強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

513.喫茶店のジンシルさん

2009.10.13 [ Edit ]

いつものように、娘の、「ヒマやー。」の声で、
いつもの喫茶店までのドライブ。

私の若いころには、24時間営業の喫茶店なんて、ほとんどありませんでしたし、
娘の病気と闘うにあたって、ほんとに助けられている場所です。

喫煙コーナーの、いつもの場所に座っていると、
素敵なカップルが入ってきました。

なんとも言えない品の良さ、
おとなしさ、賢さ、優しさ、温かさ。
そんなものを、すべて感じさせるような雰囲気の二人でした。

年恰好は、25〜6歳くらいかなあ。
大学生なのかもしれません。
女性のほうは、韓国女優のチェ・ジンシルさん。
小柄で品のある美人顔。
男性のほうは、スターの恋人でのユ・ジテ。
芯の強さのなかに知性を含んだ優しさを感じる男前。

ちょっとマニアックな表現なので、解りづらいかもしれませんが、
娘と私の感想が合致しましたから、そんなに外れてはいないと思います。

とにかく、「ええなあ、ええ感じやなあ、あの二人。」と言う感じで、
娘と二人で、見とれてしまいました。
「男の人は、センスええ感じやけど、女の人が、ちょっと華やかさがないなあ。」

「そうかなあ、あのプリントのワンピースは、今風じゃないけど、ええもんやぞ。」
「まあ、あの白いベレー帽は、いかにも金持ちのお嬢さんの趣味やなあ。」
「きっと、良家の子女カップルなんやろうなあ。」
「彼女の持ってるバッグも、ビトンやエルメスやってことを感じさせてないところがええ。」
「けっこう良いものやし、服にうまく合わせて持ってはるで。」

「うん、そんな感じやなあ。」
「ヒールと違って、スニーカーをうまく合わせてはるしなあ。」

「女の人が、べっぴんさんやから、目がそっちに行くんやけど。」
「男のほうも、なかなかカッコええで。」

「うん、あんまり男前じゃないけど、カッコええわ。」

「あれはなあ、きっと、昔で言えば、貴族階級の息子やなあ。」
「二人ともが、大きな病院の院長さんの子供なんや。」」
「それで、父さんどうしが友達なんや。」
「家どうしのパーティーで知りあったんや。」
「たぶん、そんなところやなあ。」

「あんたな、ドラマの見すぎで、頭おかしいのと違うか?」
「見もしらん人の値踏みみたいなことして、失礼やで。」

「別に、勝手な空想してるだけやから、ええやろ。」
「まあ、なんとなく、羨ましがってるところは、ちょっとな情けないけどなあ。」
「それにしても、最近、あまり目にしない清清しさを感じるなあ。」

「うん、それは、そんな感じやけどなあ。」
「わたしも、痩せたいなあ。」
「恋人も欲しいなあ。」
「どこか行くっていうても、オヤジとしか行けへんもんなあ。」

「焦らんでも、出来るときがくるわ。」
「ちょっとずつや。」
「はやく、父さんも、一人で動き回らんと、爺さんになってしまうしなあ。」

「わたしといるのが、迷惑やっていうことか。」
「一人で動いて、何がしたいねん、あほか。」

「べつに迷惑ではないけど、まあ、そんなことや、ははは・・」

そんな、たわいもない話をしていました。
喫茶店に入って、勝手に周りの人のドラマを作るのが、私の趣味かなあ。
ちょっと、悪趣味かもしれません。

そんな、たわいもない空想の世界の話をしていたときの娘の表情に、
羨ましさと、悔しさを感じてしまったのは、すこし辛かったのですが、
普通に対する目標としての悔しさを、
病気との闘いの中の、心の糧にすることも大切なことだと考えながら、
あえて、娘の、時々少し暗くなる表情を無視して話した、
空想のお話でした。

Comment

いつも出て来てすみません

ついコメントを載せるくせになってしまってます。私が毎回載せてるので、他の方がコメントしづらいようでしたらすみません。気にせずお願いします。

おっちゃん、いつも丁寧な返信コメントをありがとうございます。
忙しかったり面倒な時はいいよぉ、と思いながら、おっちゃんの返信に期待してしまいます。
でも、返信は無理な時は遠慮なく辞めといてください。お願いします。


私も娘と毎日手作りパン屋さんで、いろんな話を楽しんでます。

娘が拒食症になったころ、何とか食べて貰いたいと思っていろんなところに連れて行きました。
もちろん家でも工夫してきましたが、娘も真剣に悩んでるんですが、家で食べれないそうです。
そして、いつも似たようなパンを食べてます。
始めは何でも食べてくれる事がただただ嬉しかった。
しかし、こんなに長くパン屋さんに通うとは想像外だった。
娘は毎回詫びてくる。詫びる言葉が暗くて私の心まで暗く重くなる。
それを吹き飛ばすように気にしない、気にしない。楽しく行こうと明るく返事をする。店の人も毎回来るから何かあるんだ。と悟ってくれてるようで、みんな暖かく迎えてくれる。
近頃はそこへ来る少し年配のお客さんとも、世間話をする仲になった。

娘とは、たまにおっちゃんの話もする。娘さんの状況も話する。会社の出来事も話す。
娘は私と母以外とは出掛けないから話題が少ない。だから私がいろんな話を振る。娘は青春時代をどこかに置き去りにして、中年になってしまったかのようだ。少女の仮面をつけた中年だ。

おっちゃんのたわいもない会話。わかります。
でも、すごく親しそうですね。前からじゃないですよね…。ここまで親しくなったんですよね。

私も娘が調子が悪くなりこんなに親しくなれるとは思ってもみなかった。
娘の心の中が大体わかる。きっと私の心ん中も大分わかるようになったと思う。

病気もたまには感謝しなきゃな…。
でも、早く治って欲しい。美味しい物いっぱいあるんだもん。いっぱい味わってほしい。
いつか食べれるようになるかなぁ…。




ミミリンさんへ

たぶん、毎日、毎日、同じパン屋さんに行くこと、最初は抵抗があったのではないかと想像しています。

「周りが変に思ってるだろうなあ。」とか、
「どう思われてるのかなあ?」とか、
必死だから、そんなに気にはならないのですが、
それでも少し、恥ずかしいような気がする。

そんなことは、なかったですか?

「母は強し」だから、そうでもなかったかな?

私は、今でも少し、周りを気にしてしまいます。
くだらない見栄なのですけどね。

「わたしと、いっしょに行くのは、嫌か?」

娘が、気を使って、そんなふうに聞きますけど、
嫌なことはないし、大丈夫というか、平気なのですが、
心の底で、なんとなく周りを気にしてしまう。
喫茶店で、しくしく泣いてる娘と、必死で慰めている親父は、周りから見ると変な感じやろうなって思ってしまうのです。

まあ、心の底の、少しだけの話ですけどね。

心の中のほとんどの部分では、
周りなんて目に入らずに、
「どういうふうに言ってやれば。」とか、
「どうしてやったら?」とか、
必死に考えていますからね。

だいたい、もともとが、どこへ行くのも、男同士でないとというような、
変な、古臭い考えのおっさんでしたから、
まあ、いろんなところに平気で行けるようになったのも、
病気のおかげです。

今行ってる喫茶店の前に、娘の症状が最悪だったころ、
まだ、私が会社を辞めていなかったころに、毎夜毎夜、夜中の3時ころに行っていた喫茶店がありますが、
そのころのこと、その喫茶店のことを、よく娘と懐かしく話し合います。
「あのころ、毎晩、あそこの喫茶店で泣いてたなあ。」
「周りが、変な目で見てたなあ。」
「でも、あそこの喫茶店に感謝してる。」
「助けてもらったって思ってる。」
そんな話を娘がします。

ミミリンさんの、パン屋さんも、少しずつ、いろんなものが食べられるようになって、突然、家でも食べられるようになって、
娘さんの気持ちが一段、階段を上がった時には、
そんな母娘の思い出話になるのだろうと思います。

「今は、家で食べられへんけど、いつか食べられるようになるから。」
「今は、母さんが守ってくれているから安心してたらええ。」
「家で食べられへんかっても、悩まんときなさい。」
「焦らなくても大丈夫や。」
「今の仕事は、自分を楽にさせてやること。」
「それだけでええんやで。」

おっさんが、こう言っていたと、娘さんに伝えてください。

「いっしょに、ゆっくり歩いていこうな。」

これも、伝えておいてください。



お嬢さんの「普通に対する目標としての悔しさ」って、なんだか分かるような気がします。
私が普通の人を見て思うこと。
たとえば芸能人(これは普通の人とは違うけど)見て
「この人だって普通にトイレ行けるんだろうなぁ。時間制限のあるなかで着替えたり、いろいろするのに、いちいち何が触ったとか言わないんだろうなぁ」、
子供づれの方を見れば
「本当は私もああして子供の世話をしていていいはずだったんだ。子供育てていれば、何かに触ったんだのいちいち言ってられないし、自分のトイレだって大急ぎだっていうから、普通に入れるし、子供のトイレもお風呂も世話して、それでもああして笑顔だって見せられるんだよなぁ」って、普通の人に対する羨ましさでみじめになります。

あと、私の場合、この状態になるまえに、すでに不安神経症でいたんですが、親とのかかわり方が、ミミリンさんや親父さんと状況が違うせいか、親との心の距離はむしろ遠くなった気がします。
親といる時間は確かに最近は長くなって、小さい頃放っておかれた分今一緒にいる時間があるような気がするんですが、それがトラブルの元になり、世間話なんてとてもできない。言い争いになって。距離が近くなってはいけない間柄みたいです。天敵みたいな親子なんで・・・
そう、普通に親と会話したいです。これも普通に対する羨ましさ。

ながながごめんさないです。
お父さん、あさってから遠征ですね。気をつけて行ってらっしゃいませ。

モモさんへ

私の生き方、ポリシーからすると、
「どんな親でも、仲良くせんとあかん。」
なんてことを、言いたいのですが、
このブログでも、迷いながら書いた覚えがありますが、
私は、母親と、いがみ合っているので、実は、そんなことを言う資格がありません。

いがみ合っていると言うか、あまり言いたくないことですが、
私の母親は、3年前に、家族に黙って、突然、家を出て行きました。
行き先も告げずに、自分の荷物をまとめて、引越し屋さんを手配して、出て行きました。
直接聞いてはいないのですが、家族全員が知っている、ある男性と、家を買って、二人で住んでいるそうです。

いちいち母親の悪口を並べ立てるつもりはありませんが、
私と母親も、天敵みたいな親子です。

「ええ歳なんやから・・・」などと意見をしてくれる先輩もいますが、
いろいろな事象が、すべて許せないのです。
許せないと言っても、私が、母親を家から追い出したわけじゃないのですよ。

たぶん、モモさんも、経験していると言うか、感じていることだと思いますが、実の親との天敵みたいな関係っていうのは、
人には、解ってもらえないものですから、この話を人にすることは、
ほとんどありません。

だれでも、「実の親やろ??」ってことになりますからね。

時々、子供たちに言います。
「おまえらには、母さんがいて、ええなあ。」
「父さんには、助けてくれる母さんは、いないからなあ。」
「映画みてても、苦しいときは、お母さんって叫んだりするやろ。」
「うらやましいなあって、父さんは思うんや。」
「母さんを大切にするんやで。」

子供たちは、私の、この話に納得しています。

寂しく、情けない話ですが、私と母親の関係に、仲直りの余地はありません。

こういうふうに言うと、なんとなく、天敵だということ、モモさんには、解ってもらえるような気がします。

この話こそ、リアルでないと伝わらないものだと思いますし、
リアルでも、なかなか伝わらないのでしょうね。

だから、隠している訳ではありませんが、めったに話さない話です。

ちょっと、言わないでいい愚痴になってしまいました。

もう一言だけ言えば、
ということで、私にも、普通に対する羨ましさがあるわけです。

愚痴は、このへんにして、
病気の苦しさからの、「普通に対する目標としての悔しさ」の話。

家の娘を見ていてのことですが、
短い道のりではありませんが、出来ること、我慢できること、
平気になること、必ず、すこしずつ明るくなってきます。

安心して、自分の中の、モモさん自身も気づかない力を信じていればいい。
言いようもない苦しさや悔しさを持って、今、必死で生きていることは、よく解ります。
辛いだろうと思います。
でもね、自分自身も周りも気づかない前進を、必ず、しているものなんです。

焦らないように、諦めないで、一歩ずつ歩くことです。

トンネルの出口が、必ず、ぼんやりと見えてきます。
ぼんやりと見えてきても、すぐにはたどり着けないものなのかもしれません。
でも、突然、到達するようなものなのかもしれません。

とにかく、励ましあいながら、助け合いながら、いっしょに出口を目指しましょう。

焦らないで、安心して、気楽に、適当に、ええかげんに、
ゆっくりゆっくり歩きましょう。

いつも、独りじゃないということを忘れないように。







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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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