強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

431.父親のポジション

2009.06.26 [ Edit ]

「父親が、解ってくれない。」
「父親は、わたしには、無関心。」
「父親は、わたしを、怠け者だと思っている。」

心の擦り傷に苦しむ仲間から、よく聞く訴え。

私などは、もっとひどくて、

「いつか、父さんを殺そうと思っていた。」

こんなふうに娘に思われていた時期があります。

今も、なかなか、解ってやれないし、
解ろうと努力しているつもりでも、我慢が足りなくて、いらいらが顔に出たりします。

娘が発病してから、毎日の夜中の散歩で言われたこと、

「わたしは、父さんの暴力に、ずっと、怯えてたんや。」
「こんど、父さんが怒ったら、わたしは、死んでしまおうと思ってる。」

けっして、DVなんかじゃないのです。
暴力を振るったなんて認識は、私には、まったくありません。

父親として、言ってきかせても解らないときは、ビンタは、当然の愛情。
そんな認識でいたものです。
「子供にもプライバシーがあって、子供の引き出しの中は見てはいけないもの。」

あほか。
自分の子供に責任持てへんでどうする。
子供が、タバコ喫ってないか?
危ないナイフを隠し持ってないか?
そんなことを、調べるのは、親として当たり前のことやろ。

こんなふうに思ってきました。
この考え方は、今でも、大筋変わっていません。
賢い人たちからは、ブーイングの嵐かもしれませんが。

ただし、大筋変わってはいないのですが、
頭ごなしは駄目だということに、娘が病気になってから気づいたことも事実です。

ライオンのオスと同じで、家庭内のことは、メスライオンに任せきりで、
子供のことも、メスライオンの仕事であり、
オスライオンは、家にいるときは、黙って寝ている。

人間界も、ライオン社会と変わらないような気がします。

また、そのほうか物事が円滑に進んでいくという認識もあるような気がします。

こんなふうに書いていくと、父親なんて、無責任で冷酷で、
自分のことにか考えていないと思われそうですが、そうではないのです。

実は、歳が上になるほど、昭和の匂いがきついほど、
男は、実は、気が小さい。
今どきの男は、気が弱いなんてよく聞きますが、
私の認識は少し違って、昭和の男のほうが、気が弱い。
プライドが邪魔して、素直な自分が出せないだけのことのような気がしています。

自分のことも含めて、正直な告白だと思います。

なんか、おちゃらけたような表現をしてしまいましたが、
こういうところが、
父親が・・・というところの、真実ではないかと考えます。

昭和の遺産の、変なプライドが、素直な言葉をせき止めてしまうということです。

ごたごたくどくど書きましたが、要するに、父親のポジションが、ここにあると決め付けて、
そのポジションにこだわりすぎているのが父親の正体なのです。

父親は、心の中で、どう考えているか?

「娘の病気は、どうしてやったら治るのだろう?」
「可愛そうな娘、どう慰めてやったらいいのだろう?」
「何が原因で、こうなったのだろう?」
「俺が悪いのだろうか?」
「病院の先生は、どういうふうに言ってるのだろう?」

何故?
どうして?
どうしたら?

実は、表に表現できずに、知らん顔をしているように見えて、
父親は、一生懸命、不器用に考えているものなのです。

そんな父親を理解してくれとは言いません。
娘に関心がない、息子を怠け者だと責めている、
そんな父親ではないのだということだけは、少しだけ解って欲しいと思います。

Comment

思わず夫への愚痴を言ってしまいたくなりました(笑)
本当に夫は気持ちを口にしません。悩みを打ち明けても聞いて終わり。相談にはなりません。(私もはたして相談かは不明。言いたいだけかも)
息子も夫とはあまり話しません。私と話していても夫が来ると無言になるし、夫がいなくなると話すという感じ。
でも明らかに夫は息子に話しかけるし、微笑みを向けています。敏感は息子には努力の上のわざとらしい笑顔がばれているのでしょうか。
夫も息子をわかろうと学習中です。私が中継になりお互いの気持ちを良いように変換して伝えています。
息子の発病の頃、私もいっぱいいっぱいなのに夫は私に息子への不満をぶつけてきました。
夫婦で悩みは半分になる、というけど、私の悩みは倍になる、と思いながら自分にも言い聞かせるように夫に病気のことを話したものです。
今でも夫の辞書に「大丈夫?」と言葉があるのか?と不満はありますが、よけいなことをされない分、私のペースで仕切れる、と思っています。

男の気持ちはおやじさんのブログで知り、又、夫にもおやじさんの気持ちを話しているんですよ。
ありがとうございます。

私、寝惚けていたの?

なんだか自分で書いたコメントを読み返して、反省中。
息子に向ける笑顔は、わざとらしいとはチョッと違います。「作ってる不自然な笑顔。精一杯の笑顔」に訂正します(^^;)
他にも添削したい気持ちです(;o;)

さくらさんへ

添削せずとも、気持ちは、よく解りますよ。

男は、そんな感じなんです。
失敗することを、大きな恥と考えているとでもいえばいいのか。
自分は、舵取りをしているという意識が強いというところも、口数が少なくなる原因なのか。
なにせ、頭で考えていることが、なかなか言葉として出てこないのです。

俗な話ですが、女性が「愛してる」という言葉を求めても、男性は、「そんなことは、軽々しく言うものでない。」と言うような逃げ口上を返す。
こんなところにも、現れているでしょう。

特に、昭和の日本男性には、この傾向が強いものだと思います。

心の中では、ずいぶん考えているのです。
心の中では、泣いてもいるのです。

でも、行動もしないといけないし、失敗しても立ち向かう勇気は必要だと思います。

ゆっくり話して、男の気持ちを開いてやれば、単純な男は、起き上がるものだと思います。

まあ、さくらさんが、おっしゃっているように、起き上がらせると、頑固だから、邪魔になることも多いかもしれませんね。

あなたが好きです。

私は、おやじさん(この呼び方好きです^^)が、大好きです。

日本時間では今朝でしたが、おもいっきり親父さんそして私の父をこころの中で抱きしめて、おお泣きしました。

感傷的だって、言われてもいいんです、だってこれは私の素直な気持ちなんですから。

泣きながら、愛してる、愛してる、って叫んでました。

涙が止まりませんでした。

そして、こんな自分がとっても愛しいなぁ〜、そう思いました。


私ね、こう思うんです。

全ては2つのことからできている・・・。

お母さん、お父さん。。。これも2つ。

男、女、これも2つ。

昼と夜、暑い冷たい、上下、天と地・・・。

陰陽の考え方でしょうか・・・。

私は思います、感じます、考えます、・・・それは、外にある対象があるから出来るんですね。

これは、外に見える世界と心の世界。

おやじさんも、父も、とても優しい。私は、その優しいと思う気持ちを知りたかったから(1つの訳は)、おやじさんのブログに辿りついたのだと思います。

そしてもうひとつは、私は、誰の変わりも出来ないことを知るため。

私は、苦しむ両親の、姉たちの代わりは、絶対にできないということ。神に誓って、できません。

それは、彼らの変わりに呼吸をすることができない、彼らの変わりにご飯を食べられない、彼らの代わりにお手洗いにいけない、・・・それと同じことです。

できるのは、自分自身のこころを変える、そのことが出来るということだけです。

このことが私は、心底知りたかった。本当に、知りたかった。

ありがとう、おやじさん。ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・。

このことを思い出すことは、私にとって大きな癒しです。


最初、メールでお話したかったのですが、良かったです。
こうして表で私の気持ちを表現することができて。

おやじさんは私には、ちっとも「すなおでない」とはおもいません。

こうしてブログに、自分の思いを世界に向かって表明することができるのですから。

自分の気持ちをはっきり認めることができるのですから。


感謝です。 

そして、おやじさんを愛してます。 (^^)。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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