強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

506.堂々巡り

2009.10.04 [ Edit ]

「お腹が痛い、背中が痛い。」と言い続けて、
娘が、行きたくない、行くのが嫌な、内科医院に行って、もらってきた病名。
”神経性胃炎”

「精神的なものやって言わはるんやけど、そんなん嫌やなあ。」
「ただ、食べ過ぎたから胃が悪くなったとか言ってくれはるほうがええのに。」
「神経性とか、精神的にとか言われたら、どうしたらええのか解らへん。」
「わたしは、いつも精神的に不安定なんやから。」
「それから抜け出したいって考えても、なかなか出来へん。」
「それやのに、それが理由で他の病気になったら、どうしたらええのやろ?」

泣きながら訴える娘に、答える言葉を探しながら、
神経症だと伝えて診断を受けているのだから、
もう少し患者のことを考えて病名を与えてくれたらいいのにと、
内科の医師に、心の中で毒づいていました。

「ちょっと胃が荒れているみたいです、薬を出しておきますからね。」
「そんなに心配しないでいいですよ。」

投薬だけの治療なら、神経症の娘には、こんな答えにしてくれたらいいのに。
何が原因なのかをはっきり患者に伝える責任があって無理なのかなあ?
でも、医者にとって、神経症だと言ってる患者に、
その心の病気に対する気遣いも、あってもいいのになあ。

娘を慰める言葉を探しながら、うまく言葉が見つからずに、
そんなふうにばかり考えてしまいました。

そして、私が娘に言った言葉は、

「くよくよ考えててもあかんって言うことやから。」
「自分で抜け出そうって考えることや。」
「暗い方向にばかり考えてるから、体の調子も悪くなる。」
「病気やから、出来へん、行けへん、って自分を閉じ込めんと外に出してやる。」
「そんなふうな考え方も大切やで。」

最低です。
出来ない娘に無理難題。
娘は、私のこの言葉で、唖然とした顔をして、泣くのをやめて黙り込みました。
たしかに、いつも私の心の中には、娘に対してこんな厳しい言葉が潜んでいます。
でも、それを、直接的にではなく、出来たことの思い出話や、
出来そうな柔らかなものといっしょに包んで伝えるように、
考えに考えて、違う言葉にして伝えるようにしているのです。
ところが、医者に対する不満と一緒に直接的な言葉が勝手に口から出てしまいました。

「簡単にに出来へんのは、よう解ってるんやで。」
「父さんの言いたいのは、自分を前向きにしてやることを考えるようにってことや。」
「塞ぎ込まんと、気持ちを明るいほうに向けるってことや。」

慌ててフォローをしたつもりが、これもまったくフォローにならず、
言葉の迷路に迷い込んでしまった感じです。

頭の中で、うろうろ考えるばかりの状態になってしまいました。

ただし、こうなることが、絶対間違っているとは思ってもいないところもあります。

娘にとって、心地よくない言葉をすべて排除しながら進むことが、
果たして娘の為になるのかと言えば、
そうでもないという答えが導き出されるような気もするのです。

私は、医師じゃないから解りませんというところに逃げ込むことも出来ますが、
果たして、お医者様に、この答えが絶対として在るものでしょうか?

厳しい言葉も必要ですと言って下さっている、娘を診てくれているお医者様。
厳しい言葉を投げたら発作になるから辛いですと許してもらった私がいました。
私にも娘がいて、医師の立場でなく、親の立場なら、娘に対して、
神経症を追い詰めるような言葉は、私にも無理かもしれませんと言ってくれた医師。
このやり取りにも、絶対の答えはなかったものだと思います。

同じ強迫性神経症に苦しんでいて、娘とメールの交換をしてくれている”ことりん”。
”ことりん”が言っていたことがあります。

「おっちゃん、わたしの母さんは、すごく厳しいねん。」
「少しくらい我慢しなさいって、平気で怒らはる。」
「しょっちゅう喧嘩になるんやで。」

彼女の母さんは、すごいなあと感心しました。
俺にも、ほんとは、出来ないといかんことなんやろうなあと思いました。

逃げているとは、思いたくありませんが、
厳しい言葉は封印して、近い意味の優しい言葉を探しながら娘と会話します。
伝わらないもどかしさもありますし、これでいいのかとの疑問も生じます。

考えすぎ、びびり過ぎも、大いにあるものと自覚もしています。

ただ、爆発は怖いです。

こんなこと、今に始まったわけではなく、
何百回、どちらがいいのか悩み続けてきていることなのです。

そのたびに、大爆発があって、
意識が戻ってこなくなるのではと心配するほどの慟哭になって、
手がつけられないほど暴れて、目が据わって、娘じゃないような怖い表情になって、
乱暴な言葉を吐いたり、新聞を全ページが粉々になるまで一心に引き裂いたり、
娘が、娘じゃなくなる瞬間が、いろんな形で爆発のたびにあるのです。
そして、爆発の終焉には、長い間の悲しい嗚咽になります。

その度に、厳しい言葉はもうやめよう、封印してしまおうと思ってしまう私がいます。

怖いのです。
ほんとに、恐怖なのです。
思い出すだけで、肩が重くなってきて、震えてきそうになります。

甘やかしたら、前進が遅くなる。

きっと、そうなのだろうとは思いますが、私の気持ちの大部分は、
こんなにしんどい思いをしている娘を許してやりたいというところです。

こんなふうに考える時は、きっと、自分が焦ってしまっている時なのだと思います。
でも、そうでもないようにも思います。

「どうしてやったらええのかなあ?」
「いっしょに、ゆっくり歩いていけばええやんか。」
「焦らないで、諦めないで、歩いていけばええやんか。」
「”ええかげん”を忘れないように生きればええのとちがうの?」
「気楽に、生きようぜ。」
「いやいや、しんどいでえ。」
「あほか、気楽に考えろ。」

堂々巡りの話です。

もう十年以上、堂々巡りをしている私です。

でも、まあ、ゆっくり、がんばろ。

Comment

お久しぶりです

こんにちは。

おっちゃん、頑張ってますね。

私もとりあえず頑張ってます。

コメント載せる事は私の頭の整理とストレス発散の場でもあります。

利用してしまってすみません。

なかなかコメント打ち出しても邪魔が入り完成できませんが、良かったら読んでください。2日前のを載せさせて貰いました。


近頃娘は泣いてばかりで参ってしまいます。

今も気晴らしにドライブに行って来ました。

ドライブし過ぎで5年で10万キロ行きました。
みんなに驚かれて恥ずかしいですが、ドライブしながら話しを聞くのが一番お互いに気楽に本音で話し合えます。

後どれだけ続くんだろう。良くなるとき?事故れば終わる?…とまだ長そうな気がします。

頑張るもいつまで続くかな……。

また打てました

うちの娘も近頃、大暴れが続いてます。

毎日、娘が起き出すと異様な恐怖感を覚えます。

私は自由に動ける仕事なので、会議や人とランチする以外は昼に、戻るんですが、毎回、前夜に
「明日は、昼来るぅ?」と、聞かれると、
「う、うん、来るよ」
と、重い返事をしてしまいます。

近頃昼ご飯に帰ると、機嫌が超悪そうで、下手すれば大泣きされそうな気配が漂い、姑が早く帰って来てくれないか(大抵午前中は出掛けてる)…午後からの仕事がスムーズに行けるか…不安になります。

仕事を辞める事は今は出来なくなりましたが、以前は辞めるべきか、辞めないなら仕事を減らさないと…と、毎回調子が悪い日が続く度に考えて、自分に負担が掛かり過ぎない仕事の仕方を工夫して来ました。

仕事が好きというより仕事に逃げてるのかもしれません。仕事=私の居場所になってる気がします。

しかし、その場所も、いつかは無くさないといけなくなる日が来そうな気がしてしまいます。

同じ世代の会社仲間は、段々と一日旅行や泊まり旅行を約束しあうようになってきました。
老後は、もっと旅行に行こうと盛り上がってます。

仲間は、「〇〇も、その頃には行けるって」と言ってくれますが、私自身有り得ない気がするし、この仲間とも長くは付き合いが出来ない気がしています。

将来は病人の娘と孤独な老後だな…。と思うようになってきています。

私の娘も発病して10年になろうとしています。

何もよくわからなかった発病当初。
私の力で治してみせると息吹いてた。
途中で、これは大変な病気だ。奥が深いと感じるようになった。
今…、治るかなぁ…と、気弱な思いが漂う。

負けへんぞ…と口では言いながらも頭では、負けてる感じもする。


私の電池が切れるまでに、何とか自分の足で前進して行ってもらいたいなぁ。…


おやじへ

やっとパソ開いた・・・。

書く事はいっぱいあるはずなのに・・・

書けない

泣きたい 泣きたい

去年に引き続き手術三昧・・・

身体が思うように動かないジレンマ

歩くのもいけないんだよ

ドンドン痩せていく私・・・

本音を言うとね

もう人生を終わりにしたかった

手術、失敗して、眠ったまま終わりにしたかった

今は、何となく生きてる

何もかも、無くなれば、いいと思う。

ごめんね。

私では失礼ですが…

yumiさん、頑張ってますね。
辛いでしょうね。
お察しします。
私がしゃしゃり出てはいけないと思いつつ打たずにはおれませんでした。
気分悪くしてたらすみません。

何と励ましたらいいのか私ごときでは、失礼だけですが、いつも気にしていましたよ。おっちゃんのにも、夢ととさんのブログでもコメント入って来るのを待ってました。

辛いね。痛いね。大変だよね。

顔もわからないYumiさんだけど娘のように気にしています。
見えないけど手を摩ってるからね。

少しでも痛みが減り楽になって、笑顔が戻ってくるように祈ってます。

おやじへ

おやじ、旦那が良く言う言葉なんだけど、「家族」って何?

「家族」だからって言うんだけど私には一向に理解出来ない。

おやじは、もし、親友の友達の娘さんが、苦しんでたら

どうする?助けるだろうね、おやじなら。

ミミリンさんへ

ちょっと弱ってるのかなあ、ミミリンさん。

こんな時、無理に自分を奮い立たせようって思わなかくてもいいと思います。
落ち込みすぎるのは良くないし、もちろん、暗闇から抜け出そうっていう気持ちは大切だと思いますよ。
でもね、無理はしないでいいと思うのです。

そしたら、どうしたらいいの?ってことになりますよね。
いや、私にも確たる答えはありません。
無責任な話ですが、無理をするのは良くないなあって感じはミミリンさんも解ってくれますよね。

私なりの、なんとなくの表現をすれば、「スローペース」かなあ。

娘さんとの付き合いの中では、休みは無いものでしょう?
休めませんもんね。
だから、その部分の「スローペース」です。

と言っても、行動面では、そんなにコントロール出来るものではないのも解っています。
自分の、精神面の「スローペース」とでも言うか、
これを簡単に表現すると、「心を休める」と言うことになるのかもしれませんが、
「スローペース」と「心を休める」は、同じでもないと思います。

ごたごたと、解りにくい表現をしてしまっていますが、
ミミリンさん、なんとなく解ってくれるでしょう?

難しいことですけどね。

昨日、私は、サッカーの試合に行ってきました。
和歌山県までの遠征試合です。
と言っても、私は、3週間前の試合で足を蹴られて、それが原因で、まだ痛みと腫れが引いていないので、試合には出られません。

いっしょに行った、ある先輩が、
「おまえ、サッカー出来へんのに、よう来るなあ。」
「俺なら、怪我してサッカー出来へんのなら、絶対、来ないやろうなあ。」
そんなことを、私に言いました。

「確かになあ。」です。
みんなが試合を楽しみに行く中、指をくわえて見ているだけなら、
「怪我が、まだ治らへんから、俺は、今日の試合は欠席するわ。」
これが、当たり前の話でしょう。

先輩が、そう言われた時は、帰りの車の中だったのですが、
いつものように、監督兼、選手兼、雑用係兼、の私なので、行くのは当たり前と捉えていましたし、
この試合も、招待状が届いてから、参加の申し込みも私がしていたものですし、
最初から、私には欠席の選択肢はありませんでした。

先輩は、私の雑用係の部分に、「ごくろうさん」の意味でかけてくれた言葉だったのですが、
「そうやなあ、雑用を誰かに頼んで、欠席にしてもよかったなあ。」
その時、そんなふうに思いました。

そんなふうに考えたと同時に、
「ここに、逃げてきているのかもしれんなあ。」
こんな考え方が、頭の中に現れてきました。

いろいろな重荷からの、一時の逃避行なのかもしれません。


「明日、サッカーやなあ?」
「まだ、足は治ってないんやろ?」
「サッカー出来へんかっても行くの?」

「父さんは、サッカー以外にも、監督もせんんとあかんねん。」

「監督とちがって、雑用係やろ?」
「足、痛いんやから、やめといたらええのに、あほか?」

前夜の、娘との会話です。

この話をしているときは、ほんとに、この会話の内容のとおりの意味以外は考えていませんでした。
この会話からの逃避のために行くとは考えていなかったです。
もちろん、娘も、「行くな」とは思ってないのですよ。

先輩の言葉をきっかけに、「逃避かなあ?」と気づかされた。
そんな感じです。

何のために、長々と、サッカーの話と思われるでしょう。

これって、心の「スローペース」じゃないかなと思うのです。

逃避なのかもしれませんが、逃避だとは思っていなかったし、
「逃避だと考えなくてもいいのでは」、そんなふうに思うのです。

長々と、「心のスローペース」の、私なりの説明です。

ミミリンさんが言っている、
「毎日、娘が起き出すと異様な恐怖感を覚えます。 」
この話、すごくよく解ります。
2階から降りてくる階段の音に、私も同じように、なんとも言えない恐怖感を覚えますから。
ミミリンさんの、この言葉にさえ、背中になにか重いものが圧し掛かってくるのを感じるくらいです。

だからこその、「スローペース」の薦めです。

変な例えですけどね、
親しい人が亡くなった悲しい葬式の最中に、一瞬ですが、その場にいる誰かが、笑う時もあるでしょう。
不謹慎な笑いじゃないのですよ。
その葬式で、一番悲しんでいるだろう人、例えば、旦那さんを亡くした奥様だって、
悲しみの涙にくれている時に、一瞬、なにかで笑う時がある。

ずっとずっと悲しいままでいたら、悲しみに殺されてしまうものでしょう。
一瞬の笑みだけではないと思いますが、その「一瞬の笑み」に助けられるものだと思います。

「心のスローペース」
そんなものだと思うのです。

何もよくわからなかった発病当初。
私の力で治してみせると息吹いてた。
途中で、これは大変な病気だ。奥が深いと感じるようになった。
今…、治るかなぁ…と、気弱な思いが漂う。
負けへんぞ…と口では言いながらも頭では、負けてる感じもする。
私の電池が切れるまでに、何とか自分の足で前進して行ってもらいたいなぁ。…

こんなふうに、娘さんに対して、そしてミミリンさん自身に対して考えてしまうことは、
当然のことですし、避けられないことです。
いや、避けてしまわないといけないような悪いことでもないと思います。

でも、こう考える中の、一瞬の隙間に、「心のスローペース」をはめ込んでやればいいと思うのです。
それも、はめ込んでやろうと気負って思わず、出来れば自然にです。

なんか、くどくどと、解らない話をしてしまいました。
実は、自分自身でも、よく解らない話だったような気がしています。

でも、なんとなく、わかりましょうよ、「心のスローペーす」
見つけるように、いっしょに考えながら歩きましょう。

















ミミリンさんへ

コメントありがとうございます。
とっても嬉しかったです。

ミミリンさんの温かい手、感じます。
いっぱいいっぱいください。

今、私の心は鉄のようになってます。

また、是非コメントお待ちしてます
図々しいねわたし。

yumiへ

久しぶりやなあ。

ちょっと連絡がなかったから、元気かなあって思ってたら、
あんまり元気じゃないみたいやなあ。

先ず、一言。

前に言うてたやろ、
今の医療は、退院をすごく早めにさせる。
これは、俺たちに解らない治療の方法というか、医師の判断もあるんだろうけど、
厚労省の入院制限とでも言うか、病院に対する、かなり厳しい指導にも原因がある話で、
退院しても、完治ではなくて治療は継続してるってことや。
だから、しばらくは、ゆっくり静養せんとあかんでえって言うてたんや。
解ってるやろうけどな。

ということで、まだまだ、しんどいのは当たり前で、ゆっくり治さんとあかんのやで。

これはな、心も、いっしょなんや。

ゆみは、まだ入院中なんやと思わんとあかん。
入院中、お医者さんが言ってたやろ。
「身体も心も休めないといけません。」って。

痩せてくるかもしれんけど、心配しないで、
心配があったら、自分で判断せずに、すぐに病院に行って、お医者様に相談して、
焦らないで、しっかり食べて、あまり動かないでゆっくりすること。

これが、今の、ゆみの仕事なんや。

わかるやろ?

俺も含めて、いろんな人が、ゆみを見守ってくれてるやろ。
安心すること。
これも、ゆみの今の仕事やで。

ぼんやりするのが一番かな。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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