439.スポレク選考会
2009.07.05 [ Edit ]
スポレク。
全国スポーツレクリェーション大会、これが正式名称です。
簡単に説明すると、50歳代の国体のようなものです。
昨年は、滋賀県で開催され、今年は、10月に宮崎県での開催です。
そのサッカーの県代表の選考会が、今日ありました。
往年の名選手達が、紅白戦の中で、技術を見せて、代表の座を競うものです。
その選考会の前に、懐かしい先輩から、電話をいただきました。
その先輩は、滋賀県の歴代のゴールキーパーの中で、最高の選手だったと私は思っています。
実際、若いころには、当時の全日本の岡野監督の目にとまり、
日本代表のユニフォームを着る手前までいったこともある人です。
「ご無沙汰しています。」
と、丁寧に挨拶をした私に、何故か、怒った口調で、
「おい、今日、スポレクの選考会があるんやな。」
「はい、そうですけど。」
「選考されるメンバーが、事前に決まっていて、
選考会に参加しても無駄やっていうような話を聞いたから電話したんや。」
全国スポーツレクリェーション大会、これが正式名称です。
簡単に説明すると、50歳代の国体のようなものです。
昨年は、滋賀県で開催され、今年は、10月に宮崎県での開催です。
そのサッカーの県代表の選考会が、今日ありました。
往年の名選手達が、紅白戦の中で、技術を見せて、代表の座を競うものです。
その選考会の前に、懐かしい先輩から、電話をいただきました。
その先輩は、滋賀県の歴代のゴールキーパーの中で、最高の選手だったと私は思っています。
実際、若いころには、当時の全日本の岡野監督の目にとまり、
日本代表のユニフォームを着る手前までいったこともある人です。
「ご無沙汰しています。」
と、丁寧に挨拶をした私に、何故か、怒った口調で、
「おい、今日、スポレクの選考会があるんやな。」
「はい、そうですけど。」
「選考されるメンバーが、事前に決まっていて、
選考会に参加しても無駄やっていうような話を聞いたから電話したんや。」
「そんなことは、ありませんよ。」
「県協会のシニア委員会の役員が、選考委員になって客観的に選考するのですから。」
という私の返事に、
「そんなことは、どうでもええ。」
「そういう文句が出ないように気をつけろって言うてるんや。」
選考される側の私に、クレームを言われるのも変な話だと思ったのですが、
そこは、上下関係の厳しさ。
「はい、わかりました。」
「注意します。」
素直に、逆らわずに返事しておきました。
まあ、監督兼、キャプテン兼、選手兼、世話係兼みたいな仕事をしている私なので、
私に、言ってこられるのも仕方なしかなあと思ったというのもあります。
ただ、私が、50歳になって、初めて選手として参加させていただいた時には、
選考会も無しで、その先輩を含めた、数名の先輩方が、
勝手に、選手を指名していたのですから、ちょっと笑える話だなあとも思いました。
たぶん、だれかに、選考会についての文句を言われて、
こんな話があるから、気をつけろということと、
もっと考えると、文句を言っていた本人の前で、無理に怒った口調で電話してくださったのかなあと、
思い切り善意の解釈をしておきました。
この話を広げて考えれば、
政治の世界でも、会社の中でも、狭いところでは、町内会の役員選出にしても、
どこかに、だれかの意向は入る余地があるわけで、
正真正銘の公正なんて、難しいものなんだろうなあと思ったものです。
自分の技術が人より劣っているとは、なかなか思わないもの。
選ばれた人に対する羨望は、必ずあるもの。
選ばれない側の嫉妬も、必ずあるもの。
そして、その先輩のことを言えば、
自分がやってきた悪事(悪事と呼ぶようなものではないかもしれませんが)は、
忘れ去ってしまうもの。
ちょっと、変な表現ですが、
人の心は、ある意味、強いものやなあと思いました。
自分のことを棚にあげるのは、人の思想の特徴なのかなと思いました。
もう一つの特徴は、仕事をしない人が文句を言うことが多いというところ。
大げさな言い方をすれば、邪悪な心。
自己犠牲であるとか、
思いやりとか、
優しさとか、
丸く理解するとか、
包み込むとか、
いろいろ美しい人間の心の持ち方がありますが、
実践するのは、難しいものだなと、このことで考えさせられました。
妥協と言う、便利な言葉で解決するのも、ちょっと嫌な感じでもありますし、
そうかといって、万民が納得することも難しいものですし、
ほんとに難しいものです。
そんなことを、ぐだぐだと考えながら臨んだ選考会でした。
大人になりきれない、おっさんの独り言です。
「県協会のシニア委員会の役員が、選考委員になって客観的に選考するのですから。」
という私の返事に、
「そんなことは、どうでもええ。」
「そういう文句が出ないように気をつけろって言うてるんや。」
選考される側の私に、クレームを言われるのも変な話だと思ったのですが、
そこは、上下関係の厳しさ。
「はい、わかりました。」
「注意します。」
素直に、逆らわずに返事しておきました。
まあ、監督兼、キャプテン兼、選手兼、世話係兼みたいな仕事をしている私なので、
私に、言ってこられるのも仕方なしかなあと思ったというのもあります。
ただ、私が、50歳になって、初めて選手として参加させていただいた時には、
選考会も無しで、その先輩を含めた、数名の先輩方が、
勝手に、選手を指名していたのですから、ちょっと笑える話だなあとも思いました。
たぶん、だれかに、選考会についての文句を言われて、
こんな話があるから、気をつけろということと、
もっと考えると、文句を言っていた本人の前で、無理に怒った口調で電話してくださったのかなあと、
思い切り善意の解釈をしておきました。
この話を広げて考えれば、
政治の世界でも、会社の中でも、狭いところでは、町内会の役員選出にしても、
どこかに、だれかの意向は入る余地があるわけで、
正真正銘の公正なんて、難しいものなんだろうなあと思ったものです。
自分の技術が人より劣っているとは、なかなか思わないもの。
選ばれた人に対する羨望は、必ずあるもの。
選ばれない側の嫉妬も、必ずあるもの。
そして、その先輩のことを言えば、
自分がやってきた悪事(悪事と呼ぶようなものではないかもしれませんが)は、
忘れ去ってしまうもの。
ちょっと、変な表現ですが、
人の心は、ある意味、強いものやなあと思いました。
自分のことを棚にあげるのは、人の思想の特徴なのかなと思いました。
もう一つの特徴は、仕事をしない人が文句を言うことが多いというところ。
大げさな言い方をすれば、邪悪な心。
自己犠牲であるとか、
思いやりとか、
優しさとか、
丸く理解するとか、
包み込むとか、
いろいろ美しい人間の心の持ち方がありますが、
実践するのは、難しいものだなと、このことで考えさせられました。
妥協と言う、便利な言葉で解決するのも、ちょっと嫌な感じでもありますし、
そうかといって、万民が納得することも難しいものですし、
ほんとに難しいものです。
そんなことを、ぐだぐだと考えながら臨んだ選考会でした。
大人になりきれない、おっさんの独り言です。
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