522.夜の買い出し
2009.10.31 [ Edit ]
最近、夜中の喫茶店には、ほとんど行かなくなりました。
一時過ぎには、娘が部屋に寝に行きます。
ありがたいことです。
ずいぶん楽になりました。
過呼吸や、慟哭、大暴れ、この世のものと思えない目つき、
異常な行動、死にたいとパジャマのままで夜中に裸足で飛び出す。
思い出すだけで、両肩がずっしり重たくなって、
胸の辺りが苦しくなってくる状況が、ほとんど無くなってきたように思います。
けっして、すべてが解決したわけではないのですが、
心の中では、納得できない苦しさを、まだまだ持ち続けている娘なのですが、
悪魔の支配に、少し抗えるようになったのかなあと考えています。
贅沢な発想ですが、
痩せられて、自由に出かけられて、なにかと出会える、
そんなふうになったらなあと考えてしまいます。
友達が出来て、
恋人が出来て、
なんでもいいから、仕事に就けたら、
すべてがオッケーになるのになあと思ってしまいます。
「焦るな、焦るな。」と、自分に言い聞かせながら、
贅沢な願いに想いを傾けてしまいます。
「今までどおり、ぼちぼち歩もう。」
そう考えながら、一足飛びの幸せを望んでしまいます。
「幸せ」?
「普通」なのですけどねえ。
一足飛びの幸せじゃなく、一足飛びの”普通”を望むっていうのが正解かな。
一時過ぎには、娘が部屋に寝に行きます。
ありがたいことです。
ずいぶん楽になりました。
過呼吸や、慟哭、大暴れ、この世のものと思えない目つき、
異常な行動、死にたいとパジャマのままで夜中に裸足で飛び出す。
思い出すだけで、両肩がずっしり重たくなって、
胸の辺りが苦しくなってくる状況が、ほとんど無くなってきたように思います。
けっして、すべてが解決したわけではないのですが、
心の中では、納得できない苦しさを、まだまだ持ち続けている娘なのですが、
悪魔の支配に、少し抗えるようになったのかなあと考えています。
贅沢な発想ですが、
痩せられて、自由に出かけられて、なにかと出会える、
そんなふうになったらなあと考えてしまいます。
友達が出来て、
恋人が出来て、
なんでもいいから、仕事に就けたら、
すべてがオッケーになるのになあと思ってしまいます。
「焦るな、焦るな。」と、自分に言い聞かせながら、
贅沢な願いに想いを傾けてしまいます。
「今までどおり、ぼちぼち歩もう。」
そう考えながら、一足飛びの幸せを望んでしまいます。
「幸せ」?
「普通」なのですけどねえ。
一足飛びの幸せじゃなく、一足飛びの”普通”を望むっていうのが正解かな。
最近、24時間営業のイオン系のスーパーに夜11時ころ、
娘と買出しに行くのがマイブーム。
マイブームではなく、アゥワブームかな。
主な食材は、妻が買ってくるのですが、
冷蔵庫の中を確認して、早く食べないといけない物がないときは、
妹と弟の好みを考えながら、
娘と私で献立を考えて、次の日の夕食食材を買出しするのです。
カートを娘が押して、私が各コーナーを先導して歩く。
夜9時ころから、いろんなコーナーに赤い札を張った品物が並ぶようになります。
20%オフ、半額の赤札です。
もちろん生鮮食品に限りますが、それを見てまわりながら二人で献立を考えるのです。
「半額の贅沢は、おもしろいなあ。」
「でも、母さんは、いらんもんをいっぱい買ってくるって言うてたで。」
「まあ、ええやろ。」
「半額やから。」
そんなことを言いながら、鍋にしようか、なににしようかと、
笑いながら、相談しながら店内をぐるぐる歩きます。
「これ、入れようかな?」
「あかん、必要ない。」
「それは、太るもとや。」
「うるさいなあ。」と、笑いになる。
こんな会話も出来るようになっています。
こんな会話でさえ、少し前までは、
「ほおっておいて。」から「死んだほうがマシや。」
っていうようなところにまで結びついてしまう会話だったことを考えると、
ありがたいことやなあと思えるのです。
もともと、超見栄張りのカッコつけの私は、
家族と食材の買出しなど、男がのこのこ付いていくものではないと思っていました
し、
スーパーに行っても、「俺は車で待っている。」と言っていたものです。
「男子厨房に入るべからず」を頑なに守ってきた旧人類ですから。
まして、半額商品を物色して歩く私など、
ありえない話でした。
娘の病気のおかげで、ちょっと大げさですが、
人生観が変わったのかなあと思ってしまうほどです。
今なら、誰に見られても、半額の札が付いた魚のパックを持ちながらでも、
友達と出会って話すことも出来る自信があります。
こんなことに、自信があるというのもへんな話ですが。
買い物が終わって、レジで清算した商品を袋に詰めている時、
「わたし、ちょっと前まで、これ出来へんかったんやで。」
「えっ、なにが?」
「買い物を袋に入れることや。」
「この場所が汚かったんや。」
「いろんな人が、ここで、袋に入れはるやろ。」
「病院行かはった人やら、トイレ行かはった人もいてはるやろ。」
「それで、買い物しても、ここには、近づけへんかったんや。」
「こんなことも、大丈夫になったんやで。」
そう言いながら、ナイロン袋を開ける為の、濡れナプキンを触って見せました。
ありがたいことです。
ごく普通のことなのですが、私たち親娘にとって、
ほんとに、ありがたいことです。
誰にとも言わず、心の中で、
「ありがとうございます。」と、呟いている私でした。
ハラグロ先生は、
「娘さんは、神経症が克服できても、その一要因でもあると思われる難聴という障害
も克服しなければいけないですね。」
と、前途多難を示唆してくれています。
ただ、難聴に対しても、この病気との闘いの中で、
娘は、耐えること、我慢することの他に、
受け入れることも解ってきているような気もしますし、
「耳が聞こえませんのでって言うのが嫌なんや。」と言っていた娘と、
「耳が聞こえにくいので、大きな声でお願いしますって説明したほうがええ。」
というような話も、たくさんしてきましたから、
トンネルの出口に立った時からの闘いも、もちろん簡単なものではないのでしょうが、
負けずに前進していけるものだと信じています
「ゆっくり、がんばろ。」
娘と買出しに行くのがマイブーム。
マイブームではなく、アゥワブームかな。
主な食材は、妻が買ってくるのですが、
冷蔵庫の中を確認して、早く食べないといけない物がないときは、
妹と弟の好みを考えながら、
娘と私で献立を考えて、次の日の夕食食材を買出しするのです。
カートを娘が押して、私が各コーナーを先導して歩く。
夜9時ころから、いろんなコーナーに赤い札を張った品物が並ぶようになります。
20%オフ、半額の赤札です。
もちろん生鮮食品に限りますが、それを見てまわりながら二人で献立を考えるのです。
「半額の贅沢は、おもしろいなあ。」
「でも、母さんは、いらんもんをいっぱい買ってくるって言うてたで。」
「まあ、ええやろ。」
「半額やから。」
そんなことを言いながら、鍋にしようか、なににしようかと、
笑いながら、相談しながら店内をぐるぐる歩きます。
「これ、入れようかな?」
「あかん、必要ない。」
「それは、太るもとや。」
「うるさいなあ。」と、笑いになる。
こんな会話も出来るようになっています。
こんな会話でさえ、少し前までは、
「ほおっておいて。」から「死んだほうがマシや。」
っていうようなところにまで結びついてしまう会話だったことを考えると、
ありがたいことやなあと思えるのです。
もともと、超見栄張りのカッコつけの私は、
家族と食材の買出しなど、男がのこのこ付いていくものではないと思っていました
し、
スーパーに行っても、「俺は車で待っている。」と言っていたものです。
「男子厨房に入るべからず」を頑なに守ってきた旧人類ですから。
まして、半額商品を物色して歩く私など、
ありえない話でした。
娘の病気のおかげで、ちょっと大げさですが、
人生観が変わったのかなあと思ってしまうほどです。
今なら、誰に見られても、半額の札が付いた魚のパックを持ちながらでも、
友達と出会って話すことも出来る自信があります。
こんなことに、自信があるというのもへんな話ですが。
買い物が終わって、レジで清算した商品を袋に詰めている時、
「わたし、ちょっと前まで、これ出来へんかったんやで。」
「えっ、なにが?」
「買い物を袋に入れることや。」
「この場所が汚かったんや。」
「いろんな人が、ここで、袋に入れはるやろ。」
「病院行かはった人やら、トイレ行かはった人もいてはるやろ。」
「それで、買い物しても、ここには、近づけへんかったんや。」
「こんなことも、大丈夫になったんやで。」
そう言いながら、ナイロン袋を開ける為の、濡れナプキンを触って見せました。
ありがたいことです。
ごく普通のことなのですが、私たち親娘にとって、
ほんとに、ありがたいことです。
誰にとも言わず、心の中で、
「ありがとうございます。」と、呟いている私でした。
ハラグロ先生は、
「娘さんは、神経症が克服できても、その一要因でもあると思われる難聴という障害
も克服しなければいけないですね。」
と、前途多難を示唆してくれています。
ただ、難聴に対しても、この病気との闘いの中で、
娘は、耐えること、我慢することの他に、
受け入れることも解ってきているような気もしますし、
「耳が聞こえませんのでって言うのが嫌なんや。」と言っていた娘と、
「耳が聞こえにくいので、大きな声でお願いしますって説明したほうがええ。」
というような話も、たくさんしてきましたから、
トンネルの出口に立った時からの闘いも、もちろん簡単なものではないのでしょうが、
負けずに前進していけるものだと信じています
「ゆっくり、がんばろ。」
Comment
父親とスーパー
少しずつ前に向かってますね。
本当に嬉しいです。
私もいつも「普通でいいのになあ」と思っていますが、「普通」を超えて、「幸せ」が必ずやってくると信じてお互いに子供達をサポートしていきましょう!
しかし、夜のスーパーは安い!ですね。
私も大好きです♪
本当に嬉しいです。
私もいつも「普通でいいのになあ」と思っていますが、「普通」を超えて、「幸せ」が必ずやってくると信じてお互いに子供達をサポートしていきましょう!
しかし、夜のスーパーは安い!ですね。
私も大好きです♪
にあんへ
娘といつもいっしょ。
嬉しくもあり、複雑でもある。
これにも、「気楽に」を感じられて、自然にを感じられたらいいのにと思います。
自然に、なんていうのは感じるものでないから、
なにも考えないで、感じないで、いっしょにいられたらいいのにと思います。
自然とか、普通とか、
感じなくていいものを感じたり、考えなくていいものを考えること。
生きるのは、しんどいし、難しいものやなあ。
嬉しくもあり、複雑でもある。
これにも、「気楽に」を感じられて、自然にを感じられたらいいのにと思います。
自然に、なんていうのは感じるものでないから、
なにも考えないで、感じないで、いっしょにいられたらいいのにと思います。
自然とか、普通とか、
感じなくていいものを感じたり、考えなくていいものを考えること。
生きるのは、しんどいし、難しいものやなあ。
かよさんへ
すこしずつ前に向かっていっているのは実感していますが、
「普通」は、まだまだ遠いところにあるものです。
なんて、愚痴を言ってないで、
「ありがとうございます。」で、いいですよね。
”重き荷を負いて、長き道のりを往くが如し”が、えんえん続くと、ついつい愚痴になってしまいます。
半額あさりでも楽しみながら、気楽に生きないとね。
ゆっくり、がんばろ。
「普通」は、まだまだ遠いところにあるものです。
なんて、愚痴を言ってないで、
「ありがとうございます。」で、いいですよね。
”重き荷を負いて、長き道のりを往くが如し”が、えんえん続くと、ついつい愚痴になってしまいます。
半額あさりでも楽しみながら、気楽に生きないとね。
ゆっくり、がんばろ。
普通に、自然に
普通に、自然に、って言葉は強迫性障害に与えられた宿題のようなものだった。
普通にすごせばいい
自然にしてればいいと言われ
自分でも思う。
でも、普通ってなに?
自然にってどーすんの?って、私の頭の中には、クエスチョンマークのパレードが日夜続いていた時期もあった。
お父ちゃん、私は今日、『単細胞』です。
考えててもいつしかぼーっとしてる。
2.3日苦しかったから、休みなさいってことかな?と、解釈してすごしてます。
寒くて脳が寝てるのかも。
普通にすごせばいい
自然にしてればいいと言われ
自分でも思う。
でも、普通ってなに?
自然にってどーすんの?って、私の頭の中には、クエスチョンマークのパレードが日夜続いていた時期もあった。
お父ちゃん、私は今日、『単細胞』です。
考えててもいつしかぼーっとしてる。
2.3日苦しかったから、休みなさいってことかな?と、解釈してすごしてます。
寒くて脳が寝てるのかも。
おやじへ
娘さん、前向きになってきたのかな
いいなぁ〜
yumiも後ずさりは、してないつもりだけど
ドンドン病気が増えていく・・・
今、夜中に眠れないの
寝る事が嫌になる
おやじが少しでもラクになりますよう・・・
おやじに会える事を楽しみにしてるよ☆
娘さん、前向きになってきたのかな
いいなぁ〜
yumiも後ずさりは、してないつもりだけど
ドンドン病気が増えていく・・・
今、夜中に眠れないの
寝る事が嫌になる
おやじが少しでもラクになりますよう・・・
おやじに会える事を楽しみにしてるよ☆
にあんさんへ
ちょっと、おっさんの脳細胞が、アメンバー状態になってて、
身体から、すべての気力がなくなっていました。
こんな時もあるものです。
今も、まだ、力が入らないのですが、
すこしずつ回復していきます。
がんばります。
身体から、すべての気力がなくなっていました。
こんな時もあるものです。
今も、まだ、力が入らないのですが、
すこしずつ回復していきます。
がんばります。
yumiへ
前向きになっても、いっぱい躓くし、
何度も何度も、後ろも向くだろうし、
焦らんように、ゆっくり歩いていくことやろうね。
後ずさりも、あってもええと思う。
ただし、諦めて、自暴自棄になったらあかん。
しんどいことは、いっぱいあるやろうけど、
諦めんと、焦らんと、生きること。
難しいことやけどなあ。
ゆっくり、がんばろ。
何度も何度も、後ろも向くだろうし、
焦らんように、ゆっくり歩いていくことやろうね。
後ずさりも、あってもええと思う。
ただし、諦めて、自暴自棄になったらあかん。
しんどいことは、いっぱいあるやろうけど、
諦めんと、焦らんと、生きること。
難しいことやけどなあ。
ゆっくり、がんばろ。
ゆっくり急げ
私が小学生の時、障害物競走の名前が「ゆっくり急げ」でした。
なんのこっちゃ?とわけも分からず走っていたのをおぼえています。
最近はその意味も実感としてわかってきました。
私が顕著に出勤できなくなったのは1年余り前。
強迫性格の抑うつ状態とかストレス障害とか医師に言われました。
走り続けた人生。
止まってみないと分からないこともたくさんありました。
このブログを読んで、ここにもゆっくり急いでいる人がいるな
と思って、私も微笑ましく読ませていただきました。
しんどくて苦しいけど、あったかい親子ですね。
私の心も温かくなりました。
これから、ときどき読ませていただきます。
気張らずに頑張ってください。
なんのこっちゃ?とわけも分からず走っていたのをおぼえています。
最近はその意味も実感としてわかってきました。
私が顕著に出勤できなくなったのは1年余り前。
強迫性格の抑うつ状態とかストレス障害とか医師に言われました。
走り続けた人生。
止まってみないと分からないこともたくさんありました。
このブログを読んで、ここにもゆっくり急いでいる人がいるな
と思って、私も微笑ましく読ませていただきました。
しんどくて苦しいけど、あったかい親子ですね。
私の心も温かくなりました。
これから、ときどき読ませていただきます。
気張らずに頑張ってください。
sukesanさんへ
はじめまして、から、sukesanへの逆説みたいになってしまうのは、どうもいかん、と思いつつ。
余計なお節介に、すぐに走ってしまう私なのです。
ここで、普通なら、「許してくださいね」などという言葉を続けるのでしょうけれど、
私は、余計なお節介に対して、許してもらおうとは思いません。
余計なお節介なのですから、最初から、余計なものであって、
「許してください」などと言うのであれば、書かなければいいわけですからね。
余計なお節介などというものは、自身の満足を得るためだけのものかもしれませんし、
されたほうに、為になるものでもないものでしょう。
と言うことで、聞き流していただければいいものですからね。
まあ、こんなふうに書いているのも、「許してください」の代わりの言い逃れとも言えるのかなあ?
最初から、支離滅裂話になってしまいました。
リアルでの初対面なら、表情が見えるので、前置きを、直感がフォローしますからいいのですが、
どうも、文章伝達の初対面は、とても、難しいものです。
ぐだぐだと前置きは、これくらいにして、余計なお節介に入ります。
人生、苦もありゃ・・・の、sukesanの好きな唄を、しばらく忘れてしまわれたらどうかなと提案です。
たしかに、sukesanが言われるように、黄門ちゃまの、この歌詞は、良質の人生訓だと思います。
でもね、心に擦り傷を負って、しんどく生きてる人には、
「頑張れ頑張れフレーフレー」って聞こえてしまって、余計にしんどくなる唄のような気がするのです。
私が、最初のほうで、よく書いている、「”ええかげん”の薦め」とは、かけ離れてるなあって思います。
sukesanは、どちらの生まれなのかな?
関西人なら、”ええかげん”で解るのですが、それ以外だと、”ええかげん”のニュアンスが伝わらないと思います。
”いい加減”とは、すこし違うのです。
何人かの、ここに来てくれた仲間とのやり取りで、考察してみたところ、
「まあ、いいか」
「こんくらいで、よかたい」
などの言葉が、近い意味かなということになっています。
今の、sukesanは、”ええかげん”から離れた生き方をして、もがいている。
私は、そんなふうに感じています。
もっと言えば、”ええかげん”は、駄目なものだと思っておられる。
そんなふうにも思えています。
いや、この私の発想も、また、”ええかげん”なものなので、
「勝手に言うとけ、バカ野郎。」的に流していただいたらいいのですよ。
ここが、余計なお節介の真髄ですからね。
鬱に対しての頑張れは禁句って話。
たしかに正解だと思います。
でもね、ほんとに解ってくれている人からの頑張れと、理解してくれていない人の頑張れは、
似て非なるものだと思いませんか?
賢い人たちが、いろんなルールを決めて、レールを引いていきますが、
私は、”ほんまもん”は、いろんな形で心のなかにあるものだと解釈しているのです。
おおいに、勝手な解釈ですけれどね。
そんな私の勝手な解釈に則った上での、sukesanの黄門ちゃまへの逆説です。
最初から、すこし飛ばしすぎていますので、「あほか」と嫌われてしまいそうなので、
今日は、これくらいにしておきます。
今まで書いたことは、一瞬だけ忘れてしまっていただいて、
これから、仲間になって、歩んでいけたらと思っています。
ゆっくり、付き合っていきましょう。
ここに来ていただいたのは、「他生の縁」があってのことだと思いますから。
sukesanを、余計なお節介によって怒らせて、逃がしてしまわないように、
最後に一つ、唄のプレゼント。
気楽に 生きようぜ
すばらしく いいことが
いつか いつか おこるから
努力しないで、気楽に生きて、
いいことが、おこるのを、待っていても、いいのじゃないかなんて考えてみるのも、
真面目に生きすぎてるsukesanには、いいのじゃないですか?
いや、これ、すべて、文面での初対面での、俺の感覚ですから、
これから先、sukesanは、「ふらふら適当な奴やったんやなあ」
なんて感想を持つのかもしれませんけどね。
お互い、気楽に、気張らず、頑張りましょう。
余計なお節介に、すぐに走ってしまう私なのです。
ここで、普通なら、「許してくださいね」などという言葉を続けるのでしょうけれど、
私は、余計なお節介に対して、許してもらおうとは思いません。
余計なお節介なのですから、最初から、余計なものであって、
「許してください」などと言うのであれば、書かなければいいわけですからね。
余計なお節介などというものは、自身の満足を得るためだけのものかもしれませんし、
されたほうに、為になるものでもないものでしょう。
と言うことで、聞き流していただければいいものですからね。
まあ、こんなふうに書いているのも、「許してください」の代わりの言い逃れとも言えるのかなあ?
最初から、支離滅裂話になってしまいました。
リアルでの初対面なら、表情が見えるので、前置きを、直感がフォローしますからいいのですが、
どうも、文章伝達の初対面は、とても、難しいものです。
ぐだぐだと前置きは、これくらいにして、余計なお節介に入ります。
人生、苦もありゃ・・・の、sukesanの好きな唄を、しばらく忘れてしまわれたらどうかなと提案です。
たしかに、sukesanが言われるように、黄門ちゃまの、この歌詞は、良質の人生訓だと思います。
でもね、心に擦り傷を負って、しんどく生きてる人には、
「頑張れ頑張れフレーフレー」って聞こえてしまって、余計にしんどくなる唄のような気がするのです。
私が、最初のほうで、よく書いている、「”ええかげん”の薦め」とは、かけ離れてるなあって思います。
sukesanは、どちらの生まれなのかな?
関西人なら、”ええかげん”で解るのですが、それ以外だと、”ええかげん”のニュアンスが伝わらないと思います。
”いい加減”とは、すこし違うのです。
何人かの、ここに来てくれた仲間とのやり取りで、考察してみたところ、
「まあ、いいか」
「こんくらいで、よかたい」
などの言葉が、近い意味かなということになっています。
今の、sukesanは、”ええかげん”から離れた生き方をして、もがいている。
私は、そんなふうに感じています。
もっと言えば、”ええかげん”は、駄目なものだと思っておられる。
そんなふうにも思えています。
いや、この私の発想も、また、”ええかげん”なものなので、
「勝手に言うとけ、バカ野郎。」的に流していただいたらいいのですよ。
ここが、余計なお節介の真髄ですからね。
鬱に対しての頑張れは禁句って話。
たしかに正解だと思います。
でもね、ほんとに解ってくれている人からの頑張れと、理解してくれていない人の頑張れは、
似て非なるものだと思いませんか?
賢い人たちが、いろんなルールを決めて、レールを引いていきますが、
私は、”ほんまもん”は、いろんな形で心のなかにあるものだと解釈しているのです。
おおいに、勝手な解釈ですけれどね。
そんな私の勝手な解釈に則った上での、sukesanの黄門ちゃまへの逆説です。
最初から、すこし飛ばしすぎていますので、「あほか」と嫌われてしまいそうなので、
今日は、これくらいにしておきます。
今まで書いたことは、一瞬だけ忘れてしまっていただいて、
これから、仲間になって、歩んでいけたらと思っています。
ゆっくり、付き合っていきましょう。
ここに来ていただいたのは、「他生の縁」があってのことだと思いますから。
sukesanを、余計なお節介によって怒らせて、逃がしてしまわないように、
最後に一つ、唄のプレゼント。
気楽に 生きようぜ
すばらしく いいことが
いつか いつか おこるから
努力しないで、気楽に生きて、
いいことが、おこるのを、待っていても、いいのじゃないかなんて考えてみるのも、
真面目に生きすぎてるsukesanには、いいのじゃないですか?
いや、これ、すべて、文面での初対面での、俺の感覚ですから、
これから先、sukesanは、「ふらふら適当な奴やったんやなあ」
なんて感想を持つのかもしれませんけどね。
お互い、気楽に、気張らず、頑張りましょう。
ええかげん
「ええかげん」…ええ、わかりますよ。
けど、おっさんの指摘の通り、ええかげんの「かげん」がわからない人間で、
自分でも困り果てています。
自分の気がつかないうちに、スイッチが入ってしまうんですよね。
それでどんだけみんなに迷惑をかけてきたことか…
「真面目に生きるのは窮屈だ。気楽にいこう…。と思っても、
なんと「気楽に生きなくちゃいけない。」という呪縛にはまるという、
何とも悲しい性分の人間です。
「何事も考えすぎるからいけないんだ。その場に行けば何とかなる。」
とほったらかしにすると、どうにもできずに行き詰まってしまうし、
臨機応変的な対応がほんとにできない人間です。
だから、多少窮屈かもしれんけど、
普段はレールの上を走っていって、
必要な時だけ車に乗り換えるのではいかんのかなあ
などと考えています。
ところで、おっさんのブログは温かいですね。
ランキング1位なのに、なのか、
ランキング1位だから、なのか、
たくさんの人が、おっさんのもとに集まっています。
それだけ魅力があると思います。
自分の娘さんだけで、ほんとうに大変なのに、
個々のコメントまで返事をくれて。
おっさんの方こそ、ぶっ倒れないで…と思います。
ブログ番号527も読みました。
久しぶりに更新されて私も一安心です。
たくさんブログはありますが、なかなか「これは」というブログは見つかりません。
ランキング目当てと思われるものもたくさんあるし、
いい加減な内容のものも目に余ります。
おっさんのようなブログを、コツコツと見つけていこうと思います。
私はブログ初心者ですが、よろしくお願いします。
けど、おっさんの指摘の通り、ええかげんの「かげん」がわからない人間で、
自分でも困り果てています。
自分の気がつかないうちに、スイッチが入ってしまうんですよね。
それでどんだけみんなに迷惑をかけてきたことか…
「真面目に生きるのは窮屈だ。気楽にいこう…。と思っても、
なんと「気楽に生きなくちゃいけない。」という呪縛にはまるという、
何とも悲しい性分の人間です。
「何事も考えすぎるからいけないんだ。その場に行けば何とかなる。」
とほったらかしにすると、どうにもできずに行き詰まってしまうし、
臨機応変的な対応がほんとにできない人間です。
だから、多少窮屈かもしれんけど、
普段はレールの上を走っていって、
必要な時だけ車に乗り換えるのではいかんのかなあ
などと考えています。
ところで、おっさんのブログは温かいですね。
ランキング1位なのに、なのか、
ランキング1位だから、なのか、
たくさんの人が、おっさんのもとに集まっています。
それだけ魅力があると思います。
自分の娘さんだけで、ほんとうに大変なのに、
個々のコメントまで返事をくれて。
おっさんの方こそ、ぶっ倒れないで…と思います。
ブログ番号527も読みました。
久しぶりに更新されて私も一安心です。
たくさんブログはありますが、なかなか「これは」というブログは見つかりません。
ランキング目当てと思われるものもたくさんあるし、
いい加減な内容のものも目に余ります。
おっさんのようなブログを、コツコツと見つけていこうと思います。
私はブログ初心者ですが、よろしくお願いします。
気楽に
連続コメントになりますが、すみません、
「今の、sukesanは、”ええかげん”から離れた生き方をして、もがいている。
私は、そんなふうに感じています。
もっと言えば、”ええかげん”は、駄目なものだと思っておられる。
そんなふうにも思えています。 」
その通りだと思います。
頭では理解している…けど、心の奥底ではだめだと思っている。
そんな気がします。
認知療法で言う「絶対的信念」だと思います。
無意識に私の言動を支配しているのだと思います。
根元を刈らなければ、いくら頭で「気楽に行こう。」と思っても無理です。
どうしたらいいのか…今のところわかりません。
「鬱に対しての頑張れは禁句って話。
たしかに正解だと思います。
でもね、ほんとに解ってくれている人からの頑張れと、理解してくれていない人の頑張れは、
似て非なるものだと思いませんか? 」
これも、その通りだと思います。
だから、このおっさんのサイトにみんなが集まってくるんだと思います。
おっさんの話もアドバイスも温かいから。
ここでは誰も否定されない。
きついことも言っているけど、
お互いに支え合い助け合える場所だから、
みんな集まってくるんじゃないですか?
「今の、sukesanは、”ええかげん”から離れた生き方をして、もがいている。
私は、そんなふうに感じています。
もっと言えば、”ええかげん”は、駄目なものだと思っておられる。
そんなふうにも思えています。 」
その通りだと思います。
頭では理解している…けど、心の奥底ではだめだと思っている。
そんな気がします。
認知療法で言う「絶対的信念」だと思います。
無意識に私の言動を支配しているのだと思います。
根元を刈らなければ、いくら頭で「気楽に行こう。」と思っても無理です。
どうしたらいいのか…今のところわかりません。
「鬱に対しての頑張れは禁句って話。
たしかに正解だと思います。
でもね、ほんとに解ってくれている人からの頑張れと、理解してくれていない人の頑張れは、
似て非なるものだと思いませんか? 」
これも、その通りだと思います。
だから、このおっさんのサイトにみんなが集まってくるんだと思います。
おっさんの話もアドバイスも温かいから。
ここでは誰も否定されない。
きついことも言っているけど、
お互いに支え合い助け合える場所だから、
みんな集まってくるんじゃないですか?
sukesanへ
初対面の、失礼話で、怒ってしまって、便りが無いのではと心配していましたが、
解ってくれて、よかった、よかった。
もうひとつ、悪乗りで、思い切って言ってみます。
認知療法で言う「絶対的信念」なんて、くそくらえ。
sukesanの心の中なんて、分析する必要なんてないのです。
「あんたは、あんたや。」
自信を持って「あんた」を生きればええ。
気楽にっていうのは、そういうことなんや。
これは、ほんまは、いっぱい話し合ってからの結論にしたい話なんやけど、
思い切って、すっ飛ばして、書いてみました。
俺の、サッカーのコミュニティーに入ってきた、ちょっと気弱な後輩。
sukesanを、そんなふうに感じながら書いてみました。
いや、補足の言葉が山盛り必要な話ですし、sukesanが、困ってしまうような話なのかもしれませんが、
きっと、長い時間、sukesanと話し合ったとしても、俺が持っていく結論は、こんなふうになるだろうと思っています。
乱暴に、決め付けてるのではないのですよ。
文章伝達での、この表現は、あり得ないとは思っているのです。
そうやねえ、
sukesanを、サッカーの練習会に招待してあげて、そこで話している感じかなあ。
乱暴な言葉で、思い切り、仲間たちの荒っぽい歓迎を受けさせてあげたいなあ。
綺麗な、丁寧な、親切な、優しい・・・・・
そんな言葉は存在しません。
汚い、荒っぽい、とんでもなく直接的な言葉たちの世界です。
「やくざの喧嘩か?」って思うような言葉たちが飛び交っています。
でもね、熱いんです。
汚くて、荒っぽい言葉が、とんでもなく温かくて優しいのです。
sukesanには、こんな世界の経験がないのじゃないかな?
そんなふうに思えたので、ちょっと、びっくりさせてやろうって思い、
やわらかめの直接表現をしてみました。
まあ、これをスタートに、いろいろ話し合っていきましょう。
俺を、うるさくて、怖い先輩として、仲間だと思ってくれたら嬉しいなあ。
「もういらん。」
「まいった、もう許して。」
「うるさいねん。」
って、言うまで、余計なお節介するかもしれませんけどね。
サッカーのコミュニティの中にも、たくさん、学校の先生がいるのですよ。
先輩にも、後輩にもです。
校長もいてるし、教頭もいる、元校長もいたり、生涯一教師っていうのもね、
ええ人も、悪い人も、いろいろいます。
解ってくれて、よかった、よかった。
もうひとつ、悪乗りで、思い切って言ってみます。
認知療法で言う「絶対的信念」なんて、くそくらえ。
sukesanの心の中なんて、分析する必要なんてないのです。
「あんたは、あんたや。」
自信を持って「あんた」を生きればええ。
気楽にっていうのは、そういうことなんや。
これは、ほんまは、いっぱい話し合ってからの結論にしたい話なんやけど、
思い切って、すっ飛ばして、書いてみました。
俺の、サッカーのコミュニティーに入ってきた、ちょっと気弱な後輩。
sukesanを、そんなふうに感じながら書いてみました。
いや、補足の言葉が山盛り必要な話ですし、sukesanが、困ってしまうような話なのかもしれませんが、
きっと、長い時間、sukesanと話し合ったとしても、俺が持っていく結論は、こんなふうになるだろうと思っています。
乱暴に、決め付けてるのではないのですよ。
文章伝達での、この表現は、あり得ないとは思っているのです。
そうやねえ、
sukesanを、サッカーの練習会に招待してあげて、そこで話している感じかなあ。
乱暴な言葉で、思い切り、仲間たちの荒っぽい歓迎を受けさせてあげたいなあ。
綺麗な、丁寧な、親切な、優しい・・・・・
そんな言葉は存在しません。
汚い、荒っぽい、とんでもなく直接的な言葉たちの世界です。
「やくざの喧嘩か?」って思うような言葉たちが飛び交っています。
でもね、熱いんです。
汚くて、荒っぽい言葉が、とんでもなく温かくて優しいのです。
sukesanには、こんな世界の経験がないのじゃないかな?
そんなふうに思えたので、ちょっと、びっくりさせてやろうって思い、
やわらかめの直接表現をしてみました。
まあ、これをスタートに、いろいろ話し合っていきましょう。
俺を、うるさくて、怖い先輩として、仲間だと思ってくれたら嬉しいなあ。
「もういらん。」
「まいった、もう許して。」
「うるさいねん。」
って、言うまで、余計なお節介するかもしれませんけどね。
サッカーのコミュニティの中にも、たくさん、学校の先生がいるのですよ。
先輩にも、後輩にもです。
校長もいてるし、教頭もいる、元校長もいたり、生涯一教師っていうのもね、
ええ人も、悪い人も、いろいろいます。
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スーパーでの不潔恐怖…私も娘ちゃんと同じ、そして私もいまは、袋に入れれる。
私の父はうつ病も患っていて、二度目の自殺で他界したんだけど、一度目自殺未遂してるのね、助かって回復するまで、私が父の面倒見ることも多く、連れ出して景色見せたり、ドライブ連れていったり、いつも一緒にいたから、私が出掛けるとついてくるの。で、父が出掛けたいとき、私を連れていくの。
だから、お父ちゃんと娘ちゃんのスーパーの話し、微笑ましく、すこし羨ましさも感じたよ。