強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

435.神経科の通院

2009.06.30 [ Edit ]

昨日に引き続き、今日も、なにより辛い通院の日。
今日は、神経科の医院への通院。

「薬が、もう無くなるし、お医者さんに行くわ。」
「2日連続って、最悪やなあ。」
「送ってくれるか?」

「帰りは、どうするんや?」

「タクシーで帰ってくるわ。」

そう言って、風呂の準備と、除菌液の散布の準備をして、
必要最小限の持ち物を用意する。
一番厄介なのは、保険証と診察券。
この二つは、汚れても捨てられないものなので、厄介なのです。
今までは、妻が、目に付かないように持って行って、目に付かないように提出していたのですが、
前回から、娘一人で診察に行くようになったので、
どうしても、自分で持って行く必要が生じましたから、どういうふうに持って行くかを思案しています。
本来の姿なら、”普通”なら、若い女性が外出する時には、
着ていく服を選んで、化粧をして、おしゃれするというところが、一番にくるものなのでしょうが、
これから汚れの中に入っていくという覚悟のもとの外出なので、
捨ててもいいようなトレーニングウェアに、化粧はせず、
通院用にしか履かない、汚れている靴。
そんないでたちで出かけます。

私の心の中には、一人で行こうとする娘の頑張りに対する喜びが少々と、
鏡など見ようともしない娘に対する、悔しさと哀しみが入り混じります。

「父さん、この服は似合ってるかなあ?」
「化粧は、うまく出来たかなあ?」
「この服に、この靴は、合ってるかなあ?」

そんな質問をして、鏡に何度も姿を映す娘であればなあと思います。

娘の心の中の悪魔が、どれほど憎らしいものか。
なにもかもが平気で、自分のおしゃれだけが大問題であるというような生活に戻してやりたい。
そんなふうに思います。

頭を振って、こんな考えを吹き飛ばして、想像しました。

この病気のおかげで、娘と共に生きられている。
結婚して、遠くに住んでいる娘を想う父親が、寂しくなって娘に電話をかけてみました。

「おい、元気にしてるか?」

「うん、元気やで。」

「今度は、いつ、帰ってくるんや?」

「うん、お盆に帰ろうと思ってたんやけど、旦那の仕事があるから、正月まで帰れへん。」

大切に育ててきた娘が、巣立っていって、父親の寂しさを封印して、たまに電話で話する。
封印している父親の寂しさには、気づくことの無い娘。

そんな光景を想像しました。

病気のおかげで、与えられている幸せ。

今は、これを大切にしよう。

そんなふうに思うことにしました。

Comment

この前、初めてコメント致しました「かよ」です。
いつも、お嬢さんとうちの息子が重なりながら読ませていただいています。
お父さんのお気持ちもせつなくなるほどわかります。

息子の場合は統合失調症がベースにあって、その中の症状として、強迫症状があるので、シンプルな「強迫性障害」ではありませんが、3ヶ月ほど前から得にひどくなりました。
状態はお嬢さんととても良く似ていて「不潔恐怖」です。

強迫性障害には、抗うつ剤が効くとされていますが、息子の場合はルボックスをマックス処方されても、何も変わりませんでした。
ところが、4年前の発病以来飲んでおります抗精神薬の量を増やしてもらったところ、グンと良くなりました。
「良くなった」と言っても、生活するのが楽になると言った感じですが、酷い時は家から一歩も出られない状態でしたので。
お嬢さんも、かなりまだ苦しい状態にあるとお察しできます。完璧に治るのは難しいかもしれませんが、もう少し生活し易く、生き易くなるはずです。
長い年月、苦しんでこられて可愛そうでなりません。

お医者様はお薬のことはどのようにおっしゃっておられるのでしょうか。
体重も倍になられたとの事ですが、薬がもう少し合っていれば、そんなに体重も増えないのではと思ってしまいます。
あくまでも、私も個人的な思いで、立ち入ったことを申し上げたこと、不愉快になられたらどうぞお許しくださいませ。
お嬢さんが、普通の若い娘さんのようにお化粧やお洒落をして出かれられる日が早く来ることを本当に心から願っています。
お父さん、私などが言うまでもありませんが、決してあきらめないでくださいね。
私もお父さんのブログに励まされながら、頑張ってまいります。

かよさんへ

統合失調症、躁鬱病、パニック障害、強迫性神経症・・・

誰かが、名づけられたものですよね。
その名前を、類似点を見つけて、当てはめていかれる。
それが、精神科医の最初の仕事ですね。
そして、こういう症状には、この薬が抑制効果があるからと、薬を処方してくださる。
患者は、それに従う。
時には、反応暴露方なんていう、行動療法を試してくださる。

さまざまな臨床例と、統計の上に成り立つ治療だと思います。

でも、多分ですが、私に確信はありませんが、脳の中は、心の中は、まだ未知の部分が多くて、お医者様も判らないことだらけのはずだと思うのです。

だからといって、治療や投薬を否定しているのではないのですよ。
これ、書きながら、どきどきしています。
大きな誤解を生じる可能性のある話をしていますから。
リアルでしか、話してはいけないことを、文字にしている気がします。
かよさん、わかって下さいね。
私は、かよさんのアドバイスや、精神医療を否定しているのではなくて、現実は、どうなのだろうと考えているのです。

症状を抑制する薬はあっても、治療する薬は無いのではないでしょうか。
これは、非難しているのではなく、私は、現実を見据えて、苦しんでいる患者を、娘を、息子を手助けしてやる方法を考え続けないといけないのではないかと思っていますということが言いたいのです。

今、かかっているお医者様を疑っているというのではないのです。
信じてついていっているのですが、頼りきってしまってはいけないぞと思っているのです。

信じているがゆえに、薬が合ってないとか、薬をどうしてくれって言うのは、私には言えません。
娘は、眠すぎるとか、身体がだるいとか、直接的に不調は遠慮なく訴えて、種類や量を調整してもらっていますから、臨床的には、意見を言っていることにはなりますけれど。

くどくどと、何が言いたいかというと、これも確信はないのですが、私の役目は、娘の心の開放、気持ちの安らぎ、立ち向かう心の共有、諦めない意識の共有、焦らない穏かさの提供、哀しみや寂しさの理解・・・
そういうものだと思っています。

なにもかも、確信はないのですよ。

でも、親としての精一杯、親としての一生懸命を続けていこう。
間違っているとされることがあったとしても、一生懸命の心には、心の傷を癒す力が、きっとあるものだと思っています。

間違っているとされたことを、強引に続けていくということではないのですよ。
間違っているといわれれば、やめる素直さも持っていますし、それは、大切なことだと認識しています。

何度か、無知識の精一杯が大切だと思っているというようなことを書いた覚えがありますが、そういうことなのです。

これも、前に書いたことがあると思いますが、
息子が、不良の仲間入りをして、暴走族に入って、刺青を入れてきて、家出してっていう時期がありました。

その時に、いろんな人からアドバイスいただきました。
すべて、ありがたいアドバイスでした。

そのなかで、一番、心に響いたというか、その通りだと思って実践したこと。
けっして、学のある、賢い人からいただいたアドバイスではありません。
田舎の無知なおばさんからのアドバイス。

「いつでも、玄関の鍵を開けといてやって、メシの用意をしといてやって、風呂の用意をしといてやれ、そしたら、いつか、帰ってきよる。」

このアドバイスの中には、信じてやれ、見守ってやれ、安心しろ、自信を持て、その他いろいろな意味が含まれていたのだと思っています。

今、娘にも、玄関の鍵を開けておいてやって、メシをいつでも食べられるようにしておいてやって、いつでも入れるように風呂を沸かしておいてやろうと思っています。

とにかく、親として精一杯を続けていこうと思っています。

「この薬は、脂肪燃焼を妨げる副作用があります。」
今かかっている医師から言われた言葉です。

でも、体重が倍になったのは、これだけが理由ではありません。

外に出られない、自由に行動できない、運動不足。
食べることしか楽しみが無い、過食。

これを、黙って許した、親と、娘自身の責任でもあるのでしょう。

でも、悲しい、寂しい、心が痛い。
「生きるのが、しんどい。」
これを、楽にしてやるほうが、先の問題であったわけです。

まだまだ先になるかもしれませんが、心の痛みが軽くなったら、いっしょに運動して、もとの身体になれるようにしようと思っています。
でも、あくまで、親は触媒だと思ってもいます。
いっしょに運動をしようと思っていますが、
させるのではなく、娘が、しようと思うように、影で触媒になるようにしようと思っています。

くどくど書き連ねていますが、書けば書くほど、うまく伝えられないような気がします。
なので、中途半端な気もしますが、今日は、このへんでやめておきます。

出会って、話せれば、
「こう思うんです、こう思ってるんです、ああ、それは、そうじゃないのですよ、こう思ってて、こうしてるんです。」
「ええ、それは、わかります。」
「ありがとうございます、そういうふうにしてみます。」

こんなふうな会話が出来ると思うのですが、文字伝達は難しいです。

アドバイスいただいたことに、おおきな感謝をしているのです。
舌足らずの文章に、気を悪くなさらないでくださいね。
これからも、共に歩く仲間として、あたたかく付き合っていって欲しいと思っていること、正直な私の気持ちです。


かよさんの息子さんのこと、うちの娘のこと、
焦らずに、諦めずに、ともにがんばりましょう。


お父さん真心の一言、一言が心にしみてまいります。

「症状を抑制する薬はあっても治療する薬はない」と言うのは、このような、病気に関しては私もそうだと思います。
病名も「この部分がこれに当てはまるから一応この病名で」。薬も「これはこうだから、次はこれで」みたいなところがあると思います。

幸いにも息子の場合は最初に出してもらった薬が合っていたようですが、精神的な病気は同じ病名の人でも100人いれば100通りの症状があるようで、お医者様も難しいと思います。

長男のことでは、10年ほど私は悩んできました。4年前の初診で病名を聞かされた時は絶望し、その後心のそこから笑うことはなくなってしまいました。唯一気持ちを共有してくれるのが母でしたが、その母も去年癌で亡くなりました。最期まで孫のことを気にかけ、私に
「私が死ぬ時はあんたの苦しみを全部持っていってあげる」と逝ってしまいました。
母は守ってくれていると信じています。

仕事に追われる日々なのですが、合間に、同じような病気の子供を持った親御さんと知り合いたいと、気がつけばいつも検索していました。
そして、お父さんのブログにたどりついたのです。
お父さんの書かれていることは、全て私の気持ちを代弁してくださっているかのようなのです。
できれば、是非一度お会いしてお話を聞かせていただける機会が持てればと思います。

私には次男もおります。高校2年なのですが、続けてきた野球を辞めてしまい、今はややヤンキー路線を走っております。
でも、お父さんのおっしゃるように私も、玄関の鍵、心の鍵は息子たちにいつも開けてやっています。

お父さんに出会えたこと、本当に感謝しています。
これからもよろしくお願いします。


かよさんへ

よかった、よかった。
伝わって、よかった。
55歳のオヤジが、小躍りして喜んでいます。

くどくど書いてしまって、ちょっと後悔していました。
文字伝達は、ほんまに難しいからね。

「気を悪くして、怒ってるのとちがうかなあ。」って心配してたんです。

俺達のしている親の仕事は、文字伝達より、なにより難しいものかもしれません。
でも、焦らないで、諦めないで、必死でがんばりましょうね。
しんどいけど、助け合いながら歩きましょう。

2回目です

5月の連休明けにコメさせていただいた者です。「いっしょに活きましょう」と返信いただき、とてもうれしくて涙がでました。ありがとうございました。
このコメ欄でのおふたりのやり取りを拝見して、「子供のころに戻りたい」としみじみ思ってまた泣いてしまいました。神経質な私が生きやすいように、母に守られていた頃。私自身も今のような不潔恐怖というほどでなく生きやすかった頃。
症状はそれほどひどくないのでしょう。でも「触ったかもしれない」という恐怖に一日中振り回され、一日中、触らないようにおかしな動きをして、手を洗うにもひじ近くまで、除菌ティッシュもお水も紙も無駄に使っては自己嫌悪。神経質とは違う、普通じゃない状態なんです。今も、「触ったかもしれない自分は汚い」と、動いてまた他に触るのが怖くて固まって。でもこれを書いたら「触っていない」と思い切って動きます。相変わらず母も、そして主人も支えてくれますが、子供の頃とは違う。掃除も洗濯も炊事も私の仕事。当り前のこと。今、自分を守る主役は自分です。ああ、でもこんな年でやはり今も守られているんです。トラブって家事が遅れても責めない主人、おかずの足しにとゆでた野菜をくれる母。元気を出さなくては。触っていない、そう、だから、動きます。
こういう書き込み、迷惑ですね。申し訳ありません。書き始めたらおかしな方向にヒートアップしてしまいました。
読み流してください。本文と、コメのやり取りを拝見して動いた心です。

モモさんへ

モモさん、かよと申します。
モモさんは、優しい御主人とお母様が支えてくださっています。
無理に「元気を出さなくては」と、思わなくていいと思いますよ。
今は、御自分が動ける範囲で、できることをできる時になさったらいいのでは?
きっと、将来「こんなになれた!」って言う日が来ますから。

モモさんへ

まず最初に、迷惑なんてことは一つも無いから、安心したらええよ。
モモさんの、その思考をすべて解ってくれる人って、なかなかいてないやろ?
モモさんの書いてることは、うちの娘とまったく同じやから、おっさんは、自然に受け取れるよ。

あのね、除菌ティッシュも、水も、紙も、気兼ねなんかせずに使ったらいいと思う。
モモさんが、我慢できれば、それでもいいと思うんやで。
まあ、モモさんの主婦って立場もあるからなあ。

おっさんが、なにを言いたいかって言うとね、
高熱で苦しんでる人に、シャワー浴びておいでって言わへんやろ?
怪我してる人に、包帯がもったいないって言わへんやろ?

モモさんの心に、人には見えない擦り傷があるわけで、擦り傷に薬を塗ることに対して、自己嫌悪に陥る人なんていないんやからね。

いや、自分のことを、病気だと思いなさいって言ってるんと違うんやで。
わかってくれるやろ?

母さんも、旦那さんも、解ってくれてると思うから、心の中で頑張り過ぎたり、我慢しすぎたらあかんよ。
病気の時は、甘えるもんや。
甘えながら、ありがとうって気持ちを持ってたら、それでいいやんか。

おっさんが、絶対の自信を持って言えること。
「モモさんは、なにも悪くない、なにも悪いことなんかしていない。」

そうやろ?モモさん。

安心して、ゆっくり歩くんやで。
甘えるのと、諦めるのは違うからな。

焦らないで、諦めないで、頑張り過ぎないで、ゆっくり歩こうよ。
いっしょに、ゆっくり歩こう。

いつでも、なにも気にせずに、しんどい時は、泣きにおいで。
いっしょに泣いてくれる仲間もいるから、独りとちがうって思うんやで。

ゆっくり、がんばろ。

こんばんは

おっさん、(と呼ばせてください)
かよさん
本当にありがとうございます。
もう涙ぼろぼろです。

思うところありますが、言葉にうまくなりません。
今は御礼を言いたくて。
ありがとうございます。

モモさんへ

そうそう、さっき、言葉が足りなかったけど、かよさんの言葉、ありがたかったなあ。

モモさんは、独りで苦しんでるのと違うって実感できたやろ?
旦那さんと、母さん以外にもっていう意味やで。

何回もごめんなさい

おっさん、そうですね。
かよさんの言葉、暖かい声が聞こえるような気がしました。
おっさんの「自然と受け取れるよ」に救われました。
労わってくれる、分かってくれることって、本当にありがたいです。
こんな思考は分かってくれるものとは思っていなかったし、自分はおかしな人間だから、もっとちゃんとしなくてはいけないんだと、自分に休む間を与えるのに罪悪感があるのです。
だからこそお二人の言葉がありがたかったです。

最後に、皆さんも見ているコメ欄を、何回も占領してしまってごめんなさい。

本当にありがとうございます。

モモさんへ

あのね、人に優しい人が、心に擦り傷を負うことが多いそうです。
モモさんは、その典型かなって思います。

何度コメントしに来てくれても、だれにも迷惑なんてかからないし、
モモさんは、おかしな人間だなんていうことは絶対にないし、
もっとちゃんとしないといけないっていうこともないし、
自分に休む時間を与えるのに、罪悪感なんて、まったく必要ない。

モモさんが、人に優しくするように、
自分にも優しくならんとあかんよ。

モモさんに質問。
モモさんは、なにか悪いことしましたか?

なんにも悪いことなんかしてないやろ?

自分に休む時間、いっぱい与えてもいいんやで。

モモさんは、もっともっと安心したらええ。
安心して、旦那さんと母さんに、寄りかかったらええんやで。

ついでに、おっさんにも、かよさんにも、寄りかかれ。

モモさんに必要なものは、ゆったりした安心感。

安心しながら、ゆっくり、いっしょに歩こうよ。
トンネルの出口まで、手をつなぎながら歩いていこう。

遠慮なんかせずに、いつでもおいで。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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