強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

428.昔の唄は聴きたくない

2009.06.22 [ Edit ]

テレビの歌番組で、10年以上前のヒット曲が流れていました。

妹娘は、懐かしそうに、楽しそうに、口ずさんでいました。
姉娘に、
「この唄、良かったなあ。」
「この歌手、好きやったわあ。」

頷いていた姉娘が、ぼそっと言いました。

「昔の唄、聴くの嫌いや。」
「ええ思い出なんか、何も無いし。」

それまで、姉妹が、仲良く楽しそうにテレビを見ていたので、
ぼんやりと、あまり覚えの無い唄を、いっしょに聞いていたり、
覚えている懐かしい唄が流れた時は、自然に浮かんでくる当時を思い出しながら、
姉妹に邪魔にされないように心の中で口ずさんだりしていました。

ところが、姉娘から、ぼそっと出た言葉が突き刺さってしまいました。

その番組で、私が、懐かしんだのは、森田健作の唄くらいでしたが、
番組で出てこない唄で、その時を思い出して、
甘かったり、塩辛かったりする気持ちになる唄はたくさんあります。

高校時代に、夏の琵琶湖花火大会の夜、
付き合っていた他校の彼女と入った喫茶店で流れていた、「あの素晴らしい愛をもう一度」。
中学時代に、自分のサッカー部生活を当てはめダブらせて夢見ていた、「青春とはなんだ」。
親父に幼い頃に、背景説明と共に教えてもらった軍歌は、そのころの若い親父を思い出しますし、
矢沢永吉の歌声は、肩を張って粋がっていた青春を。
岡林信康の唄は、歌詞からの反体制感情を呼び覚まします。

その他にも、たくさんの懐かしい時代、懐かしい唄たち。
ほのぼのとする、甘さ、塩辛さ。

それらをすべて否定してしまう娘の言葉。

娘の心の奥底にも、きっと、甘さや、塩辛さの塊があるはずです。

でも、その塊を、ほのぼのとしているはずの塊を、しまいこませてしまう苦しみ。

悔しさがあふれました。
悲しい気持ちに、沈みました。

娘の発した言葉には反応せずに、気づかないフリで通り過ぎさせましたが、
どうしようもない悔しさが、暗闇のような悲しみが、私の胸を突き刺しました。

悪魔は、いつになったら娘の心を開放してくれるのか。

そんな気持ちになってしまいました。

確実に、前進しているとは思っているのですが、
一段ずつ、階段は上っているのですが、
薄明かりは見えるようになっているのですが、
トンネルの出口が、どこにあるのか、
はっきりとした明かりは、まだまだ見えません。

焦らずに、諦めないで、歩いていく。

いつも、心に言い聞かせていますが、
思い切り、走りたくなる時が、ときどきあるのです。

Comment

悪魔からの束縛。

いつになったら解放してくれるんでしょうね。
ホントにそう思います。
夢ととは、歌を聞いて思い出すということはありません。
逆に、ある時期の事を全く知らないのです。
知らなかったということを知る時があります。

病気になる位仕事漬けだった日々や、寝込んでしまって全くテレビ等を見れなくなっていた期間がそれです。
5年間位ポッカリ空いてます。
そう考えると少し辛いですね。


前日の返信ありがとうございました。
おやじの極端な例えの後に読んだ夢ととの書いた文章。
何か目からウロコでした。
そうゆう考え方がアカンのかΨ(`∀´#)
って、正直驚きました。
そして、今まだ夢ととの中に悪魔がいるんやなぁとも思いました。

おとなしくなりを潜めて、でも居なくなった訳ではないんやなぁと思いました。

まだまだ焦らずいかなアカンってことなんかなぁって。
焦らないって事がまだまだ出来ない夢ととです。
世の中に置いていかれる焦燥感があふれるばかりです。

でも、1日づつ行くしかないですよね。

夢ととへ

伝えたいことが、うまく伝わったみたいやね。

ただ、悪魔が潜んでるっていうようなことまでは考えてへんし、そういうふうには考えんと、当たり前に、考えすぎやなあ、くらいにしといてええのとちがうかなあ。

深いところへの、悪かったこと探し、そんな感じやぞ。

良かった探しはええけど、悪かった探しは、あんまりお奨めとちがうなあ。
まあ、たしかに、焦りが見えるってとこには結びつくのかもしれんけど。

一日ずつ行くしかないのは、そのとおりで、それに加えて、焦るな、諦めるなが続くのかなあ。

けっして置いていかれてるなんてことは無いから、心配せんでええ。

昨日、ぼんやり考えてたんやけど、
ゲンが死んだやろ、アイツは16年間うちにおったことは何度も書いたからわかるわなあ。
生まれてから死ぬまで、いっしょにおったわけや。
16年間の一生やった。
その16年間は、あっという間で、俺の39歳から55歳の間なわけや。
39歳と、55歳は、ずいぶん違うんやけど、この間は、あっという間なんやなあって、ぼんやり考えてたんや。

俺が、よく人に話すこと、車の話。

新車を買うやろ、3年乗っても、まだ新車や。
5年乗っても、そんなに古くなったとは思わへん。
8年くらいで、ちょっと古くなったかなあって思う。
でも、10年くらいは、そんなに古くなったと思わずに乗る。
10年は、あっという間なわけや。
55歳になって、新車買ったとする、この車が古くなったなって思うときには、俺は65歳になってるんや。

自分の歳を、自分の人生の進み具合を、乗ってる車と比較すると、
なんという速さ。
そんな感じで、人生は、猛スピードで進んでいく。

これはね、焦れって言うてるのと違うんやで。
あくせく考えんでもええやろってことが言いたいんや。
考えて、考えたとおりの人生なんて送れへん。

流れるままでも、ええのとちがうかなあってことが言いたいんや。
思い切り、極端な考え方やけどなあ。

ここで、”ええかげん”の奨めが出てくるんや。

この話も、無茶苦茶やけど、なんとなく解ってくれるやろ?

はがゆいです。

思いっきり走ってみたくなる時…ありますね。
コケて怪我したり、バテるのがオチですが(^-^;
無謀だとわかっていても、できないけれど、走ってみたい。
トンネルの出口へ駆け出して行って、明るい光を身体いっぱいに浴びてみたい。
そう思います。

私はどちらかと言うと、ええかげんに今までやってきました。
…いや、ええかげん以下なのかも。
のん気と言うか、相当自分に甘かったです。
病気だからしょうがない、ゆっくりやっていこう、まあなんとかなるだろって思ってました。
基本的にその考えは今も変わってません。
でも病気になってから失ったものが大きいので、これじゃまずいとも思うのです。
毎日毎日、悪戯に時間が過ぎていってます。

ととへ

「いたずらに時間が過ぎていくと思わないでください。」
「苦しみながら、精一杯生きている時間は、貴重な時間です。」
なんてことを、賢い人は、よく言います。

でもなあ。
ほんまにしんどい時に、そんなふうに考えられる人は、おらへんわなあ。
そうなんかもしれんなあとは、思うけどなあ。
ただ、トンネルの出口に到着したら、その後、だんだん、振り返って、そういうふうに思えるんやろう。
だから、間違いでは無いんやけど。

おっさん流の、しょうむない屁理屈です。

もう一つ、賢い人の言い方での意見。
病気になってから失ったものが多いというところ。
「失ったものも多いけど、病気になって得たものも多いやろ。」

「たしかに得たものもあるかもしれんけど、それよりも、失くしたものを返して欲しい。」
ととは、そう言いたいやろうと思う。

どっちも、きっと、正解なんやろうな。
他にも、たくさん、さまざまな正解があるのだろうと思う。

思い切り走りたい衝動にしても、
知らず知らずに、走ってしまっている時もあると思う。
走っても、すぐに、こけて怪我してしまうから、
走ったって実感にならないんやけどな。

最近、思いつくまま書いていって、途中で、何が言いたいんやってなることが多い。
老化かなあ?
ととへの、この話も、いったい俺は何を伝えたいのって、短い文章しか書いてへんのに、今、うろたえています。
集中力が、保てないようになってきたのかなあ。
情けない話。

続きは、ととに、助けてもらうことにします。
なんとなく、わかってくれるやろうから。

あんまり、考えすぎるなよって言いたいのか、
「病気だからしょうがない、ゆっくりやっていこう、まあなんとかなるだろって」
これで、ええやんかって言いたいんやと思う。

「いたずらに時が過ぎる」
これを否定したいってところもあるような。

そんな感じだと思います。


大好きなおっちゃんさん、みなさんへ・・・

私も、昨日からちょっと鬱気味です・・・。

それで、私自身に「大丈夫・・・」という詩を書いてみました。

おっちゃんさん、みなさんへも捧げます。


「大丈夫・・・」




誰にも分からない



体の心の痛み・・・



そっと、ただ自分に


「大丈夫だよ」


そう、OKを出す。


だた、それだけでいい・・・


口に出して言ってみる


「大丈夫だよ」と


すこしだけ・・・


ほんの少しだけ


こころに隙間が開いてくる・・・


それは、厚い雲間に


ちょっとだけ青空が覗くような感じかな・・・


大丈夫

の気持ちから


その青空の中に居てもいい自分を見出すと・・・


悲しくなってる自分も


苦しくなってる自分も


だんだん、少し


ほどけてくる・・・


悲しいんだね・・・


苦しいんだね・・・


そう認めると・・・


緩んだ気持ちに


ちょっとだけ光が差してくる・・・

美愛さんへ

光が差してくる詩のプレゼントありがとうございます。

昨日から欝ぎみ。
どうしたんですか?

「大丈夫」
これに、なかなかたどり着くのが難しいのですよね。
たぶん、美愛さんや、私には、「大丈夫」が、まだ、けっこう近い所にあって、引き出しから、出してきやすいものなのかなと思うのですが、ここに来ている、心の擦り傷の痛みと闘っている娘さん達には、「大丈夫」が、引き出しの奥のほうに入り込んでいて、出しにくいものになっているのだと思います。

「大丈夫」
こう思えたら、ほとんどのものが、ほどけて、楽な気持ちになれるのですけどねえ。

娘が、発作を起こした時に、意味もなく、唱えるように、
「大丈夫や。」
「大丈夫や。」
繰り返している私がいます。

しんどい気持ちを、ほどくための、呪文のような使い方です。

しんどすぎると、心の中の悪魔が、声を出してきて、
ほどこうとするのを邪魔します。

「大丈夫なことなんかない、生きるのがしんどいんや。」

こんな言葉を吐き出してきます。

それでも、私は、「大丈夫」の呪文を唱え続けます。

あの人がいるから、大丈夫。
仲間があれば、大丈夫。

助けてくれる人を思い浮かべられれば、引き出しから「大丈夫」が出てくるように思います。

あの人に助けてもらって、あの人を助ける、助けたあの人が、あの人を、また助ける。
こんなトライアングルが、自分の周りにできればいいなあと思います。

努力せずに、自然に、心を他人に向けることが出来れば、
”大丈夫トライアングル”が生まれ出てくる。

共に歩みながら、力まないように、”大丈夫トライアングル”が、たくさん生まれてくるように、その触媒になるようにしたいものです。

いや、偉そうに言うのは、いけません。
触媒なんていうのじゃなくて、安心して、助けてもらいながら、助けられるように、いっしょに、ゆっくり歩いていきましょう。

あたたかい仲間として。

そのお通りなんです(^^)

おっさんさんのおっしゃることと同じことを私も考えています。。。

「大丈夫」は呪文なのですね(^^)。

大丈夫でない時に、口にするのはちょっと辛いなぁ、そう思うことが多々在るんですよ、私も・・・。
おっさんさんと同じです。

でも、小さい声で言ってみる・・・、ただただ、言ってみる・・・

自分が、その言葉で少しでも救われると、外の世界が、ちょっとだけ明るくなる気がするから・・・


おっさんさんの呪文も、きっとおっさんさん自身を受け入れられて、・・だから回りの方もその気持ちに触れられて・・・そしてすこしづつ広がってゆくのでしょうか・・・



ともに歩みながら、力まないようになさっているのですね。
ご自分に優しくなさる、その姿勢が私はとっても好きです。

私は、鬱病をひどく病んでいたことがあります、今でも時々、外に出るのがとても嫌になるときがあります。

ここまでこれたのは、本当に周りの方のお力だと、こころから感謝しています。

おっさんさんの素直なおこころを、こうしてブログで伝えてくださって、感謝です。

受け入れてくださって、一緒に歩んでくださって、本当に感謝です。


ありがとう。   (^^)。

美愛さんへ

美愛さんは、まったくの健常な方だと思っていました。

美愛さんにも、心の擦り傷があったんですね。

前の返信で、
「たぶん、美愛さんや、私には、「大丈夫」が、まだ、けっこう近い所にあって、引き出しから、出してきやすいものなのかなと思うのですが、ここに来ている、心の擦り傷の痛みと闘っている娘さん達には、「大丈夫」が、引き出しの奥のほうに入り込んでいて、出しにくいものになっているのだと思います。 」
こんなふうに書いたのは、美愛さんは、心のしんどさを、あまり感じたことのない人なのだと、勝手に決め込んでいたからです。

「大丈夫」が、引き出しの奥のほうにあること、美愛さんも、実感して生きたときがあったのですね。

今でも、ときどき、心の擦り傷から、血が出そうになるときがあるのですね。

血が出そうになった時は、毒を吐くことが大事だと思います。
ここででも、いいですから、心に毒を溜め込まないで、恥ずかしがらずに吐き出すようにしてください。

だれかに、傷が痛いことを、解ってもらうことが大切なことだと思います。

迷惑をかけるからと思ったり、プライドが邪魔したり、立場が我慢させたりすることがあると思いますが、自分自身を大切にしてあげるために、助けてもらったり、甘えたり、遠慮せずに、大丈夫を分けてもらうようにすることです。

助けてもらって、助けて、助けさせてのトライアングルの基点になるようにしてください。

人の和と、人の輪が、大丈夫の基ですもんね。

おっさん、得意の、余計なお世話でした。

ところで、どちらでもいいことですが、おっさんに、さん付けは、おかしいので、おっさんでいいですよ。



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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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