強迫性神経症 | 強迫性障害 | OCD体験記・子育てブログ

強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記・子育てブログ

535.不毛からの発芽

2009.11.26 [ Edit ]

せっかく素直な表現で、コメントをいただいたのに、
それに引っかかってしまった私の余計なお節介から始まって、
その余計なお節介に対する、「不毛だと思います。」の意見。
それで収まらず、またまた、余計なお節介の虫は、
「不毛だと思います。」の彼女に、くどくどとメール発信。

不毛の連続と言えなくもない行為かなとも思います。

不毛の彼女は、ちょっとした誤解をされていて、
私の、教師の彼女宛のコメントで、
教師なら、強迫神経症についての知識もあって当然と、私が書いたと思われたので
す。

それで、たぶん、少し腹を立てての未公開コメントだったのだと思います。

「不毛だと思います。」というところだけなら、
まあ、人それぞれの考え方でもあるし、
俺の生き方は、かなり面倒なものなので、解り辛い面もあるだろうと、
「そうですね、反省します。」的な、模範解答で終わっておいたのかもしれません。

「辛さは私も経験済みです」の彼女のコメントを、何度も何度も読み返して、
何度も何度も、真剣に考えて、書いては消して、迷って、悩んで、
やっぱり、これは、あかん、許せん、と思ったうえでの返信コメントだったので、
正直、「不毛」にも、すこし、カチン。
その上、私が思いもしない、
「教師なら、何でも知っていろ。」発想を私がしていると勘違い。

黙っていられず、
ただし、抗議的な考え方でもなく、
「解ってくださいよ。」的な、半ば、お願いメールともいえるメールだったかな。

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534.不毛について

2009.11.25 [ Edit ]

不毛。
この言葉の意味を、国語辞典で調べると、

「土地が痩せていて、作物が育たないさま」
「みるべき成果が、ないこと」

このように解説してあります。

先日の、コメントに対する私の受け取り方に対して、

「周囲の人、それがたとえ教師であっても、理解が薄い・配慮が足りないからといっ
ていちいち頭に来ててはキリがないし、不毛だと思います。」

という、ご意見をいただきました。

確かに、そうかもしれんなあと、納得もしているのですが、
みるべき成果が、無いものだとは、私は思わないのです。

この意見をいただいた方に、反論を展開するつもりではないのです。

ちょっと、たいそうな話で、「あほか?」と、自身、思いながらも、
このことは、俺の生き方、それ自体に関わる問題やなあ、と、よく考えてみたので
す。

キムチのチングと、話し合ってみました。

「いつものことながら、こだわりすぎやでえ。」
「真面目すぎるというか。」
「諦めが、足りないということかなあ。」
「俺なんか、こいつは、あかん、解らへんと思ったら、すぐに、捨ててしまう。」
「捨ててしまうと言うと、人聞きが悪いけど。」
「それなりの付き合いをしたらええと思う。」
「無理な努力するより、流してしまうほうが、円滑に生きれる部分もあるし。」

彼の意見です。

「流さへんし、捨てきれへんねんなあ、俺は。」
「喧嘩してでも、もっと、話し合ったら、解り合えるかもという生き方やからな
あ。」
「まあ、無駄な努力で終わると言うか。」
「あかんかったなあ、ってことも、多いけどなあ。」
「これは、おれのタチやからなあ。」

私の応えです。

その後、
「まあ、すべてに真面目と言うわけでもないし、
お互い、けっこう、ええかげんなんやけどなあ。」

ということで、笑ってお終いという感じの話し合いでした。

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533.喰えないサッカーの先輩

2009.11.24 [ Edit ]

今日、70歳代の先輩方と、ママさんチームの試合がありました。

わがチームも、今の世の中、高齢化時代を反映して、
60歳以上の人数構成が、一番多くなっています。
70代が13名、60代が31名、50代が32名、40台が15名、
そして、息子世代の若者が19名の、総勢109名という構成です。

シニアの試合の形式が、前にも書きましたが、
40代、50代、60代という年代別区切りでの試合になるため、
70歳代の方の試合機会が少なくなってしまっています。

70歳代の試合が無いこともないのですが、
70歳代で11名以上揃えられるチームというのは、さすがに少ないのです。

そこで、これまた、最近、多くなってきているママさんチームと、
70歳代との交流試合を企画されたものです。

ひよっこの私は、その下働きとして参加しました。
審判要員です。

いつもの練習会では、各年代が入り混じってゲームをしているので、
日本リーグで活躍していた先輩もいらっしゃるのですが、
どうしても、若い者の影に隠れてしまいがちになります。
ところが、単独チームでの超先輩たちのプレーを見ていて、
「やっぱり、若いときは、相当うまかったんやろうなあ。」
と、あらためて感心させられたプレーが随所に見られました。

70歳代だけでは、続けて試合も出来ませんので、
60歳代のチームと、70歳代のチームが、
交互にママさんとの試合をこなしていたのですが、
60歳チームとママさんチームが対戦していた時の話です。

その試合も、私が審判をしていたのですが、
60歳代とは言え、往年の名選手たちです。
いい勝負ではあるのですが、ママさんチームよりは、やはり上です。
なので、露骨なことはしませんが、ある程度の緩さで、
多少のオフサイドや、危険でない反則は、大目に見ていたものです。

超先輩たちも、そんな私のところに近寄ってきて、
「そんな感じで、ええぞ。」
と、声をかけてくださったりで、全員楽しくプレーされていました。

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532.余計なお世話

2009.11.23 [ Edit ]

またまた、やってしまった、私の”余計なお世話”の、お話です。

後味の悪いコメントを書いてしまいました。
ちょっと後悔していますが、「まあ、ええか。」とも思っています。
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突然来てごめんなさい。
お風呂につかれない強迫ってあるの、知りませんでした。
私も湯船に浸かるのは一ヶ月に一度でいつもシャワー。
でもそれは面倒なだけ。
はい、面倒くさがりなんです。
でも友達が強迫神経症で引きこもっています。
私、彼女のこと判ってあげてなかった‥
判ってもらえないだろう、こんな苦しみ自分だけ、と思う辛さは
私も経験済みですが
友達の事、もっと親身になって話を聞いてあげようと
心底思いました。
ありがとう、気づかせてもらって。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このコメントに対しての返信コメントです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
文字伝達は、とても難しいものです。
私も、しょっちゅう失敗していますし、断定するわけではないのですが。
という、前置きを書いて、ちょっと失礼なことを書かせてもらいます。

友達の事、もっと親身になって話を聞いてあげようと心底思いました。
こういうふうに思われたことは、すごくいいことだと思います。
ただ、私が、すごく気になったフレーズがあります。

でも友達が強迫神経症で引きこもっています。
私、彼女のこと判ってあげてなかった‥


この、「引きこもっています」って言う言葉が、
私の勘違いというか、気にしすぎなのかもしれませんが、
とても軽く聞こえて、聞きづらい感じなのです。
お叱り、お怒り、を覚悟で、もっと言えば、
こんな言い方を出来る人が、ほんとに友達なんだろうかとさえ思ってしまいました。


○○さんは、学校の先生をなさっているのですね。
中学生が、この表現なら、私は、そうは思わなかっただろうと思いますが、
学校の教師の表現にしては、心がなさ過ぎる、
冷たすぎる表現ではないかと感じてしまったのです。
たいへん過激な表現をして、申し訳ないのですが、
この表現をする人が、人に心を説いたりするのだろうかと心配になってしまいました。

お風呂に入れない強迫ってあるの、知りませんでした。

もっと、正直に言ってしまえば、この言い方には、怒りさえ覚えてしまいました。
あなたに、どれだけ強迫性神経症に対する知識があって、
こんな表現をされるのでしょう?
いくら、面倒くさがりやでも、教師というような立派な職業、
人を導く職業に就いている方がされる表現ではないのではないでしょうか?
これは、まったく、私の誤解かもしれませんし、
後で、反省して、おおいに謝らなければいけない話なのかもしれませんが、
私の、余計なお節介の虫が、むくむくと起き出してしまいました。
気分を悪くされたことでしょうが、私の正直な気持ちを書かせていただきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の、このブログを普段から読んでくださっていて、
教師とか教育に関する私の考え方を、理解してくださっている方なら、
理解といっても、もちろん、良いほうにも、悪いほうにも、と言うことですが。

この私の返信コメントに対して、
「こいつの考え方なら、こんなことも言うかもなあ。」
というふうに思って、流してくださるかもしれない、とは思うのです。

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531.一歩を踏み出す

2009.11.21 [ Edit ]

退職してから、お気楽なプー太郎生活が、五年経過しました。
まあ、ええ会社に勤めてたんやなあと思います。

リストラ、倒産、肩たたき、なんて話が満載の中。
明日からの生活をどうしようって悩んでおられる人がいっぱいの中。
娘が病気でという理由はありながら、
なんとなく、安穏と、何もせずに、五年間も生きてきましたから。

「おまえ、会社、辞めたんやろ?」
「どうして生活してるんや?」
「大きな土地でも持ってるのか?」
「気楽に、サッカーやってるけれど?」

そんな、不思議そうな顔の、先輩の質問を、たくさん受けてきました。

その度に、「ええ、まあ、なんとか・・・。」と、適当な返事。
事情を知ってくれている奴は、気の毒そうな顔をしてくれて、
そして、話題を違う方向に持っていってくれたり。

まあ、私自身、お気楽そのもののところもあるとは思いますが、
実のところは、不安もいっぱいではあります。

そんな不安を知ってくれているキムチのチングが、
ひょんなことから、風俗店の経営をすることになりました。

かわいそうな境遇の私に(彼は、もちろん、そんなふうには思っていません)、
「手伝ってくれるか?」と、
いつものように、気を使わせない、気配りの誘いをくれました。

「言わば女衒やけどなあ。」
「職業に貴賎なしやで。」

そんな世界には、まったくの素人の二人ですが、
彼に着いて行こうと決めました。

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530.出口はどこなんやろ?

2009.11.19 [ Edit ]

退職して、五年。
家計のゆとり、ほぼ無く。
それでも、怠惰に過ごす毎日。

これを怠惰と言うのか。
精一杯というのか。

精一杯といえば、精一杯。
怠惰と言えば、怠惰。

不思議なことに、力の抜けた身体からは、焦りのエネルギーさえ消えさるもの。
危機感、これ無く。
ただ、あるのは絶望にほど近い虚無感のみ。

こんなことでは、あかん。
解っている、つもりではある。

「冬の風呂は、一番辛いなあ。」
「いややなあ。」
「入りたくないなあ。」

寒い冬に風呂に入るのは、「えーいっ」、「いくぞーっ」的な覚悟がいるもの。
誰もが、風呂に入る前は、こんなふうに思うもの。

でも、娘の「入りたくない、冬の風呂は辛い」には、ちょっと違う理由がある。

普通の人には、解らない理由がある。

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529.来世の約束

2009.11.18 [ Edit ]

叔母が亡くなったという電話を受けた時。
娘と買い物の途中の車の中でした。

「あのおばちゃん、わたし、好きやったわ。」
「なんか、怖い感じやったけど、優しかったでえ。」
「死なはったんか。」
「悲しいなあ。」
「寂しいなあ。」

「そうやなあ、あの叔母さんは、大きな人やったなあ。」

「大きな人って、どういうこと?」

「うん、大きな心を持った人ってことかなあ。」

「なんとなく、解るわ。」

そんな話をしていた時、突然、

「わたしが死んだら、迎えに来てや。」

「どういう意味???」

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528.精一杯が持つ力

2009.11.17 [ Edit ]

私は、この11月に、56歳になりました。
親父は、59歳で亡くなりましたから、あと3年で、親父の亡くなった歳になります。

オヤジが すべてだなんて 言いませんよ
僕ひとりで やったことだって たくさんありましたよ
ひとつだけ 言ってみたいのは
オヤジが 生きるということを 教えてくれたこと
オヤジは やるせないくらいに 精一杯でしたよ


親父を思い出すときに、よく浮かんでくる、吉田卓郎の”おやじの唄”です。

私が死んだら、子供たちは、精一杯だったと思ってくれるのかなあ?
そんなことを、考える歳になったような気がします。

吉田卓郎の、この唄での精一杯って言葉のなかには、
かなり多くの意味が含まれているのだと、私は解釈しています。

生きていく為に、みんな精一杯ですからね。
生きていく為に、たくさんの精一杯が、ありますからね。
でも、他人の精一杯は、あまり見えないものですからね。
自分自身は、精一杯なのですけれどね。

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527.必死な発想のごまかし

2009.11.16 [ Edit ]

娘を叱りつけました。
あまりに無責任な発言と所作。
病気が苦しいとは言え、あまりの我儘、常識の無さ。

「おまえ、北村さんの仕事、ミスのあった分の描き直しは、納品書つけてないやろ
な?」

「納品書つけてる。」
「一から描き直してるし、それも同じ一枚やと思って。」

「それは、あかんで。」
「おまえのミスの描き直しなんやから。」

このやり取りのあとで、娘が不満げな表情だった為、

「そんなことは、常識やろ。」
「おまえの信用も、父さんの信用もなくなってしまうぞ。」
「そんな奴に、仕事なんてくれはらへんぞ。」

かなり強い口調で、叱りました。
涙ぐんでいた娘は、それから、ずっと塞ぎこんでいました。

そんなことが解らない娘ではないはずです。
「どう考えての行動なんやろ???」
私の頭は、疑問でいっぱいでした。

こんなことを、疑問に思う必要は、普通なら無いことです。
100%、間違っていることですから。
自分のミスの描き直しでの作業料請求なのですから。

「こんな常識が解らない娘なんやろうか?」
「そんなことは、ないと思うんやけどなあ。」
「なんで、そんなことを、しよったのかなあ?」

自身の責任ということについては、幼いころから、うるさく言い聞かせてきたし、
この、うるさく言い聞かせてきたことが、
病気の一端の原因でさえあると思っているほどなわけなので、
間違いなく、娘の頭の中には常識としてあるはずのものですから。

その疑問の答えは、数日後の、ヒライのおっちゃんとの、
喫茶店での会話で、はっきりしました。

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526.暗黒のスパイラル

2009.11.08 [ Edit ]

時々、陥る暗黒世界。
吸い込まれるブラックホール。

身体は、がんじがらめで、
心は、しぼんでしまう。

娘に見せてはいけない姿なので、表情と行動は、通常通りなのですが、
私の力は、ブラックホールに吸い取られてしまって、
脱力、無力。

そんな感じかなあ。

この前に書いた文のタイトルナンバーに、524が二つ続いていることに気づきました。
こういう凡ミスが、私は大嫌いなのですが、
そんなミスを見逃してしまう情けなさも、脱力、無力の心からの所作だと思います。

「まあ、ええやろ。」
「なんとかなるわ。」

心の中で、唱えるように続ける独り言。

「ひとつ積んでは、・・・」の、賽の河原の石積を、鬼が出てきて蹴飛ばしていく。

ここしばらく、ゆっくり積んだ石の塔が、
崩れることなく、うまく高い塔になってきていたのですが、
またまた、憎たらしい鬼が現れて蹴飛ばしていきました。

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Author:一人の父親
強迫性神経症(強迫性障害 | OCD)と闘う父親の日記。画像は娘が描いたものです。

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