強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

58.韓国行きは、私の階段かも

2008.05.21 [ Edit ]

明日から、韓国遠征。

試合がどうとか、旅行がどうとか、本当はわくわくだったりするんでしょうが、
娘と一週間離れることの不安が大きい。

ちょうど2年前に、シニア全国大会の近畿地区決勝戦の試合中に
膝を怪我して救急車で運ばれ、手術するはめになり、
約一ヶ月入院した事があります。

この時、強迫対象で、病院がだめ、包帯がだめ、松葉杖がだめだった娘に、
運ばれた病院から、痛みをこらえて治療してもらうより先に電話を入れて、

「父さん、試合で怪我して病院に来てるんやけど、
包帯して松葉杖で家に帰ってもええかな?」

「いややで、そんなんで、帰って来んといてや。」

というやり取りがありました。


結果的に帰るなど とんでもない状態だったので、
その場は逃れられたのですが、
それから一ヶ月近く娘と離れて入院したわけで、
強迫対象のど真ん中に親父は生活していたことになります。

さあ、これをどう解決しようと悩みました。
ところが、手術した日の夕方に、息子と一緒に娘が来てくれたんです。
病室に入ってきて、身体を拭いてくれました。
たぶん決死の覚悟だったろうと思います。

その後、退院するまでにあと2〜3回息子といっしょに見舞いに来てくれました。

手術など初めての経験で、半身麻酔だったのですが、
麻酔が切れて食事の許可がでたので、
食べ物もってきてくれと息子に頼んだら、その時も娘がついてきて、
焼き鳥やら、フライものやら、かなり重い食べ物をもってきてくれ、
絶食あけの空腹から、がつがつ平らげたものです。

その夜、一晩中激しい腹痛に襲われました。

実は、麻酔が覚めた直後は消化器官がまともに働いてないので、
おかゆ少々くらいしか食べてはいけなかったそうで、
看護婦さんに大笑いされました。
大笑いしている看護婦さんに、顔を歪めながら、
ちゃんと説明してくれよと訴えていた私です。

そんなことを、見舞いに来てくれた病室で、娘と笑いながら話せたこと、
強迫性神経症の発症から今までの出来事の中でも上位に位置する喜びごとでした。

退院後、帰宅して娘が少しだけ明るくなっているように感じたし、
入院前より、症状改善したように思いました。

今回も、一週間後に帰国したとき、
娘が明るい表情でいてくれるのではと半分期待しています。

発症してからを振り返ると、過敏なぐらいに付き添っている私、
過剰にいたわっていることが、親娘のあいだで当たり前になっており、
お互いに良くない部分があるのかもとも思っています。

子離れができない親父になっています。

突き放す事が良い事だとは思いませんが、
娘にとっても、うるさい部分も多いのではと思います。

そいうことから考えると、娘にばかり、一段ずつ階段を登ろうと言っている私ですが、

この韓国遠征は、私にとっての、一段の階段なのかもしれません。


不安に思わず、階段を一段登ってみます。

Comment

みんな、一歩ずつですね!

こんばんはv-521

この投稿を読む時、おっちゃんは韓国から戻ってらっしゃるんですね。
おかえりなさい&お疲れさまでしたv-22
試合はどうやったかな?
韓国料理はどうやったかな?


2年前の手術時の話、強迫の思考観念が同じ分だけ、お姉ちゃんの頑張りや強迫に勝ったおっちゃんへの愛情が、私にも伝わりました。
おっちゃんにとっては、怪我の痛みなんて飛んでいくほどの嬉しさやったんではないでしょうか・・・。
(ケガも痛かったんでしょね・・・あくまでたとえで、ね)


強迫をもった当事者との関わり方は、私がいうのもなんですが、難しいと思います。
「これは触るな」とか「これはこうしてからして」とか「これはできへん」とかそりゃもう注文だらけですし、私。
母も、酷い頃はけっこう言うこと聞いてくれてましたが、最近は・・・微妙ですね。
私からしたら、ちょっと元気にしてるからってそれはまだNGやろ〜ってこともします。母からすれば、その行動はいたって普通の行為らしい。だけど、そういう時はやっぱり言い争ってますね。
私の立場から言わせてもらうと、突破(「脱いたわり」)してもらってよかった気持ちと、もうちょっと待ってよって気持ちと半分ずつです。

あと、親子の密着度、もともと私たち母子は、強いほうだと思うんです。
強迫になって、自分の行動に自信がもてなくて、いろんな行為を見てもらってました。
今から思うとかなり異常やったよ。手洗いはむろん、お化粧する時も、化粧品の汚れが他につかないか隣でみてもらったりしてましたから。
こういうこと、なんとなく気が緩んできて、振り返ったら自分でするように戻ってた気がします。



今回の旅行、きっといろいろな想いを抱えての一週間だったんでしょうね。
ゆっくり休んで下さいv-285



おっさんへ

お帰りなさいませと、おつかれさまです。
いいですね。そううやって情熱をもって打ち込める時間があるからこそ、普段密着しているお互いが、少し離れたところから見つめなおせる良い時間だと思います。

今はまだ子離れしてあげない方がいいかもしれませんが、いつかおっさんの愛が重荷になってくる時があるならば、それは病状が良くなってくる時じゃないでしょうか。
コミュニケーションの中から徐々に分かっていくものだと思いますが、その距離感って難しいですね。

私もまだ子供たちは小さいけど早く親離れしてほしいなと思う反面、実際そうなるとぽっかりと心に穴が開いたようになるんちゃうって思う。燃え尽き症候群みたいに。

おっちゃんはサッカーがあるから大丈夫やろな。
私も最近子供たちにサッカー習わしてるん。へったくそやけど、楽しいらしい。うち二人とも女の子やけど。
スポーツってホンマにいいわって見てたら思う。

私も最近一歩ふみだすべく、いろいろな行動を起こしてます。新しいこと出来る範囲内で、始めてみようと思います。少しは神経症よくなったのかな。
人間不信の対人恐怖が少しやわらいできたように思えます。また人を信じてみようかなって思えるようになった・・・というか、信じてもいい人とそうでない人を見分けられるようになって、ちょっと気持ちが楽になったのかな。
たとえまた裏切られても、人間ってそういう生き物なのかもしれないって思ってる自分もあるし。
所詮人間も動物だもんね。犬や猫みてたら分かってきたん。悪気はなくても本能にさからえないところってあるみたいだし。人間には理性あるけど、ずるがしこいところや、嫉妬心、自分が一番でありたい気持ちとか、いろいろ犬猫でももってる気持ち大なり小なり心にあると思う。
そんな自分を知って、心にとどめとくことができたら大人なんやろな。

話それました・・・。とにかくおっさん帰ったら、娘さんに抱きついて、ちゅーでもしてあげて(汚がられない程度に)、さみしかったよーなんて言ってあげてよ。
子供ってやきもちやくで。サッカーと私とどっち大事なんってゆわれやんように・・・。
取り越し苦労かな?
おせっかいのすすめでした。ごめんね!

子供から見たら・・

はじめまして、亀五郎と申します。インターネットでこのページを見つけて、食い入るように拝見いたしました。過去私の娘が同じような症状になりまして、書かれていることが一部分かる気がすると思いながら・・ でもまったく別かもしれないから如何とも申し上げにくい、でももしかしてと思ってコメントに書き込みました。
私たち夫婦はとても厳しく、娘にとっては萎縮する以外の何者でもないしつけ方をしてきました。中学のとき、成績上位だった娘は突然不良グループに入り、、その後も不良まっしぐら、そして高校は私たちの希望と正反対の高校に進学しました。成績は上位のままで、なぜか選んだのは県内でも良くないといわれている高校に。そのころここで書かれているような症状や様子に似た状態になったのです。
症状は申し上げるまでもなく私たちが想像できないことの繰り返しで、何もかも思惑と反対に進んで、
そのときの状態を表現する言葉は今でも見つかりません
わたしたちは過去のしつけが厳しすぎたのかと反省し、その後は対話をしながら、でも干渉は過剰にせずに娘の好きなように全て決めさせました。
今そのころから10年以上が過ぎ、娘は独学で大学へ進学し、生物学のようなものを学んで、社会へでました。症状も最初の2年を過ぎておさまる方向へすすみました。症状が治まって娘と対話し、いやかもしれないがそのときどう思っていたのか、と聞いたのです。答えは、自分を押さえつけた親を困らせてやろうと本能的に思っていたかもしれない、そう思ったつもりはないが、今ふりかえるとそうしていたのだと思う、変かもしれないが、いじめられたからいじめかえす、困らせてやる、そんな感覚だったのかもしれない、と。
私は全て良かれと思って娘を導いていたつもりでした。それが娘にとってはレールを引かれて苦痛だったのか、それを表現する術が十分なく、精神の出口が様々な症状や行動に結びついたのか、今も答えは断定できない。でもそんなこともあったのだとこの年齢になって気づいています。ここに書かれていることを拝見して何を言えるものではない、ただ私の場合そんなこともあったということだけ書きたくて、長文失礼いたしました。

ことりんへ 脱いたわりについて

これは、とても難しい。

最初に娘が通院しだしたころ、いっしょに医師の話を聞いて、家に帰ると必ず強い発作がおきた。

何故かと言うと、先生が おっさんに娘を甘やかしているように言ってる気がして、帰ってくると強めに諌めるようなことを毎回娘に言ってたからです。

”しんどい”の度合いがわからなかったせいもあります。

これ以上の強迫を抑えてやりたいという気持ちから、我慢をしいるようなことを言ってた部分もあります。

でも、結局泣き喚く娘に申し訳ないような気持ちになって、やさしくない父を謝っていました。

いたわり、いたわり、そして、いたわり。

そんな感じで付き合ってきました。

ところが最近、娘と喧嘩ができるようになりました。

喧嘩になっても、ぎりぎり我慢できるようになってきました。

こう言うと、よかったなあってみんな思うでしょう。

でも、ことりんには判ると思う。
まだまだなんですよね、ちょっとしたことでいらいらする娘がいるし、そんな時は、いたわりが欲しいときや、いたわりが足りないときなんですよね。

”脱いたわり”
これは、とても難しい。

ことりん、また、おしえてくれよ。

すずめさん 距離感は難しいです

親離れと子離れ。

この距離感のむつかしさ。

知らないうちにできてる人たちも、かなりいるように思いますが、病気が介在すると、距離感がくるってしまうような気がします。

あんまり気にしない方がいいと思ってるのですが、この部分に、かなり他人のアドバイスが集中するように感じます。

いつも抱いててあげたほうがいいよ。

笑顔で接してあげるのが一番やと思うよ。

突き放したほうがええで。

エトセトラ エトセトラ。

まあ、他人のアドバイスは、失礼ながらあまり真剣に聞きませんけれど、親子の距離についてのアドバイスは多いです。

真剣に聞かないという表現は、まずいなあ。
どう言えばいいか、私たち親娘のことをすべて知らない人の意見を鵜呑みにはしないということかなあ。

とにかく、”脱いたわり” ”親子の距離”、
これは、とても難しいなあ。



亀五郎さん よかったですねえ

娘さんが”普通”に社会に出られて頑張っておられるようで、正直、羨ましいです。

”羨ましい”
なさけない表現だと自分でも思いますが、正直な気持ちで話すと、こうなんです。

”ちくしょう”と思うくらい、悔しいんですよ、羨ましいなんて表現する自分が。

もちろん、普段は絶対に使わない表現ですけれど。


こんななさけない表現をする おっさんから一言、

私は子供たちをかなり厳しく育てました。
手を上げたことも何度もあります。
虐待なんて言葉がありますが、絶対にそうではありません。
心を踏みにじらなければ、厳しさは愛情なんです。

こんな風に思ってきました。
いまでも、これが間違ってるとは思いません。

でも、絶対ではないんです。

精一杯やったことは、いつか認めてくれる。

これも、ちょっと怪しいと思います。


巣立っていく子供たちは、大人として心にとめているものを、すべては吐き出さないでしょう。

だから、正解はないと思うんです。

51%と49%、
この微妙な数値は、些細な事で変動します。
愛情、友情、信頼。
好き、嫌い、信じる、信じない。

私は、絶対の自信を持たずに生きることって、かなり大切なことだと考えています。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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