429.トンネルの途中の避難場所
2009.06.24 [ Edit ]
夜中の名神高速、上りの大津サービスエリア、
レストハウスの階段から三つ目のベンチ。
その場所が、私たち親娘の避難場所。
何かの本で読んだ記憶があるのですが、
人は、高い場所から下を見下ろすと気持ちが上に向くと言う話。
そういう効果もあるのかもしれません。
ただし、心の傷の痛みを癒す為の避難場所には、
見ず知らずの人たちが、時々視界に入ることも必須です。
人が生きて、何かに向けて動いていることを共感できることが大切なのです。
親戚の葬儀に駆けつける親子連れ、
姪の結婚式に向かう叔父夫婦、
日帰りの出張で、本社の会議に出席した帰りの社員、
クレームで客の家まで駆けつけて謝ってきた営業社員の遅い帰り道、
恋人と、休みを取って、仕事を終えてから、あての無い旅に出た若者、
後ろには、そんな人たちがうごめいているのを感じるベンチに腰掛けています。
前に見えるマンションや、県庁のビルが、かなり下にあります。
琵琶湖の湖面からいうと、2〜300メートル上になるのか。
琵琶湖があって、狭い平地があって、周囲を山々に囲まれている滋賀県。
そんな滋賀県の、京都から上り車線で県境を越えてすぐのところに位置している。
琵琶湖の南端、瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えて大阪湾に流れていく、
琵琶湖の水の出口にあたる大津市の、山々が連なって県境となっていくところの、
琵琶湖から見て最初の山の頂上あたりにあるのが、大津サービスエリアです。
レストハウスの階段から三つ目のベンチ。
その場所が、私たち親娘の避難場所。
何かの本で読んだ記憶があるのですが、
人は、高い場所から下を見下ろすと気持ちが上に向くと言う話。
そういう効果もあるのかもしれません。
ただし、心の傷の痛みを癒す為の避難場所には、
見ず知らずの人たちが、時々視界に入ることも必須です。
人が生きて、何かに向けて動いていることを共感できることが大切なのです。
親戚の葬儀に駆けつける親子連れ、
姪の結婚式に向かう叔父夫婦、
日帰りの出張で、本社の会議に出席した帰りの社員、
クレームで客の家まで駆けつけて謝ってきた営業社員の遅い帰り道、
恋人と、休みを取って、仕事を終えてから、あての無い旅に出た若者、
後ろには、そんな人たちがうごめいているのを感じるベンチに腰掛けています。
前に見えるマンションや、県庁のビルが、かなり下にあります。
琵琶湖の湖面からいうと、2〜300メートル上になるのか。
琵琶湖があって、狭い平地があって、周囲を山々に囲まれている滋賀県。
そんな滋賀県の、京都から上り車線で県境を越えてすぐのところに位置している。
琵琶湖の南端、瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えて大阪湾に流れていく、
琵琶湖の水の出口にあたる大津市の、山々が連なって県境となっていくところの、
琵琶湖から見て最初の山の頂上あたりにあるのが、大津サービスエリアです。
正面の水平線近くにぼんやりと琵琶湖大橋を浮かび上がらせる光の点線。
漆黒の左の山の頂上付近には、延暦寺の法灯の場所を示すように光る、
比叡山ホテルの灯りが見える。
右側には、娘が悪魔と出会ったプリンスホテルが高くぼんやりとたっている。
近くのふもとには、マンションの、それぞれの生活を感じさせる灯り。
中央に窪んだように、吸い込まれるような琵琶湖の漆黒。
前景には、間近くの木々が縁取っている。
この景色、
寒いときには、透き通り、
暑い時には、輪郭が太くなって、
澄んだ秋には、光がすこし薄くなって、
今頃の季節は、明かりだけが見えて、建物の輪郭がなくなってしまう。
眺めた感じで季節がわかるほど、何度も来ている避難場所です。
今日、久しぶりの娘の過呼吸の発作があって、
夜中ではなく、うちの親娘にとっては早めの夜の10時ころに避難場所に到着しました。
湿度が高いので、気持ちがいいとまではいきませんが、
風が湿度を弱めてくれて、ベンチの居心地はいいものでした。
「高校の同級生に、京都の老舗の和菓子屋さんの娘さんがいたんや。」
「同じクラスの友達やって、お金持ちの娘さんやったし、誕生日にプレゼントくれる約束やったんや。」
「2月のわたしの誕生日が過ぎて、3月に卒業してそのままやから、もらわずじまいや。」
「このごろなあ、卒業式の夢を、よう見るんや。」
「みんなが卒業していかはって、一人になったらどうしようって思う。」
「寂しいし、怖いし、泣いてしまう。」
「ジュリちゃんと、まだ連絡の取れる人がいたら、5人くらいの同窓会したらええ。」
「一度離れた人が、再開したら、もう離れへんようになるぞ。」
「うん、もうちょっとや。」
「もうちょっとで、そんなん、できるかもしれん。」
「焦らんでもええ、いつでも出来る。」
「うん。」
景色を見ながら、そんな話を、ゆっくりしていた、避難地のベンチでした。
漆黒の左の山の頂上付近には、延暦寺の法灯の場所を示すように光る、
比叡山ホテルの灯りが見える。
右側には、娘が悪魔と出会ったプリンスホテルが高くぼんやりとたっている。
近くのふもとには、マンションの、それぞれの生活を感じさせる灯り。
中央に窪んだように、吸い込まれるような琵琶湖の漆黒。
前景には、間近くの木々が縁取っている。
この景色、
寒いときには、透き通り、
暑い時には、輪郭が太くなって、
澄んだ秋には、光がすこし薄くなって、
今頃の季節は、明かりだけが見えて、建物の輪郭がなくなってしまう。
眺めた感じで季節がわかるほど、何度も来ている避難場所です。
今日、久しぶりの娘の過呼吸の発作があって、
夜中ではなく、うちの親娘にとっては早めの夜の10時ころに避難場所に到着しました。
湿度が高いので、気持ちがいいとまではいきませんが、
風が湿度を弱めてくれて、ベンチの居心地はいいものでした。
「高校の同級生に、京都の老舗の和菓子屋さんの娘さんがいたんや。」
「同じクラスの友達やって、お金持ちの娘さんやったし、誕生日にプレゼントくれる約束やったんや。」
「2月のわたしの誕生日が過ぎて、3月に卒業してそのままやから、もらわずじまいや。」
「このごろなあ、卒業式の夢を、よう見るんや。」
「みんなが卒業していかはって、一人になったらどうしようって思う。」
「寂しいし、怖いし、泣いてしまう。」
「ジュリちゃんと、まだ連絡の取れる人がいたら、5人くらいの同窓会したらええ。」
「一度離れた人が、再開したら、もう離れへんようになるぞ。」
「うん、もうちょっとや。」
「もうちょっとで、そんなん、できるかもしれん。」
「焦らんでもええ、いつでも出来る。」
「うん。」
景色を見ながら、そんな話を、ゆっくりしていた、避難地のベンチでした。
Comment
期待があるのですね・・・
避難。
夢ととの避難場所は、ネットの世界。
長年の心の友達とのメール。
ブログへの告白や毒吐き、弱音。
ここ2ヶ月位、自虐行為が治まってる。
お酒を我慢できるようになってきてる。
でも、蒸し暑くなってきたので体力がガタ落ち。
違う違う。
言葉が出てこない。
一緒に居てくれる仲間が居るから耐えれてる。
でも、家で一人だと感じる事が増えた。
支配される。
自由が無くなってしまう気がする。
仕事で店に出る前には、必ず安定剤が必要になった。
違う違う。
えっとね、不安が不安を呼んでくる。
仕事は何事も無かったかのように、
両親の前では、元気であるように、
追い掛けてくる。
逃げなきゃ。
めちゃめちゃや。
ちょっと困ったなぁ。
長年の心の友達とのメール。
ブログへの告白や毒吐き、弱音。
ここ2ヶ月位、自虐行為が治まってる。
お酒を我慢できるようになってきてる。
でも、蒸し暑くなってきたので体力がガタ落ち。
違う違う。
言葉が出てこない。
一緒に居てくれる仲間が居るから耐えれてる。
でも、家で一人だと感じる事が増えた。
支配される。
自由が無くなってしまう気がする。
仕事で店に出る前には、必ず安定剤が必要になった。
違う違う。
えっとね、不安が不安を呼んでくる。
仕事は何事も無かったかのように、
両親の前では、元気であるように、
追い掛けてくる。
逃げなきゃ。
めちゃめちゃや。
ちょっと困ったなぁ。
美愛さんへ
親を生きるのは、難しいものです。
私は、男なので、母親は解らないですが、
なんとなく、母親にはパターンがいくつかあって、
母親のほうが、生き易い様な気がします。
父親は、無言が代表的なパターンのようになっていて、それが、余計に父親を、難しいものにしていると思います。
無言の心を伝えるのは、難しいものなのです。
無言でいたい父親が、伝わらなくて話してしまうと、頼りない父親になったり、女々しい親父になったりします。
ある意味、男のほうが気弱、男のほうが繊細。
これは、なんとなく解ってくれるでしょう。
それなのに、無言を良しとして生きなければならない縛りのようなものがある。
そんな感じです。
これが、このことが、ある程度の年齢にならないと理解できない。
そんなところに、答えがあるような気がします。
でも、多少のずれがあっても、父親と母親の存在は大きいもので、期待したり、裏切られたり、ありがたかったり。
そして、その存在の後を自分が追いかける。
そんなものなのだと思います。
形は色々違えども、親がいて子供がいる、やがて子供が親になる。
それの繰り返しでしかないものですもんね。
”子を持って知る親の恩”
”いつまでも、あると思うな、親と金”
”親の恩は、海よりも深し”
まだまだたくさんの諺がありますよね。
親の存在は大きいものですが、なかなか難解なものでもあるようです。
親にとっても、子にとっても、難解です。
私は、男なので、母親は解らないですが、
なんとなく、母親にはパターンがいくつかあって、
母親のほうが、生き易い様な気がします。
父親は、無言が代表的なパターンのようになっていて、それが、余計に父親を、難しいものにしていると思います。
無言の心を伝えるのは、難しいものなのです。
無言でいたい父親が、伝わらなくて話してしまうと、頼りない父親になったり、女々しい親父になったりします。
ある意味、男のほうが気弱、男のほうが繊細。
これは、なんとなく解ってくれるでしょう。
それなのに、無言を良しとして生きなければならない縛りのようなものがある。
そんな感じです。
これが、このことが、ある程度の年齢にならないと理解できない。
そんなところに、答えがあるような気がします。
でも、多少のずれがあっても、父親と母親の存在は大きいもので、期待したり、裏切られたり、ありがたかったり。
そして、その存在の後を自分が追いかける。
そんなものなのだと思います。
形は色々違えども、親がいて子供がいる、やがて子供が親になる。
それの繰り返しでしかないものですもんね。
”子を持って知る親の恩”
”いつまでも、あると思うな、親と金”
”親の恩は、海よりも深し”
まだまだたくさんの諺がありますよね。
親の存在は大きいものですが、なかなか難解なものでもあるようです。
親にとっても、子にとっても、難解です。
夢ととへ
娘が、とつとつとゲンの思い出話を語りだしました。
あのとき、こんなんやった。
アイツ、こんなふうにしよったなあ。
子供のとき、こんなことがあったなあ。
途中で、さえぎってしまいました。
胸が、張り裂けそうと言う表現が、ぴったりの状況になってしまったから。
しんどくて、きいていられなくなったから。
その時、頭を振って、その苦しみの入り口から逃げ出しました。
娘が、「なにしてんの?」と、聞きました。
「頭を振って、ゲンの思い出から逃げ出したんや。」
「頭振ったら、忘れられるの?」
「頭振っても、なかなか振り払えへんけど、じっとしてたら寂しさに追いつかれそうやから。」
へんな話ですが、こんなんも必要な話やと思うやろ?
夢ととも、時々、頭を振りなさい。
黒い的のような一点に向かって、思考を一直線に走らせるくせがあるから、その時は、頭を振ってみることや。
頭を振りながら、仲間がいることを思い出したりすることや。
あのとき、こんなんやった。
アイツ、こんなふうにしよったなあ。
子供のとき、こんなことがあったなあ。
途中で、さえぎってしまいました。
胸が、張り裂けそうと言う表現が、ぴったりの状況になってしまったから。
しんどくて、きいていられなくなったから。
その時、頭を振って、その苦しみの入り口から逃げ出しました。
娘が、「なにしてんの?」と、聞きました。
「頭を振って、ゲンの思い出から逃げ出したんや。」
「頭振ったら、忘れられるの?」
「頭振っても、なかなか振り払えへんけど、じっとしてたら寂しさに追いつかれそうやから。」
へんな話ですが、こんなんも必要な話やと思うやろ?
夢ととも、時々、頭を振りなさい。
黒い的のような一点に向かって、思考を一直線に走らせるくせがあるから、その時は、頭を振ってみることや。
頭を振りながら、仲間がいることを思い出したりすることや。
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(すべてはもともと1つだと感じていますから、そのことは、この頃当り前だと思えます。)
私の中に、確かにおっさんさんへの期待があります。
私は、姉2人が精神の病を病んでいますが、自分自身、その2人よりずっと病んでいるなぁ、と思うことがあります。
きっと、私はおっさんさんに精神の病を持った娘を持つ私の父を重ねてみているのだと思います。
おっさんさんは、今日のブログでも思いましたが、やはりお嬢さんと、ご自分のこころを対話をなさっているのだな、そう思いました。
私の父は、一緒に生活している時は、そういうことはしてくれませんでした。。。
父は、自分のこころのそこを見るのが怖い、そうおもっているのかもしれません。
今は、私も親元を離れて生活する方が長くなりました。。。
だから、素直にそんな父を認めることが、出来るようになったのかもしれません。
でも、そんな私の中にも、娘として父への「期待」があります。
それは、おっさんさんへの「期待」でもあります。
娘の中に実は「自分自身の気持ち」を見ている、そのことに気づいて欲しい、ということです。
でも、私は知っています、これは自分への期待であることを・・・。
ありがとうございます。おっさんさんを通して、とても大事なことに気がつきました。
おっさんさんにとても暖かな、普遍的な愛を感じています。
感謝です。 (^^)