強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

81.そんな簡単なものではない

2008.06.21 [ Edit ]

私の心は、
薄い薄いガラスの板で、
息吹きかけても割れるほど。

でも悔しいから気づかせません。
乱暴に生きればわかりません。

無理に我が儘言ってみて。

そのとき、わたしの割れそうな板は、
ピリピリ鳴って、どきどきします。



「父さん、どっか外へ連れていって。」

「どこへ行く?」

「どこでもええから、連れて行ってよ。」

「ちょっとしんどいんや。」

「そうか、そしたらええわ。」

寂しそうな顔、悲しそうな表情。

「どっか行こうか。」

「うん。」

この三年間、3日に一回くらいの頻度で登場する父と娘の会話。

一人で自由に平気で出かけられたら、父さんには頼まないと言う娘。

いやなものに、出かけて出会い、半泣きになって帰ってきて風呂に入る。

何度も何度も経験してきた厭な思い。

それでも、最近は、一番苦しかったときより少しましかな。

「ちょっとましになったからって、平気になったんとちがうんやで。」
「わかってもらえへんかなあ。」

この娘の表現を、口調を、私は、我が儘な物言いと片付けることはできません。

聞き方によっては、病気を楯に我が儘言ってると聞こえるでしょう。
いや、聞き方によってとちがって、ほとんどの場合、
ほとんどの人が、我が儘と受け取るでしょう。

病気の理解と、悲しみの深さと、必死の努力と、
夢の喪失と、あきらめに対する抗いと、

そんなものたち大勢と親の立場を足し算すると、
やっと、我が儘に聞こえなくなってくるんです。

悲しみが大きいから、苦しみが大きいから、寂しさもたくさんあって、
ちょっとの喜びをおおげさに表現するときもあります。

ところが、おおげさに表現した喜びを、嘲り笑いされるようなときがあり、
気にしなければいいのですが、ちょっとの喜びの、
数百倍の落ち込みに襲われるんです。



そのとき娘は、無理に乱暴なもの言いになります。

得体の知れない、めっぽう強い怪物と、
心の中で必死で闘っている時なのです。


Comment

ガマンが平気に近づく日を信じて・・・


おっちゃん、こんにちはv-521

なにかつらいことがあったんかな?
文章の隙間から、涙がぽろぽろこぼれおちてるような気がしてなりません。
私の思い過ごしであるといいけど・・・。


神経が研ぎ澄まされているということは、とてもしんどいことですね。
強迫が覆いかぶさると、もっともっと生きにくい。

強迫を克服した人の中には「この病気になってよかった」「自分と向き合えてよかった」「感謝の気持ちをもてるようになってよかった」と言われる方もいます。

「この病気になってよかった」
いつか私もこんなふうに穏やかに振り返る日がくるのかな?
今の時点では、たとえ治ったとしても、この病気になってよかったなどと私は思えない気がします。
なりたくなかった。
いろんなことを見つめなおすきっかけが、強迫であってほしくなかった。
これが今の本音☆


我慢と平気は違うんだよね。
きっと智沙さんもおんなじはず。
でも、この世の中を健常者と生きてくには、強迫の私たちが妥協したり、我慢したりするしかない。
いつか、我慢が平気に近づくのを信じるしかない。

私もね、きのうバイト先で嫌な気分になったんです。
「失礼しマース」とドアを開けた瞬間、ビルの廊下にどろどろの茶色いモノが・・・★
その汚れは、近くのトイレにつながってるみたいでした。
私は茶色いモノが一番嫌いです。
今の自分の天敵に見えるからです。
踏まないように気をつけたものの、頭はクルクル。

家に帰って話したところ、「土に決まってるやろ」
と母は言いましたが、今でも不信に思ってることりんです。
これが、強迫の思考なんでしょうね・・・。
今度行って、どうなってるやろ・・・なくなってるとは思うけど、どうやって処理したんやろ・・・。
行くのが憂鬱ですv-279

なんか気分の悪い話になっちゃいましたね。
ゴメンナサイ。

智沙さんも、心の中でいっぱい闘ってる。
傍にいるおっちゃんも、いっぱい闘ってる。
私も、闘ってる。
「ええかげん集団」は、離れていてもおんなじです。


ありがとうございます。
私・・・目が覚めました。

これまで私は、自分の受けた傷の痛みだけで精一杯でした。
息子が私といて安心できないことが苦しくて苦しくて、息子の本当の辛さから目を背けていました。

>得体の知れない、めっぽう強い怪物と、
心の中で必死で闘っている時なのです

私も息子と共に闘います。


今朝のコメントも・・・本当に心にしみました。
がんばります。
絶対負けません。
ありがとうございました。
感謝しています。

ことりんに、お詫び

ちょっと、おっさん調子乗りすぎ。

安易に、この病気に罹ったことを感謝みたいな馬鹿なこと書いてしまいました。

実際、うちの娘が言ってた、
「父さん、わたし、この病気に罹って、よかったこと一つだけあるで。」
「父さんとは、絶対仲よくなれへんと思ってたんやけど、仲良くなれたことや。」
この考え方に気をよくしてというか、そういう風に考えれる事に対して、少し安心していた部分があって。
調子に乗ったと思います。

反省してます。

終わった人、過ぎた人の言うことなんやもんなあ。

今現在、闘ってる人に、そんなふうに考えれる余裕があるはずないもんな。

まあ、終わった人、過ぎた人の言うことも、嘘ではないし、本心には違いないんやけど、今闘ってる人には、気休めにもならない話やもんなあ。

やっぱり、このおっさんも、わかっとらへんなあって思ったやろ。

ごめん。

ええかげん集団の親鳥として、素直に反省するとともに、飛び方の教え方を、もう一回勉強し直します。

FLさんへ ワンポイントアドバイス

「息子と共に闘います。」

頑張るって言ってるんやけど、そんなん前からそう思ってるやろ。

そう思い続ける事は、親として当たり前やし、FLさんが思ってないはずがない。

ただ、どうしても外聞とか気にしてしまうやろうし、そのへんの後ろめたさは若干あったんやろう。

日本人の精神構造の核は、”恥の概念”なんやから、それも仕方ないことや。

ここまで読んだら、おっさん、喧嘩売ってるの?って思うやろ。

ちがうよ。

何が言いたいかと言うとね、頑張り過ぎるなよっていうことや。

おっさんの仲間の、すずめと、ことりんと、おっさんの娘と、おっさんで、
”ええかげん集団”を結成してるんです。

頑張り過ぎると、すごくしんどいやろう。
だからな、ええかげんな気持ちじゃないけど、ええかげんな生き方をしようなって集団や。

そうやって決め付けるかわりに、いつも、そうかもしれんなあって思ったり、
頑張ってるぞって思うかわりに、ええかげんにしとこって思うこと。

生きるのしんどいけど、この生き方やったら、まだましやで。

FLも、ええかげん集団に仲間入りするといい。

のんびり行こう。

一生懸命、のんびり行こう。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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