55.強迫性神経症よさようなら、の序章かな?そんなに甘くはないのかな?
2008.05.18 [ Edit ]
午前中はサッカーの練習日、仲間たちとグランドで、
少しだけ何もかも忘れる時間を過す。
顔が痛くなるくらいの強い日差し、たいへん良い天気です。
ちょうど正午に帰宅、シャワーを済ませて。
薬の影響で、ぐったり寝ている娘に呼びかけました、
「ええ天気やし、どっか行こうか?」
だるそうな表情で、目をこすりながら
「パチンコ行きたい。」
「パチンコは行かへん。」
「買い物行こうか?」
私と妻と娘の三人で、食料の買出しに出かけました。
来週水曜日からの韓国遠征に着ていく日本のユニフォームのトレーニングパンツの丈が、
足の短い私に合わず、それの裾あげをしてもらいたいのと、食材の買い出しです。
出かける前に、
「しんどいわ。」
「ひとりで寝とくか?」
というやり取りが、笑顔の冗談であったのですが、
どうも、そのやり取りが気に障ったようで、
買い物に行く車中で、
「わたしが、しんどいって言うてるのに、ひとりで寝とけって言うけど、
わたしが強迫で苦しんでるのを解ってくれてへん。」
先日、私の弟が早期の大腸癌と診断され、
処置が早かったので大丈夫だと言われてるけどと、
私に言いにきました。
その叔父さんのことを例えて、
「おっちゃんは、早期の癌で死ぬことの恐怖を味あわはったと思うけど、
楽しいことがあったら、一瞬は癌を忘れはるやろ。」
「私のしんどさは、何があっても頭から離れるときは無いし、ずーっと苦しいままなんや。」
「そやのに、それを解ってくれへん。」
たしかに、そうなのかもしれません。
しかし、その考え方は、いけない考え方です。
「それは違うやろ。」
「おまえだけが苦しんでるのか?お前の苦しさがだれより一番なんか?」
「おまえが苦しいのはわかる、でも叔父さんも、癌が治らへんのと違うやろうか、
死ぬのとちがうやろうかと思って苦しんどると思うぞ。」
「人と比べて、自分が一番苦しいと思うのは仕方ないのかもしれん、
でも、あの人はわたしより、ましやという考え方は父さんは納得でけへん。」
「その考え方は、あまりにも我が儘な考え方や。」
「なにが違うの、わたしの苦しさなんかひとつも解ってくれてへんくせに。」
「いつ、父さんが、おまえの苦しさを解ってないて言うた?」
「いつもいつも、父さんと母さんは、おまえの苦しさに対して いっしょに闘ってるし、
心の中は、娘に対する、”かわいそう”と”ごめんなさい”
でいっぱいやってことわかってないのか?」
「わかってるけど、そしたら、なんでわたしの言うたことをいちいち否定するんや。」
「なにも、父さんは否定なんかしてないやないか。」
「さっき、それは違うって言うたやんか。」
これ以上、きつい言葉と大きな声になると、発作になるのではと考えながらも、
娘のためにわからせよう、いや、心の中でわかっているだろうことを、
素直に表現させようという気持ちが強くはたらいて、
ついつい、怒鳴り声になってしまっていました。
「おまえが、しんどいのは痛いほどわかってるつもりや、
そやけど、さっきも言うたように、叔父さんは、わたしよりましで、
わたしはだれよりも苦しいんやっていう考え方が、我が儘やって言うてるんや。」
こんなやり取りを、お互いの主張を曲げずに繰り返しているうちに
スーパーの駐車場に到着しました。
ぎりぎり泣き出さずにいる娘でしたが、ちょっときつく言いすぎたので、
まずかったかなと、どきどきしていました。
今まで、黙って後の席で聞いていた妻が、車から降りた娘に、
「お腹すいたし、サンドウィッチでも食べようか?」と声をかけてくれたので、
私は、ちょっと、間を空けようと、裾あげを先に申し込んでくるわということで、
その場をはなれることにしました。
「5階の喫茶店に行ってるから、すんだら来て。」と妻。
深呼吸を何回もして、だいじょうぶかなあとため息、後悔、
いやあれでいい、行ったりきたりの頭の中でした。
裾あげの申込はすぐに済んだのですが、
10分ほど店内をうろうろしてから、喫茶店にむかいました。
助かりました。
妻とニコニコしながら話す娘のすがたが見えました。
あれだけの強い口調で口論したことは、神経症の発症いらいほとんどなく。
それにちかいことは、最近になって2〜3回あったかな。
でも、必ずその後はたいへんな状況が待っていました。
喫茶店で、
「切れとるんや、ばーか。」と言って笑った娘。
”ばんざーい”と叫びたいくらいの嬉しさでした。
理屈を受け入れたかどうかはべつにしても、
大きな声で言い争いができたことは凄いことなんです。
その後、もう一つ、嬉しい事がありました。
食料品を、3人で選びながらかごに入れて、
旅館でも経営してるのかというくらいの買い物をして、レジを終えて、
妻が代金を支払っている間に、娘と私が二人で品物をカゴから袋に入れ替えていたとき、
「父さん、いつからか、お肉や魚を袋に入れられるようになったんや。」
「前は、ぜんぜん触れへんかったし、母さんが入れるのを横で見てるだけやったのに。」
「わたし、ちょっとづつ良くなってるんかなあ。」
些細なことなのかもしれませんが、飛び上がって喜びたいくらい、
素晴らしい一瞬、素晴らしい娘の一言でした。
もちろん、安心はできませんし、まだまだ、しんどいこと、
苦しいことに攻め込まれるときはあるのでしょう。
でも、娘の登れた階段が、2段、加えられたことは間違いの無いことですから。
少しだけ何もかも忘れる時間を過す。
顔が痛くなるくらいの強い日差し、たいへん良い天気です。
ちょうど正午に帰宅、シャワーを済ませて。
薬の影響で、ぐったり寝ている娘に呼びかけました、
「ええ天気やし、どっか行こうか?」
だるそうな表情で、目をこすりながら
「パチンコ行きたい。」
「パチンコは行かへん。」
「買い物行こうか?」
私と妻と娘の三人で、食料の買出しに出かけました。
来週水曜日からの韓国遠征に着ていく日本のユニフォームのトレーニングパンツの丈が、
足の短い私に合わず、それの裾あげをしてもらいたいのと、食材の買い出しです。
出かける前に、
「しんどいわ。」
「ひとりで寝とくか?」
というやり取りが、笑顔の冗談であったのですが、
どうも、そのやり取りが気に障ったようで、
買い物に行く車中で、
「わたしが、しんどいって言うてるのに、ひとりで寝とけって言うけど、
わたしが強迫で苦しんでるのを解ってくれてへん。」
先日、私の弟が早期の大腸癌と診断され、
処置が早かったので大丈夫だと言われてるけどと、
私に言いにきました。
その叔父さんのことを例えて、
「おっちゃんは、早期の癌で死ぬことの恐怖を味あわはったと思うけど、
楽しいことがあったら、一瞬は癌を忘れはるやろ。」
「私のしんどさは、何があっても頭から離れるときは無いし、ずーっと苦しいままなんや。」
「そやのに、それを解ってくれへん。」
たしかに、そうなのかもしれません。
しかし、その考え方は、いけない考え方です。
「それは違うやろ。」
「おまえだけが苦しんでるのか?お前の苦しさがだれより一番なんか?」
「おまえが苦しいのはわかる、でも叔父さんも、癌が治らへんのと違うやろうか、
死ぬのとちがうやろうかと思って苦しんどると思うぞ。」
「人と比べて、自分が一番苦しいと思うのは仕方ないのかもしれん、
でも、あの人はわたしより、ましやという考え方は父さんは納得でけへん。」
「その考え方は、あまりにも我が儘な考え方や。」
「なにが違うの、わたしの苦しさなんかひとつも解ってくれてへんくせに。」
「いつ、父さんが、おまえの苦しさを解ってないて言うた?」
「いつもいつも、父さんと母さんは、おまえの苦しさに対して いっしょに闘ってるし、
心の中は、娘に対する、”かわいそう”と”ごめんなさい”
でいっぱいやってことわかってないのか?」
「わかってるけど、そしたら、なんでわたしの言うたことをいちいち否定するんや。」
「なにも、父さんは否定なんかしてないやないか。」
「さっき、それは違うって言うたやんか。」
これ以上、きつい言葉と大きな声になると、発作になるのではと考えながらも、
娘のためにわからせよう、いや、心の中でわかっているだろうことを、
素直に表現させようという気持ちが強くはたらいて、
ついつい、怒鳴り声になってしまっていました。
「おまえが、しんどいのは痛いほどわかってるつもりや、
そやけど、さっきも言うたように、叔父さんは、わたしよりましで、
わたしはだれよりも苦しいんやっていう考え方が、我が儘やって言うてるんや。」
こんなやり取りを、お互いの主張を曲げずに繰り返しているうちに
スーパーの駐車場に到着しました。
ぎりぎり泣き出さずにいる娘でしたが、ちょっときつく言いすぎたので、
まずかったかなと、どきどきしていました。
今まで、黙って後の席で聞いていた妻が、車から降りた娘に、
「お腹すいたし、サンドウィッチでも食べようか?」と声をかけてくれたので、
私は、ちょっと、間を空けようと、裾あげを先に申し込んでくるわということで、
その場をはなれることにしました。
「5階の喫茶店に行ってるから、すんだら来て。」と妻。
深呼吸を何回もして、だいじょうぶかなあとため息、後悔、
いやあれでいい、行ったりきたりの頭の中でした。
裾あげの申込はすぐに済んだのですが、
10分ほど店内をうろうろしてから、喫茶店にむかいました。
助かりました。
妻とニコニコしながら話す娘のすがたが見えました。
あれだけの強い口調で口論したことは、神経症の発症いらいほとんどなく。
それにちかいことは、最近になって2〜3回あったかな。
でも、必ずその後はたいへんな状況が待っていました。
喫茶店で、
「切れとるんや、ばーか。」と言って笑った娘。
”ばんざーい”と叫びたいくらいの嬉しさでした。
理屈を受け入れたかどうかはべつにしても、
大きな声で言い争いができたことは凄いことなんです。
その後、もう一つ、嬉しい事がありました。
食料品を、3人で選びながらかごに入れて、
旅館でも経営してるのかというくらいの買い物をして、レジを終えて、
妻が代金を支払っている間に、娘と私が二人で品物をカゴから袋に入れ替えていたとき、
「父さん、いつからか、お肉や魚を袋に入れられるようになったんや。」
「前は、ぜんぜん触れへんかったし、母さんが入れるのを横で見てるだけやったのに。」
「わたし、ちょっとづつ良くなってるんかなあ。」
些細なことなのかもしれませんが、飛び上がって喜びたいくらい、
素晴らしい一瞬、素晴らしい娘の一言でした。
もちろん、安心はできませんし、まだまだ、しんどいこと、
苦しいことに攻め込まれるときはあるのでしょう。
でも、娘の登れた階段が、2段、加えられたことは間違いの無いことですから。
Comment
「言い争い、ばんざいっ!」
強迫に関する おっさんの考え
だいたい、ことりんと同じ考えかな。
ことりんが気づいているところまで、娘が近づけたら、もう一歩前進なんやけどと思います。
おっさんは、娘と共に闘いだしてから、神経の病気を、身体の病気と区別する必要を切実に感じるようになりました。
実は、おっさんも、これには完治が無いと思っています。
完治がないというより、病気と捉える事に疑問を持っています。
ちょっと表現がまずいかなあ。
病気なんやけど、病気じゃない。
これもへんやなあ。
わかりにくい表現をちょっと許しといてもらって続けると、痴呆症という呼び名が、いつの間にか認知症に変わったやろう。
あれとはちょっと違うんやけど、神経の病気の名称変更をしてほしいなあと思っている。
病気っていう概念でいくと、最初にことりんが思ったように、病院行って薬飲んだら治るってことになる。
そうすると、神経症に罹った人の自力での”治癒体力”とでも言えば判りやすいかな?それが弱まるような気がする。
もちろん、先ず 安らぎが必要だと思うので、病気だということを周囲が認識し、”いたわる”がスタートにないと、だめやと思ってるから、病気じゃないっていうのとは違うんやで。
これだけ言うたら、ことりんは なんとなく解ってくれるやろ。
心に擦り傷負って苦しんでる人と、風邪で熱出してる人が、同じ病院で同じような扱いの治療しているような気がするんや。
これが、例えば前者が心気で、後者が病気という別のものなら、
もっと言えば、心院と病院が別のものとしてあれば、社会の認識が神経症の人にもっと理解あるものとして変貌しないかなと考えるんや。
まあ、これは、小さな存在の俺みたいなものが考えてもどうなるものでもないんやけど、偉い先生方に気がついてほしいものやと思ってる。
これ、あんまりうまく言えないから、解ってもらいづらいんやけど、おっさん けっこう真剣に考えてるんやで。
話を戻して、現状では、
娘によく言ってる、
「病気とちがっても、綺麗好きの人は頻繁に手を洗うし、汚いと感じる度合いは人によって違うから、治る治らないよりも、我慢できる幅が広くなったらええと思うで。」
ということが、治るという言葉に近いものなのかなと考えています。
どうも、誤解を生じるような話ばかりで、これ ちょっと 文章で伝えるの難しすぎるなあ。
リアルで話するんやったら、修正しながら進めるけどなあ。
これくらいで、やめて、ことりんの感想待ちにするわ。
この件、できたら返事ちょうだい。
ところで、ざっくばらんの、あほ親父に戻っての話。
ことりん コントロールとかの表現見て思うんやけど、ちょっと一生懸命 闘いすぎなとこあるのとちがうか?
もし そうやったら、
”気楽に生きようぜ、すばらしくいいことが、いつか いつか おこるから”
こんな唄の文句があったけど、こんなんも考えや。
ことりんが気づいているところまで、娘が近づけたら、もう一歩前進なんやけどと思います。
おっさんは、娘と共に闘いだしてから、神経の病気を、身体の病気と区別する必要を切実に感じるようになりました。
実は、おっさんも、これには完治が無いと思っています。
完治がないというより、病気と捉える事に疑問を持っています。
ちょっと表現がまずいかなあ。
病気なんやけど、病気じゃない。
これもへんやなあ。
わかりにくい表現をちょっと許しといてもらって続けると、痴呆症という呼び名が、いつの間にか認知症に変わったやろう。
あれとはちょっと違うんやけど、神経の病気の名称変更をしてほしいなあと思っている。
病気っていう概念でいくと、最初にことりんが思ったように、病院行って薬飲んだら治るってことになる。
そうすると、神経症に罹った人の自力での”治癒体力”とでも言えば判りやすいかな?それが弱まるような気がする。
もちろん、先ず 安らぎが必要だと思うので、病気だということを周囲が認識し、”いたわる”がスタートにないと、だめやと思ってるから、病気じゃないっていうのとは違うんやで。
これだけ言うたら、ことりんは なんとなく解ってくれるやろ。
心に擦り傷負って苦しんでる人と、風邪で熱出してる人が、同じ病院で同じような扱いの治療しているような気がするんや。
これが、例えば前者が心気で、後者が病気という別のものなら、
もっと言えば、心院と病院が別のものとしてあれば、社会の認識が神経症の人にもっと理解あるものとして変貌しないかなと考えるんや。
まあ、これは、小さな存在の俺みたいなものが考えてもどうなるものでもないんやけど、偉い先生方に気がついてほしいものやと思ってる。
これ、あんまりうまく言えないから、解ってもらいづらいんやけど、おっさん けっこう真剣に考えてるんやで。
話を戻して、現状では、
娘によく言ってる、
「病気とちがっても、綺麗好きの人は頻繁に手を洗うし、汚いと感じる度合いは人によって違うから、治る治らないよりも、我慢できる幅が広くなったらええと思うで。」
ということが、治るという言葉に近いものなのかなと考えています。
どうも、誤解を生じるような話ばかりで、これ ちょっと 文章で伝えるの難しすぎるなあ。
リアルで話するんやったら、修正しながら進めるけどなあ。
これくらいで、やめて、ことりんの感想待ちにするわ。
この件、できたら返事ちょうだい。
ところで、ざっくばらんの、あほ親父に戻っての話。
ことりん コントロールとかの表現見て思うんやけど、ちょっと一生懸命 闘いすぎなとこあるのとちがうか?
もし そうやったら、
”気楽に生きようぜ、すばらしくいいことが、いつか いつか おこるから”
こんな唄の文句があったけど、こんなんも考えや。
おっちゃんへ
こんにちは〜
強迫が治るについてのおっちゃんの考え、よく分かりました。
応えてくれてありがとう
おっちゃんが娘さんに言っておられる言葉は、今私が思っている答えとおんなじです。
もうちょっとぜいたくいえば、「我慢できる幅」でなく「大丈夫と思える幅」になれたらいいなって思ってます。
心の病と身体の病に対する医療現場の実態、それに伴う世間の認識、おっちゃんが感じてること分かる気がします。
心の病と身体の病気が決定的に違うのは、薬や手術だけでは絶対回復しないということやのに、精神科や心療内科に通院しても、患者の状態をちょっと聞いて薬を処方するだけのところが多いように思う。
開業医の場合は特に、一人一人に対応できる時間が限られててやむを得ないとこもあるんだろうけど、このあたりも見直してほしいなって思います。
おっちゃんが言われてる心院と病院の区別はこれとは違うんかな?
ほんとに・・・活字表現って難しいですね。
私、書くことは嫌いでないけど、ちゃんと自分の思いが自分の意図どおりに伝わってるんやろかと常々感じながら書いてます。
おっちゃんがおっしゃるように、目を見て話ができたらこんな心配はないのになと思います。
だから東京で行われてるような、強迫性障害当事者や家族の座談会には、ちょっと興味があるんです。
これからも、もし「ことりん、それおっちゃんが言おうとしてることと違うで」と思われたら、ビシビシ指摘してね。
私もさせていただきます。
おっちゃん、心配してくれてありがとう。
だけど、私、おっちゃんが思ってるほど、実際は闘えてないんですよ(*_*)
なんかいかにも分かってるように投稿してるけど、行動が伴ってないんです。私のイケナイとこです。
家ではほとんど強迫の話しないんです。
もうさんざんしてきてすることなくなったし、仮に分かったようなこと言ったら実行を伴わないと親はうるさいし・・・。
でも聞いてもらいたかったりもするんです。
有言不実行なことりんですが、ちょびちょび頑張ってるんで、今後もよろしくね・・・。
了解です
早速の回答ありがとう。
安心したわ、ちゃんと伝わってたし。
おっさんの思ってることを理解もしてくれたし。
喋るの好きなおっさんやから、活字のフォロー無し状態に不安を感じることが多いんや。
病気の話は、社会全体に感じてもらえば最高なんやけど、神経症の周辺が、そんな理解をしてたらええやろとも思うし、ことりんも、おっさんも、うちの娘も、苦しんでるのを助けてもらった人や社会に還元する為にも、わかってもらえるような土壌作りに対して、少しだけ努力していこう。
もうひとつ、闘いの話なあ、これは活字以上に難しいけど、うちの娘を見てて感じるのは、
これして欲しくないとか、これがいややとか、手を洗ってきてとか、こう考えてるとか、言うのに疲れたとも言うし、おかしいと思われるのもいややって言う。
わかってもらえへんジレンマと、どうせ解ってもらえへんやろうというあきらめがあるんやろうなあ。
その時、遠慮せんと言わんとあかんでと言いながら、いやなんやろうなあと思うもんなあ。
でも、しんどいときやら、苦しいときは、我慢せんと、毒吐けよ。
ことりんは、ようよう わかってるやろうけど。
またまた、おっさんの余計なおっせかいや。
安心したわ、ちゃんと伝わってたし。
おっさんの思ってることを理解もしてくれたし。
喋るの好きなおっさんやから、活字のフォロー無し状態に不安を感じることが多いんや。
病気の話は、社会全体に感じてもらえば最高なんやけど、神経症の周辺が、そんな理解をしてたらええやろとも思うし、ことりんも、おっさんも、うちの娘も、苦しんでるのを助けてもらった人や社会に還元する為にも、わかってもらえるような土壌作りに対して、少しだけ努力していこう。
もうひとつ、闘いの話なあ、これは活字以上に難しいけど、うちの娘を見てて感じるのは、
これして欲しくないとか、これがいややとか、手を洗ってきてとか、こう考えてるとか、言うのに疲れたとも言うし、おかしいと思われるのもいややって言う。
わかってもらえへんジレンマと、どうせ解ってもらえへんやろうというあきらめがあるんやろうなあ。
その時、遠慮せんと言わんとあかんでと言いながら、いやなんやろうなあと思うもんなあ。
でも、しんどいときやら、苦しいときは、我慢せんと、毒吐けよ。
ことりんは、ようよう わかってるやろうけど。
またまた、おっさんの余計なおっせかいや。
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こんにちは
おっちゃん、そして娘さん、2つともめっちゃすごいことやん
おめでと〜
今までできなかったことが、ふと気づくと「あ、いつの間にかできてる」っていう感覚、私もすごく分かります。
強迫のこと、忘れる時間も、おんなじ気がするな。
私も四六時中支配されてたし、もう一生この観念から逃げられへんて苦しかった。
今でもそんなこと考えてブルーな日もあるけど、だけど気がついたら楽しい時間も増えてます。
それって、強迫を忘れてる時間があるからとちがうかな〜。
まぁ、行きつ戻りつしながらですが・・・。
娘さん、一緒にそういう時間増やそ〜
おっちゃんは、「強迫性障害が治る」とはどういうことやと思いますか?
私は以前と今でその答えが変わりました。
何度も手洗いしたり確認したりすることが、病気なんやと知った時、私、妙に嬉しかったんです。
病気なら、病院にかかって薬を飲んだら治るって信じてたから。
それやのに、病院を変えても薬を変えてもどんどん悪くなってって、初めて最初の病院で言われた「これは長期戦ですよ」って言葉の意味が分かりました。
カウンセリングの先生が「完治ってなんやろね?」と、時折聞かれます。
少し前までの私は「自分の中から強迫が消えることです」と答えていましたが、今は「たとえ強迫観念が沸いてきても、それをコントロールできて、心も苦しくならずに生活できるようになることです」と答えます。
悲しいけど、完全に強迫が自分の中から消えることはないと思う。
でもコントロールする力がつけばそれでいいと思う。
0か100か、正か負か、そういう白黒だけの答えじゃなくてグレーゾーンをもてるようになることが私の目標です。
ここ数年、きれいか汚いかを最優先に考えてることりんなんで、これってけっこうむずかしいけどね〜(>_<)
おっちゃん、韓国に行くんでしたね!
こんなにすぐとは!
サッカーをなんにもわかってないことりんですが、応援してます!
ファイト〜、オ〜!!(by.「ごくせん」)
「いっしょにパチンコいこ」
→ブッって笑った・・・。行きたくないけど、笑えるゆとりはあります。