440.もう一人の自分
2009.07.06 [ Edit ]
あなたのとなりに、あなたを見なさいと意見をしてくれている人を紹介してもらいました。
自分自身を見つめて、自分自身をゆっくり考えてみろと、
見つめなおせと、そんなことを言ってくれているのだと思います。
いとおしく自分を抱きしめてやるのもよし。
褒めてやるのもよし。
しかりつける。
殴ってやるのもよし。
そんなふうに書いておられました。
私は、自分をどのように見つめるのか、
どんな自分に気づくことができるのか、
ゆっくり見つめてみようと、
自分のとなりに、自分を見つけようとしたのですが、
なかなか見つけられません。
ゆっくり座る自分がいないような気がして、
目をとじて、となりではなく、自分の周りに、自分を探しましたが、
見つけられません。
うっすらと、もう一人の自分が現れて、
褒めてやるのか、叱りつけるのかを考えようとすると、
ぼんやりと見えていたような気がした、もう一人の自分が、すうっと消えていくのです。
なぜ、となりにいる自分が見えないのだろうと、
独りの自分で考えました。
自分自身を見つめて、自分自身をゆっくり考えてみろと、
見つめなおせと、そんなことを言ってくれているのだと思います。
いとおしく自分を抱きしめてやるのもよし。
褒めてやるのもよし。
しかりつける。
殴ってやるのもよし。
そんなふうに書いておられました。
私は、自分をどのように見つめるのか、
どんな自分に気づくことができるのか、
ゆっくり見つめてみようと、
自分のとなりに、自分を見つけようとしたのですが、
なかなか見つけられません。
ゆっくり座る自分がいないような気がして、
目をとじて、となりではなく、自分の周りに、自分を探しましたが、
見つけられません。
うっすらと、もう一人の自分が現れて、
褒めてやるのか、叱りつけるのかを考えようとすると、
ぼんやりと見えていたような気がした、もう一人の自分が、すうっと消えていくのです。
なぜ、となりにいる自分が見えないのだろうと、
独りの自分で考えました。
疲れているから?
いらいらしてるから?
集中力のない自分?
余裕の無い自分?
ひょっとして、これが、となりにいる自分なのかもしれません。
となりにいる、もう一人の自分に語りかけるように教えてくれた人に、
残念ながら、自分のとなりの、もう一人の自分が見つかりませんと、
語りかけている自分でした。
娘が病気になる前の、自信を持って働いていたころ、
あのころを思い出しながら、
あのころには、となりに座る、もう一人の自分に、
語りかけていたような気がするなあと、ぼんやり考えていました。
生きるのがしんどいなんていうことを考えながら生きていると、
自分を見つめることよりも、前を向くことだけに必死になっていて、
きっと、自分自身が、ゆっくり座るということが出来ないのだろうと結論付けてしまいました。
「なんか、情けないなあ。」
そんなふうに考えた自分に対しての、ため息交じりの独り言。
ゆっくりと座れる自分を取り戻す為に、
となりに座る、もう一人の自分に、ゆっくり語りかけられる自分になるために、
一歩ずつ歩いていくようにしようと思います。
いらいらしてるから?
集中力のない自分?
余裕の無い自分?
ひょっとして、これが、となりにいる自分なのかもしれません。
となりにいる、もう一人の自分に語りかけるように教えてくれた人に、
残念ながら、自分のとなりの、もう一人の自分が見つかりませんと、
語りかけている自分でした。
娘が病気になる前の、自信を持って働いていたころ、
あのころを思い出しながら、
あのころには、となりに座る、もう一人の自分に、
語りかけていたような気がするなあと、ぼんやり考えていました。
生きるのがしんどいなんていうことを考えながら生きていると、
自分を見つめることよりも、前を向くことだけに必死になっていて、
きっと、自分自身が、ゆっくり座るということが出来ないのだろうと結論付けてしまいました。
「なんか、情けないなあ。」
そんなふうに考えた自分に対しての、ため息交じりの独り言。
ゆっくりと座れる自分を取り戻す為に、
となりに座る、もう一人の自分に、ゆっくり語りかけられる自分になるために、
一歩ずつ歩いていくようにしようと思います。
Comment
かよさんへ
励ましありがとうございます。
励ましというより、
「しっかりせいよ、負けたらあかんぞ。」
そんな、叱咤の言葉として、ありがたくいただきたいと思います。
必死で生きてると、かよさんのおっしゃるように、なかなかゆっくり自分を見つめる余裕が無いです。
余裕が無いと言うより、自分を見つめるために座ってしまったら、へたり込みそうで怖いのです。
ただし、負けるつもりはないし、いつも、「このままでは終わらへんぞ。」と思っていますから、
いつか、ゆっくり、自分の部屋で、落ち着いて、濃い目のコーヒーを飲みながら、
もう一人の自分を見つめて、「おまえ、よう頑張ったなあ。」って言ってやろうと思っています。
自身で、年老いたなあと思う前に、自分に、そんな声をかけてやれる日が来ることを夢見ています。
若かったころ、新入社員だったころ、手を抜かずに、一生懸命仕事をしていたころ、
人に負けるのが嫌で、必死に働きました。
いつも、トップの成績を目指し、それを実践していました。
そんな時代の帰り道に、車の中で、独り大きな声で、岡林信康の山谷ブルースを歌っていたのを思い出します。
充実していました。
あの頃の、あの充実した気分に、もう一回、なってやろうと思っています。
頑張ります。
負けません。
かよさんも、いっしょに、頑張りましょう。
母として、父としての充実感と、満足感を胸にしながら、いっしょに大きな声で歌いましょう。
励ましというより、
「しっかりせいよ、負けたらあかんぞ。」
そんな、叱咤の言葉として、ありがたくいただきたいと思います。
必死で生きてると、かよさんのおっしゃるように、なかなかゆっくり自分を見つめる余裕が無いです。
余裕が無いと言うより、自分を見つめるために座ってしまったら、へたり込みそうで怖いのです。
ただし、負けるつもりはないし、いつも、「このままでは終わらへんぞ。」と思っていますから、
いつか、ゆっくり、自分の部屋で、落ち着いて、濃い目のコーヒーを飲みながら、
もう一人の自分を見つめて、「おまえ、よう頑張ったなあ。」って言ってやろうと思っています。
自身で、年老いたなあと思う前に、自分に、そんな声をかけてやれる日が来ることを夢見ています。
若かったころ、新入社員だったころ、手を抜かずに、一生懸命仕事をしていたころ、
人に負けるのが嫌で、必死に働きました。
いつも、トップの成績を目指し、それを実践していました。
そんな時代の帰り道に、車の中で、独り大きな声で、岡林信康の山谷ブルースを歌っていたのを思い出します。
充実していました。
あの頃の、あの充実した気分に、もう一回、なってやろうと思っています。
頑張ります。
負けません。
かよさんも、いっしょに、頑張りましょう。
母として、父としての充実感と、満足感を胸にしながら、いっしょに大きな声で歌いましょう。
おやじへ
もう一人の自分は、きっと存在してると思う。私は最近、そんなふうに感じる事がある。
それだけ余裕が出てきたと思うでしょ。でも違うんだ。
何となく自分を冷静に見つめてる、影の自分がいる。
もう一人の自分は、きっと存在してると思う。私は最近、そんなふうに感じる事がある。
それだけ余裕が出てきたと思うでしょ。でも違うんだ。
何となく自分を冷静に見つめてる、影の自分がいる。
yumiへ
そうやなあ、自分を冷静に見つめる時。
余裕がある時だけと違うなあ。
病気の心配を深刻にしている時、
気持ちがきつく詰まった時にも、自分を冷静に見つめることがあるもんなあ。
いろんな病気に苦しめられて、yumiは、今、すごく、しんどい思いしてるもんなあ。
今日が、検査の日やったなあ。
結果は、もう少し先になるのかなあ。
yumiの不安な気持ちが、よく解るから、なかなか返事が書けへんかった。
くだらん慰めなんか書きたくなかったし、どう言うてやったら気持ちが安らぐのか、悩んでしまって。
おやじには、これしか言えへん。
「yumiは、独りとちがうぞ。」
このおやじも、そうやけど、
yumiのことを、心から思ってる人、いるもんな。
「わたしは、独りじゃない。」
こういうふうに思うんやで。
余裕がある時だけと違うなあ。
病気の心配を深刻にしている時、
気持ちがきつく詰まった時にも、自分を冷静に見つめることがあるもんなあ。
いろんな病気に苦しめられて、yumiは、今、すごく、しんどい思いしてるもんなあ。
今日が、検査の日やったなあ。
結果は、もう少し先になるのかなあ。
yumiの不安な気持ちが、よく解るから、なかなか返事が書けへんかった。
くだらん慰めなんか書きたくなかったし、どう言うてやったら気持ちが安らぐのか、悩んでしまって。
おやじには、これしか言えへん。
「yumiは、独りとちがうぞ。」
このおやじも、そうやけど、
yumiのことを、心から思ってる人、いるもんな。
「わたしは、独りじゃない。」
こういうふうに思うんやで。
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必死で生きていると、なかなかゆっくり自分を見つめるってできないですよね。
私も、その日、その日をこなしていくのが精一杯です。
でも、今はそれでいいかなと思っています。
そのうち、ゆっくりもう一人の自分に語りかけられる、ゆとりができるだろうと。。。
子供の頃の環境と、大人になってからの色んな経験で今の自分があるので、私は「今の自分」は好きです。
お父さんのことも、ブログを拝見していて、「こんなお父さんが世の中にいてはんねや」と、ただただ、尊敬するばかりです。