強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

510.この線を越えるな

2009.10.09 [ Edit ]

娘と二人で見ていた韓国ドラマ、「スターの恋人」のなかに、よく出てきた場面。

地面に線を引いて、「この線を越えるな」と、
子供の世界の命令をする場面。

買い物に行く途中の車の中で、そんな話をしていました。

大津市役所の前に陸上競技場と、クレーのサブグランド、
そして、税金の無駄遣いだと私は思っている、野球にしか使えない立派過ぎる野球場。

そのスポーツ施設の側道に、銀杏の木が並んで植わっています。
その側道の横の道を走っていた時、
「ぎんなんは、台風でみんな落ちたなあ。」娘が言いました。
黄色い葉っぱの隙間に少し濃い目の黄金色の実が、台風の前に通った時には、
鈴なりに実っているのが見えていましたが、
運転しながら横目で見ても、黄色しか目に入りませんでした。

「ほんまや、みんな落ちたなあ。」

「うわあ、いっぱい踏んどかはるわ。」

「えーっ、臭いのになあ。」
「ぎんなんは、美味しいけど、ウンコの臭いがするからなあ。」
笑いながら、危険に挑戦してみました。

「あほっ、言わんといて。」
「セッケン、セッケン。」
「父さんも、セッケンって言うといて。」

汚いものの単語が出たとき、娘は、せっけんという言葉を重ねて、消去するのです。
幼児みたいで、普通の人から見れば、あほな話だと思います。
でも、イメージの世界の病気なので我々親子には、真剣そのもののやり取りなのです。
このときは、娘も笑いながら言っていたので、セーフです。

危険回避が出来たようなので、かぶせてもう一つ挑戦しました。

「大丈夫や。」
「まったく、大丈夫。」
「ウンコの臭い、大丈夫や。」

「もうやめて。」

これも、笑顔だったので、もう少し深入りすることにしました。

「おまえの病気は、頭の中で考えることやろ?」
「と言うことは、ひょっとしたら、簡単に治るのかもしれん。」
「右か左かってことや。」
「おまえには、右しかないんやけどな。」
「ちょっと、左に行ってみようってことが出来ればええんや。」
「キム・チョルスが、母さんが地面に書いた線を越えられへんかったやろ。」
「あれと、いっしょや。」
「あの線が、えいって越えられたら楽になるんや。」
「そう思わへんか?」

「うん、もうちょっとかなと思う。」
「でも、なかなかかもしれん。」
「ただの線なんやけどなあ。」

「風邪なら、ウイルスの仕業やから、ウイルスを退治せんとあかんけど。」
「おまえの病気は、おまえが治せるんや。」
「えーいって、線を越えれば、それでええんや。」

「そんな簡単なもんと違うんやで。」

「解ってる。」
「出来たらええなあって話や。」
「ひょっとして、簡単かもしれんなあって話や。」

「そうやなあ、もうちょっとかなあ。」

これが、娘と交わした、”スターの恋人”の話です。

数年前に,この話をしたら、娘は大爆発だっただろうと思います。
今日も、顔は笑いながらでしたが、私の心は、汗びっしょりでした。

でも、いつの間にか、こんな話が出来るようになったと、
”どきどきびくびく”の後、心の中に笑みがこぼれました。

大波小波、まだまだ厳しい台風の日もあると思います。

でも、着実に、トンネルの出口に向かっているのだと確信しています。

今、希望が、なかなか持てずに、苦しんでいる人にも、
娘と同じように、ときどきほんのり明るく、
「あれがトンネルの出口かなあ。」と思えるような瞬間が、きっと突然感じられます。
ある日突然です。

我々親娘も、焦らずに、そして諦めずに歩きます。
信じて、焦らずに、そして諦めずに、助け合いながら歩きましょう。

トンネルの出口にある素敵な喫茶店で、
みんなで笑いながら、話が出来る時が来るまで。


Comment

良くなってる。

ちょうど今朝、母と夢ととの病気の事を話してました。
いつも、朝のまだ父が起きて来ない朝食時に母と二人で話します。
といっても、たいがいは夢ととが1人語りをしてるのですが…

今朝は、
「こうやって普通にご飯食べたら、『あたしって治ったんちゃう』って思うねん」
「でも、(主治医の)先生に話したら『焦ったらアカン』って言われるねん」
「薬減らしてって言っても、2〜3ヵ月その状態が維持できたらっていわはんねん」
「でも、今回のシフト(16日〜15日の1ヵ月)休みもうんと少なくなってしまったけど頑張れたもんなぁ」
「働いてる方が良いのかなぁ、ホンマはめちゃしんどいし休みも何も出来へんけどなぁ」

母は、時折「うん」とか言ってました。

夢とともその時
「ホンマは健康で気持ちの問題だけかと思たりすんのよねぇ」と話しました。
心の中では(そうやったら何ぼえぇやろ)って思いながら…


前のコメントのおやじが書いてくれはった返事に
「もうひとりわたしが居て、私を助けてくれたらなぁ」みたいな夢ととの心の声がありましたよね。
ホンマにそう思いました。
っていうか、思ってます。

誰かに判って欲しいとも強く思います。
難しいんでしょうね。

いつか出口で会いたいねぇ

いつかホントにトンネルの出口の喫茶店で会いたいですね!
どんなトンネルをくぐると出口があるんだろ。
きっと入口はいろんな場所にあってどこかで一緒になって出口なんでしょうね。

その頃には夜中の外出も自由で泊まりも自由になるだろうから、喫茶店の後は居酒屋行って飲んで食べてワイワイがやがや思い出話に花を咲かして明け方まで語り合いたいですねぇ。

自分がいつか死ぬ前に是非夢の井戸端会議が本物になると良いなぁ

夢ととへ

すべて解ってもらう、すべて解るっていうのは、不可能なんやろうね。

だいたい解ってもらえてる、だいたい解るってことで満足するべきなんやろうね。

それ以上は、一生懸命のそれ以上と同じで、
期待してたのに裏切られたなんていう気持ちが出たりして、あかんのかもしれんね。

俺が、よく言ってる、たとえ間違ってていても一生懸命。
そんな気持ちがある人なら、だいたい解ってくれていればいいものやと思うやろ?

まず、自分自身を見つめている、もう一人の自分、
これが一番の理解者で、その次は、私のために一生懸命になてくれる人や。

私のために一生懸命になってくれている人は、必ず、いるものやから、
その人たちに甘えることかなあ。

難しいなあ、うまく表現出来へんなあ。

甘えられると思う人に、甘える、かなあ。

でも、夢ととは、自分に厳しいから、なかなか、自分が甘えることを許さへんねんなあ。
それは、素晴らしいことなんやけど、貫くのは、しんどいなあ。

と言うことで、元に戻るけど、あんたの中の、もう一人のあんたが助けてくれたらなあってこと。
もう一人、夢ととと同じような人がいて、
その人が、夢ととを助けてくれたら受け入れられるんやろうなあ。

あんたが、人のことを細かく見れる人やから、
相手のことを考えて、気遣いせずにすむような優しい接し方のできる人やから、
相手を見破りすぎるのかもしれんなあ。

まあ、できるだけ、ゆっくりしいや。

ミミリンさんへ

いつか死ぬ前になんて、遠い話じゃなく、実現しましょう。

トンネルの出口にたどり着く前のミーティングっていうのでもいい。
力を合わせて出口に向かう為の作戦会議かなあ。
それが、ただの井戸端会議になってもかまわない。

そんな感じで、会議を計画しましょうか?

実際、いろいろ考えたりもしてるのですが、
うちの娘も含めて、なかなか、まだまだ自由に動けない仲間が多いからねえ。

日本の真ん中の京都あたりで、どうかなあとか、
移動が必要のない駅前で、清潔なホテルならどうかなあとか、
中には、家族の集いなんかに参加している方もいるようですから、
そんな形で集まれないかなあとか、模索しています。

ただ、まったくの横並びで、誰かが上からものを言って、難しい話を検討するとかいうのじゃなく、
気楽な井戸端会議って形のもので、
話し合える機会があればいいのになあって夢描いています。

ぜひ本物にしましょう、井戸端会議。

コメントの投稿

-----------注意事項-----------

コメント欄ににコメントいただいた内容は、
ブログの本文に引用することがあります。
このことをご了承の上でコメントをお願いします。

管理人にのみ表示する
 

Track Back

TB URL

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

カウンター

プロフィール

一人の父親

Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

ブログ内検索

RSSフィード

リンクと読んでいるブログ