強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

530.出口はどこなんやろ?

2009.11.19 [ Edit ]

退職して、五年。
家計のゆとり、ほぼ無く。
それでも、怠惰に過ごす毎日。

これを怠惰と言うのか。
精一杯というのか。

精一杯といえば、精一杯。
怠惰と言えば、怠惰。

不思議なことに、力の抜けた身体からは、焦りのエネルギーさえ消えさるもの。
危機感、これ無く。
ただ、あるのは絶望にほど近い虚無感のみ。

こんなことでは、あかん。
解っている、つもりではある。

「冬の風呂は、一番辛いなあ。」
「いややなあ。」
「入りたくないなあ。」

寒い冬に風呂に入るのは、「えーいっ」、「いくぞーっ」的な覚悟がいるもの。
誰もが、風呂に入る前は、こんなふうに思うもの。

でも、娘の「入りたくない、冬の風呂は辛い」には、ちょっと違う理由がある。

普通の人には、解らない理由がある。

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529.来世の約束

2009.11.18 [ Edit ]

叔母が亡くなったという電話を受けた時。
娘と買い物の途中の車の中でした。

「あのおばちゃん、わたし、好きやったわ。」
「なんか、怖い感じやったけど、優しかったでえ。」
「死なはったんか。」
「悲しいなあ。」
「寂しいなあ。」

「そうやなあ、あの叔母さんは、大きな人やったなあ。」

「大きな人って、どういうこと?」

「うん、大きな心を持った人ってことかなあ。」

「なんとなく、解るわ。」

そんな話をしていた時、突然、

「わたしが死んだら、迎えに来てや。」

「どういう意味???」

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528.精一杯が持つ力

2009.11.17 [ Edit ]

私は、この11月に、56歳になりました。
親父は、59歳で亡くなりましたから、あと3年で、親父の亡くなった歳になります。

オヤジが すべてだなんて 言いませんよ
僕ひとりで やったことだって たくさんありましたよ
ひとつだけ 言ってみたいのは
オヤジが 生きるということを 教えてくれたこと
オヤジは やるせないくらいに 精一杯でしたよ


親父を思い出すときに、よく浮かんでくる、吉田卓郎の”おやじの唄”です。

私が死んだら、子供たちは、精一杯だったと思ってくれるのかなあ?
そんなことを、考える歳になったような気がします。

吉田卓郎の、この唄での精一杯って言葉のなかには、
かなり多くの意味が含まれているのだと、私は解釈しています。

生きていく為に、みんな精一杯ですからね。
生きていく為に、たくさんの精一杯が、ありますからね。
でも、他人の精一杯は、あまり見えないものですからね。
自分自身は、精一杯なのですけれどね。

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527.必死な発想のごまかし

2009.11.16 [ Edit ]

娘を叱りつけました。
あまりに無責任な発言と所作。
病気が苦しいとは言え、あまりの我儘、常識の無さ。

「おまえ、北村さんの仕事、ミスのあった分の描き直しは、納品書つけてないやろ
な?」

「納品書つけてる。」
「一から描き直してるし、それも同じ一枚やと思って。」

「それは、あかんで。」
「おまえのミスの描き直しなんやから。」

このやり取りのあとで、娘が不満げな表情だった為、

「そんなことは、常識やろ。」
「おまえの信用も、父さんの信用もなくなってしまうぞ。」
「そんな奴に、仕事なんてくれはらへんぞ。」

かなり強い口調で、叱りました。
涙ぐんでいた娘は、それから、ずっと塞ぎこんでいました。

そんなことが解らない娘ではないはずです。
「どう考えての行動なんやろ???」
私の頭は、疑問でいっぱいでした。

こんなことを、疑問に思う必要は、普通なら無いことです。
100%、間違っていることですから。
自分のミスの描き直しでの作業料請求なのですから。

「こんな常識が解らない娘なんやろうか?」
「そんなことは、ないと思うんやけどなあ。」
「なんで、そんなことを、しよったのかなあ?」

自身の責任ということについては、幼いころから、うるさく言い聞かせてきたし、
この、うるさく言い聞かせてきたことが、
病気の一端の原因でさえあると思っているほどなわけなので、
間違いなく、娘の頭の中には常識としてあるはずのものですから。

その疑問の答えは、数日後の、ヒライのおっちゃんとの、
喫茶店での会話で、はっきりしました。

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526.暗黒のスパイラル

2009.11.08 [ Edit ]

時々、陥る暗黒世界。
吸い込まれるブラックホール。

身体は、がんじがらめで、
心は、しぼんでしまう。

娘に見せてはいけない姿なので、表情と行動は、通常通りなのですが、
私の力は、ブラックホールに吸い取られてしまって、
脱力、無力。

そんな感じかなあ。

この前に書いた文のタイトルナンバーに、524が二つ続いていることに気づきました。
こういう凡ミスが、私は大嫌いなのですが、
そんなミスを見逃してしまう情けなさも、脱力、無力の心からの所作だと思います。

「まあ、ええやろ。」
「なんとかなるわ。」

心の中で、唱えるように続ける独り言。

「ひとつ積んでは、・・・」の、賽の河原の石積を、鬼が出てきて蹴飛ばしていく。

ここしばらく、ゆっくり積んだ石の塔が、
崩れることなく、うまく高い塔になってきていたのですが、
またまた、憎たらしい鬼が現れて蹴飛ばしていきました。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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