508.心の裏側
2009.10.06 [ Edit ]
32歳。
「この歳、俺は何をしてたのかなあ。」
「もう、3人とも生まれてたなあ。」
「8歳、6歳、4歳の子供がいてたのか。」
「仕事は、どうやったかなあ。」
「京都で頑張ってた時やなあ。」
こんなことを、ぼんやりと考えることが時々あります。
決まって、娘の機嫌が悪くて無理難題を言う時。
発作になる前の恐怖を感じているとき。
「病気なのだから、我慢してやらんとあかん。」
「優しく慰めてやらんとあかん。」
「許してやらんとあかん。」
「どうしてやったら、ええのかなあ?」
いつもいつも考えていること、思っていることです。
でも、時々、いや、いつもかな。
心の裏側で考えていること。
「このままで、ええのかなあ?」
「俺が、どこかに行ってしまって帰ってこないっていうふうにしてみたらどうか
な?」
「思い切り、怒ったら、どうなるんやろ?」
「怒っても、ちゃんとは伝わらないやろうなあ。」
「自分では、解ってるんやろうからなあ。」
びくびくしながら優しい言葉をかけている心の裏側では、そんなことを考えています。
「この歳、俺は何をしてたのかなあ。」
「もう、3人とも生まれてたなあ。」
「8歳、6歳、4歳の子供がいてたのか。」
「仕事は、どうやったかなあ。」
「京都で頑張ってた時やなあ。」
こんなことを、ぼんやりと考えることが時々あります。
決まって、娘の機嫌が悪くて無理難題を言う時。
発作になる前の恐怖を感じているとき。
「病気なのだから、我慢してやらんとあかん。」
「優しく慰めてやらんとあかん。」
「許してやらんとあかん。」
「どうしてやったら、ええのかなあ?」
いつもいつも考えていること、思っていることです。
でも、時々、いや、いつもかな。
心の裏側で考えていること。
「このままで、ええのかなあ?」
「俺が、どこかに行ってしまって帰ってこないっていうふうにしてみたらどうか
な?」
「思い切り、怒ったら、どうなるんやろ?」
「怒っても、ちゃんとは伝わらないやろうなあ。」
「自分では、解ってるんやろうからなあ。」
びくびくしながら優しい言葉をかけている心の裏側では、そんなことを考えています。
「一日、どこへも出て行けへんかったら、頭が痛くなってくる。」
そんな娘の辛さを聞いて、車に乗ったのですが、
行き先は、いつもの喫茶店くらいしかありません。
気分のいい時なら、いつもの喫茶店でも話すことはありますが、
モードが落ちているときは、暗い表情のまま場所が変わるだけの感じです。
何を言っても、無表情で、一点を見つめているだけ。
返事も反応もなし。
悲しさや、寂しさや虚しさに襲われて泣き出してしまっているときは、
慰めようもあるのですが、
暗闇を見つめた無表情のときは、正直、しんどくなってしまいます。
心の中は、苦しくて、悔しくて泣き出しているときと同じなのでしょうが、
そうは思うのですが、
「俺の、一生懸命も少しは解れよ。」
なんてふうに、考えてしまうのです。
「あかんあかん、きっと、これは、健常者の傲慢なんや。」とは思うのですが。
「解ったような顔をして、なにも解ってやれてへん。」ということだと思います。
妹が、ここ数日、職場の仲間や友達との飲み会に、楽しそうに出かけています。
出かけに、着ていく衣装を決めるのに、姉に嬉しそうに相談します。
「お姉、この服、どうかなあ?」
「お姉、この服と、この靴は合ってるかなあ?」
その度に、姉娘は、笑顔で妹にアドバイスしています。
普通なら、微笑ましい光景なのでしょうし、
親父としては、にこにこ嬉しそうに見ていられるものなのだろうと思います。
私は、その時、どう思っているかというと、
妹に対して、
「あんまり楽しそうにしてくれるなよ。」
そんなふうに思っています。
姉娘が、笑顔になればなるほど、心から血がにじんでくるのが見えるからです。
「自分で、動こうと思えるようになったらええのになあ。」
姉に対しては、そんなふうに思いながら、
姉妹の”普通なら”微笑ましいだろう光景を見ています。
この微笑ましい光景が、暗闇の無表情の原因なのだと思っています。
「ええなあ。」
「わたしも、ついていくわ。」
「連れてってくれるか?」
笑いながら妹に言う姉の、心の悔しさは感じないで、
「あほか。」
と明るく笑っている妹。
悔しさを、羨ましさを、悲しさを、寂しさを
心の中にしまいこみながら、姉は、あくまでニコニコとしています。
妹が出かけてから、喫茶店に行っても、帰ってきてからも、
暗闇に入りこんでしまった娘でした。
私が心の裏側で考えていることも、間違いではないのだと思っています、
乗り越えていくのに必要な要素なのだと。
でも、娘にも心の裏側の考えがあるだろうし、
それも解ってやらないといけないのだと思います。
心の裏側の考えを、うまく表に出せるように、
タイミングや、言葉を選んで話さないと、誤解になって進んでしまう。
こんな危険もあるわけで、とても難しい話です。
そんな娘の辛さを聞いて、車に乗ったのですが、
行き先は、いつもの喫茶店くらいしかありません。
気分のいい時なら、いつもの喫茶店でも話すことはありますが、
モードが落ちているときは、暗い表情のまま場所が変わるだけの感じです。
何を言っても、無表情で、一点を見つめているだけ。
返事も反応もなし。
悲しさや、寂しさや虚しさに襲われて泣き出してしまっているときは、
慰めようもあるのですが、
暗闇を見つめた無表情のときは、正直、しんどくなってしまいます。
心の中は、苦しくて、悔しくて泣き出しているときと同じなのでしょうが、
そうは思うのですが、
「俺の、一生懸命も少しは解れよ。」
なんてふうに、考えてしまうのです。
「あかんあかん、きっと、これは、健常者の傲慢なんや。」とは思うのですが。
「解ったような顔をして、なにも解ってやれてへん。」ということだと思います。
妹が、ここ数日、職場の仲間や友達との飲み会に、楽しそうに出かけています。
出かけに、着ていく衣装を決めるのに、姉に嬉しそうに相談します。
「お姉、この服、どうかなあ?」
「お姉、この服と、この靴は合ってるかなあ?」
その度に、姉娘は、笑顔で妹にアドバイスしています。
普通なら、微笑ましい光景なのでしょうし、
親父としては、にこにこ嬉しそうに見ていられるものなのだろうと思います。
私は、その時、どう思っているかというと、
妹に対して、
「あんまり楽しそうにしてくれるなよ。」
そんなふうに思っています。
姉娘が、笑顔になればなるほど、心から血がにじんでくるのが見えるからです。
「自分で、動こうと思えるようになったらええのになあ。」
姉に対しては、そんなふうに思いながら、
姉妹の”普通なら”微笑ましいだろう光景を見ています。
この微笑ましい光景が、暗闇の無表情の原因なのだと思っています。
「ええなあ。」
「わたしも、ついていくわ。」
「連れてってくれるか?」
笑いながら妹に言う姉の、心の悔しさは感じないで、
「あほか。」
と明るく笑っている妹。
悔しさを、羨ましさを、悲しさを、寂しさを
心の中にしまいこみながら、姉は、あくまでニコニコとしています。
妹が出かけてから、喫茶店に行っても、帰ってきてからも、
暗闇に入りこんでしまった娘でした。
私が心の裏側で考えていることも、間違いではないのだと思っています、
乗り越えていくのに必要な要素なのだと。
でも、娘にも心の裏側の考えがあるだろうし、
それも解ってやらないといけないのだと思います。
心の裏側の考えを、うまく表に出せるように、
タイミングや、言葉を選んで話さないと、誤解になって進んでしまう。
こんな危険もあるわけで、とても難しい話です。
Comment
重ねて見える。
夢ととへ
ほんま、生きるのしんどいなあ。
「わたしが助けてほしいのに、わたしは、いつも人に気を配り、人を助ける側ばっかりや。」
「わたしを助けてくれる、わたしが、いればいいのになあ。」
夢ととの心から、泣きながら、そんなちいさな声の独り言が聞こえてくるようや。
夢ととは、「一年一組、先生あのね」って詩集、知ってるかなあ?
神戸の、小学校一年生のあるクラスの先生が、生徒の心の声を聴いてあげようと書かせた詩集や。
その中に、あおやまたかし、やったか、よしむらせいてつ、やったかなあ。
ちょっと、どっちの子やったか、ど忘れしたけど、
「ぼくだけ、ほっとかれたんや。」って詩がある。
両親が離婚して、母さんが再婚した”新しい父さん”と暮らしていたんやけど、
ある日、彼が家に帰ると、両親が弟を連れていなくなったということを訴えた詩なんやけど、
ぜんぜん関係の無い話なんやけど、夢ととの、このコメント読んでて、
なんでやろ?その詩を思い出した。
おこずかい残しといて、弟におもちゃ買ってあげたのに
弟と遊んであげたのに
ぼくだけ、ほっとかれたんや
学校から帰ったら、だれも、おれへん
福祉のお金も、みんな持っていかはったって
おばあちゃんが、泣いてた
もっと長い詩なんやけど、
そんな小学校一年生が、味わってはいけないような悲しい詩です。
もちろん彼は、詩を書こうとは思ってないのですよ。
先生が与えた、”あのね帳”に心をぶつけたものです。
30年も前の本なので、彼は、もう40歳くらいかなあ。
きっと、その後も苦難の道を歩いてきて、彼はどうしてるんやろう?と、いつも気にかかっています。
お前に、なんの関係があるんじゃって言われそうですが、
りっぱに成長してたらええのになあって願っています。
俺の宝物として、本棚に入れずにしまい込みすぎて、家の中にはあるのですが、
行方不明の宝物の詩集です。
俺の中の、先生の中の先生。
”ほんまもん”の先生。
伏見工業の山口良治先生と、この、あのね帳の、鹿島和夫先生。
そんな他人も、いるわけです。
人のことを、一生懸命考えてくれる人。
生きてたら、生きるのはしんどいけれど、いつか、そんな人に出会えると思う。
その人が、すべてを解決してくれるわけではないけど、
生きる力を与えてくれる。
俺ねえ、もうすぐ56歳になるんやけど、
まだ、そんな希望を持ってるんや。
あほみたいやろ?
でもな、そんな希望を持って生きようよ。
俺と、夢ととも、先生と生徒じゃないけど、仲間として、そんな感じやと思ってる。
助けてくれたり、助けたり、そんな感じやろ?
ゆっくり、いっしょに、歩こうな。
「わたしが助けてほしいのに、わたしは、いつも人に気を配り、人を助ける側ばっかりや。」
「わたしを助けてくれる、わたしが、いればいいのになあ。」
夢ととの心から、泣きながら、そんなちいさな声の独り言が聞こえてくるようや。
夢ととは、「一年一組、先生あのね」って詩集、知ってるかなあ?
神戸の、小学校一年生のあるクラスの先生が、生徒の心の声を聴いてあげようと書かせた詩集や。
その中に、あおやまたかし、やったか、よしむらせいてつ、やったかなあ。
ちょっと、どっちの子やったか、ど忘れしたけど、
「ぼくだけ、ほっとかれたんや。」って詩がある。
両親が離婚して、母さんが再婚した”新しい父さん”と暮らしていたんやけど、
ある日、彼が家に帰ると、両親が弟を連れていなくなったということを訴えた詩なんやけど、
ぜんぜん関係の無い話なんやけど、夢ととの、このコメント読んでて、
なんでやろ?その詩を思い出した。
おこずかい残しといて、弟におもちゃ買ってあげたのに
弟と遊んであげたのに
ぼくだけ、ほっとかれたんや
学校から帰ったら、だれも、おれへん
福祉のお金も、みんな持っていかはったって
おばあちゃんが、泣いてた
もっと長い詩なんやけど、
そんな小学校一年生が、味わってはいけないような悲しい詩です。
もちろん彼は、詩を書こうとは思ってないのですよ。
先生が与えた、”あのね帳”に心をぶつけたものです。
30年も前の本なので、彼は、もう40歳くらいかなあ。
きっと、その後も苦難の道を歩いてきて、彼はどうしてるんやろう?と、いつも気にかかっています。
お前に、なんの関係があるんじゃって言われそうですが、
りっぱに成長してたらええのになあって願っています。
俺の宝物として、本棚に入れずにしまい込みすぎて、家の中にはあるのですが、
行方不明の宝物の詩集です。
俺の中の、先生の中の先生。
”ほんまもん”の先生。
伏見工業の山口良治先生と、この、あのね帳の、鹿島和夫先生。
そんな他人も、いるわけです。
人のことを、一生懸命考えてくれる人。
生きてたら、生きるのはしんどいけれど、いつか、そんな人に出会えると思う。
その人が、すべてを解決してくれるわけではないけど、
生きる力を与えてくれる。
俺ねえ、もうすぐ56歳になるんやけど、
まだ、そんな希望を持ってるんや。
あほみたいやろ?
でもな、そんな希望を持って生きようよ。
俺と、夢ととも、先生と生徒じゃないけど、仲間として、そんな感じやと思ってる。
助けてくれたり、助けたり、そんな感じやろ?
ゆっくり、いっしょに、歩こうな。
スローペースでコメント書けませんでした。自分もいっぱいいっぱいになって、体は閑人なのに、心にはゆとりがないのです。
私は妹ですが、姉が日々生き生きと忙しくしている姿がとても羨ましいです。仕事を辞めたら失ったのは給与だけじゃなかった。生き甲斐というか、生きている気がする忙しさ、だったのか。今も忙しい日はあっても仕事とは違う。
ただ姉は大変な努力をして今がある人です。姉が忙しそうでいきいきしている中で私を心配してくれています。尊敬していて大好きな姉です。
私の心の裏側にある言葉は「寂しい」「忙しいって言葉は嫌いだ」かな。ノートに吐き出しています。気になる切り抜きやらなんでもありの毎日つけてる毒吐きも感じたことも書き留めるノートです。日記というほどでないのですが、生まれて初めて続いています。
思いは言葉にして解放してあげないと。
私は妹ですが、姉が日々生き生きと忙しくしている姿がとても羨ましいです。仕事を辞めたら失ったのは給与だけじゃなかった。生き甲斐というか、生きている気がする忙しさ、だったのか。今も忙しい日はあっても仕事とは違う。
ただ姉は大変な努力をして今がある人です。姉が忙しそうでいきいきしている中で私を心配してくれています。尊敬していて大好きな姉です。
私の心の裏側にある言葉は「寂しい」「忙しいって言葉は嫌いだ」かな。ノートに吐き出しています。気になる切り抜きやらなんでもありの毎日つけてる毒吐きも感じたことも書き留めるノートです。日記というほどでないのですが、生まれて初めて続いています。
思いは言葉にして解放してあげないと。
ちょっと元気になりました
こんばんは!
台風はどうなって行くんでしょうね。ひどくならないと良いんですが…。
今日は台風のおかげで夜中にアイスクリームをコンビニに買いに行く事を諦めてくれたので、久しぶりにのんびりした夜を迎えてます。
毎日一度は泣く事があった娘も、昨日、今日と少しだけ泣けましたが、早くの立ち直りで、今、飼い猫と戯れています。
それと合わせてか、仕事も弾んだせいか私の心も少し元気が出ました。
ほんの少しの平和な時間も大変な毎日に比べれば幸せなひと時です。
今、居間でのんびりと居眠りしている主人とテレビで野球観戦している息子と手芸をしながら愛猫にちょっかいを出してる娘…を見ながら久しぶりの平穏なひと時に幸せを感じながらコメントを打ってます。
うちは姉弟なので、おっちゃんの娘さんたちのような和気あいあいの会話はないし、息子に将来負担が掛かると思うとどうしても息子に甘くなってしまいます。ここに姉か妹が居てくれたら娘も、もう少し会話が膨らんだと思うし、兄か弟が居れば息子も心強かっただろうな…と、後の祭で思ってしまいます。
主人の鬱が娘がお腹にいる時から続いてたので、姑が子供は一人で良いと言い、息子がお腹に出来た時も喜んで貰えなく悲しい思いをしました。
三人兄弟で育ったし、保育士の免許もある私なので子供はたくさん欲しかった。だけど二人が精一杯だった。
心の裏側の話しはよくわかります。
娘が病気になってから心の裏側の話しをよく聞けるようになりました。
娘は小さいときから友達とうまく付き合えず、辛そうでしたが、その事に触れて労ったり、暖かく慰めたりが出来なかった。大人しくて、友達が出来ない事がうとましかった。嫌だった。
だからそんな姿を目の当たりにするのが辛くてわざと避けて来た気がする。
病気になった時に、やっぱり来るものが来た気がした。病人なら、人とうまく付き合えないのも仕方ないと思えてホッとした部分もある。
本当の愛情がわからない私…。親になってなかった私。でも一生懸命だった。
病気になってからいろんな話しが出来るようになった。娘も子供時代から時が経ち幼い頃を客観視出来る様になったのか、辛かった義務教育時代をよく話す。
そして、これから見えない将来に不安を訴えて泣く。
心の裏側はほとんど出せるようになったと思う。
私も大分親になれた気がする。娘の気持ちも汲めるようになった。
ただそのまま発展は無く後退してる気がする。
難しいなぁ…。
台風はどうなって行くんでしょうね。ひどくならないと良いんですが…。
今日は台風のおかげで夜中にアイスクリームをコンビニに買いに行く事を諦めてくれたので、久しぶりにのんびりした夜を迎えてます。
毎日一度は泣く事があった娘も、昨日、今日と少しだけ泣けましたが、早くの立ち直りで、今、飼い猫と戯れています。
それと合わせてか、仕事も弾んだせいか私の心も少し元気が出ました。
ほんの少しの平和な時間も大変な毎日に比べれば幸せなひと時です。
今、居間でのんびりと居眠りしている主人とテレビで野球観戦している息子と手芸をしながら愛猫にちょっかいを出してる娘…を見ながら久しぶりの平穏なひと時に幸せを感じながらコメントを打ってます。
うちは姉弟なので、おっちゃんの娘さんたちのような和気あいあいの会話はないし、息子に将来負担が掛かると思うとどうしても息子に甘くなってしまいます。ここに姉か妹が居てくれたら娘も、もう少し会話が膨らんだと思うし、兄か弟が居れば息子も心強かっただろうな…と、後の祭で思ってしまいます。
主人の鬱が娘がお腹にいる時から続いてたので、姑が子供は一人で良いと言い、息子がお腹に出来た時も喜んで貰えなく悲しい思いをしました。
三人兄弟で育ったし、保育士の免許もある私なので子供はたくさん欲しかった。だけど二人が精一杯だった。
心の裏側の話しはよくわかります。
娘が病気になってから心の裏側の話しをよく聞けるようになりました。
娘は小さいときから友達とうまく付き合えず、辛そうでしたが、その事に触れて労ったり、暖かく慰めたりが出来なかった。大人しくて、友達が出来ない事がうとましかった。嫌だった。
だからそんな姿を目の当たりにするのが辛くてわざと避けて来た気がする。
病気になった時に、やっぱり来るものが来た気がした。病人なら、人とうまく付き合えないのも仕方ないと思えてホッとした部分もある。
本当の愛情がわからない私…。親になってなかった私。でも一生懸命だった。
病気になってからいろんな話しが出来るようになった。娘も子供時代から時が経ち幼い頃を客観視出来る様になったのか、辛かった義務教育時代をよく話す。
そして、これから見えない将来に不安を訴えて泣く。
心の裏側はほとんど出せるようになったと思う。
私も大分親になれた気がする。娘の気持ちも汲めるようになった。
ただそのまま発展は無く後退してる気がする。
難しいなぁ…。
また来ちゃいました
先程コメント打ちながら自分自身の心の裏側を載せてしまいました。
娘の心の裏側を考え打ってるうちに自分の封印してた本当の思いが顔を出して恥ずかしくなりました。
先回の親への想いのコメントを載せさせて貰った時に自分の寂しい想いを書きました。
やっぱり、寂しい想いで娘を育てたんだなぁ。と改めて思いました。
主人のうつ病も自分と結婚したためになったのか…とずっと悩んできました。一人息子の主人を姑が想う思いに嫉妬を感じてきました。姑の存在が大きすぎて自分の思うように家庭を切り盛り出来なかった。ずっと気を遣いながら生活していた。
娘に知らぬうちに理想を押し付けていたに違いない。愛情がない子育てなんて恥ずかしくて認めたくなかった。
一生懸命幸せなふりをして生きてきた気がする。
理想な家庭が築けないから仕事に逃げた気がする。営業という仕事にのめり込んだ。頑張った成果が正直に成績として出る。上司が喜ぶ。姑が家を守ってるからあんたは仕事を頑張れるだよ。私のおかげ…と得意がる。姑もまた、息子の病で得意がるところがないのもあって私の頑張りを喜んだ。私もそのやり方のほうが嫁姑の仲も良い気がして、ますます仕事にのめり込んだ。
一人で意気揚々と頑張ってる姿で理想の家庭の欲望の代わりを当てはめてた気がする。
やっぱり愛情を示して娘を育ててなかったんだ。自分が一番かわいい私なんだ。
拒食症は愛情不足、寂しい現れと専門書は言っている。そんなことない。私よりもっとひどい親はいっぱいいる。なんでなんで私の娘だけが愛情不足の病気になるの?そんな風に見られたくない。…と思って、一生懸命愛情ある親を見せている。
だけど、やっぱり愛情不足だったんだ。愛情良く育ててなかったんだ。
どうしよう。申し訳ない。
私の本音はきっとこれだよ。恥ずかしい母親だね。
娘の心の裏側を考え打ってるうちに自分の封印してた本当の思いが顔を出して恥ずかしくなりました。
先回の親への想いのコメントを載せさせて貰った時に自分の寂しい想いを書きました。
やっぱり、寂しい想いで娘を育てたんだなぁ。と改めて思いました。
主人のうつ病も自分と結婚したためになったのか…とずっと悩んできました。一人息子の主人を姑が想う思いに嫉妬を感じてきました。姑の存在が大きすぎて自分の思うように家庭を切り盛り出来なかった。ずっと気を遣いながら生活していた。
娘に知らぬうちに理想を押し付けていたに違いない。愛情がない子育てなんて恥ずかしくて認めたくなかった。
一生懸命幸せなふりをして生きてきた気がする。
理想な家庭が築けないから仕事に逃げた気がする。営業という仕事にのめり込んだ。頑張った成果が正直に成績として出る。上司が喜ぶ。姑が家を守ってるからあんたは仕事を頑張れるだよ。私のおかげ…と得意がる。姑もまた、息子の病で得意がるところがないのもあって私の頑張りを喜んだ。私もそのやり方のほうが嫁姑の仲も良い気がして、ますます仕事にのめり込んだ。
一人で意気揚々と頑張ってる姿で理想の家庭の欲望の代わりを当てはめてた気がする。
やっぱり愛情を示して娘を育ててなかったんだ。自分が一番かわいい私なんだ。
拒食症は愛情不足、寂しい現れと専門書は言っている。そんなことない。私よりもっとひどい親はいっぱいいる。なんでなんで私の娘だけが愛情不足の病気になるの?そんな風に見られたくない。…と思って、一生懸命愛情ある親を見せている。
だけど、やっぱり愛情不足だったんだ。愛情良く育ててなかったんだ。
どうしよう。申し訳ない。
私の本音はきっとこれだよ。恥ずかしい母親だね。
モモさんへ
仕事って義務があるからいいですね。
いやおう無しの義務的束縛とでも言うか、
当たり前に、疑問も持たずに、いやいやであっても、9時には出勤。
そんな毎日が懐かしい。
寂しいとか、悲しいとか、「えらいこっちゃ、大変や。」なんてことがあっても、
出勤したら、ルーティンの仕事が待っている。
私事の顔をしていられないから、公の顔を演じることで、
しばし、悩みが忘れられたり、少しの切り替えが出来たりする。
仕事に行くってそんなものだったような気がします。
解ったように、「自分で自分を縛ることは難しい。」なんて言っていたのですが、
いざ、会社を辞めて、自分で動こうとすると、
高い目標を掲げても、自分がすぐに休憩してしまう。
でも、自由の中で、自分を、自分自身が高めないといけないのでしょうね。
とてもとても難しいことですが、
何かを少しずつ継続させて、向かっていきましょう。
なにかに、向かっていきましょう。
休憩しながら、自分のペースを見つけて、すこし自分を追い立てて、
前進していくようにしましょう。
日記、続けていくうちに、何かが見えることもある。
そんなふうに何でも考えて、一歩ずつ前進していきましょう。
あのね、もう一つ、姉さんもね、きっと、
モモさんのここがいいなあって羨ましがってるところ、
絶対にあるものですよ。
いやおう無しの義務的束縛とでも言うか、
当たり前に、疑問も持たずに、いやいやであっても、9時には出勤。
そんな毎日が懐かしい。
寂しいとか、悲しいとか、「えらいこっちゃ、大変や。」なんてことがあっても、
出勤したら、ルーティンの仕事が待っている。
私事の顔をしていられないから、公の顔を演じることで、
しばし、悩みが忘れられたり、少しの切り替えが出来たりする。
仕事に行くってそんなものだったような気がします。
解ったように、「自分で自分を縛ることは難しい。」なんて言っていたのですが、
いざ、会社を辞めて、自分で動こうとすると、
高い目標を掲げても、自分がすぐに休憩してしまう。
でも、自由の中で、自分を、自分自身が高めないといけないのでしょうね。
とてもとても難しいことですが、
何かを少しずつ継続させて、向かっていきましょう。
なにかに、向かっていきましょう。
休憩しながら、自分のペースを見つけて、すこし自分を追い立てて、
前進していくようにしましょう。
日記、続けていくうちに、何かが見えることもある。
そんなふうに何でも考えて、一歩ずつ前進していきましょう。
あのね、もう一つ、姉さんもね、きっと、
モモさんのここがいいなあって羨ましがってるところ、
絶対にあるものですよ。
ミミリンさんへ
自分を見つめなおして、反省することは、すごく大事なこと。
でもね、反省っていうのは、前進する為にするのです。
反省が、自己否定にまでなっていくのは、間違いです。
たしかに、私も、ミミリンさんも、親として不足しているところはたくさんあると思う。
「ああも、してやればよかった。」
「こうも、してやればよかった。」
そんなことは、当たり前なんです。
いい親って、どんな親のことか考えてみましょう。
子供が、立派な人になって、その子供を育てた人が、立派な親なのでしょうか?
俺は、「ノー」だと思います。
子供は結果だから、子供を見て、世間は、周囲は、親を判断するところがある。
それでは、心の病気になった子供を持つ親は、すべてが悪い親なのでしょうか?
そんなことは、ないですよね。
そういうことだと思いませんか?
ミミリンさんも、俺も、一生懸命やってるじゃないですか。
専門書が言っていること、すべて正解じゃないですよ。
統計的には、正解に近いものかもしれません。
そんなふうに考えたほうが、俺は良いと思っています。
参考にするのはいい、でも、妄信することはないと思う。
俺はね、ここでも、何度も書いてることだけど、
たとえ間違っていても、子供のために精一杯考えて、一生懸命していることは、
子供には伝わるものだと思っています。
暴論だと言う人がいるかもしれません。
「子供が、親の間違いのために道を誤る危険があることを認識しろ。」
こんなことを言うひとが、きっといると思います。
それは、そのとおりかもしれません。
絶対違うと否定はしません。
でもね、子供は、けっこう大人です。
親の間違いを、自分で正す力を持っているものです。
そして、親の一生懸命も、敏感に感じて、頑張ろうとするものです。
親が、子供を全てコントロールすることなんて出来ませんよね。
コントロール出来ないという事は、子供が自分自身で舵を取っているということです。
なので、俺は、すこしくらい間違ってても、
一生懸命、子供の為を考えて生きていればいいのではと言うのです。
だからね、ミミリンさん、恥ずかしい母親だなんて言う必要もないし、
言ってはいけないのですよ。
愛情不足だったときもあるかもしれません。
それはそれで、その時は帰ってこないのですから、
これから取り返せばいいのです。
「母さんは、愛情不足だったかもしれないね、ごめんね。」って娘さんに言えばいい。
そして、その問題に関しては、そこからのスタートにすればいい。
人生なんて、再スタートの連続じゃないですか。
お互いに、頑張りましょう。
日本人は、恥の概念で生きる民族です。
だから見栄を張ったり、恥ずかしいと思うことをしなかったり、隠したりするのです。
貴女が、認めたくなかったということも、日本人として当たり前の所作なんです。
それを、私に言った勇気と覚悟で、
再スタートすればいいのです。
悔やむことなんて何も無い。
悔やんでる暇なんてないですもんね。
しんどいけれど、胸を張って前進しましょう。
俺といっしょに歩きましょう。
支えあいながら、よろけて、よろけて、歩いていきましょう。
でもね、反省っていうのは、前進する為にするのです。
反省が、自己否定にまでなっていくのは、間違いです。
たしかに、私も、ミミリンさんも、親として不足しているところはたくさんあると思う。
「ああも、してやればよかった。」
「こうも、してやればよかった。」
そんなことは、当たり前なんです。
いい親って、どんな親のことか考えてみましょう。
子供が、立派な人になって、その子供を育てた人が、立派な親なのでしょうか?
俺は、「ノー」だと思います。
子供は結果だから、子供を見て、世間は、周囲は、親を判断するところがある。
それでは、心の病気になった子供を持つ親は、すべてが悪い親なのでしょうか?
そんなことは、ないですよね。
そういうことだと思いませんか?
ミミリンさんも、俺も、一生懸命やってるじゃないですか。
専門書が言っていること、すべて正解じゃないですよ。
統計的には、正解に近いものかもしれません。
そんなふうに考えたほうが、俺は良いと思っています。
参考にするのはいい、でも、妄信することはないと思う。
俺はね、ここでも、何度も書いてることだけど、
たとえ間違っていても、子供のために精一杯考えて、一生懸命していることは、
子供には伝わるものだと思っています。
暴論だと言う人がいるかもしれません。
「子供が、親の間違いのために道を誤る危険があることを認識しろ。」
こんなことを言うひとが、きっといると思います。
それは、そのとおりかもしれません。
絶対違うと否定はしません。
でもね、子供は、けっこう大人です。
親の間違いを、自分で正す力を持っているものです。
そして、親の一生懸命も、敏感に感じて、頑張ろうとするものです。
親が、子供を全てコントロールすることなんて出来ませんよね。
コントロール出来ないという事は、子供が自分自身で舵を取っているということです。
なので、俺は、すこしくらい間違ってても、
一生懸命、子供の為を考えて生きていればいいのではと言うのです。
だからね、ミミリンさん、恥ずかしい母親だなんて言う必要もないし、
言ってはいけないのですよ。
愛情不足だったときもあるかもしれません。
それはそれで、その時は帰ってこないのですから、
これから取り返せばいいのです。
「母さんは、愛情不足だったかもしれないね、ごめんね。」って娘さんに言えばいい。
そして、その問題に関しては、そこからのスタートにすればいい。
人生なんて、再スタートの連続じゃないですか。
お互いに、頑張りましょう。
日本人は、恥の概念で生きる民族です。
だから見栄を張ったり、恥ずかしいと思うことをしなかったり、隠したりするのです。
貴女が、認めたくなかったということも、日本人として当たり前の所作なんです。
それを、私に言った勇気と覚悟で、
再スタートすればいいのです。
悔やむことなんて何も無い。
悔やんでる暇なんてないですもんね。
しんどいけれど、胸を張って前進しましょう。
俺といっしょに歩きましょう。
支えあいながら、よろけて、よろけて、歩いていきましょう。
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コメント欄ににコメントいただいた内容は、
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このことをご了承の上でコメントをお願いします。
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年の離れた妹が居ます。
今というか夏前から妹は、第2子の出産や旦那との事で色々苦労しています。
でも、夢ととが居ない時に家に来た時は母や父にわがままや旦那の愚痴等を散々言ってるようです。
そんな、勝手の出来る妹。
おやじの娘さんの話を読んで、姉娘さんにシンクロしてしまい、泣いてしまいました。
今、少し身体的にも精神的にも疲労がたまっていて、気が付くと歯を食い縛っていたりします。
姉娘さんの心の叫びが聞こえて来そうです。
夢ととも妹の前では「お姉ちゃん」を演じます。
両親の前でも健康な娘の演技をします。
姉娘さんの見えないその先が同じように夢ととにも見える気がします。
さっきまで、台所で1人ヒザを抱えてうずくまってました。
声にならない叫び。
言葉に出来ない欲求。
見てない目の先に見えるもの。
めまぐるしく場面が代わり言葉にはならないけど、苦しいんだよ。
母は妹と孫2人。
心配の種はつきない。
夢ととがこれ以上寄り掛かる事が出来ない。
小さな告白、自己解決の方法の考え方の報告。
荷物にならないように、これ以上母が苦しまないように。
夢ととの病気は、クリニックの先生に相談するから。
どんなに苦しいか判らない方がいいよ。
苦しい。
助けて。