524.息子たちの優勝
2009.11.02 [ Edit ]
市のサッカー協会社会人リーグに登録して戦っている息子たちのチーム。
今日がリーグ最終戦。
全勝で優勝だと息巻いていましたが、
先週の試合で一敗してしまい、今日、手綱を引き締めて勝利することで、
優勝を確定させたいと、最終戦に臨みました。
引き分けでも優勝、負けても得失点差で、たぶん優勝ではあったのですが、
負けは許されないと言う雰囲気で、全員が試合に臨む姿がありました。
約40年前にスタートした、この、市の社会人リーグに、
ちょうど私が20歳から参加していますから、
たぶん登録は最古のチームで、36年目くらいになるのかなあ。
最初は、私の高校のOB仲間と、キムチのチングの高校のOB仲間が、
合同で作ったチームでの参加でした。
10年間くらいは、負けなしで優勝を重ねていました。
歳とともにや、仕事の都合でメンバーが欠けていき、
同年代のベテランたちを誘いながら、
合併に合併を重ねて、その都度チームの名前を変えたりしながら続けてきたものです。
40歳になって、今のシニアチームに登録してからも、
継続して登録参加してきたチームです。
20代の、まだ全員が独身だったころ、
「結婚して、子供ができたら、俺たちの息子のチームを作ろう。」
そんな話をしていたものです。
今日がリーグ最終戦。
全勝で優勝だと息巻いていましたが、
先週の試合で一敗してしまい、今日、手綱を引き締めて勝利することで、
優勝を確定させたいと、最終戦に臨みました。
引き分けでも優勝、負けても得失点差で、たぶん優勝ではあったのですが、
負けは許されないと言う雰囲気で、全員が試合に臨む姿がありました。
約40年前にスタートした、この、市の社会人リーグに、
ちょうど私が20歳から参加していますから、
たぶん登録は最古のチームで、36年目くらいになるのかなあ。
最初は、私の高校のOB仲間と、キムチのチングの高校のOB仲間が、
合同で作ったチームでの参加でした。
10年間くらいは、負けなしで優勝を重ねていました。
歳とともにや、仕事の都合でメンバーが欠けていき、
同年代のベテランたちを誘いながら、
合併に合併を重ねて、その都度チームの名前を変えたりしながら続けてきたものです。
40歳になって、今のシニアチームに登録してからも、
継続して登録参加してきたチームです。
20代の、まだ全員が独身だったころ、
「結婚して、子供ができたら、俺たちの息子のチームを作ろう。」
そんな話をしていたものです。
チームの中で、私が一番早く結婚して息子が生まれましたから、
息子が中学生になったころに、チームの試合に連れて行きました。
前にも書きましたが、不良少年、暴走族に入った息子に、
私の知らないところで、先輩や後輩が、息子にいっぱい意見をしてくれたのも、
このチームの仲間たちです。
最初は、親父たちのチームに、
うちの息子と、キムチのチングの甥っ子が参加するようになって、
その後、シニアチームの仲間の息子や、その友達たちが入ってきて、
親子チームのような形で試合をしていました。
50歳代と20歳代の融合チームです。
これはこれで、なかなか嬉しい、美しい融合でした。
ただし、対戦相手は、みな20代の息子世代ですから、
勝ったり負けたりで楽しんでいた感じです。
一昨年あたりから、息子たちだけのチームで試合ができるような、
若者メンバーの頭数になってきたので、
試合人数が不足している時だけ、親父たちが助っ人で入ろうということになり、
昨年からは、ほとんど息子たちのチームとして試合をするようになりました。
50歳を超えた親父たちは、もっぱら応援にまわり、
経験してきたベテランの技と知恵を伝授する形です。
キムチのチングと私で、いろいろ運営面での面倒を見てきたものも、
「俺たちは手を引いてやって、息子らに完全に任せてやろう。」
と、彼と相談して、協会の会議や試合の運営も全て任せることにしました。
最初の一年は、監督とキャプテンを一度に無くしたチームと言うような感じで、
5人の、それぞれの息子がいるのですが、
それぞれの息子たちが、どうしても別々のグループを形成してしまうという感じで、
ぎこちないチームワークで勝ちきれなかったものです。
ところが、キムチのチングの甥っ子を中心に、
私たちが参加しない自発的なミーティングをしたり、
それぞれのグループが自然に融合するようになった今年は、
見違えるような強いチームに変貌しました。
勝てる強いチームというだけでなく、
仲の良い楽しいチームに変貌しました。
応援も、楽しくなりました。
それぞれの親父が、シニアチームの仲間が、息子たちの試合を応援に来て、
わいわいがやがや、大笑いしながらの応援。
時には、大声で、厳しいアドバイス。
それなりの経験をしてきたベテランサッカーマンの親父たちが、
適切なアドバイスを、それぞれに与えるわけですから、
また、それを素直に聞く息子たちですから、
サッカーの質も、どんどん上がってきて、強くなって当然という感じです。
なにより、楽しそうに仲良くサッカーをしている。
悔しい失敗をしたら、涙を流している奴までいる。
そんな姿を、自分の20代の時に重ねて、心の中で大喜びしています。
優勝が決まった今日、息子たちのチームは、
全員で祝勝会を開きました。
私と、キムチのチングを誘ってくれたのですが、
若者だけで楽しまないと、親父が行けば、気も遣うし、
自分たちの話が出来ないからと、
「おまえたちだけで楽しめ。」ということにしました。
夜に、祝勝会の会場から電話がかかってきて、
それぞれのメンバーが、すこし酔いのまわった口調で入れ替わり話してくれました。
「よかったです、ありがとうございます。」
「みんなで、これからも頑張ろうって話になってます。」
「今から、来てくださいよ。」
「うれしいです。」
「楽しいです。」
それぞれの嬉しそうな声を聞きながら、
幸せな気分に浸っている私でした。
「よかったなあ、これからも仲良くしていけよ。」
私には、すばらしいサッカーの仲間たちがいます。
彼らにも、その喜びを生涯持ち続けることが出来る入り口が見えたのだなあと、
「だいじにして、宝物にするんやぞ。」と想いながら、
電話を切ってからも、しばらく感動に浸っている私でした。
息子が中学生になったころに、チームの試合に連れて行きました。
前にも書きましたが、不良少年、暴走族に入った息子に、
私の知らないところで、先輩や後輩が、息子にいっぱい意見をしてくれたのも、
このチームの仲間たちです。
最初は、親父たちのチームに、
うちの息子と、キムチのチングの甥っ子が参加するようになって、
その後、シニアチームの仲間の息子や、その友達たちが入ってきて、
親子チームのような形で試合をしていました。
50歳代と20歳代の融合チームです。
これはこれで、なかなか嬉しい、美しい融合でした。
ただし、対戦相手は、みな20代の息子世代ですから、
勝ったり負けたりで楽しんでいた感じです。
一昨年あたりから、息子たちだけのチームで試合ができるような、
若者メンバーの頭数になってきたので、
試合人数が不足している時だけ、親父たちが助っ人で入ろうということになり、
昨年からは、ほとんど息子たちのチームとして試合をするようになりました。
50歳を超えた親父たちは、もっぱら応援にまわり、
経験してきたベテランの技と知恵を伝授する形です。
キムチのチングと私で、いろいろ運営面での面倒を見てきたものも、
「俺たちは手を引いてやって、息子らに完全に任せてやろう。」
と、彼と相談して、協会の会議や試合の運営も全て任せることにしました。
最初の一年は、監督とキャプテンを一度に無くしたチームと言うような感じで、
5人の、それぞれの息子がいるのですが、
それぞれの息子たちが、どうしても別々のグループを形成してしまうという感じで、
ぎこちないチームワークで勝ちきれなかったものです。
ところが、キムチのチングの甥っ子を中心に、
私たちが参加しない自発的なミーティングをしたり、
それぞれのグループが自然に融合するようになった今年は、
見違えるような強いチームに変貌しました。
勝てる強いチームというだけでなく、
仲の良い楽しいチームに変貌しました。
応援も、楽しくなりました。
それぞれの親父が、シニアチームの仲間が、息子たちの試合を応援に来て、
わいわいがやがや、大笑いしながらの応援。
時には、大声で、厳しいアドバイス。
それなりの経験をしてきたベテランサッカーマンの親父たちが、
適切なアドバイスを、それぞれに与えるわけですから、
また、それを素直に聞く息子たちですから、
サッカーの質も、どんどん上がってきて、強くなって当然という感じです。
なにより、楽しそうに仲良くサッカーをしている。
悔しい失敗をしたら、涙を流している奴までいる。
そんな姿を、自分の20代の時に重ねて、心の中で大喜びしています。
優勝が決まった今日、息子たちのチームは、
全員で祝勝会を開きました。
私と、キムチのチングを誘ってくれたのですが、
若者だけで楽しまないと、親父が行けば、気も遣うし、
自分たちの話が出来ないからと、
「おまえたちだけで楽しめ。」ということにしました。
夜に、祝勝会の会場から電話がかかってきて、
それぞれのメンバーが、すこし酔いのまわった口調で入れ替わり話してくれました。
「よかったです、ありがとうございます。」
「みんなで、これからも頑張ろうって話になってます。」
「今から、来てくださいよ。」
「うれしいです。」
「楽しいです。」
それぞれの嬉しそうな声を聞きながら、
幸せな気分に浸っている私でした。
「よかったなあ、これからも仲良くしていけよ。」
私には、すばらしいサッカーの仲間たちがいます。
彼らにも、その喜びを生涯持ち続けることが出来る入り口が見えたのだなあと、
「だいじにして、宝物にするんやぞ。」と想いながら、
電話を切ってからも、しばらく感動に浸っている私でした。
Comment
羨ましいです。
夢ととさんのコメント読んで…
夢ととさんのを読んで、書きたくなりました。
そうですね、おっちゃんのような仲間の居る事って本当に素晴らしい事です。
一緒に何かをやり、目標に向かって進む。同じ釜の飯を食う仲。ということでしょうか。
私も、今職場の友が、そして、独身の頃のやはり職場の友がいます。
でも、本当に心を許せられる人は、その中に数人いるかいないかです。
みんな好きで、全てOKは無理で、自分は自分という考えが段々出来るようになってきました。
私も親友が欲しい、親友とは何だろう。と悩む時期がここ最近までありました。
でも、全てが一致する人なんて絶対いないわけで、ここまでは考え方や状況も一緒と思っても、次の日には、違う考えの相手に気づいて、あ…なんか違うな。と落胆する事も多々あるわけで…。
何が言いたいんだろ。
コメント辞めちゃおうか…。頑張ろ。
とにかく同じ事を一緒にやって意気揚々する仲間はいても、その中に親友がいるかと言えばそうじゃなくて、結構そういうことでも、寂しく感じる事はあるわけで…うちの娘なんて、近頃医師に自閉症の中のアスペルガーだったと診断が着いたほど、ホントに友達がいなくて、できなくて…、でも、ととさんもおっちゃんの娘さんも、うちの娘もなんだけど手先が器用で、一人で楽しめる技を持ってる訳で…、これってすごいことだと思うんです。
孤独を愛せる人間が一番人生には大事かと…。
一人で居る時間を大切に出来る事って大事な事だと思うんです。
一人の時間が充実出来るようになると、自然と仲間と居る事に意識しなくなるだろうし、一人一人を大切に付き合えれるようになるだろうし。
困ってる時に助けてくれてる相手がきちんとわかって感謝できるようになるだろうし。
あ、なんかくちゃくちゃな文だね。
とにかく、おっちゃんの仲間は素晴らしいし、羨ましいけど、今更私たちが求めても無理な訳だし、ととさんも我が娘も、おっちゃんの娘さんも、良い賜物がちゃんとあるわけで…、そこに年数と共に気づいていけるというか、諦めていけるというか(ゴメン)、段々納得出来ていける気がします。
とにかく今悩んでる時期は、とても有意義な時間といつか思えると私は思ってる。
おっちゃんじゃないけど、焦らず、負けんどこ。
なんか消しても良い話しですが、頑張ってここまで打ったので載せさせてください。
そうですね、おっちゃんのような仲間の居る事って本当に素晴らしい事です。
一緒に何かをやり、目標に向かって進む。同じ釜の飯を食う仲。ということでしょうか。
私も、今職場の友が、そして、独身の頃のやはり職場の友がいます。
でも、本当に心を許せられる人は、その中に数人いるかいないかです。
みんな好きで、全てOKは無理で、自分は自分という考えが段々出来るようになってきました。
私も親友が欲しい、親友とは何だろう。と悩む時期がここ最近までありました。
でも、全てが一致する人なんて絶対いないわけで、ここまでは考え方や状況も一緒と思っても、次の日には、違う考えの相手に気づいて、あ…なんか違うな。と落胆する事も多々あるわけで…。
何が言いたいんだろ。
コメント辞めちゃおうか…。頑張ろ。
とにかく同じ事を一緒にやって意気揚々する仲間はいても、その中に親友がいるかと言えばそうじゃなくて、結構そういうことでも、寂しく感じる事はあるわけで…うちの娘なんて、近頃医師に自閉症の中のアスペルガーだったと診断が着いたほど、ホントに友達がいなくて、できなくて…、でも、ととさんもおっちゃんの娘さんも、うちの娘もなんだけど手先が器用で、一人で楽しめる技を持ってる訳で…、これってすごいことだと思うんです。
孤独を愛せる人間が一番人生には大事かと…。
一人で居る時間を大切に出来る事って大事な事だと思うんです。
一人の時間が充実出来るようになると、自然と仲間と居る事に意識しなくなるだろうし、一人一人を大切に付き合えれるようになるだろうし。
困ってる時に助けてくれてる相手がきちんとわかって感謝できるようになるだろうし。
あ、なんかくちゃくちゃな文だね。
とにかく、おっちゃんの仲間は素晴らしいし、羨ましいけど、今更私たちが求めても無理な訳だし、ととさんも我が娘も、おっちゃんの娘さんも、良い賜物がちゃんとあるわけで…、そこに年数と共に気づいていけるというか、諦めていけるというか(ゴメン)、段々納得出来ていける気がします。
とにかく今悩んでる時期は、とても有意義な時間といつか思えると私は思ってる。
おっちゃんじゃないけど、焦らず、負けんどこ。
なんか消しても良い話しですが、頑張ってここまで打ったので載せさせてください。
今 京都の舞鶴港にいてます
コンバンワ 久しぶりです
北海道の札幌付近にすんでいるとしです。
おっさんさんご無沙汰してます。 元気でしたか?
今小樽港から京都の舞鶴につきました。
おっさんの話しを聞いたのもあって京都の寺巡りしようと思ってます
ちょっと日本の文化を触れてみようと思って
来週の月曜日帰るのですが もし時間があり良かったお会い出来たらと思います。 急にですが すいません
それじゃまたです
北海道の札幌付近にすんでいるとしです。
おっさんさんご無沙汰してます。 元気でしたか?
今小樽港から京都の舞鶴につきました。
おっさんの話しを聞いたのもあって京都の寺巡りしようと思ってます
ちょっと日本の文化を触れてみようと思って
来週の月曜日帰るのですが もし時間があり良かったお会い出来たらと思います。 急にですが すいません
それじゃまたです
夢ととへ
羨ましいと思うのも、自然な感情だと言うことで、ありなんだと思う。
出来ないことを、出来る人を見て、羨ましいと思うのは当たり前で、
それは、それで、いいのだと思います。
自分の気持ちを、縛りすぎることはないでしょう。
そんなふうにも思います。
羨むことを、良いことだとしないという通念はありますが、
「しゃあない」のと違うかなあ。
実は、俺の心のなかにも、そんな気持ちはいっぱいあるし、
妬んだり、羨んだり、「ほんまのところは、ぐちゃぐちゃやでえ。」。
夢ととの、羨ましいと思うことが贅沢なのかと言うところに対しての、
俺なりの考えでした。
出来ないことを、出来る人を見て、羨ましいと思うのは当たり前で、
それは、それで、いいのだと思います。
自分の気持ちを、縛りすぎることはないでしょう。
そんなふうにも思います。
羨むことを、良いことだとしないという通念はありますが、
「しゃあない」のと違うかなあ。
実は、俺の心のなかにも、そんな気持ちはいっぱいあるし、
妬んだり、羨んだり、「ほんまのところは、ぐちゃぐちゃやでえ。」。
夢ととの、羨ましいと思うことが贅沢なのかと言うところに対しての、
俺なりの考えでした。
ミミリンさんへ
ミミリンさんの言わんとすること、よく解ります。
俺も、親友なんて表現を、よく使いますが、なかなか難しいものだとも思っていますよ。
自分は自分で、己の考えは、その心のなかでひとつだけですからね。
迎合すること、妥協することは可能ですが、合致はありえないことだと思っています。
それぞれ付き合う人のなかに、好きなところと嫌いなところは必ずあるものですし、
線引きしないようにして、愛するようにしていきたいって願望が、俺は強いかなと思いますが。
こういうふうに言ってしまうと、冷めた考え方のようになってしまうし、
表現が、これまた難しいものです。
「孤独を愛せる人間が一番人生には大事かと」
という、ミミリンさんの考え方も、また、正でしょう。
でもね、俺は、これを一番とは、したくない。
「大切なこと」ってことにしておきたい。
孤独を愛せる強さも大切。
人恋しい寂しさも大切。
寄りかかりたい弱さも大切。
助けてあげる、包んであげる心も大切。
いっしょに歩く温かさも大切。
まだまだ、いっぱいいっぱい・・・・
どれも一番大切で、
ということは一番ではなくて、
みんなそれぞれが大切なもの。
そんなふうに考えながら、
「ええかげん」に生きていけたら、ええのかなあなんて考えます。
俺も、親友なんて表現を、よく使いますが、なかなか難しいものだとも思っていますよ。
自分は自分で、己の考えは、その心のなかでひとつだけですからね。
迎合すること、妥協することは可能ですが、合致はありえないことだと思っています。
それぞれ付き合う人のなかに、好きなところと嫌いなところは必ずあるものですし、
線引きしないようにして、愛するようにしていきたいって願望が、俺は強いかなと思いますが。
こういうふうに言ってしまうと、冷めた考え方のようになってしまうし、
表現が、これまた難しいものです。
「孤独を愛せる人間が一番人生には大事かと」
という、ミミリンさんの考え方も、また、正でしょう。
でもね、俺は、これを一番とは、したくない。
「大切なこと」ってことにしておきたい。
孤独を愛せる強さも大切。
人恋しい寂しさも大切。
寄りかかりたい弱さも大切。
助けてあげる、包んであげる心も大切。
いっしょに歩く温かさも大切。
まだまだ、いっぱいいっぱい・・・・
どれも一番大切で、
ということは一番ではなくて、
みんなそれぞれが大切なもの。
そんなふうに考えながら、
「ええかげん」に生きていけたら、ええのかなあなんて考えます。
としさんへ
京都の寺めぐりは、どうだったのかなあ?
楽しめたというか、考えるところはあったかなあ?
見方、感じ方は、それぞれだから愚問ですね。
出会いの誘いをいただきながら、ブラックホールでもがいていたおっさんで、ごめんなさい。
札幌には、「一度、こちらに来い。」って、いつも言ってくれてる人がいるので、
いつか行こうと思っています。
なので、その時には、連絡しますから、会って話しましょう。
弱い、おっさんからの謝罪です。
楽しめたというか、考えるところはあったかなあ?
見方、感じ方は、それぞれだから愚問ですね。
出会いの誘いをいただきながら、ブラックホールでもがいていたおっさんで、ごめんなさい。
札幌には、「一度、こちらに来い。」って、いつも言ってくれてる人がいるので、
いつか行こうと思っています。
なので、その時には、連絡しますから、会って話しましょう。
弱い、おっさんからの謝罪です。
コメントの投稿
-----------注意事項-----------
コメント欄ににコメントいただいた内容は、
ブログの本文に引用することがあります。
このことをご了承の上でコメントをお願いします。
Track Back
良かったですね、読んでる夢とと迄嬉しくなりました。
でも、またここでぐずる夢ととが居ます。
夢ととは、リアルな友達がほとんど居ません。
これは、地元を離れて岩手に行ったことと、病気になった頃から年賀状すら書かなくなってしまった事も大きく影響しています。
それ以前からも同性の友達作りが苦手でした。
子供の頃から女子の「グループ」という組織に属するのが苦手で、軽いいじめに合ったこともありますし、何かスポーツでチームになったという経験もありません。
ただ、大人になってから仕事での仲間やオヤジ先輩が居ます。
でも、それさえも病気で疎遠にしてしまいました。
1年程前に一番うまの合った同僚とオヤジ先輩と会う機会があり、夢ととさえその気ならいつでも席を空けてやるぞと仕事の誘いも受けました。
今迄の人生で一番一生懸命やった事が「仕事」だった気がします。
だから、こんな夢ととにも声をかけてもらえたのだと多いに自信となりました。
でも、今の調子では毎日の勤務は難しく、ましてや満員電車に乗り残業三昧の生活は無理です。
今の仕事でさえ過労だと言われて胃腸炎になる位なのですから…
前に書かれていた「昔の自分には戻れない」と言うことです。
夢ととには、何が残るのだろう。
何が出来るのだろう。
大切な仲間はここに居る。
それで充分なのですよね。
やっぱり贅沢者はいけませんね。
羨ましいと思うのは贅沢なのでしょうね。
素敵なお話ありがとうございます。