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強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

82.”ええかげん”についておもう

2008.06.22 [ Edit ]

”ええかげん集団”を結成したことを娘に伝えました。

「ことりんさんと、すずめさんと、おまえと、父さんの4人が発起人で、
”ええかげん集団”を結成したんや。」

「なんのこと?」


「頑張り過ぎると、しんどいやろう。」
「だから、ええかげんの薦めや。」
「ええかげんに生きる方が楽やろ。」

「ええかげんは、あかんやろう。」

「えかげんに考えるのと違って、ええかげんに生きるんや。」

「それは、むつかしいなあ。」
「お風呂のお湯が、ぬるくもなく、熱くもなく、ええかげん。」
「それやったら、ええけどなあ。」
「もっとええ言葉ないの?」
「ゆっくりとか、ゆったりとか、わかりやすい言葉。」


「わたし、高校のときから、なにもかもに一生懸命やったんや。」
「授業中にな、前の席の子に手紙書いたんや。」
「ブラッドピットのカリフォルニア物語やったかなあ、
そんな名前の映画があって、ブラッドピットが殺人犯やねん。」
「みんなに人気があるブラッドピットがそんな役したら、
影響受ける人がたくさん出てくるやろ。」
「わたしも、影響受けて、そういう犯罪をおかす人になるのが怖いって書いたんや。」

「それと、自分は漫画家になるためになにもかも犠牲にしてもいいと思ってるし、
友達もいらんねんとも書いた。」
「耳の悪い自分が生き抜いていくために、
いっぱい自分を縛ってることがあるとも書いたんや。」

「そしたらその友達が返事くれて。」
「あんたな、生きることに厳しすぎるでって返事くれはったんや。」
「もっと、気楽に、ゆっくり生きんとあかんでって返事くれはったんや。」

「そのときにな、ものすごく気持ちが楽になったんや。」

「そういうことやろ?」

まさにその通りなんです。

ええかげんの薦めは。

会話なら、補正に補正を加えて伝えられるのですが、文字でうまく伝わるかなあ?


ゆっくりと、ゆったりと、気楽にと、のんびりと、ぼちぼちと、あせらずにと、

足して足してが、”ええかげん”なんです。




Comment

”ええかげん”についてコメントする☆


ええかげんとかテキトーという言葉は、一見ちゃらんぽらんなイメージがありますねv-292
でもここでいう”ええかげん”は、心が壊れないバランス・生き方=「ちょうど良い具合」ということで、お風呂の湯加減のたとえがばっちりですね!

私は好きです、ええかげんという言葉v-345
智沙さんはお気に召さなかったかな?

おっちゃん、ごめんごめんはちゃうんよ〜、謝らんとってね。
ブログに書いてあったおっちゃんと智沙さんの親子関係は、確かに強迫がもたらした素晴らしい産物やと思います。
おっちゃんが、安易な気持ちで感謝と書かれたなんて、全然思ってないよv-525

私は克服したら、「あんなにおかしな世界から抜け出れたんだ!もうなんも怖くないぞ!」って叫びたいな♪
あと、支えてくれた家族に恩返しと。


話は変わって・・・、
おっちゃん、人を信じるって難しいね。
歯車が狂いだすと、今までまっすぐ見えてたものまでが歪んで見えてくる。
人によって傷つき、人によって癒される。
そんな一日でした。


私は、息子の不登園がはじまるまで、自分が、息子が、そして息子との生活がとても好きでした。
幸せでした。

うまくできないことも、うまくいかないことも、みんな受け入れられました。

それが・・・崩れ、負のスパイラルにはまってしまいました。

「ええかげん集団」すてきですね。
これじゃいけない、もっともっと・・・と自分を追い詰める今の私に、必要なことかもしれません。
私もお仲間に入れていただけるのですか?
なんだか・・・泣けてきました。
嬉しくて、切なくて、苦しくて、あったかくて・・・。

私・・・戻りたいんです。
元のありのまま、ただただ息子がかわいかった頃に。
戻りたいんです。

ええかげんに、一生懸命、のんびり・・・。
ありがとうございます。



人を信じる

人を信じるとは、どういうことなんやろうねえ。

絶対信じる。
ほぼ信じる。
まあまあ信じる。
少し信じる。

信は、欺かないこと、言をたがえないこと、まこと、と広辞苑にはあります。

”信は力なり”
これは、俺の好きな伏見工業ラグビー部の山口良治先生の言葉。

信じたいのと、信じるのは、どうちがうんかなあ?

ようにてるみたいやけど、ちょっとちがうかな?

欺かないやつは、あんまりいてないぞ。

言をたがえよる奴ばっかりやで。

と言うことは、信じるに値する人は、ごくごく少数ということやなあ。

俺の言う自己犠牲の出来るやつ。

なかなかおらへんのに、信じたいから、信じようとして、信じて、
裏切られたみたいな気分になること多いような気がする。

でも、自分が信じたい人は、極論すれば騙されてても信じてたらええのかなとも思う。

むつかしいなあ。
ああしんど。

戻らんでええで

戻れへんねんで。

戻りたかっても。

時間は逆転でけへんようになっとんねん。

”いく川の水は絶えずして、しかももとの水にあらず”や。

こどもも一つずつ歳を重ねていきよるし、自分もそうなんや。

そんななか、あのころに戻りたいと思うことはよくあるけど、あのころを尺度にして未来を量り、それにより設計図にたどりつく。

そんなことかなあ。

戻らんでええねん。

進まなあかんねん。

ゆっくりでええねん、進まんとあかんねん。

おっさんの懐は、とってもとってもあったかくって、涙が出ます。

ありがとうございます。

プレゼント

TO ええかげん集団のみなさま

今年のおっさんの年賀状の文句に使った詩です。

わたしが両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地べたを速くは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

”金子みすず”のこの詩、

なんとなく、ええやろ。




仙崎も、行ってみたいところ☆


こんにちはv-521

おっちゃんもみすずお好きでしたか!
ことりんも大好きです。

現実は不本意な病を患い、つらい毎日だったはず・・・そんな中で生まれた素直で清らかな詩は、すーっと心にしみ込んできますね。

「みんなちがって、 みんないい」
とても素敵な詩ですv-353




みんなちがって みんないい

これが言いたかったんやけど、これだけでは伝わらない。

鈴と小鳥と私がいるので、言いたいことが伝えられる。

ほんとは、みすずさんは、小鳥を見てて思ったことなんやろうけどな。
言いたかったから、小鳥を連れてきたなんていうのは、薄っぺらな俗人の発想やしな。

なにかがあって、何かが出来る。
だれかがいるから、何かが出来る。
みんながいるから、何かが出来る。

というふうな、曲解にするのもええやろ。

美しい詩をそんな風に使うなとは、みすずさんは言わないやろ。

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強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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