507.心のスローペース
2009.10.05 [ Edit ]
ここに来てくれている仲間からのコメントに、
くどくどと返事を書いたのですが、
いや、ほんとに、”くどくど”とです。
旦那さんが鬱病で、娘さんが強迫性神経症。
言葉にすると、こんなに短く表現できるものですが、しんどいものだと思います。
一生懸命、闘っている仲間です。
「私の電池が切れるまでに・・・」なんて言葉があったので、
なんとか気持ちが楽になるようにと考えて返事を書いたのですが、
どうもうまく表現できない情けなさです。
「心のスローペース」なんて表現をしたのですが、
書いているうちに、自分自身が、心をスローペースにしてやるのには、
どうすればいいのだろうと迷ってしまっていました。
いっしょに考えてもらって、
いい方法があったら教えてもらいたいなあと送信してから思いました。
以下に、私の書いた返事を貼り付けますので、
こんなふうに考えたらとか、こういうふうにすればどうかなあとか、
私の不足を補っていただければなあと思っています。
しんどい仲間に温かい言葉をと思って、考えていただければ幸いです。
くどくどと返事を書いたのですが、
いや、ほんとに、”くどくど”とです。
旦那さんが鬱病で、娘さんが強迫性神経症。
言葉にすると、こんなに短く表現できるものですが、しんどいものだと思います。
一生懸命、闘っている仲間です。
「私の電池が切れるまでに・・・」なんて言葉があったので、
なんとか気持ちが楽になるようにと考えて返事を書いたのですが、
どうもうまく表現できない情けなさです。
「心のスローペース」なんて表現をしたのですが、
書いているうちに、自分自身が、心をスローペースにしてやるのには、
どうすればいいのだろうと迷ってしまっていました。
いっしょに考えてもらって、
いい方法があったら教えてもらいたいなあと送信してから思いました。
以下に、私の書いた返事を貼り付けますので、
こんなふうに考えたらとか、こういうふうにすればどうかなあとか、
私の不足を補っていただければなあと思っています。
しんどい仲間に温かい言葉をと思って、考えていただければ幸いです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○○さんへ
ちょっと弱ってるのかなあ、○○さん。
こんな時、無理に自分を奮い立たせようって思わなくてもいいと思います。
落ち込みすぎるのは良くないし、もちろん、暗闇から抜け出そうっていう気持ちは大
切だと思いますよ。
でもね、無理はしないでいいと思うのです。
そしたら、どうしたらいいの?ってことになりますよね。
いや、私にも確たる答えはありません。
無責任な話ですが、無理をするのは良くないなあって感じはミミリンさんも解ってく
れますよね。
私なりの、なんとなくの表現をすれば、「スローペース」かなあ。
娘さんとの付き合いの中では、休みは無いものでしょう?
休めませんもんね。
だから、その部分の「スローペース」です。
と言っても行動面では、そんなにコントロール出来るものではないのも解っていま
す。
自分の、精神面の「スローペース」とでも言うか、
これを簡単に表現すると、「心を休める」と言うことになるのかもしれませんが、
「スローペース」と「心を休める」は、同じでもないと思います。
ごたごたと、解りにくい表現をしてしまっていますが、
○○さん、なんとなく解ってくれるでしょう?
難しいことですけどね。
昨日、私は、サッカーの試合に行ってきました。
和歌山県までの遠征試合です。
と言っても、私は、3週間前の試合で足を蹴られて、それが原因で、まだ痛みと腫れ
が引いていないので、試合には出られません。
いっしょに行った、ある先輩が、
「おまえ、サッカー出来へんのに、よう来るなあ。」
「俺なら、怪我してサッカー出来へんのなら、絶対、来ないやろうなあ。」
そんなことを、私に言いました。
「確かになあ。」です。
みんなが試合を楽しみに行く中、指をくわえて見ているだけなら、
「怪我が、まだ治らへんから、俺は、今日の試合は欠席するわ。」
これが、当たり前の話でしょう。
先輩が、そう言われた時は、帰りの車の中だったのですが、
いつものように、監督兼、選手兼、雑用係兼、の私なので、行くのは当たり前と捉え
ていましたし、
この試合も、招待状が届いてから、参加の申し込みも私がしていたものですし、
最初から、私には欠席の選択肢はありませんでした。
先輩は、私の雑用係の部分に、「ごくろうさん」の意味でかけてくれた言葉だったの
ですが、
「そうやなあ、雑用を誰かに頼んで、欠席にしてもよかったなあ。」
その時、そんなふうに思いました。
そんなふうに考えたと同時に、
「ここに、逃げてきているのかもしれんなあ。」
こんな考え方が、頭の中に現れてきました。
いろいろな重荷からの、一時の逃避行なのかもしれません。
「明日、サッカーやなあ?」
「まだ、足は治ってないんやろ?」
「サッカー出来へんかっても行くの?」
「父さんは、サッカー以外にも、監督もせんんとあかんねん。」
「監督とちがって、雑用係やろ?」
「足、痛いんやから、やめといたらええのに、あほか?」
前夜の、娘との会話です。
この話をしているときは、ほんとに、この会話の内容のとおりの意味以外は考えてい
ませんでした。
この会話からの逃避のために行くとは考えていなかったです。
もちろん、娘も、「行くな」とは思ってないのですよ。
先輩の言葉をきっかけに、「逃避かなあ?」と気づかされた。
そんな感じです。
何のために、長々と、サッカーの話と思われるでしょう。
これって、心の「スローペース」じゃないかなと思うのです。
逃避なのかもしれませんが、逃避だとは思っていなかったし、
「逃避だと考えなくてもいいのでは」、そんなふうに思うのです。
長々と、「心のスローペース」の、私なりの説明です。
○○さんが言っている、
「毎日、娘が起き出すと異様な恐怖感を覚えます。 」
この話、すごくよく解ります。
2階から降りてくる階段の音に、私も同じように、なんとも言えない恐怖感を覚えま
すから。
○○さんの、この言葉にさえ、背中になにか重いものが圧し掛かってくるのを感じる
くらいです。
だからこその、「スローペース」の薦めです。
変な例えですけどね、
親しい人が亡くなった悲しい葬式の最中に、一瞬ですが、その場にいる誰かが、笑う
時もあるでしょう。
不謹慎な笑いじゃないのですよ。
その葬式で、一番悲しんでいるだろう人、例えば、旦那さんを亡くした奥様だって、
悲しみの涙にくれている時に、一瞬、なにかで笑う時がある。
ずっとずっと悲しいままでいたら、悲しみに殺されてしまうものでしょう。
一瞬の笑みだけではないと思いますが、その「一瞬の笑み」に助けられるものだと思
います。
「心のスローペース」
そんなものだと思うのです。
何もよくわからなかった発病当初。
私の力で治してみせると息吹いてた。
途中で、これは大変な病気だ。奥が深いと感じるようになった。
今…、治るかなぁ…と、気弱な思いが漂う。
負けへんぞ…と口では言いながらも頭では、負けてる感じもする。
私の電池が切れるまでに、何とか自分の足で前進して行ってもらいたいなぁ。…
こんなふうに、娘さんに対して、そして○○さん自身に対して考えてしまうことは、
当然のことですし、避けられないことです。
いや、避けてしまわないといけないような悪いことでもないと思います。
でも、こう考える中の、一瞬の隙間に、「心のスローペース」をはめ込んでやればい
いと思うのです。
それも、はめ込んでやろうと気負って思わず、出来れば自然にです。
なんか、くどくどと、解らない話をしてしまいました。
実は、自分自身でも、よく解らない話だったような気がしています。
でも、なんとなく、わかりましょうよ、「心のスローペーす」
見つけるように、いっしょに考えながら歩きましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○○さんへ
ちょっと弱ってるのかなあ、○○さん。
こんな時、無理に自分を奮い立たせようって思わなくてもいいと思います。
落ち込みすぎるのは良くないし、もちろん、暗闇から抜け出そうっていう気持ちは大
切だと思いますよ。
でもね、無理はしないでいいと思うのです。
そしたら、どうしたらいいの?ってことになりますよね。
いや、私にも確たる答えはありません。
無責任な話ですが、無理をするのは良くないなあって感じはミミリンさんも解ってく
れますよね。
私なりの、なんとなくの表現をすれば、「スローペース」かなあ。
娘さんとの付き合いの中では、休みは無いものでしょう?
休めませんもんね。
だから、その部分の「スローペース」です。
と言っても行動面では、そんなにコントロール出来るものではないのも解っていま
す。
自分の、精神面の「スローペース」とでも言うか、
これを簡単に表現すると、「心を休める」と言うことになるのかもしれませんが、
「スローペース」と「心を休める」は、同じでもないと思います。
ごたごたと、解りにくい表現をしてしまっていますが、
○○さん、なんとなく解ってくれるでしょう?
難しいことですけどね。
昨日、私は、サッカーの試合に行ってきました。
和歌山県までの遠征試合です。
と言っても、私は、3週間前の試合で足を蹴られて、それが原因で、まだ痛みと腫れ
が引いていないので、試合には出られません。
いっしょに行った、ある先輩が、
「おまえ、サッカー出来へんのに、よう来るなあ。」
「俺なら、怪我してサッカー出来へんのなら、絶対、来ないやろうなあ。」
そんなことを、私に言いました。
「確かになあ。」です。
みんなが試合を楽しみに行く中、指をくわえて見ているだけなら、
「怪我が、まだ治らへんから、俺は、今日の試合は欠席するわ。」
これが、当たり前の話でしょう。
先輩が、そう言われた時は、帰りの車の中だったのですが、
いつものように、監督兼、選手兼、雑用係兼、の私なので、行くのは当たり前と捉え
ていましたし、
この試合も、招待状が届いてから、参加の申し込みも私がしていたものですし、
最初から、私には欠席の選択肢はありませんでした。
先輩は、私の雑用係の部分に、「ごくろうさん」の意味でかけてくれた言葉だったの
ですが、
「そうやなあ、雑用を誰かに頼んで、欠席にしてもよかったなあ。」
その時、そんなふうに思いました。
そんなふうに考えたと同時に、
「ここに、逃げてきているのかもしれんなあ。」
こんな考え方が、頭の中に現れてきました。
いろいろな重荷からの、一時の逃避行なのかもしれません。
「明日、サッカーやなあ?」
「まだ、足は治ってないんやろ?」
「サッカー出来へんかっても行くの?」
「父さんは、サッカー以外にも、監督もせんんとあかんねん。」
「監督とちがって、雑用係やろ?」
「足、痛いんやから、やめといたらええのに、あほか?」
前夜の、娘との会話です。
この話をしているときは、ほんとに、この会話の内容のとおりの意味以外は考えてい
ませんでした。
この会話からの逃避のために行くとは考えていなかったです。
もちろん、娘も、「行くな」とは思ってないのですよ。
先輩の言葉をきっかけに、「逃避かなあ?」と気づかされた。
そんな感じです。
何のために、長々と、サッカーの話と思われるでしょう。
これって、心の「スローペース」じゃないかなと思うのです。
逃避なのかもしれませんが、逃避だとは思っていなかったし、
「逃避だと考えなくてもいいのでは」、そんなふうに思うのです。
長々と、「心のスローペース」の、私なりの説明です。
○○さんが言っている、
「毎日、娘が起き出すと異様な恐怖感を覚えます。 」
この話、すごくよく解ります。
2階から降りてくる階段の音に、私も同じように、なんとも言えない恐怖感を覚えま
すから。
○○さんの、この言葉にさえ、背中になにか重いものが圧し掛かってくるのを感じる
くらいです。
だからこその、「スローペース」の薦めです。
変な例えですけどね、
親しい人が亡くなった悲しい葬式の最中に、一瞬ですが、その場にいる誰かが、笑う
時もあるでしょう。
不謹慎な笑いじゃないのですよ。
その葬式で、一番悲しんでいるだろう人、例えば、旦那さんを亡くした奥様だって、
悲しみの涙にくれている時に、一瞬、なにかで笑う時がある。
ずっとずっと悲しいままでいたら、悲しみに殺されてしまうものでしょう。
一瞬の笑みだけではないと思いますが、その「一瞬の笑み」に助けられるものだと思
います。
「心のスローペース」
そんなものだと思うのです。
何もよくわからなかった発病当初。
私の力で治してみせると息吹いてた。
途中で、これは大変な病気だ。奥が深いと感じるようになった。
今…、治るかなぁ…と、気弱な思いが漂う。
負けへんぞ…と口では言いながらも頭では、負けてる感じもする。
私の電池が切れるまでに、何とか自分の足で前進して行ってもらいたいなぁ。…
こんなふうに、娘さんに対して、そして○○さん自身に対して考えてしまうことは、
当然のことですし、避けられないことです。
いや、避けてしまわないといけないような悪いことでもないと思います。
でも、こう考える中の、一瞬の隙間に、「心のスローペース」をはめ込んでやればい
いと思うのです。
それも、はめ込んでやろうと気負って思わず、出来れば自然にです。
なんか、くどくどと、解らない話をしてしまいました。
実は、自分自身でも、よく解らない話だったような気がしています。
でも、なんとなく、わかりましょうよ、「心のスローペーす」
見つけるように、いっしょに考えながら歩きましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Comment
一生懸命なコメントありがとうございます
ミミリンへ
心のスローペースから、心の裏側に続く話で、よけいに解ってくれるやろ?
「悲しいなぁ。どれだけ心身共に疲れれば許されるんだろう…。 」
「おっちゃんごめん。」
謝ることなんかないんやで。
俺も、同じなんやから。
ミミリンに言ってる話やけど、自分にも言ってるんやから。
「悲しいなぁ。どれだけ心身共に疲れれば許されるんだろう…。 」
俺も、同感や。
でも、その中でもって話やから。
こうしないとあかんって話じゃないからな。
「こういうふうに出来たらええなあ。」って話や。
ドライブに連れ出してあげて、娘さんは、すごく苦しんでるんやけど、母さんに助けてもらってる、
でも、母さんは、そしたら誰が助けてくれるねん?
そんなところからの、心のスローペースと、心の裏側の話や。
よく解るやろ?
ということは、「おっちゃんごめん。」で、結ぶ話と違って、
「いっしょに、ゆっくり、がんばろう。」
「負けないように、助け合って、励ましあって、歩いていこう。」
と、結ぶ話なんやと思いますよ。
ミミリンの、しんどいさ、辛さ、悲しさ、寂しさ、悔しさ、
みんなみんな、よく解ってるからな。
くじけそうになるのも解るよ。
お互い、正直に言えば、身も心も、ボロボロやもんなあ。
でも、お互いに、心で支えながら、よろよろでもいいから、一歩ずつ歩いていこう。
空虚に響くかもしれないけど、
「気楽に生きようぜ。」
心の片隅に、こんな言葉も、忘れないようにしまっておくんやで。
俺も、そうするから。
時々、お互いが忘れそうになったら、「気楽に生きようぜ。」って、どちらかが声をかけるようにしましょう。
「悲しいなぁ。どれだけ心身共に疲れれば許されるんだろう…。 」
「おっちゃんごめん。」
謝ることなんかないんやで。
俺も、同じなんやから。
ミミリンに言ってる話やけど、自分にも言ってるんやから。
「悲しいなぁ。どれだけ心身共に疲れれば許されるんだろう…。 」
俺も、同感や。
でも、その中でもって話やから。
こうしないとあかんって話じゃないからな。
「こういうふうに出来たらええなあ。」って話や。
ドライブに連れ出してあげて、娘さんは、すごく苦しんでるんやけど、母さんに助けてもらってる、
でも、母さんは、そしたら誰が助けてくれるねん?
そんなところからの、心のスローペースと、心の裏側の話や。
よく解るやろ?
ということは、「おっちゃんごめん。」で、結ぶ話と違って、
「いっしょに、ゆっくり、がんばろう。」
「負けないように、助け合って、励ましあって、歩いていこう。」
と、結ぶ話なんやと思いますよ。
ミミリンの、しんどいさ、辛さ、悲しさ、寂しさ、悔しさ、
みんなみんな、よく解ってるからな。
くじけそうになるのも解るよ。
お互い、正直に言えば、身も心も、ボロボロやもんなあ。
でも、お互いに、心で支えながら、よろよろでもいいから、一歩ずつ歩いていこう。
空虚に響くかもしれないけど、
「気楽に生きようぜ。」
心の片隅に、こんな言葉も、忘れないようにしまっておくんやで。
俺も、そうするから。
時々、お互いが忘れそうになったら、「気楽に生きようぜ。」って、どちらかが声をかけるようにしましょう。
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娘との張り詰めてる中の遊び部分というものでしょうか。窓枠にガラスをはめ込む場合、ガタガタと動く遊び部分。その遊び部分がないと外す事もはめる事もできない。
人もぎゅうぎゅうの中でも心に余裕が少しあって、おっちゃんが言われた葬式の中の笑いと同じで 苦しい中にもかすかなゆとりがあるもの。そんなような風に楽しんで行くということでしょうか。
でも本当に辛くなると鬱の様になってしまうんじゃないでしょうか?
葬式での悲しい中の笑いは、現実がまだ実感出来ないとか、覚悟をどこかしてたとか、やはりゆとりがあるのではないでしょうか。
葬式が終わって現実が来て無償に寂しさに見舞われて鬱状態になったら、やはり「心のスローペース」は持てなくなるのではないでしょうか。
まっ、そうならないようにおっちゃんが「心のスローペース」を勧めてくれてるんですよね。
しかし自分も、鬱くらいになれば娘の辛さがわかるのかもしれません。
辛い、なんとかして!とほざいてるうちは、娘の辛さを微塵も感づいてないのかもしれません。
なんでそんなに泣くの?なんでそんなに同じ悩みを言い続けるの?
大した悩みじゃないのに頭の中で渦巻いて娘を混乱させる。
今日もまた12時過ぎからドライブに出た。
疲れた。私がどうかなるわ。帰ってきたら1時半。お風呂に入って、打ちかけだったコメントを打ちたくて打ってる。明日は6時に起きなくちゃ。娘は昼まで寝ているわ。
どれだけ苦しめば楽になるんだろ?
娘に生きる喜びを味合わせたいなんてよく言うね。娘の泣きが続けば、私の心も蝕まれる。
悲しいなぁ。どれだけ心身共に疲れれば許されるんだろう…。
おっちゃんごめん。