強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

51.友情の定義

2008.05.15 [ Edit ]

30数年前、私が、新入社員だったころの話。

会社っていう所は、学校とちがって、常に利害がつきまとうところなので、
社員同士の友情なんて、ほとんど成り立たないし、在ると思わない方がいい。

こう教えてくれた先輩がいました。

青い私は、そんなことないやろと強く思い、馬鹿かこいつは と、
その先輩を蔑んだ覚えがあります。

人間同士、熱くかようものがあれば、会社でも学校でも、
友達はできるやろ、と確信していました。


よく、後輩に私が問いかけること、

「友情の定義は?」という質問。

無理矢理 持論を押し付ける為の、
前段の問いかけなんですけどね。



その問いかけの後、持論の展開

「友情の定義は、自己犠牲や。」

まわりが火事で、いっぱい火の粉が飛んでるなかに、
二人で取り残されました、背中に火がついて燃えかかっています、
早く逃げないと助からない。

その時、人は、他人のことなんか考えられず、
自分が助かることを第一に必死で逃げ出すものです、と言う人がいます。

でも、君の背中が燃えているのは、私が見えるし、
私の背中が燃えているのは、君が見える、
相手の火の粉を払ってあげたら、火は消せる。
ひょっとして二人とも助からないかもしれないけど、
そうやって二人が助かったときの友情は、一生続くと私は思う。

実際の火事の中で、それが実行できるかどうかは分らないけれど、
俺だけ助かればと思ってるより、相手を助けたいと思って生きていれば、
友情にめぐり合えるのではないかなと、私は思っているし、
できれば、そうありたいと思っている。

ゆえに、友情の定義は、自己犠牲なのだ。


と、わかったような、わからんような理屈を言って、生きてきた私です。


シニアのサッカーでの、スローガン、”生涯現役”
私の生き方のスローガン、      ”生涯青春”


この生き方は、社会や会社では、損が多いです。
特に、会社では、お薦めできません。

世渡り下手やと、笑われたりします。
いつまでも、青いやつやと、馬鹿にされたりします。


でも、この信念で生きると、娘が言ってくれます。

「あんたの人生は、幸せやったと思うわ。」 

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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