512.過保護
2009.10.12 [ Edit ]
16日の19時、大阪南港発のフェリーで17日の8時に宮崎港着。
17日の開会式に出て、18〜20日まで試合をこなして、
20日19時、宮崎港発のフェリーで帰ってくる。
そんなスケジュールで、滋賀県チームの、
選手兼、監督兼、雑用係兼、添乗員をさせていただきます。
この2ヶ月間、選手選考に始まって、申し込みやら、宿泊手配やら、
なかなか準備で忙しかったのですが、
残すところ一週間までこぎつけました。
スケジュールを細かく書いて、旅行のしおりを作成して、
メンバー18名には配り終えているのですが、
なにぶん、50歳を超えたオヤジ集団なので、いろんな奴がいます。
「何時に何処で集合やったかなあ?」
「ユニフォームは、どれを持っていけばええのかなあ?」
「泊まるホテルは、どこやったかなあ?」
「帰ってくるのは、何時ごろになるのかなあ?」
細かく書いて配ってあるのに、
子供みたいに聞いてくる奴が、必ず何人かいるのです。
「スケジュール表を作って配ったつもりやけど、おまえには渡してなかったかなあ?」
皮肉を返しても、まったく悪びれずに、
「すまんすまん、読んでへんわ。」
「そんな奴は、迷惑やから、連れて行かへんことにする。」
「そんなに怒るなよ。ハハハ・・」
と、笑いで終わるのですが、
ちょっと言いすぎだとも思いますが、社会生活のルールの認識のない奴かな。
いろいろな想定を考えて、やっとこさ決めたことに対して、
「これは、こうしたほうがええと思うんやけど。」
「車で行くんやったら、荷物がすべて載せられへんのと違うかなあ?」
細かな部分で、無責任に発言してくる奴。
「細かい指示をしてくるんやったら、任せてやるから最初からやれ。」
「荷物が載せられへんと思うんやったら、自分の荷物は送っとけ。」
これも、笑いながらあしらっておくのですが、
いつものことながら困ったものです。
まあ、こんな奴は、どこにでもいるものですけどね。
学生はもちろんのこと会社で立派な社会人の顔をしていても、たくさんいるもので
す。
偉そうなことを言っている私も、
きっと立場が替わって世話されるほうにまわれば、そんなふうな奴になるのでしょう。
そんなことがあっても、信頼はしてくれているので、
ほとんど、主張がぶつかることはないし、
先輩から、「黙って、言うこと聞いとけバカ。」の一言が出たり、
率先して手伝ってくれる先輩がいたりするものですから、
うまくバランスが取れて、楽しく、温かい、いい集団なのですけどね。
それぞれが、生まれも育ちも違った仲間ですし、考え方も違って当然なのですが、
それぞれ、サッカーを一生懸命やってきたというところで繋がっていますから、
そこのところで、すべてがオッケーになるのだろうと思っています。
そんな楽しい、大人の修学旅行に5泊6日のスケジュールで宮崎に行きます。
「父さん、5泊もするの、かなんなあ。」
不安そうに娘が言いますが、
岩手も青森も、鳥取も、韓国も行っていますから、安心はしています。
と言うより、過保護からの脱却の為には、ちょうどいい私の不在かなと考えます。
17日の開会式に出て、18〜20日まで試合をこなして、
20日19時、宮崎港発のフェリーで帰ってくる。
そんなスケジュールで、滋賀県チームの、
選手兼、監督兼、雑用係兼、添乗員をさせていただきます。
この2ヶ月間、選手選考に始まって、申し込みやら、宿泊手配やら、
なかなか準備で忙しかったのですが、
残すところ一週間までこぎつけました。
スケジュールを細かく書いて、旅行のしおりを作成して、
メンバー18名には配り終えているのですが、
なにぶん、50歳を超えたオヤジ集団なので、いろんな奴がいます。
「何時に何処で集合やったかなあ?」
「ユニフォームは、どれを持っていけばええのかなあ?」
「泊まるホテルは、どこやったかなあ?」
「帰ってくるのは、何時ごろになるのかなあ?」
細かく書いて配ってあるのに、
子供みたいに聞いてくる奴が、必ず何人かいるのです。
「スケジュール表を作って配ったつもりやけど、おまえには渡してなかったかなあ?」
皮肉を返しても、まったく悪びれずに、
「すまんすまん、読んでへんわ。」
「そんな奴は、迷惑やから、連れて行かへんことにする。」
「そんなに怒るなよ。ハハハ・・」
と、笑いで終わるのですが、
ちょっと言いすぎだとも思いますが、社会生活のルールの認識のない奴かな。
いろいろな想定を考えて、やっとこさ決めたことに対して、
「これは、こうしたほうがええと思うんやけど。」
「車で行くんやったら、荷物がすべて載せられへんのと違うかなあ?」
細かな部分で、無責任に発言してくる奴。
「細かい指示をしてくるんやったら、任せてやるから最初からやれ。」
「荷物が載せられへんと思うんやったら、自分の荷物は送っとけ。」
これも、笑いながらあしらっておくのですが、
いつものことながら困ったものです。
まあ、こんな奴は、どこにでもいるものですけどね。
学生はもちろんのこと会社で立派な社会人の顔をしていても、たくさんいるもので
す。
偉そうなことを言っている私も、
きっと立場が替わって世話されるほうにまわれば、そんなふうな奴になるのでしょう。
そんなことがあっても、信頼はしてくれているので、
ほとんど、主張がぶつかることはないし、
先輩から、「黙って、言うこと聞いとけバカ。」の一言が出たり、
率先して手伝ってくれる先輩がいたりするものですから、
うまくバランスが取れて、楽しく、温かい、いい集団なのですけどね。
それぞれが、生まれも育ちも違った仲間ですし、考え方も違って当然なのですが、
それぞれ、サッカーを一生懸命やってきたというところで繋がっていますから、
そこのところで、すべてがオッケーになるのだろうと思っています。
そんな楽しい、大人の修学旅行に5泊6日のスケジュールで宮崎に行きます。
「父さん、5泊もするの、かなんなあ。」
不安そうに娘が言いますが、
岩手も青森も、鳥取も、韓国も行っていますから、安心はしています。
と言うより、過保護からの脱却の為には、ちょうどいい私の不在かなと考えます。
簡単に過保護と言ってしまいましたが、
実は、過保護という言葉に、私は、すごく抵抗があります。
私が娘にしていることは、”普通の人”から見れば、
きっと過保護に見えるものだと思います。
これは、解ってもらおうとも思っていないし、解るものでもないと思います。
同じ立場の人には解ってもらえると思いますが、
”普通の人”には、理解できないものなのだと思います。
いつだったか、肥った人に対する見方を書いた時に、
「これからは、肥った人を見た時に、我慢の足りない人だと言う見方を変えます。」
こんなことを言ってくれた人がいました。
「肥ってる奴は、自分で気がつくべきで、その前に自己制御できるはずです。」
「だから、俺は、肥ってる奴がきらいなんです。」
こう言っていた、会社の後輩に対して、
「そうやなあ。」と言いながら、反論はせずに、
「うちの娘は、病気で肥ってしまったんやけどなあ。」
なんて、心の中で考えていた話です。
病気で肥ってしまったというのは、ちょっと言いすぎかもしれません。
自己コントロールは出来たものだったのかもしれません。
薬が、脂肪燃焼を妨げる副作用があると言っても、
同じ薬を飲んでいて肥っていない人もいるわけですし、
食べる量のコントロールをすればよかったのかもしれません。
外になんて出られないし、自分の部屋にも入れない。
風呂に入ったら、家の中も自由に動けない。
せっかく風呂に入って汚れを落としたのに、
また汚れたら、すぐに風呂に入らないといけない。
一日に、何回も何回も風呂に入らないといけないのに、それ以上は嫌だ。
大切にしていたものを、汚れたと思って捨てていかないといけない。
捨てるのにも、罪悪感と自己嫌悪がつきまとう。
そのほかにも、数え上げればきりがないほどの、心の中の悪魔の所業。
「どうしたらええんやろ?」という不安と、
「もう、いやや。」っていう悲しさと、悔しさと、半ばの諦め。
それを、すべてまとめた言葉が、
「生きるのしんどい。」っていう言葉だったのだと思います。
そんな娘を見て、「食べるな。」なんて言えませんでしたし、
いろんなことを許してきたと思います。
「我慢しなさい。」
「頑張りなさい。」
「努力しなさい。」
そんな言葉を、封印してきた私がいます。
それを過保護だと言われれば、そうかもしれません。
そうかもしれませんが、どうしようもないのです。
面と向かって、過保護だと言われたことはありませんが、
そう思っているニュアンスを含んだ言葉は、たくさん聞きました。
「わからへんやろうなあ?」
「しゃあないわなあ。」
「まあええやろ。」
「自分でがんばろ。」
そんなふうに解決して、ぎりぎり生きてきました。
そんなことで、過保護っていう言葉、
どうも好きになれない言葉なのです。
それに加えて、過保護で済ましてやってはいけない境遇の人が多くいることを、
「わかってほしいなあ。」
「わかってくれへんかなあ?」
「無理なんやろうなあ。」
そんなふうに、考えてしまう私がいます。
実は、過保護という言葉に、私は、すごく抵抗があります。
私が娘にしていることは、”普通の人”から見れば、
きっと過保護に見えるものだと思います。
これは、解ってもらおうとも思っていないし、解るものでもないと思います。
同じ立場の人には解ってもらえると思いますが、
”普通の人”には、理解できないものなのだと思います。
いつだったか、肥った人に対する見方を書いた時に、
「これからは、肥った人を見た時に、我慢の足りない人だと言う見方を変えます。」
こんなことを言ってくれた人がいました。
「肥ってる奴は、自分で気がつくべきで、その前に自己制御できるはずです。」
「だから、俺は、肥ってる奴がきらいなんです。」
こう言っていた、会社の後輩に対して、
「そうやなあ。」と言いながら、反論はせずに、
「うちの娘は、病気で肥ってしまったんやけどなあ。」
なんて、心の中で考えていた話です。
病気で肥ってしまったというのは、ちょっと言いすぎかもしれません。
自己コントロールは出来たものだったのかもしれません。
薬が、脂肪燃焼を妨げる副作用があると言っても、
同じ薬を飲んでいて肥っていない人もいるわけですし、
食べる量のコントロールをすればよかったのかもしれません。
外になんて出られないし、自分の部屋にも入れない。
風呂に入ったら、家の中も自由に動けない。
せっかく風呂に入って汚れを落としたのに、
また汚れたら、すぐに風呂に入らないといけない。
一日に、何回も何回も風呂に入らないといけないのに、それ以上は嫌だ。
大切にしていたものを、汚れたと思って捨てていかないといけない。
捨てるのにも、罪悪感と自己嫌悪がつきまとう。
そのほかにも、数え上げればきりがないほどの、心の中の悪魔の所業。
「どうしたらええんやろ?」という不安と、
「もう、いやや。」っていう悲しさと、悔しさと、半ばの諦め。
それを、すべてまとめた言葉が、
「生きるのしんどい。」っていう言葉だったのだと思います。
そんな娘を見て、「食べるな。」なんて言えませんでしたし、
いろんなことを許してきたと思います。
「我慢しなさい。」
「頑張りなさい。」
「努力しなさい。」
そんな言葉を、封印してきた私がいます。
それを過保護だと言われれば、そうかもしれません。
そうかもしれませんが、どうしようもないのです。
面と向かって、過保護だと言われたことはありませんが、
そう思っているニュアンスを含んだ言葉は、たくさん聞きました。
「わからへんやろうなあ?」
「しゃあないわなあ。」
「まあええやろ。」
「自分でがんばろ。」
そんなふうに解決して、ぎりぎり生きてきました。
そんなことで、過保護っていう言葉、
どうも好きになれない言葉なのです。
それに加えて、過保護で済ましてやってはいけない境遇の人が多くいることを、
「わかってほしいなあ。」
「わかってくれへんかなあ?」
「無理なんやろうなあ。」
そんなふうに、考えてしまう私がいます。
Comment
良いなぁ…
私は、毎回記事を読ませていただいていますが
過保護だと感じたことはありません
親の愛だと想います
年は関係ないと想います
今、娘さんにとって一番必要なのは
子供に返って、受容を思う存分受け取って
満たされなかった昔の欲求を満たしてあげることだと想うので
理解して、認めて、受け止めてあげることだし
昔できなかったことを謝ってあげることだと想うし
だから、これが、家族の愛でなくてなんでしょう
全然過保護だとは想いません
愛こそが人を癒し、回復させるのだと想います
本当におっちゃんには忍耐が要る大変なことで
投げ出したくなるようなことなのに
逃げないでいるのは、やはり親の本能って素晴らしいなー
って、いつも感動してます
一生かけて護るって、想ってらっしゃるんだろうなー
って、勝手に感心してます
私だって、3人の娘、息子たちがいますが
子供の為なら、きっと親は自分の人生捧げられちゃいますね
健康に気をつけて、頑張りすぎないで、けっぱってくださいね
過保護だと感じたことはありません
親の愛だと想います
年は関係ないと想います
今、娘さんにとって一番必要なのは
子供に返って、受容を思う存分受け取って
満たされなかった昔の欲求を満たしてあげることだと想うので
理解して、認めて、受け止めてあげることだし
昔できなかったことを謝ってあげることだと想うし
だから、これが、家族の愛でなくてなんでしょう
全然過保護だとは想いません
愛こそが人を癒し、回復させるのだと想います
本当におっちゃんには忍耐が要る大変なことで
投げ出したくなるようなことなのに
逃げないでいるのは、やはり親の本能って素晴らしいなー
って、いつも感動してます
一生かけて護るって、想ってらっしゃるんだろうなー
って、勝手に感心してます
私だって、3人の娘、息子たちがいますが
子供の為なら、きっと親は自分の人生捧げられちゃいますね
健康に気をつけて、頑張りすぎないで、けっぱってくださいね
ミミリンさんへ
無理に突き放すことはないと思う。
ただね、自分のマインドもコントロールする必要がある。
自分の心にも傷がついてしまったら娘さんは、誰が助けるの?
そんなふうにも思うでしょう?
無理に突き放さずに、仕方ないことを作るようにするのです。
会社の出張があったり、
親しい人の送別会があったりするでしょう?
それをね、娘さんに相談してみることです。
「母さん、あの人には、ずいぶん世話になったんだけど、送別会に行くべきかなあ?」
なんて、相談をするのです。
「行ったら、いやだ。」って言うかもしれないし、
「わたしを放っておくのか?」なんて毒づくかもしれませんが、
「母さんに、悪いなあ。」って、必ず思いますよねえ。
それが、絶対に良いことだと言っているのでもありませんし、
無理に薦めているわけでもないのですよ。
私がしてきたこと、考えていることだと言うことです。
そんなことを、私は、繰り返してきました。
今回、遠征に行っても、いや、行く前から、
「やめとこうかな?」
「帰ろうかな?」
「どうしてるかなあ?」
の、連続になるのですけどね。
行ってしまって、帰ってきたら、必ず、階段を一段上れている娘がいるのです。
それからね、私がしていることを、家族の誰かが代わりにしていることにも気づきます。
いや、もちろん、いつも、家族は、そうしてるのですが、
無理やり、自分を娘から遠ざけると、その後、
「よかったなあ。」って感想になるものです。
ずいぶん勇気が要る決断ですけどね。
もちろん、娘の病気が酷かったころは、そんなふうに考えられなかったですし、
毎日が、なんというか、恐怖のどん底みたいな感じでしたから、
あくまで、今現在の、私の話ですけどね。
人それぞれですから、こんな話はしてはいけないのかもしれませんが、
私の経験というか、そんなものを、聞いてもらいました。
なんとなく、わかってくださいね。
ただね、自分のマインドもコントロールする必要がある。
自分の心にも傷がついてしまったら娘さんは、誰が助けるの?
そんなふうにも思うでしょう?
無理に突き放さずに、仕方ないことを作るようにするのです。
会社の出張があったり、
親しい人の送別会があったりするでしょう?
それをね、娘さんに相談してみることです。
「母さん、あの人には、ずいぶん世話になったんだけど、送別会に行くべきかなあ?」
なんて、相談をするのです。
「行ったら、いやだ。」って言うかもしれないし、
「わたしを放っておくのか?」なんて毒づくかもしれませんが、
「母さんに、悪いなあ。」って、必ず思いますよねえ。
それが、絶対に良いことだと言っているのでもありませんし、
無理に薦めているわけでもないのですよ。
私がしてきたこと、考えていることだと言うことです。
そんなことを、私は、繰り返してきました。
今回、遠征に行っても、いや、行く前から、
「やめとこうかな?」
「帰ろうかな?」
「どうしてるかなあ?」
の、連続になるのですけどね。
行ってしまって、帰ってきたら、必ず、階段を一段上れている娘がいるのです。
それからね、私がしていることを、家族の誰かが代わりにしていることにも気づきます。
いや、もちろん、いつも、家族は、そうしてるのですが、
無理やり、自分を娘から遠ざけると、その後、
「よかったなあ。」って感想になるものです。
ずいぶん勇気が要る決断ですけどね。
もちろん、娘の病気が酷かったころは、そんなふうに考えられなかったですし、
毎日が、なんというか、恐怖のどん底みたいな感じでしたから、
あくまで、今現在の、私の話ですけどね。
人それぞれですから、こんな話はしてはいけないのかもしれませんが、
私の経験というか、そんなものを、聞いてもらいました。
なんとなく、わかってくださいね。
まこさんへ
温かい励ましありがとうございます。
過保護って言うのは、見る人のポジションで、ずいぶん違うものですよね。
でも、なかなか確信を持って進めないなあっていうのが本音です。
とにかく、一生懸命、必死であればいいっていうのが持論なのですが、
猛進してしまってはいけないと、何度も何度も振り返ってしまう自分もいますから、
持論ですというほど、硬いものでもないようです。
おっさんですけど、”迷える子羊”です。
でも、まこさんがおっしゃるように、親は子供の為ならってことですよね。
けっぱります。
「負けへんぞ。」って思いながら、けっぱります。
迷いながらも、けっぱります。
過保護って言うのは、見る人のポジションで、ずいぶん違うものですよね。
でも、なかなか確信を持って進めないなあっていうのが本音です。
とにかく、一生懸命、必死であればいいっていうのが持論なのですが、
猛進してしまってはいけないと、何度も何度も振り返ってしまう自分もいますから、
持論ですというほど、硬いものでもないようです。
おっさんですけど、”迷える子羊”です。
でも、まこさんがおっしゃるように、親は子供の為ならってことですよね。
けっぱります。
「負けへんぞ。」って思いながら、けっぱります。
迷いながらも、けっぱります。
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輝いてる姿は娘さんがたとえ、嫉妬をされたとしても見せ続けるべきだと思うので、怪我に気をつけて頑張ってください。
身近で特にいつも一緒に居る人間が大変な中でも生きる喜びを見せることは大事だと思います。
もちろん嫉妬だけにならないようにホローはとても大事で、病気でも、やれる範囲、残されてる部分で人生を楽しんでくれたら…といつも思います。
だから私も、許せる中で、極力楽しい事にチャレンジしたいと思ってます。
でもたまにその時間があったら、もっと娘を見なよ。とお叱りを受けそうですが、毎日仕事以外を娘に費やしてたら、自分の人生が無くなってしまいそうでそれこそ怖いです。
でも、実際は母親になりきれてないのかもしれません。もっともっと研究して娘が良くなるように工夫するべきかもしれません。しかし、それが近頃は必要以上の過保護に匹敵するような気がしてきました。それなら十分過保護過ぎる程見てきたか…と言われると、したようなしないような…ですが、おっちゃんと同じで、少し距離を置く時も大切な気がしています。
しかし、それだけ安定してるということかもしれません。ずっと停滞期の娘に足を痺れさせられてるのかもしれません。
しかし、やっぱりおっちゃんはお父さんであり、お母さんではないんだな。…と思いました。
奥さんは旅行とか行かれますか?おっちゃんが行かせてあげてますか?自由をさせてあげてますか?
あっ、でも中国だったっけ?妹娘さんとこの間、行かれてるから奥さんもそれなりに行動できるんだ。お互いに協力しながら娘さんを看ているんですね。
いいなぁ。
私は、まだまだ旅行なんて絶対無理です。家族も私が行くなんて言ったら猛反対にあうと思います。
私の代わりに娘を一日見ようなんて言ってくれる人はいないです。カンの強い赤ちゃんをみるようなもんで、数時間は見れても数時間で帰ってきてね。…って具合です。
親離れ、子離れなんてまだまだな気がします。
おっちゃん、私の分まで、謳歌してきてください。あ、嫌みじゃないです。ホントにそう思います。私はいつ泊まりが出来るんだろう。私一人で行けないと思ってるんだろうか。行こうと思えば何とかなっちゃうんだろうか。
私も友達や会社の仲間と旅行にいきたいなぁ…。