしれません。
ちょっと、反省しています。

ただ、その時も、こういう考えは持っていて、
その考えも持ちながら、気分を害されるのを覚悟で書いたものです。

私が、偉そうに、上から意見したのではないのです。

自分自身も、そういうふうに思うこと、感じること、思ったこと、感じたこと、
いっぱいいっぱい、あるのです。

だからこそ、自分に対しても、という意味もあっての意見なのです。

前に考えた、ねたみ、僻みなんて話も混ざり合う話かもしれません。

彼女の娘さんは、小学校高学年で、頻繁に発作があって、
かなり乱暴に暴れる様子です。

「その時の辛さは、よく解ってる」
こんなふうに書きそうになるのですが、
実は、解ってないのです。

確かに、暴れる娘とは何度も付き合ってきましたから、
よく似た事象は経験しています。

けれど、うちの娘は、成人している娘。
理不尽なものに対する頭の中での対処法が、それぞれに違うものだと思いますし、
周囲の環境によっても、まったく違うものでしょう。

故に、解っていると言われても、心に響かないものなのです。

このことを、私は、解っています。

解っていますというより、解らされました、この長い闘いの中で。

彼女は、きっと、今が、一番苦しさのピークなのだと思います。
これでもか、これでもかと、毎日ちがった顔の悪魔とと対面さされているのだと思います。
どう対処していいのか解らない。
そのころが、私も一番苦しかったなあと思います。

いや、一番、二番なんて言うのは、おかしいかな。
日々の辛さに、強弱なんて感じないものだから、表現がおかしいかもしれません。

書きながら、言いたいこと、伝えたいことは解っているのですが、
ストレートに書くと誤解が生じると思われ、なかなかうまく筆が運べません。

5〜6人で、ゆっくり話し合えば、なんとなくの結論に到達したり出来るのでしょうが、
まあ、ほんまに難しい。

これ以上書き続けると、余計に誤解や、反感や、勘違いが出てきて、
行き着く先が、まったく違った方向になるような気がしますから、
もっと、ゆっくり考えて、頭を整理してからにしようと思います。

ここまで書いて、消してしまおうかなとも考えましたが、
未完成も、また良しだと考えて、そのまま残してしまいます。

彼女に、伝えたかったことは、たくさんあるのですが、
そのうちの、ほんの一つだけを、最後にはっきりさせておきます。

「誰も助けてくれへんと言えば、そうなんです。 」
「でも、みんなが助けてくれると言えば、そうとも言えると思っています。 」

この相反する発想を、二つとも心に持ちながら闘って欲しい。

コメントをいただいた彼女に対する、必死の説明と、
私の頭の中の混乱を、そのまま書きなぐりました。

これもまた、普通の人には解らない話かもしれません。

Comment

ありがとうございます。

一生懸命考えてくださって
私の行き場のないひとりごとに対して
言葉を選びながら一生懸命書いてくださったことに感謝しております。

先ほどブログに訪問させていただいたのですが、
コメントなしで帰ってしまい、申し訳ありませんでした。
急に実家の母が訪問してきたのでびっくりしてしまったのです。

ありがとうございます。
先は まだ長いと思います。
苦しいけれど受け入れて今を生きていこうと思います。


yukinaさんへ

よかった、よかった。
怒ってなかって、よかった。

こんな賭けみたいなことは、したらあかんなあ。

一足飛びに人と付き合えるなんてことは、有り得ない事やからなあ。

yukinaさん、お互いに、苦しいこと背負わされてるけど、ひがまないで生きような。

そして、ゆっくり、いっしょに歩いていきましょう。

焦るなよ。
しんどいけど、諦めるのもあかん。

必ず、出口に行き着くから。
安心しながら、ゆっくり歩こう。

普通の人との境界線。

夢ととも普通になりたいと日々考え、辛かったり泣いたり。
逆に「夢ととって普通やん」と思う事もしばしば。

境界線って無いのでしょうね。
以前あった東西ドイツのベルリンの壁のようなものはなく、波打ち際の砂の湿り気の様なものかもしれません。

OCDと言う症状が何の略なのか解らないので申し訳ないのですがm(__)m


おやじ、なかなか焦らずゆっくりは難しいね。
自分の体力のなさ、気力の続かない身体。
みんなが出来る事が出来ないと嘆いているのですが、夢ととが思ってる普通の人は、めっちゃ頑張ってそれを維持して居るのかとも思ってしまうのです。

夢とと自身を責めて、嘆いて・・・
おやじの言葉を借りると
「このままでは終われへんぞ」

そう、思うそばから
「じゃぁ、いつまでに?」

いつまで経っても焦っている夢ととなのかもしれません。
助かりたいとだけ、涙を流して叫んで居ます。


頑張ってる「表ブログ」も近々公開しようかな(笑)

夢ととへ

> 普通も、焦らずも、ゆっくりも、
> ほんまは、考えないですることなんやろうなあ。
>
> 考えてする普通は、普通じゃないし、
> 焦らんとこうと思うと言うことは、焦ってるってことかもしれん。
> ゆっくりいこうって思うことは、焦っている証拠だろうし。
>
> 難しい話やなあ。
>
> 「いつまでに。」なんて、一番考えたらあかんことなんやろうなあ。
>
> でも、考えんとこうと思っても、こう考えることが、考えてるってことやからなあ。
>
> これは、哲学の道と言うより、迷い道やなあ。
>
> それでも、
> それでも、
> ゆっくり歩こうな。

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